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魔術士は求む者  作者: 土月 十日
ニ章 橙・六感・王の疾患
36/44

6 けれど由縁は知られゆき



「ミーティクル、魔力の方は大丈夫かい?」

 キラフィルが御者台から荷馬車の中に入りながらそう聞いてきた。

 防諜魔術を展開し続けてしばらく立つ。少し疲労感はあるがまだまだ大丈夫だ。

「平気です。それより、カスタットさん達は大丈夫でしょうか」

「大丈夫だとは思いたいね。俺が監視側なら見失っているはず。俺はよく知らないが、カスタットはシエトノで二等階級をやっていたんだろ? 一度振り切ったなら、簡単に見つかることはない」

「そうですよね」

 心配することはない。

 カスタットもフィユも、七選に選ばれる魔術士でもある。

 大丈夫なはずだ。

 日没には合流できる。

 言い聞かせているのは不安だからだという自覚はあったが、信じるほかにない。

「ところで、向かったという情報屋はどういう人なんですか」

 意識を切り替える。

 カリヴァやキラフィルが王都で活動していた時に利用していたという話は聞いていたが、詳細は聞いていない。

 キラフィルはふむ、と鼻を鳴らして少し考えこむと慎重な口調で答える。

「情報屋としては古参の部類だし、腕はいい。あれくらい長くやっていると情報屋同士の繋がりも広いうえに、古さは信用度にもなる、危ない情報を売りに行くならまずあそこだ。といっても、二等階級の俺達が利用する程度のところだがな」

「賢しき鼠ほどとは」

「言えるかよ」

 私の言葉にキラフィルが笑う。

「竜と同じだ。いるって話は聞いていても実際に遭うことはない、そういう存在。いや、貴族の世界では案外そうでもないのか?」

「いえ、私も、そういう情報屋の組織があるという噂を聞いているだけです」

「それこそ天元級にでもならない限り縁はないわな」

 情報屋としては最高峰の商品を揃えているという賢しき鼠については、地位を失う前は国の重鎮だった父ですら知らないという話だった。

 もしそんな情報屋と取引ができるなら、この事態についてもすぐに真相を得られるのだろうか。

「まあ確かに」

 キラフィルが木箱に座って頭を掻いた。

「守護六家のレオフカ家を探るには、あの婆様でも難しいかもなあ」






 蝋燭の揺れる火に照らされる硬貨から一枚金貨をつまみ、カゴミが話しだす。

 取られた金貨は代金ということだろう。

「影を司るレオフカ家が少し変わった動きを始めたのは初春の頃さ。動きが目立つ兵や組織はレオフカ家の直属が多く、軍のものではない、ということの意味は分かるかい?」

 カゴミの試すような瞳に首を振る。

 隣のフィユを見てみたが、僕を見てすみませんと呟いた。分からないようだ。

 カゴミはそれを受けて、新しく大銀貨を引き寄せる。

「王政の正式な命令ではない、ということさ」

 それが答えだったらしい。理屈を考えても分からないので、言葉の定義を確認する。

「政令委員会を通したものではない、ということですか?」

「加えて、ネアルモート陛下や各大臣の直下命令ではないということだね。レオフカ家は影を司る家ではあるが、実働部隊は国のものだ。なら、レオフカ家が私的に動いているか、あるいは誰かがレオフカ家を私的に動かしているかのどちらかだね」

「レオフカ家を私的に動かせるというと、どの程度の格のものでしょうか」

「まずは王族」 カゴミが銀貨を一枚引き寄せた。「加えて、公爵家。事情によっては内政、外政、軍政のいわゆる三大臣くらいかね。守護六家は王国の公務を引き受け続けてきた家だからね、そこを私的に動かせるとなると、それくらいに限られる。だからこそ、今回のことは情報屋の間で注目されている」

 カゴミの言葉に嘘はないのだろう。

 カリヴァの話では情報屋として長いらしい人物だ。曖昧な情報やでっち上げを売れば即座に報復に殺されるか、少なくとも情報屋を続けられるわけがない。

 しかし、信じたくはない事態だ。

 それほどの重要人物達が僕を狙う意味が分からない。

「さて、それでなぜお前さんが狙われるか、だがね」

 カゴミが僕を睨む。

 知らずにたまっていた唾を飲み込んで次の言葉を待った。

「今挙げた、レオフカ家を動かしうる人物達の中で、春先にレオフカ家と接触した人物が一人だけいる。第一王子フォーシアル」

 痛みが走った。

 右腕の二の腕辺りをフィユが握り込んでいた。

 目を見開き、呼吸を止めたフィユはこちらを見て、ゆっくりと頷く。

「すみません、平気です」

「無理はしないで。外に出ていてもいいよ」

「すみません、その、はい、お言葉に甘えます」

 王族関連の話は、フィユの過去を刺激するということを忘れていた。

 部屋を出て行く後ろ姿を見送り、再びカゴミへと向き直る。

「あのお嬢ちゃんも大変だね」

「カゴミさんは、事情を」

「知っているよ。まったく、美しいというのも大変さ。何事もね、過ぎたものはわざわいを招くよ」

 事情について聞きたい欲求もあったが、本人に聞く以外の手段は不誠実だろう。

「それで、第一王子がレオフカ家に接触を?」

「情報源は言えない、だが、確かだよ。時期的にはちょうどレオフカ家が動き始める直前だ。そして最近になって、リヴァージュに兵を送り込み、王都の警備にカスタット・ポゥ、フィユ・ウィン・シュバイツェル、ミーティクル・ウィン・キャンディナの三人の存在を確認次第報告するようにも非公式に命じている。一連の出来事だと思うのが自然だね。さて、ここまでが確定情報。問題は」

「なぜ、僕が狙われるのか」

「そう。だが、悪いけどねえ」

 カゴミが視線を下に落とし、煙管を手に取った。

 その先に葉を詰めながらゆっくりと首を振る。

「そう、どうしてお前さんが狙われているのか、それはあたし程度には扱えない情報だ。周辺の情報からも見えてこない。お前さんに心当たりがないかを聞きたいくらいさ」

「残念ながら、まるで無いです。僕は、青の三角の学生という以外には、とくに変わった経歴でもありません。王都や、まして王族に関わりなんて」

「そう、まあ、そうだろうね」

「僕はどうするべきだと思いますか」

「なんだい、そりゃあ。情報屋に聞くことじゃないね」

 カゴミが薄く笑って、軽蔑の視線を僕に向けた。

 その通りだ。助言を与えるのは情報屋の分を超えている。

 試されるのは僕の問い。

「あなたにはレオフカ家が動く事情が分からない」

「そうだね」

「では、事情を知るような人物に心当たりは?」

「どうかねえ。そりゃ王族や大臣級の政務官、大将以上の将官に公爵家なら知っているか、知る手段くらいはあるだろうよ。あるいは、そうだね、賢しき鼠なら知っていて当然だろう」

「賢しき鼠?」

「あたしよりも余程深く根を広げている情報屋の集まりさ。なんだい、シエトノには噂も流れていないのかい?」

「いえ、噂くらいは。けれど、ただの与太話だと」

 僕がシエトノの出身だという経歴まで掴んでいるカゴミにも驚いたが、賢しき鼠というものを実在するように話すことにも驚いた。

「ということは、カゴミさんは賢しき鼠について知っているということですか?」

「ふむ」

 カゴミが金貨を一枚、自らへと滑らせる。

「そうだね。私は、一人だけ賢しき鼠の人間を知っている。ただし、知っているのは外見だけだ。どこにいるのか、どうすれば会えるのかはまた別の問題。外見という情報を知りたいなら、大金貨を二十枚は置いてもらわないと困る」

 一千万フィア。

 そんな大金は持っていない。

 机の上に広げた硬貨達にはもう、金色の肌をした者はいない。

「ギルドの為替証書でなら」

「無理だろう? 二等階級の限度額は二百万だ。それくらい知っている。が、もちろんお前さんにそこまでの金がないのも知っている。だが、お前さんにはあるだろう? 金を借りるあてが、扉の向こうに」

 嫌な気分だ。

 カゴミの提案自体ではなく、その考えをすでに頭に浮かべている自分に。

 そして答えも出ている。

 金を借りるしかないのだ。

 振り返り一度出口に向かうと、触れるより先に扉が開いた。

 廊下の明かりに短い金髪が照らされて、フィユがこちらを見ている。

「いいですよ、一千万ですね?」

「いいの?」

「私、お金持ちなんです」

 まだ調子は戻っていないのだろう、白い顔のままでフィユは微笑むと、カゴミへと近づく。

 服の内側から銀細工の時計を取り出して机に置いた。

 カゴミが眉をひそめる。

「見事な懐中時計だが、値を付けて数百万程度だね。それに、物は受け取らないよ。盗品と思われるのも面倒だ」

「勘違いしないでください。聖銀貨を見たことはありますか?」

 フィユはそう言いながら時計の竜頭(りゅうず)をいじり、時計の裏側を開いた。

 ぱたりと、フィユの手に白銀の硬貨が落下する。

「これが、それです」

 見たことはあった。

 シエトノの古代遺跡から帰還した後、一等階級の冒険者達が数枚受け取っていたはずだ。

 しかし、思わず唾を飲み込んでしまう。

 あれだけで、カゴミの要求する一千万フィアの価値がある。

「これで、賢しき鼠の情報を教えていただけるんですよね?」

 フィユが聖銀貨をカゴミの前に置いて、確認する。

 というか聞き耳を立てていたのか。フィユの事情を聞かなくてよかった。

 カゴミは興味深そうに聖銀貨をいじってから口の端を少しだけ上げた。

「即応で払うとはね、大したもんだ」

 カゴミは手元に引き寄せていた硬貨をこちらに押し戻す。

「端数は返したげるよ。お前さんも活動資金は必要だろう」

「それはどうも」

「さて、賢しき鼠だね。この王都で活動している一人を私は知っている。目立つ黄色いケープを着た少女だ」

「少女?」

「少なくとも見た目はね。十二か三くらいの女の子だ」

「何かの冗談ですか?」

 僕は問うと、カゴミは薄く笑った。

「今年で十六になる怪物を知っているなら、そういうこともあるのだと受け入れられないかい?」

 黒髪の少女を思い出して、わずかに背筋が震えた。





 首吊り亭を出て、大通りから少し外れた道を歩いた。

 二人で着替えた上に、フィユは外套のフードをかぶせている。僕はさほど特徴的な顔でもないので、特には目立たないはず。それでも、レオフカ家の監視に直接顔を見られたら流石に気づかれるだろうが。

「結局、何も分かりませんでしたね」

 隣でフィユが呟いた。

 カゴミから得た情報は核心をつくものではなく状況はほとんど進展していない。

 聖銀貨まで使わせたにしては成果は無いに等しい。ただ、レオフカ家の関与が確定しただけ。

「いっそ、レオフカ家に直接聞いてみますか?」

「リヴァージュでは問答無用だったからね。あんまりその手段は取りたくない」

「では、その、賢しき鼠を探しますか? 黄色いケープの少女という情報は得たわけですし」

「カリヴァ達と合流するまでに何かもう少し知りたいところではあるけど」

 その言葉の直後、嫌な感覚が背中に走った。

 何だ?

 違和感。

 通りに人が一人もいないのは不自然だ。

 異常事態。索敵魔術を使うか迷う。探査の魔力波を放てば逆に敵に気づかれる。

 しかしすでに遅い。この無人の通りは偶然できたものではない。

 使うか?

 フィユは立ち止まる僕を不思議そうに見ている。

「っ!」

 背後から強烈な気配。

 氣術か?

 いや、魔術だ。

 魔力障壁を背後に瞬間展開。

 陶器の割れるような破砕音。

 振り向いた僕の頬から熱い液体が垂れる感覚。

 貫かれた魔力障壁が崩壊。注いでいた魔力が散乱して、僕の魔術式を光らせる。

 後ろで何かが盛大に壊れるような音。頬をかすめていった魔術だろう。直撃したら死んでいた。

「フィユ、下がって」

「え、あ、はい!」

 努めて冷静さを演技しながらフィユを後ろに。

 思考は完全に混乱している。

 視線を向ける先には体格のいい、おそらく男がこちらにゆっくりと近付いている。先程の攻撃の着弾角度からしても、あれが襲撃者だろう。

 黒い外套で顔が隠れている。右手には剣が一振り握られている。近接戦もできるのか。いや、できるのだろう。鍛えられた体格だ。

 魔力を急いで生成させながら先程の一撃を考える。一瞬感じた氣力はなんだ。

 同時に魔術式を五つ並行展開。五種の攻撃魔術を同時に発動。

 相手は先行した雷撃を横に跳ねてかわし、左右から挟撃する炎弾の交差する点よりもさらに前に踏み出す。

 速い。

 不可視の切断力場が剣で切り裂かれ、衝撃弾は軽やかな動作で道をゆずられる。

 生成に時間のかかった数百の氷の針による面攻撃を見て、相手が剣を構えた。

 氣力の気配。が、魔力に変換される。

 剣に沿って展開されていた魔術式が発光。

 高温の熱波が吹き寄せて、こちらの張った断熱魔術を超えて肌と瞳を乾かした。

 致命傷ではない。しかし、今の断熱魔術にずいぶんな魔力量を持っていかれた。

「嘘だろ?」

 敵の圧倒的な戦闘技術に、ではない。

 氣力を魔力に変換するような高度な加護の刻まれた剣に、ではない。

 その二つが暗に示す事実。

 鍛えられた風体。

 外套のフードの下には、金色の口髭。

 連想されるのはひとりの軍人の名前と、異名。

「貴方は、不撓不屈(ふとうふくつ)の、エグザリ・ウィン・ニルゴイグですか?」

 相手は答えずに、剣匠アイペロスの傑作と思われる剣をゆっくりと構えた。

 剣に沿って展開される魔術式は充分に視認できる。

 対抗魔術も即座に思いつく。

 しかし、先程の威力で放たれれば何の抵抗もできない。

 心臓がきしむ。

「フィユ!」

 後ろにいたフィユに飛びついて押し倒す。

 激しくフィユが抵抗するが押さえ込む。

 直後、海鳥の鳴くような音をさせて頭上を斬撃が抜けていく。

「嫌! やめて!」

 混乱したフィユが暴れる。

 こうなるのは仕方がないが、今に限ってはやめてほしい。

 鼓動が痛い。

 気にしている場合ではないが、痛い。

 何でこんな目にあうのか。

 あれが本当にエグザリなのかは分からないが圧倒的に僕より強い。

 魔力石から魔力を補給して対物障壁を展開。生成していた魔力も全て注ぎ込む。

 絶望的なほどに軽く男が剣を縦に振り下ろす。

 高密度の切断力場がほぼ同時に飛来、着弾。障壁が砕かれ、減衰した力場が僕の肩を浅く斬る。

 痛みが走るがそれどころではない。

 立ち上がりながらフィユを起こす。

 詰みに近付いている。

 もう防ぐ手はひとつしかなく、それも危うい。

 それでも頼るしかない。

 フィユに手を伸ばし、叫ぶ。

「フィユ! 魔力をちょうだい!」

 混乱した表情のフィユが怯えと共に僕の手を払う。

 詰みだ。

 せめて、フィユを突き飛ばす。

 ほぼ同時に斬撃の気配。

 フィユを押し出した右手が軽く引っ張られるような感覚。

 宙に舞ったのは僕の右腕の肘から先だ。馬鹿みたいに血を噴き出しているのが鮮明に見えた。

 その向こうでフィユの青ざめた顔。

 嫌、とその口が動く。

 強大な魔力。

 フィユの存在が遠くに行ってしまうような感覚。

 血を急速に失っているからか。

「やめなさい」

 フィユの肩を抑える女性がいた。

 なんだ。状況が分からない。

 フィユの魔力が落ち着いていく。

 いつか研究室でシンディアが見せた技術。

 しかしあの若い賢者ではない。女性の姿を見たことはある。誰だ? 思い出せない。

「それは重大は背反行為だが?」

 遠くから男が低い声で言った。

 女性はフィユを立たせながら首を振る。

「それがどうしました?」

「いいんだな?」

「ええ」

 女性が表情を変えずに頷き、それから僕を見る。

「一度逃げますよ」

 その顔を見てようやく思い出す。

 いつかサイファールと会談した時に隣りにいた女性。

 加速の魔女だ。

 




 フィユが持つ僕の腕の断面に、僕の方の断面を合わせる。

 奇妙な感覚とともに切断面が塞がれていき、指先までの感覚がおぼろげながら戻ってくる。

 僕の手持ちの治癒魔術ではあり得ない効果だ。

「これが魔法ですか」

「そう、私の加速の魔法。この場合は貴方の治癒力を加速させた」

 王都の宿の一室で机に腰掛けたユギナが無表情にそう言った。

 この宿を借りるまでに他の宿を十数箇所借りて、その後も数か所宿を回ってからここに戻ってきていた。どの宿でもレオフカ家に連絡が行く手はずになっているのだとユギナは言う。

 この誤魔化しは小手先の時間稼ぎでしかない、とも。

「加速の魔法というなら、もって、こう、物理的なものだと思っていました。エグザリから逃げ出したり、宿を回ったりした時のように」

「もちろん移動速度を加速させることもできる。けど、魔女の魔法というのはもっと概念的なものだ」

 ユギナはそう言うとフィユの方を一瞥(いちべつ)した。

 じっと睨まれてフィユが少し怯える。

「あの……?」

「もう腕を離していい。繋がっているはず」

「え? あ、はい」

 フィユが手を離しても腕は落ちずに繋がったままだ。

 指も問題なく動く。少しけだるい感じがするのは仕方がないだろう。

「あの、助けていただいてありがとうございます」

 ようやく落ち着いたのでまず礼を言った。

 あのまま順当に時が進めば死んでいた。ルルティアの時も死にかけたが、それ以上だ。

 流石にあの場でエグザリ・ウィン・ニルゴイグに勝てた自信は無い。逃げ出すことも不可能だったろう。()の人は王国軍全体でも屈指の実力者だ。

「私も馬鹿なことをしている」

 相変わらず感情の読めない顔でユギナがそう呟いた。

「エグザリが出てきたならもうずいぶんな大事じゃないのか? 正式な国家命令ではないことはもう言い訳にならない気もする。いや、でも、だからと言って見過ごすのは。ああでも、アレが出てきて逆らえるか? いや、なら逆にそれまではと言っても、そういう言葉が通じる相手じゃないし。けど、私を殺すことはないだろ。でも痛い目に遭うのもなあ、嫌だなあ」

 ユギナは僕達が存在していないかのようにひとしきり呟いてから、最後に首を振った。

(らち)もない」

「あの?」

「はあ、嫌だ嫌だ。世の中、綺麗にはいかない。私利と私欲と、義務に責任ばかりだ」

 ユギナの言葉の意味はわからない。

 少し怖い。加速の魔法の効果は読みきれないが、僕達を殺そうと思えばすぐだろう。

 以前シエトノで別の魔女に遭った時も死にかけて、足を一本失った。

 ユギナの苛立ち気に床を叩いていた足が止まる。止まって初めてその動きに気づいた。

 周囲のことが見えていないことを自覚する。

「知りたいことが多いのは分かる」

 ユギナの目が僕を捉えた。

「襲われる理由は身に覚えがない。守護六家が襲ってくる。魔女が助ける。意味が分からないね。けれど、気づくことは不可能じゃなかった。気づけていれば、ここに来るなんて最悪の選択肢を取ることもなかった」

「気づけた?」

「推察のための情報はあった。その結論に至るのは不可能ではなかった」

 思わせぶりな言葉。

 しかし、分からない。何に気づけたというのか。

 ユギナの口がおもむろに言葉を紡ぐ。

「全ては、魔女に起因した出来事ということ」

 その冷徹な視線がフィユを貫く。

「貴女の魔女を発現させるために、この一連の動きがあるということよ」

「え?」

 か細い声がフィユの喉から漏れる。

 事情のいくつが繋がってくる。

 僕という人物を狙って来たのは、フィユとの関係性が原因か。

 しかし分からない。

「それが僕を狙うことと、どう繋がるのです?」

「魔女の発現には精神的な揺らぎが必要。つまり、この子の心を支えるような存在は邪魔で、同時に殺すことができれば心を揺さぶることもできる」

「そもそもフィユの魔女は、発現しそうになかったのでは?」

「あの会談の話? 嘘に決まっている。結果がどちらでも口では魔女の気配は薄いと言うことになっていた」

 考えれば当たり前のことをユギナが告げる。

「それじゃあ、本当は」

「決まっている。充分に発現しうるものだ。だからこそ、この状況だ」

 ユギナの冷たいまでに平静な言葉。

 隣でフィユが手を震わせている。それはそうだ。一連の出来事の原因が自分と知ったのだ。

 落ち着かせるための言葉が思いつかない。

 僕も混乱している。常軌を逸している。

 王国全体が敵ということか?

「あの、では、どうしてユギナさんは僕達を助けてくれたのですか?」

 それが不自然だ。

 ユギナは王国側の人間で、だからフィユの魔女の資質も確かめていたのだ。

「気まぐれ」

 しかし返ってきたのは短い言葉だった。

 意図が掴めずにユギナを見ると、彼女はふと視線を床に落とした。

「あるいは、そうね、同情かな」

 ユギナの表情がかすかに変わっている。

 何かを憂いるその表情はすぐに消え、元の無表情が現れた。







 夕陽が建物に遮られて長い影を作る。

 その影から伸びた黒い縄が私の両足を捉え、魔術式を阻害する。

 私だけではない。カリヴァもキラフィルもリッツもサイネも、馬車に乗り合わせていた全員が縛られている。

 洗練された身のこなしの人間が馬車を見聞し、私達の装備を奪っていく。商会前の広場には人払いしたのか他に誰もいない。

「冒険者は戦闘の専門家」

 私達を見下ろすのは、夕陽に赤く染まるルルティアだった。

「分かっていたつもりですが、それでもやはり面倒でしたよ、ミーティクルさん」

 夕陽の赤よりもさらに赤く黒い自らの血を地面に垂らして、ルルティアがため息を吐いた。

 右腕の裂傷や左足の火傷。とても無傷とは言えない状態。

 しかし致命傷には程遠い。

 その顔に言葉を吐いてやる。

「一矢報いたでしょうか?」

「報いたというなら、カスタットさんとフィユさんをすでに逃していることですね。レオフカの監視網をよく逃れたものです」

「最初からいなかったから」

「本当に、冒険者らしい言葉を言うようになりましたね」

 言ってみるだけ言ってみるか、という嘘だったが通じるわけもない。

 それにしてもよくできた捕縛魔術だ。私の魔力がどんどん吸われていく。

 捕縛魔術は魔力を過剰に流して破壊することが常道だが、それが不可能。式破壊の加護の刻まれた剣を持つカリヴァが頼りだったが、あっさりと剣を奪われた。カリヴァのことだから、無駄な抵抗はしない方がいいという判断か。

 レオフカ家の者かあるいはその手駒か、数えて九人の襲撃者達の練度は恐ろしいものがあった。個人の能力で言えばカリヴァやキラフィルには劣る者ばかりだったが、自己犠牲を前提にした連携が凄まじかった。

 数でも不利ではあったが、それ以上に練度で負けたというのが正直な感想だ。

「まあレオフカ家はある意味で対人戦、それも奇襲の専門家だ。勝てるわけはねえやな」

 呑気にカリヴァがそう言って笑う。

「俺達は情報を絞られて殺されるか。いや、短い人生だった」

「死ぬときくらいはお前との腐れ縁を断ち切りたかったな」

「そう言うなよ」

 キラフィルも諦めた雰囲気。

 その向こうでリッツやサイネも無気力に空を見ていた。

「そもそも無謀でした。レオフカ家を本気で敵に回す気だったのですか?」

 ルルティアが彼女に似合わない冷酷な声音で問う。

 それを受けてキラフィルが笑った。

「それは確定した事実じゃなかった。それに、ここまで本気とも思わなかったさ。街中を人払いして仕掛けてくるとはな。あの小僧はいったい何をしたのか」

「カスタットさんはどこに?」

「さて答えたいとこだが、残念ながら分からん」

「合流する予定はあったのでしょう?」

「答えないと無慈悲な拷問でも待ってるんだろうな」

「理解が早くて助かります」

 ルルティアの事務的な言葉。

 焦燥が私の舌を動かした。

「待ってください、キラフィル!」

「悪いが拷問に耐えられるほど俺達に使命感はない」

 驚くほどあっさりとキラフィルが合流予定の宿を吐いた。

 キラフィルを睨むがあちらは素知らぬ顔。

 あまり責めることもできない。それほどの義理を求めるわけにもいかない。

「事態が落ち着くまでは解放することは出来ませんが、あなた達の命を奪うまではしません」

 ルルティアはそう言うとこちらに背を向けた。

「私は人の死が嫌いです」

 何かを憎むような横顔を残してルルティアはこの場を去っていった。

 その言葉通りに私達は殺されることはなく、比較的丁寧な扱いでレオフカ家の私邸へと連れられた。



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