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魔術士は求む者  作者: 土月 十日
ニ章 橙・六感・王の疾患
34/44

4 けれど愛憎の境界に



 呼び出されたのは場末の酒場だ。

 汗と血と、暴力の匂いに懐かしさを覚える。

 火を通したんだから料理だと言いたげに店員が焦げた肉を乱暴に置いて去っていく。一瞬だけ目の合った売春婦が意味ありげに微笑みかけてきた。

 まったく、品が無い。だからこそ気は楽ではあった。

 緊張とともに息を抜いて椅子にもたれて正面を向く。

 気の抜けたような笑みを浮かべて、対面に座るカリヴァが麦酒を飲み干したところだった。

「ああ、このためにな、生きてるって感じだ」

「なにもこんな安い酒場じゃなくてもいいのに」

「馬鹿かお前、これがな、俺の魂の還る場所だよ」

「大げさな」

「大事なことだ。身の丈ってやつがな」

 お世辞にも見映えがいいとは言えない笑顔を浮かべながら、カリヴァは安い鶏肉料理に手をつける。

 カリヴァという男は二等階級の冒険者としては充分な腕を持っていると僕は思う。一度立ち会った時のことや、カリヴァのこなした依頼の話を聞いていればそれは分かる。四等階級や下限級が主な客層のこの店を選ぶのは、本当に何かこだわりがあるのだろう。

 別段、美食家でもないので特に文句もない。冒険者になりたてだった頃のことを思い出しながら麦酒を流し込んで、味の薄い料理に手をつける。

「身の丈ねえ」

 自分の身の丈はどうだろうか。青の三角に入学が許されて、更に七選に選ばれたことは未だに実感がない。

 けれど王国の魔術士としては最高峰とも言える立場ではあることは自覚していた。

「器量と言ってもいいさ」

 カリヴァが髭についた食いカスを払いながら言った。

「人にはあるべき場所、就くべき役ってのがある。それはそいつの実力とか、人柄とか、そういうものさ。もちろん人脈や血筋ってのも無視できねえ。だが、大事なのは自分の器量を超えちゃならねえってことだ。少ない分にはこぼれないからな」

 冒険者らしくなく観念的な話だ。

 意外とそういう話し方が好きな男だということはもう知っている。

「それは、ミーティクルさんのこと?」

 思ったことを口にすると、カリヴァは一瞬だけ表情を止めてから不敵に笑った。

「あの娘は、最近はいい顔をするようになったぞ。家の再興なんてのは、あれの器量には大きすぎることだったんだな」

「不可能では無かったと思うよ」

「能力だけだろ? あれは、残念ながらもっと小市民的な子だよ。向いてないのさ。逆に、こういう稼業には向いている」

 剣の柄を触ってカリヴァが笑う。

「お前さんには実に良い人材を紹介してもらった。ミーティクルは冒険者として一流になる素質がある。一等階級か、あるいはそれ以上か」

「そうだね」

 頷いてみせる。

 青の三角の塔の到達階数において、ミーティクルは第二位の数字を残した。魔術式の瞬間展開は当たり前のようにできるうえに、並列処理も僕よりはるかに多くできる。空間系の魔術は修めていないとはいえ、精神感応には充分な適正もある。

 素質でいえば充分過ぎる。後は、戦場での立ち回りを身につければ一流の冒険者だ。

「ミーティクルなら天元級にも手が届くかもしれない」

 広い王国の国土に百人もいない天元級冒険者。

 夢のような話で、現実的な可能性を持つ話でもあった。

「義理深い奴だし、今のうちに恩を売っておきたくなる」

「助けになるなら何だっていいよ」

「そう、打算からの行動だが、俺はあの子の味方として行動している。だから今日、お前をここに呼んだんだ」

 新しく運ばれたばかりの麦酒を飲み干して、カリヴァが目を細めた。

 敵を探るような視線。

 反射的に、守るように微笑みを浮かべた。

「どういうこと?」

「どうしてミーティクルを避ける?」

「避けてなんか」

「あれが青の三角を出てから一度も会っていないだろう。こうして俺に呼び出された時はのんきに顔を出すくせに、だ」

「なかなかね、女性を誘うような勇気はなくて」

「一度食事に誘われたのだろう?」

 どうして知っているのか、と苦笑する。

 街で偶然に会った時に近い予定を聞かれたが、忙しいと断った。

「嫌いか?」

 答えない僕にカリヴァが重ねて問いかけてくる。

 思わず笑ってしまい、それから首を振ってみせた。

「嫌いな相手のためにあんな苦労はしないよ」

「そりゃそうだ。聞いた話だが、ずいぶんな大立ち回りだったんだってな」

 その通りだが、全てエルノイの手のひらの上だったと思うとあまり自慢する気にはならない。

 しかし、ずいぶんな苦労をしてでもミーティクルのために動いたのは事実。

「体つきは華奢だが、べっぴん。上玉かそうでないかでいえば間違いなく前者だ。俺なら頼まれなくても会いに行くがな」

「あんまりね、そういうのが苦手で」

「誘いを断るほどに?」

「忙しかっただけだよ、本当に」

 舌打ちをしてカリヴァが睨んでくる。嘘だということは分かっていても、追求する気は削がれたようだ。

 理由がないわけでもないが、カリヴァに言いたくはなかった。

 ミーティクルが僕に感謝していることは分かっている。好意か、その種子のようなものを抱いていることも。

 だからこそ会いたくないのだ。

 今は青の三角での勉学に集中したいというのも事実。

「話っていうのはそれだけ?」

「本題は、な」

「本題以外は?」

「世間話をするなら、将軍のエグザリ・ウィン・ニルゴイグを知っているか?」

「何年か前に非人同盟方面軍に異動した人だよね」

「そのエグザリだ。北方戦線での撤退戦から"不撓不屈(ふとうふくつ)"だなんて呼ばれていたが、その名に負けない戦果のようでな、冒険者や傭兵の類が西に流れているらしい」

「へえ」

 "不撓不屈"のエグザリの高名は覚えている。覚えるべき王国軍人を挙げれば十指に入るだろう人物だ。戦士としても指揮官としてもその有能さを示す逸話は多い。

 敗戦の続く西方戦線は冒険者の間では人気のない戦場だったはずだが、そこが盛り返してきたなら冒険者事情も多少は動くかもしれない。

 カリヴァが、しかしよ、と言ってから麦酒を再び飲み干した。

「王国軍っていうのも人材豊富だな。あのエグザリですら、ようやく王宮本軍議会入りだ」

「そもそも軍人の数が多いからじゃない? 帝国の方が異常だよ。王国よりはるかに規模が小さいのに、北方戦線で拮抗してる」

 そこまで言って、魔女という存在について思い出した。

 北方戦線が拮抗しているのは、魔女の数が同じだからだ、とサイファールは言っていた。

「ところで、気づいているか?」

 少し歯切れの悪い声はカリヴァのものだったことに驚く。というのは、カリヴァの口はまったく動いていなかったからだ。

 ことさらに何でもないふうを装ってカリヴァは料理に手をつける。

 気づいている? 何にだ?

 分からないが、尋ね返すのは下手だろう。カリヴァにならって料理を口に運びながらカリヴァを見る。

「入り口から三つ目、左のテーブルだ」

 伸びをして筋肉をほぐすふりをしながらそちらを視界の端に捉えると、見知らぬ男三人が座って料理を食べている。普通の光景のようで、そのうちのひとりがこちらにさりげなく視線を向けていた。

 視線を合わせないように気をつけて顔をカリヴァの方に戻すと、カリヴァはうっすらと笑った。

「しかし、そうは言っても王国は人材が豊富だよ」

「そうかもね」

 男達は冒険者風の身なりだったが、顔つきがらしくない。カリヴァの推測する通りに王国軍人なのだろう。

「逃げるなら酒、ヤるなら肉」

 カリヴァが再び口を動かさずに呟く。

 一瞬だけ迷ってから、料理に手を伸ばした。

 カリヴァの目が肉食獣の笑みを浮かべる。

「しかし、ここの酒はまずいなあ」

 楽しそうにカリヴァが言うので、少し呆れた。

 料理と酒を全て二人の胃袋に収めて、店を出た。カリヴァの進むままに任せていると暗がりへと出る。

 カリヴァがつまらなそうに呟く。

「初めてお前と会った時を思い出すな」

「あの時は、どうも」

「言っておくが、お前の後衛程度の技術の尾行には気づいてたんだからな? 対魔加護は充分にあったし、あの距離なら大抵の魔術は撃たれても平気だと思ったんだ」

「はいはい、分かってますよ」

「ったく、魔術士ってのは味方だと脆いくせに、敵になると厄介だ」

 町外れの倉庫街について、カリヴァが立ち止まる。

 半月に薄く照らされた辺りには人気はない。

「脆い魔術士をちゃんと守ってよ、前衛さん」

「せいぜい役に立つことだな」

 カリヴァが腰元の剣を引き抜いて、月に向けたと気づいた時には二つに折られた矢の残骸が頬をかすめていた。

 探査魔術で短弓士の存在には気付いていたが、射出の動作が速すぎて気づかなかった。

 脳内で組み上げた魔術式を眼前に転写。

 月明かりに式が薄く輝く。

 眼前に幾何模様を描きながら、全体としては大きな円を構成する。

 酒場からここまで付けてきた連中は、弓を引いてきたのだからもう敵として見ていいだろう。

 対魔術士の定石として倉庫を遮蔽物に移動しながらこちらを伺っているが、すでに位置は把握して、魔術も組み上がった。

 流れた魔力が現象へと変換されて、炎弾が空へと撃ち上がり、その軌跡を曲げる。あらかじめ組まれた通りに折れ曲がった進路は上空を渡り、真上から敵を急襲する。

 冒険者水準では高度な魔術にカリヴァが苦い声で呟く。 

「うえ、何だそりゃ」

「あーやっぱ駄目か。いい装備してる」

 展開した対物障壁に矢が突き立ち、速度を失って落ちる。炎弾では案の定効果が薄い。まだ充分に動けるようだ。

 姿を見せてくれれば有効な手立ても多いが、隠れながらの相手には相性が悪い。

「お前、もっとさらっと倒せないの? ミーティクルと同格なんじゃねえのか」

「式技術は向こうが上。魔力はもっと向こうが上。贅沢言わないで」

 念のために魔力石は持ってきていたが、それでも魔力量はそう潤沢ではない。

 しかし、炎弾はあくまで牽制だ。

 わざわざ上に目立つ炎弾を撃ち上げたのは、もちろん注意を下から逸らすため。炎の明かりで、月夜に光る魔術式も目立たない。

 すでに新しい魔術式が地を伝っていて、魔力も流れている。

 隠れている者達のもとへ流れた魔力が、その先で効果を発揮する。

 五人の男の悲鳴が夜の静けさに反響した。

 カリヴァがこちらを見て何とも言えない顔をしているので、説明してやる。

「いい装備でも、靴にはそんなに加護は刻めないからね。電撃が通って良かった」

 カリヴァは小さくを息を吐いて笑うと、後頭部を掻いて呟く。

「いい靴を買うかな」

 対魔に限らず、加護を装備に刻むならばそのための面積が必要だ。普通はせいぜい耐熱の加護のみで、対刃もついていたら上等だろう。そのため、足元からの雷撃は意外な盲点となる。冒険者時代に使用していた手のひとつだ。

 といっても、普通ならもっと注意を逸らさなければ気づかれる。転写式の魔術式技術のおかげでもあった。

 手近な一人の方に、カリヴァが先頭となって近づく。地面に倒れ込んでいる男はまだ意識があった。

 足裏から電流を流されれば、心臓が遠いため命に別状はなくてもしばらくは動けないだろう。

 非殺傷を選んだのは慈悲ではなく、もちろん尋問のため。

「さて、何からうたってもらおうかな」

 カリヴァが浅く刃を頬に食い込ませながら、血を垂らす男に微笑みかけた。

 周囲の警戒をするために先ほどよりも丁寧な索敵魔術を発動。

 ぞくりと寒気がした。

 反応はかすか。

 かすかな反応にまで隠蔽できるような相手が周囲にいる。

 六人。

 気づいたことに気づかれた。

「カリヴァ!」

 叫びながら対物障壁、対魔障壁の魔術式を瞬間展開。いつでも使用できるように備え、すぐに魔力を流した。

 強力な雷撃が対魔障壁の前で弾け、対物障壁に突き立った矢がのめり込んで頬を引っ掻いた。血が垂れる感覚。

 誘雷魔術をカリヴァの方に伸ばす。カリヴァに向かっていた雷撃が魔術に誘導されて、そのまま地面へと放電。

 障壁に魔力を使わされた。残量は少ない。魔力石を掴んで魔力を補充しながらさらに魔術式を複数展開。圧縮した魔力弾を四つ放つ。

 きつく湾曲した軌跡を描いて接近していた炎弾を迎撃。近づく前に誘爆して、周囲が赤く染められる。倉庫街は煉瓦造りが多いので前広がることはなかったが、ずいぶん遠慮のない攻撃だ。粗野だからといえるような実力ではない。つまり、それだけ本気ということ。

「これはやばいな」

 間断なく飛来する矢を剣で弾きながらカリヴァが呟く。防御面積が狭くなるようにこちらに近付いているのは流石だ。あちらも火力を集中させられるが、自分とカリヴァの二箇所を守るよりはこちらの方が楽だ。

「そして分かった。俺を殺すには戦力が過剰すぎる。つまりこれはお前を狙ったもので俺は巻き添えだ!」

「ほら、無駄口叩いてると死ぬよ」

「少しは悪びれろ」

「逆なら悪びれないくせに」

「当たり前だ」

 悪びれずにそう言うカリヴァが舌打ち。僕に向かった矢を防ぎながら、自分に向かった矢を肩で受けた。僕が倒れれば魔術を防ぎきれずに負けるためにこちらを優先したのだろう。

 問題は、このままではどちらせよ時間の問題だ。カリヴァが倒れれば僕は対物障壁無しに矢を防げない。対物障壁を貼るようになれば魔力はすぐに足りなくなる。

 どこかで巻き返しの一手を打たなければ負ける。

「ねえカリヴァ、敵の魔術士はひとりだと思う?」

「多分な」

 余裕が無いのか短くカリヴァが答える。

 魔術の出どころは今のところ同時に一箇所。移動してはいるが、同時に二箇所以上から魔術が来ることはない。

 賭けどころか。

 魔術士はひとり。

 観測魔術の精度を高く移行。相手の魔術式の質を観測。そちらに処理能力を振っているので、相手の魔術は対魔障壁で防ぐ。魔力がどんどん消費されていく。強い疲労感。

 賽はもう投げた。

 相手の魔術式質を掴む。幸いにさほど特殊なものではない。

 質を真似た魔術式を瞬間展開。でたらめに、魔術士に向かって幾重の網のように魔術式を展開。

 流れてくる魔力を感じて、同化が成功したことを知る。

「カリヴァ! 右、赤い倉庫の裏」

「あいよ」

 カリヴァが駆けていく。

 矢がいくつも走り、こちらとカリヴァを狙う。対物障壁で矢を止め落とす。カリヴァはジグザクに走ってかわす。

 魔術は来なかった。

 相手の魔術式はこちらの魔術式と混線し、意味を成さない。

 魔術封じとしては新しい手段だろう。式質を真似るなんて行為は冒険者の間では一般的じゃない。

 カリヴァが向かった先には一番近い位置の弓士。二等冒険者の中でもカリヴァは上位の前衛だ。五人の弓士の包囲くらいなら突破できる。

 一人をカリヴァが殺し、次の弓士に向かう。

 相手の統制が乱れたのかこちらに弓は来ない。この間に魔力を生成。

 二人目がカリヴァに殺されて、首が倉庫の陰から転がった。

 勝った。

 相手の魔術士の動きは補足できる程度。魔術式質を変えることはできないようで、式は封じきれる。

 油断はしていない。

 しかし、反応が遅れた。

 一度も敵の存在など確認していない場所で、急激に魔力を観測。観測魔術を向ける前に、細い魔術式がこちらに伸びているのを月明かりで確認。

 瞬間展開だ。

 すでに足元に複雑で精緻な魔術式が広がっている。

 逃げても間に合わない。魔力弾を真下へ撃って、式を破壊。

 表層を覆っていた偽装魔術式が崩れ落ち、その下に本命の式が光っていた。

 黒い帯が蛇のように上昇。

 脚に絡みつき、地面に引きずり倒される。

「カスタット!」

 カリヴァが異変に気づき、こちらに駆ける。彼の剣なら魔術式ごと破壊できる。

 しかし、罠だ。

「カリヴァ、下だ!」

 カリヴァの足元に同型の魔術式が瞬間展開。黒い帯がカリヴァの両足を拘束して地面へと引きずり倒す。

 遅かった。

 いや、どちらにしても詰みだった。カリヴァが逃れたとしても、僕が無力化された時点でカリヴァは魔術の餌食になる。

 問題は。

 問題は、使われた魔術だ。

 黒い帯は魔術式の展開を見事に妨害し、同時に僕の魔力を吸って強度を増していく。

 考えたくなかったが、この魔術には見覚えがある。

 瞬間展開できる魔術士など、どれくらいの数が王国にいる?

 夜に反響する足音に顔を向ける。

 喉が気づけばからからだ。

 唾を飲み込んで喉を濡らして平静を突貫工事で装う。

「珍しいところで会うね」

 黒い帯の魔術式が手元に結ばれた魔術士。

 くすんだ金髪。理知的な顔つき。

 冷たい表情が僕を見下ろしていた。

「ねえ、ルルティアさん」

「会いたくはありませんでした、カスタットさん」

 ルルティアは何かを諦めたように優しく微笑んだ。

 その手には切断の魔術。首の骨まで切れなくても、気管や血管くらいなら簡単に切り裂ける。

 発動。

 感触はかすかに。

 遅れて焼けるような熱さ。

 血が噴き出す。

 痛くはない。

 しかし熱い。遅れて、痛みが痛烈に走り出す。

 だが、まだ致命ではない。

 身を捩った分、狙いがずれた。

 放っておけばすぐに死ぬ。しかし、まだ死なない。

「ルルティアぁ!」

 叫びは少女の甲高さを持っていた。

 同時に、雷撃がルルティアの魔力障壁の前で弾ける。遅れて炎弾や衝撃弾が雨のように二十発以上。

 最後の魔力弾は障壁の直前で爆発。瀑布のように光が放射され、視界が白に塗りつぶされる。

 そして、拘束が解けた。

 何も見えないのでひとまず止血。そして、魔術が来た方へとふらつきながら走る。

「こっちです!」

 声と共に誰かが手を掴んだ。

 先ほどとは違う声はフィユのものだ。

 導かれるままに走る。

「フィユ、まだカリヴァが」

「男の剣士ですよね? ミティが向かっています」

 血が絡んで上手く言えなかったが伝わったようだ。

 しばらく走る。その間にフィユは何度も魔術を後ろに撃っていた。追われているのか。目がまだ回復しないうえに、魔術で切れた血管と気管を繋ぎ続けているので援護ができない。

 生体的な治癒魔術は使えるが、精度が悪い。過剰な治癒で血管を塞ぐ可能性もある。

「カスタットさん、飛びます!」

 言葉通りに強い力に持ち上げられ、上空に吹き飛ばされる。フィユの魔術だろう。長い跳躍を終えて着地、できずに膝と手をつく。  

 何を飛び越えた?

 水音がした。

 位置を考えても、川か?

 強大な魔力は傍らから。相変わらず、個人とは考えられないぞっとするような魔力量。

 それが急速に消失。魔術へと変換された。

 水音が止まる。

「行きましょう」

 フィユが手を引いて再び走り出した。

 しばらく走っていると視界が戻ってきた。フィユの短い金髪が走行に合わせて揺れている。

 夜の町並み。倉庫街は抜けて、もう住宅街に近い。

「フィユ、ありがとう、目が戻ってきた」

「本当ですか? よかったです」

 細い手が離れて行く。

 話を聞くと、追手は川ごと凍らせたそうだ。対魔加護があっても、膝ほどはある川ごと凍ればすぐには動けない。いい手だ。それができる魔力量の人間は少ないけれど。

 街の本通りを横切ってさらに走ると、曲がり角でミーティクルとカリヴァに合流した。

 開口一番にカリヴァが文句を言う。

「お前のせいで酷い目にあった」

「お詫びに首を切られたから、それで勘弁して。だいたい俺のせいっていうのはまだ確定じゃない」

「お前の知り合いがいただろうが」

 言葉に詰まる。

 フィユが心配そうにこちらを見た。その隣で、小柄なミーティクルが睨むように僕を見上げる。

「あなた、いった何をしたのですか? どうしてルルティアに狙われているの?」

「分からない。つい最近会った時は、助けてくれたくらいなんだけど」

 呪いの解呪をわざわざしてくれたのだ。

 そのルルティアが敵に回るなんてどうして考えられるのだろう。

「ルルティアさんではなくて、レオフカ家の事情なのかもしれません」

 フィユが思い詰めた表情で言った。

 レオフカというのは確か、ルルティアの家名だ。

 ミーティクルが首を振る。そして硬い声で続けた。

「だとすると洒落になりません」

「不吉なことを言うね」

「カスタットさんは知りませんか? レオフカ家は、王国軍の中枢を担う守護六家のひとつで、諜報と忙殺の<影>を司ります」

 本当に洒落にならないことをミーティクルが言った。

 守護六家の存在は知っている。それぞれの家の長が王国軍の要職を世襲してきた六つの貴族たちの称号だ。武術指南役を務める<剣>のアルファンス家や、王の近衛を務める精鋭隊を指揮する<盾>のシゼ家、王家の軍事顧問を務める<扇>のニルゴイグ家などは僕でも家名を覚えているほど。

 ルルティアの家が名家だというのは聞いていたが、まさか守護六家だとは思っていなかった。

「でも、やっぱり心当たりはない」

 呟く。

 そう、守護六家だというレオフカ家とやらに狙われる理由など無いはずだ。

 同様にルルティア個人に狙われる理由も。

「真意を確かめたいけれど、正直、対面するのも怖い」

 ルルティアは容赦なく襲ってきた。

 助けが来なければ死んでいたのだ。背筋が粟立つ。

 戦力で言えば、ルルティアは一流の魔術士だと思う。戦場に出たことなどはないのだろうが、頭も魔術の腕も一流。

 特にあの黒い帯の魔術が厄介だ。

 こちらの魔力を吸って自己強化し、こちらの魔術式を封じ続ける。魔術士を無力化するには強力な魔術だ。

 欠点があるとすれば魔術式が複雑なこと。特にルルティアは、一段と偽装回路を増やして式の本質を読み取らせないようにしていた。

 けれどそれも、ルルティアが瞬間展開できてしまうせいで欠点らしい欠点とは言えないだろう。

「ひとまずは身をくらますことを薦めるな、俺は」

 カリヴァが不機嫌そうに告げる。

「というか、俺もだよ。今回の件で、<影>のレオフカ家に狙われる可能性があるなら、隠れる以外に手がない。くそ、キラフィルに連絡をつけないと」

「王都に逃げましょう」

 毅然と言葉を発したのは、ミーティクルだった。

 フィユが驚いた表情でその言葉を聞く。

 王都に逃げる。

 その判断は、確かに充分な妥当性があるものだ。

「ルルティアはもちろん、青の三角水準の探査魔術が使える」 状況を口にして整理してみる。「リヴァージュは上級都市といっても広さはそれほどでもない。逃げ切るのは確かに不可能だよ。でも、逃げ場所は王都以外にもあるんじゃない?」

「逃げるだけならそうですけど、逃げ続けるにも限度があります。状況を改善するにはまず情報が必要です。つまり」

「この大陸の中心、王都へ行くしかない、と」

 ミーティクルが頷く。

 それは確かに理のある言葉だ。

 今、ルルティアと対峙するのは危険すぎる。後から出てきた手練を含め、戦力がどれだけあるのかも分からない。

 しかし、王都に行くとしてもそれはそれで危険。それくらいの行動を、ルルティアが読めていないわけがない。

 十分な戦力と、相応の知識や勘が必要だろう。

「良い営業だね」

 思わず笑ってしまう。

 もちろん、ミーティクルにそんな気がないのは分かっているが、状況を整理すればやることは決まっている。

 不思議そうに首をひねるミーティクルが少し可愛い。

「ミーティクル、それにカリヴァ」

 手持ちの資金を考えながら口にする。

 ミーティクルがまだ三等階級でよかった。

「僕の王都までの移送と、着いてからの護衛を依頼したいんだけど」

 それを聞いて、ミーティクルが微笑む。

「特別に、安くしてあげましょうね」

 ミーティクルの言葉にカリヴァが不満の返答。

 フィユだけが、迷うように瞳を揺らして黙っていた。

 

 


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