プロローグ
会議というものは本当に嫌いだ。
同じ時間に同じ場所に集まり、同じ議題について話し合う。
世間話として、言い換えれば気分転換としては有用だが、会議の時刻に気分転換をしたくなるとは限らない。
魔術式回路で面白い思いつきをして、早く実験をしたいのに会議のせいでそれができない。かといって文句も言えない。地位というか、立場がある。
究め舎の中でも賢者しか立ち入れない会議室。すでにほとんどの賢者が来ていたので、少し慌てた動作を見せて空いている席に座った。
「お久しぶりです、カワチャさん」
隣に座っていた男が囁くようにそう言って会釈をした。こちらも会釈を返す。
「お久しぶりですね。確か、今はラクアレキでしたっけ」
「ええ。あそこはいいところです。怪我人が多くて、試すことが多い」
「軍からのお金もありますからね。いやあ、私のとこなんて貧乏で貧乏で」
「刻紋は難しい分野ですよね。基礎的なものだと、金銭的な価値を作るのは難しいですし」
「役に立つのは百年後になってもおかしくないですからね。まあ、その分気楽なんですが」
それからしばらく近況について話し合う。青の三角の支部研究機関の話は直接聞かないとなかなか詳細なことは知られないため、関心があった。
やがて周囲の気配が変わったので会話を止めた。部屋の入口を見ると、ハイレターが静かに入室したところだった。楕円形の円卓の、部屋の奥側に空いていた椅子にハイレターが座り、周囲を一瞥する。
そして、面倒くさそうな声で話を始めた。
「はい、どうも皆さんお集まり頂いて。毎年のことですか、研究室配属についてですね、お話したいと思います。七選選抜者についての資料は事前に渡しましたが、まず彼らについて質問がある方はいますか?」
手短なハイレターの言葉に、一人が挙手をした。若い顔だ。新任の、名前は何と言ったか。
彼女の名前を思い出せない問題はハイレターが彼女の発言を促してすぐに解決した。
「ありがとうございます。新任のシンディア・ウィン・サティと申します。まず、聞きたいのは、エルノイについてです。何者ですか、彼女は」
「ディアリルム家の次女」
答えたのはハイレターではなく、その横に座る女だった。賢者頭の補佐役を務めているモネという名の若い賢者だ。
「特殊な訓練を受けた形跡はなく、身元もしっかりしています。帝国からの諜報員ということもないでしょう。純粋に突出した才能の持ち主なのでしょうね。彼女は五年前、十歳の時にすでに一度青の三角の入学試験を合格しています。赤の学年の内に、賢者の皆様の何人かとも、個人的に接触しているようですね。何か感想があればお願いできますか」
モネの言葉に、隣の男が軽く手を挙げた。
「コンコットさん、どうぞ」
「私の研究所に来て、五日で、ほとんどのことを学んで行きましたよ。才能という点では私などよりもよほど凄い。解析はともかく、式と魔力操作は賢者の水準くらいはあるんじゃないですかね」
会議室の幾人かが驚くが、大半はそれくらいのことを予想していた。私も同じだ。エルノイを観察していれば、どう低く見積もっても並の賢者程度の能力を持っていることくらい分かる。
他に、次々と手が挙がる。
どれもエルノイの能力を保証する発言だ。中には有用なアドバイスを受けたという例もある。そのことを恥ずかしいと思う者がいないのは、流石に青の三角だろう。俗世、という言い方も良くないのだろうが、例えば王国の貴族達なら自分の能力が劣っていることを口にすることはないだろう。
しん、と会議室が静まる。
ひとりの男が手を挙げたからだった。
涼し気な顔をした、仮面のように表情のない男。
キルクサティ・ミリミトイ。賢者達の中でも、その才能を順位付ければ確実に上位に位置する男だ。
私と同期で入学した彼だが、実績や立場ではずいぶんな差をつけられたものだ。
「俺の論文を読んだと訪れて、幾つか質問をしてきた。それが存外に鋭いものだったので、試す意味で世界理学について簡単な話をしたら、あれは理解した」
その言葉に動揺する者の数は多かった。
世界理学はまず理解すること自体が難しく、賢者ですら近寄らない者が多い学問分野だ。
「エルノイは俺の研究室に呼びたいが、まあ、それは大半が同じだろう。だが、あの才能の価値を思えば是非譲ってもらいたいものだ」
一瞬だけ歯を見せて笑い、キルクサティが文字通りに周囲へ睨みを利かせた。
この会議の主な目的は、七選選抜者をどの研究室に振り分けるかを決めることだ。優秀な学生は誰もが欲しがるし、逆のことも当然に起こる。青の三角への貢献度や、それぞれの人間関係などが複雑に絡み合って、正直に言えば面倒くさい。
しばらくしてエルノイの話が終わると、各学生について知っていることを賢者が報告しあう。この情報提供も青の三角への貢献になるので、余程のことでなければ隠すことはない。組織に貢献しないものには、恩恵もない。
成績順でフェルター、ルルティアの話が終わると、次はカスタットが話題になった。モネがこちらに視線を向ける。
「カスタット・ポゥについては、カワチャさんの部屋を数度私的に訪れていますね」
「よくご存知で」
モネの人形のような瞳に、肩をすくめてみせる。監視しているのかと聞いても、たまたま見かけただけだと答えられるだけだろう。どこまで見られているのか分かったものではない。
あちらはあちらで、青の三角の治安のためだという大義があるのだから、止めてくれといっても聞くわけがない。後は力関係でこちらが従うしかない。
まあ、とにかく今はカスタットのことか。
「並、というか普通の子ですよ。魔力が少なく、式操作が拙く、その分、発想に優れていますね。魔力に対する感覚も範囲が広い。感度は微妙ですが。総合すれば、平均的な子だと思います」
「なるほど。他に、誰か補足がありますか?」
ざわめき。
全員の視線が、円卓の上座、静かに手を挙げたハイレターに向けられていた。
「彼の目標は、レドウッドの塔の完全制覇だそうです」
次の言葉を待つがハイレターは口を閉ざしたきり。
慌ててモネが別のものに発言を求めるが、成績順でカスタットあたりからは特別に優れたと言える人間ではない。特に面白い言葉はなく話は次に次にと流れた。
ジャール・カルノルについての話を聞きながら、背もたれに体重を預ける。
まったく、会議というのは馬鹿馬鹿しいものだ。レドウッドが独裁を好んだというのも、こういう煩わしさから解放されるためなのだろう。
さてさて、今年は私の研究室に誰か配属されるのか、それとも見送られるのか。
どちらかと言えば、後者のほうが手間もなく望ましいものだと考えた。