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魔術士は求む者  作者: 土月 十日
一章 赤・七選・塔の夜戦
26/44

24 そして、現実


「そっか、もう夜か」


 呟く。

 聞こえたのか、エルノイはにこりと笑って頷いた。


「とっくに日付は変わっていますよ。いやあ、この塔、転移魔術が使えないので疲れるんですよ」

「お疲れさま」

「いえいえ」


 緊張感のない会話だ。

 当然か。僕やキャンディナにとっては大きなことだが、エルノイにはこんなものは些事(さじ)でしかない。

 エルノイの視線が部屋を見回して、それから僕の腕の中のキャンディナ、最後に僕を見た。


「やっぱりカスタットさんは面白いですね。ミーティクルさんには勝てないと予想していたんですけど、外れてしまいました」

「僕一人の力じゃないよ」

「ええと、私の式技術を使った、という意味ではないですよね。ああ、もしかして、塔の魔力を引き出しました? ますます面白いですね。赤の学年で、それに気づける人はいないと思ってました」


 なぜその推測ができるのかは分からないけれど、相変わらず超然としている。

 けれど外れだ。一人でないというのはそういう意味ではない。ルルティアがいなければフィユとの戦いでそれなりの負傷をしただろうし、フィユがあの日僕に協力を求めたから、縄の魔術を解除する時に使った人の式に介入する技術を身につけられた。

 そういう意味で一人の力じゃないと言った。そのことは教えてやらない。


「まあ、カスタットさんが解決できたならそれでいいですね。ミーティクルさんで楽しみたかったですが、カスタットさんに解決できる程度なら、あまり楽しめそうにないですし」


 その言葉はあまり愉快ではなかった。

 頭の中で、青色の光を除いた発光魔術の式を考えて、完成した魔術式を瞬間的に展開する。先程のキャンディナの妙手の真似だ。

 それを発動しようと魔力を流入する直前に、エルノイの前に青色を透過する遮光魔術の式が完成してることに気づいた。

 鼻を明かしてやろうとして、逆にやられた。

 不思議そうに首を傾けて、それから納得したようにエルノイが頷く。


「ああ、ミーティクルさんがその作戦をとったわけですね。確かに、この部屋が青色の光しかないことに気づかなければ、ただの目くらましだと勘違いさせられますね。でも、これくらいカスタットさんでもぎりぎり気づけると思いますけど」


 苦笑いしか浮かばない。

 どれだけ正確に人の能力を計測しているのか。

 それに、早すぎる対応。展開された魔術式も手本にしたいほど洗練されていた。


「まあ、何か気に障ったなら、気にしないようにしてください」

「そうするよ」

「さてさて」


 エルノイの視線が壁際に座らされたままだったフェルターに向けられる。

 僕もキャンディナもそちらに向けて魔術を放たなかったので、無傷のままだ。そのフェルターが唸るような声を出しながら、顔に手をあてる。気がついたようだ。


「あー、なんだ、ここは……青の塔か」

「おはようフェルター。目覚めの気分は?」

「最悪だよ。あー、くそ、思い出した。あいつら、操られやがって」


 首を回しながらフェルターが起き上がる。

 眠たげな表情で周囲を見た。


「なんだ、これ。おい、エルノイ、どうなってる?」

「うーん、まあ、そこのキャンディナ嬢の精神感応系魔術にまんまとやられて恥ずかしい、って感じかな。自分が操られることだけじゃなくて、他人が操られることの意味をちゃんと考えないと駄目だよ」

「次からそうする。それで、わざわざ助けに来たわけか」


 フェルターがよろよろとエルノイに近づく。

 意識がまだもうろうとしているのか。このタイミングで起きたということは、キャンディナの魔術で眠らされていたのが、彼女が眠ってしまって魔術が消滅してということか。となれば、精神感応系か。

 もう、しょうがないなあ、と言わんばかりに呆れた笑みを浮かべたエルノイの腹部に、フェルターの握った短剣が刺さった。


「おい」


 呟いたのは、自分の口か。

 フェルターが再び気を失ったように倒れる。

 僕は慌てるしかない。ここまで一度も姿を見なかった脅威が、そこにあると確信していた。


「エルノイさん!」

「大きい声出すと、ミーティクルさんが流石に起きちゃいますよ」


 エルノイは余裕そうな表情。

 彼女の治癒魔術の腕は知っている。短剣に刺されたくらいならどうにでもなる。

 それは知っている。


「違う、そうじゃなくて、毒だよ。サールの毒が仕込まれてる!」


 貴族の子供が材料を買っていったという情報から考えれば、それはキャンディナを殺すためというのが第一に考えられることだ。しかし、精神支配でキャンディナが他人を操れる以上、それはエルノイを殺すためのものだと充分に考えられる。


「違いません。分かってますよ」


 エルノイは自分の腹に刺さった短剣を引き抜く。同時に魔術式が輝き、引き抜いた箇所から血はいっさい出なかった。短剣にべっとりとついた血や脂が見えなければ奇術の類かと思ったかもしれない。

 その腕は見事だが、本当に分かっているのか。

 サールの新作の毒は、天元級の魔術士も殺した魔術士殺しだ。仕組みは知らないが、従来の解毒魔術に対して何らかの対策がしてあるはず。


「ああ、本当に入ってますね」


 エルノイが体に何かの魔術を働かせて呟く。

 探査魔術のようだが、知らない原理の式が多くて理解できない。

 それから電磁波を生み出す魔術を構築して、それを自らに照射した。

 それが終わると平然とした態度で、倒れたフェルターの姿勢を無理のないものに変えた。


「い、いやいや。解毒したっていうの?」


 エルノイの才能が天元級だということは僕だって認めてる。

 しかし、まだエルノイは若い。歴戦の魔術士を殺した毒を、そんなに簡単に解毒できるわけが、


「別に大したことじゃありません。自分の作った毒なんですから、解毒法くらい作ってあります」


 今度はさすがに意味が分からなかった。

 いや、意味は分かる。

 サールの正体が、エルノイだったということか。

 あり得ない。首を横に振る。


「サールは、数十年前から活動しているはずだ」

「ああ、団体名みたいなものですからね、サールというのは。私が全部作ったわけじゃありません。というか、サールの中では新米なので、これで三作目です」


 エルノイは少しだけ楽しそうに語る。

 きっかけは七年ほど前に作られたサールの毒の、解毒法を考案したことだったらしい。両手の指で年齢を数えられる年の少女が解毒法を作ったことで、サールのひとりが接触してきたというのだ。

 団体として何か主義や主張があるわけではなく、毒物開発のための知識を共有するための団体らしい。毒殺で殺すのも、その製作者にとって殺すことで利益のある人間か、あるいは実験として価値のある対象で、それがサールというものの正体を分かりにくくしている要因らしい。


「それじゃあ、ハルシュトムを殺したのは、エルノイさんってこと?」


 恐る恐る尋ねると、エルノイはすました顔で頷く。

 当たり前ですよね? 話を聞いてなかったんですか? と言いたげな顔だ。


「縁のある人に頼まれたんですよ。丁度、欲しかった宝石を譲ってくれるというので。サールにはあんまり参加してなかったですけど、ちょうどよかったので名前を借りました」


 悪気の無い表情だ。

 同じ顔で僕を助け、人を殺した。

 やはり、エルノイは怖い。やたらと人が集まるのも、味方になればその怖さを忘れられるからなのかもしれない。


「しかし、これで終わりなんでしょうか。サールの毒が私以外の新作だったなら、解毒法を考えるのが楽しそうでしたけど、悲しいことに私のものでしたからねえ」

「というか、ごめん、ちょっと待って。ええと、フェルターは結局操られてたわけ?」

「え? そうですよ」

「キャンディナさんが眠ってるのに?」

「ああ、なるほど。精神感応系の魔術の効果ではなく、催眠の手法ですよ。火を止めても、沸騰した湯は熱いままですよね、それと同じです」


 こともなげにエルノイが告げる。

 催眠については聞いたことがある。特殊な薬草や手法を使って人の心を操るらしいが、そうか、その条件を精神感応魔術で整えたということか。

 フェルターに対してエルノイの警戒が甘くなると読んでの策。改めて、キャンディナの凄さを感じる。対象が僕だったなら、簡単に殺されてるだろう。

 同時にエルノイの隔絶した能力も。


「フェルターが操られていることには、気づいて?」

「ええ、気づいてましたよお。精神探査を行ったら、不自然な箇所があったので」

「そうだよね、使えるんだよね、精神感応」


 僕に魔術式技術を教えた時にも使っていた。

 そうだ、使えるのだ、エルノイは精神感応を。つまり、


「キャンディナさんは、どうあがいてもエルノイさんに勝てなかったんだよね」

「そうでない可能性を期待していましたよ。その言葉はあなたの認識です。だからこそ、一生懸命に彼女を止めたのでしょう?」


 その通りだった。

 キャンディナではエルノイに絶対に勝てないと思っていた。


「放っておけば彼女には、誰かを殺そうとした、という思いだけが残る。あなたはそれを嫌がったわけですね、私には嫌がるほどのことには思えないですけど」

「あなただったら止めなかったろうね」


 エルノイは数秒間僕を眺めてから、にっこりと笑った。

 相変わらず何を考えているのか分からない。


「ひとまず、おめでとうございます。六一階まで上っていれば、七選には選ばれるでしょう。あと六年の付き合いになりますね」


 期待していますからね、そう言うとエルノイはフェルターに向けて魔術を使った。

 浮き上がったフェルターは試練を始めるための床に下ろされる。数秒後、試練を失敗したとみなされたフェルターの姿が消える。

 後を追うようにエルノイも床を踏んで、消えた。

 静寂が急速に満ちる。

 キャンディナの寝息が、ようやく耳に届いた。

 小さな体。体温は、あまり高くなかった。


「よく戦ったよ、ほんと」


 夢のなかの彼女へそう言って、小さな頭を軽く撫でた。



  * *



 外に出ると、風が頬をなでて開放感を味わえた。

 深夜の星空は月明かりで辺りを照らしている。その光の下では、先に転移させたキャンディナが横になっていて、その彼女に寄り添っているフィユとルルティアがいた。

 僕に気づいたルルティアが顔をこちらに向けた。


「おつかれさまでした」

「疲れたよ、ほんとに。二人とも待っててくれたんだ」

「心配でしたから」


 微笑むルルティアの横で、フィユは何か気まずいような表情でちらちら視線を向けてくる。

 思うところがあるのだろうけど、とくに言いたいことはない。責めるのは筋違いであるし、かといって何を言えばいいのか。


「しんどい日だったね」


 キャンディナの頭を膝に乗せたフィユに声をかけると、彼女はおずおずと顔をあげた。

 王都でも有名だという美しい顔が、疲労に歪んでいる。


「そうですね」

「けど誰も死んでない。悪い日じゃなかった」

「そう、なんでしょうね。でも」

「悪い日じゃなかった。それでいいんじゃない?」


 フィユの隣でルルティアが目を閉じて微笑んでいた。

 死にかねない攻撃を受けた本人が納得しているのなら、それで済ませていいはずだ。

 青の三角の塔の途中に配置されていた赤の学生について尋ねると、すでにエルノイが魔術を解除して解放して、宿り舎に帰ったらしい。エルノイとフェルターも外に出てすぐに転移していったそうだ。


「それじゃあ、帰りましょうか」


 ルルティアはそう言って立ち上がると、片手でキャンディナをこちらに示した。


「カスタットさん、ミーティクルさんをお願いしますね」

「なんで僕が?」

「責任を持っていただかないと。あなたが邪魔をしたんですから」

「ちょっともう経絡が痛いんだけど」

「なら魔術は使えないですね」


 言い分を聞く気がない笑顔を向けられて諦める。

 眠ったままのキャンディナの体をフィユが起こして、僕に預ける。子供みたいな体は軽くて簡単に背負えた。柔らかい体と、男とは違う匂いに少し心臓が高鳴る。先程抱きしめた時はそんなことに気が回らなかったが、急に恥ずかしくなった。

 左側でルルティアが楽しげにこちらを見ている気がするので、絶対に表情を変えないように気をつける。


「ミティ、よく眠ってますね」


 右隣を歩くフィユが優しい声で言った。

 確かにキャンディナは起きる様子がない。


「疲れてるんだろうねえ」

「こんなに安らかなミティの寝顔、初めて見ます。いつも眉根をよせて、しかめ面で寝てましたから」


 肩に乗った頭からは、規則的な寝息が首元にかかる。寝顔は見えなかった。


「へえ、どうしてでしょうねえ」


 ルルティアがからかうようにささやいたが、聞こえないふりをした。

 少しだけ歩く歩調が遅くなったのは、誰の意思によるものだろうか。

 そうしてしばらく歩いて、宿り舎に入る。

 フィユとキャンディナの部屋に着くと、フィユが鍵を開けながら振り向いて言った。


「少し待っていてください」


 ひとりで部屋に入ったフィユを見送る。男に見られたくないものを片すのだろう。

 扉が閉まって少ししてから、ルルティアが僕の名を呼んだ。

 先程までと打って変わって真剣な顔だ。


「ミーティクルさんをどう止めたんです?」

「どうって」

「力づくですか? それとも、エルノイを殺さないという妥協を引き出しました? あるいは、家の再興を諦めさせましたか?」

「それは……」


 実際のところ、どうなのだろうか。

 やったことは力づくだ。魔術戦をして、勝った。それがキャンディナを止めた直接の要因だろう。


「それは、本人が決めることかな」

「そうですか」


 ルルティアは真剣な表情を崩さなかった。

 僕の瞳をまっすぐ睨む。


「どうなるにしても大変ですよ、ミーティクルさんは。キャンディナ家を再興するというのは、それ自体が容易ならざることですし、エルノイに対して攻撃した事実はそのことに拍車をかけます。しかし、再興を諦めるのであれば、それはつまり家への裏切りです。彼女の家について詳しくはありませんが、いい思いをすることはないでしょう」


 どちらに転んでもキャンディナには苦難しか待ち受けていない。

 明快な解決策があるわけでもない。

 それも、ずっと小さい頃から。


「なんか、生きるだけで大変なんだね」

「そのミーティクルさんにこの寝顔を浮かべさせているのは、カスタットさんのお陰ですよ。同時に、彼女の選んだ道を無理矢理に変えさせたのもカスタットさんです。

 責任を取れ、なんて言いません。けれど、気にかけてあげてください」


 優しい言葉だ。

 勝手な同情で自分勝手なことを言うような人物ではない。

 自分が恨まれるかもしれないと分かっていて、それでもキャンディナのために言っている。


「そうだね、そうするよ」

「ミーティクルさん可愛いですから、気にかけるのも楽しいでしょう?」

「別に恋愛感情を持たなくったって助けるからさ、いらないよ、そういうの」


 ルルティアは気まずそうに愛想笑いをして、全て無かったように別の話題を持ちだした。釘は充分に刺せたろう。誤魔化すためのその会話に付き合っていると扉が開いた。

 少し息が荒いフィユが顔を出して部屋に招く。


「お待たせしました」


 部屋に入ると、やはり男の部屋とは違う匂いがした。

 家具の配置は僕の部屋と変わらず、すこし散らかっていた。奥の方の机の周りには、魔術書や色々と書き込まれた紙が床を覆い隠している。


「こっちがミティのベッドです」


 奥のベッドを示してフィユが言った。

 それにしたがってキャンディナをベッドに寝かせる。か細く漏れでた声にどきりとした。ルルティアが意識させたせいだ。

 フィユが毛布をかぶせるのを見届けてから、別れを告げて部屋を出る。

 扉に手をかけたところでフィユに呼び止められた。

 振り向くと、フィユがお辞儀をしていた。貴族同士で使うような正式なものだった。


「本当にありがとうございました」

「礼を言われるようなことじゃないよ」


 僕は二人の邪魔をしたのだ。

 それでもフィユは扉を閉めるまで頭を下げ続けていた。



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