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魔術士は求む者  作者: 土月 十日
一章 赤・七選・塔の夜戦
23/44

21 そして、選択


 習慣というのは恐ろしいもので、昨夜あんなことがあったというのに朝になればいつも通りに目が覚めた。

 体を起こして隣のベッドを見ると、ジャールはまだ寝ている。基本的に僕のほうが早起きだ。

 窓を開けて外を見る。静かな朝だ。いつも通りのはずだが、やけに静かに感じる。心がざわついていることの反動だろうか。


「一日待つ、一日待つ、ねえ」


 エルノイの言葉を呟く。

 残された時間は今日の夜まで。

 エルノイは何を僕に期待している?

 キャンディナは何を考えている?

 そして、僕はどうしたいのか。

 何ひとつ確信がない。そのくせ時間もない。

 下を見ると、宿り舎の外に誰かが立っていた。短い金髪は少年の様だけれど、華奢な体は少女のものだ。よくよく見れば、それはフィユだった。こちらを見上げていて、目礼をしてきた。

 外套を引っ掛けて外に出ると、フィユはまだそこに立っていた。


「おはようございます、カスタットさん」

「おはよう」


 高級そうで上品な上着を羽織っているフィユは、作ったように微笑んだ。

 二人きりになることは珍しい。男が苦手なフィユを気遣って、大抵の場合は間にルルティアがいてくれたからだ。

 少し緊張した様子のフィユがおずおずと話を切り出す。


「あの……カスタットさんは、どうするつもりですか」


 何を、とは聞かなくても分かった。

 赤の学生の失踪の件だ。エルノイの予測を信じるならば、キャンディナが主導している事件。


「どうにか、したいけど。情報が無さ過ぎてどうすればいいやら」

「ミティはエルノイを討つ気です。最近の様子からはそうとしか思えません」

「フェルターがいなくなったのは、方法はともかく、エルノイが言うように彼女への人質だとして、他の学生はどうして失踪したの?」


 殺されたり気絶させられたわけではなく、失踪だ。

 事件の全容はまるで分からないまま、しかしフィユはこれがキャンディナの仕業だと確信している。

 問いに答えずにフィユはじっと僕を見つめた。


「……私は、ミティの味方でいたいです。ミティは、ずっと私を助けてくれた」

「僕もキャンディナさんの味方のつもりだよ」

「それは、もしミティが間違っていてもですか?」


 フィユの声は乾いていた。

 よく見れば、目の下に隈ができている。昨夜は眠れなかったのか。

 今度の件はキャンディナが加害者だ。それに味方するということは、自分も加害者になるということ。そのことに悩んでいたようだ。


「私は、それでも味方でありたいですし、できるならカスタットさんにも同じように味方になって欲しいです」


 答えようとして、言葉が出なかった。

 どうすればいい? 僕は、何がしたい?

 キャンディナさんの味方のつもりだけれど、それは、彼女が間違っていてもか?

 黙りこんでしまった。それは、もうある種の答えだろう。

 フィユは目を細めて微笑んだ。


「それでいいと思います。カスタットさんは、それで」


 そう言ってフィユは去っていく。

 僕は、彼女がその美貌で王都に名を知らしめていることを思い出していた。



  * *



 部屋に戻ると、ジャールが起きて魔術書を読んでいた。

 空間跳躍の理論は最近理解したらしく、具体的な魔術式の例を辿っているだけなので机の上も整っている。

 部屋の扉をあけた僕をちらりと見て、すぐに手元に視線が戻る。

 自分の机に座るためにその後ろを通ると、ジャールが顔を本に向けたまま声を出した。


「どーするんだ、お前は」

「どうしようかね、本当に」


 自分の椅子にかけた手を離して、ベッドに倒れこむ。

 時間はあまりない。


「そもそも、さ……」

「そもそも何だ?」

「いや、なんでもない」


 浮かんだ言葉を飲み込む。

 あまり気分のいいものではなかった。


「しかし思い切ったことをするな、ミーティクルとやらも」


 面識はほとんどないジャールがしみじみと言った。


「……なんでキャンディナさんの名前が出てくるの?」

「失踪者は派閥や家柄に偏りはないとはいえ、実力は明らかに低いからな。飛び抜けたフェルターとミーティクルの二人が事件の本質で、残りはおまけみたいなもんだ、と考えることができる。その上でお前の昨夜からの妙な反応と、楽しそうなエルノイの様子を考えればミーティクルがエルノイに喧嘩を売ってると考えるのが自然だ」


 こともなげに言うジャールをまじまじと見る。

 彼は魔術書から目を離さない。あくまで他人事ということを示している。

 このことについて深く調べたわけではないだろう。


「……そう言えば、ジャールってこっそり優秀だったね」

「堂々と優秀だが、ま、人間関係は多少な。向き不向き、というよりは経験量か」


 エルノイの予測を聞いたわけでもなく、完全に他者の目線から同じ予測をよくできるものだ。

 商人の息子というだけでそこまで頭が回るようになるのだろうか。


「考えが空回ってるお前に助言を与えてやろう」


 ジャールが偉そうに言う。


「ありがたく拝聴します」

「いいか、何がしたいか、で決められない時っていうのはな、何をしたくないかで考えるんだ。そうすれば、選択肢なんて限られてくるもんだ」

「何をしたくないか」

「人間なんて、好きなものより嫌いなものの方が多いからな。視野が広がるほどその傾向が強くなる」


 ジャールの視線を魔術書に向けられたままで、無表情な横顔からは感情は()(はか)れない。

 それはともかく、ジャールの助言を実行してみよう。

 自分は何をしたくないか。

 キャンディナを見捨てることはできない。

 しかし、協力する気にはどうもなれない。何故だろうか。

 自分の欲のために誰かを傷つけることは、この世界ではしかたがないことだ。冒険者として生きてきて僕が、誰も傷つけたことが無かったとはいえない。

 フィユは、キャンディナが間違っていると言った。しかし、間違っているとは思えない。フェルターもそうだ、僕は彼の邪魔をしたけれど、それが間違った行為だとは思わなかった。

 間違いではない。目的があるなら、それへの最短経路を辿ることは間違いではない。

 正しい、間違いではないか。

 ジャールは、何をしたくないかを考えろと言った。


 そうか。

 結局のところは、好みの問題か。

 足を振って体を起こし、ベッドから立ち上がる。


「どうするか決まったか?」


 ジャールが顔をこちらに向けずに言った。


「朝ごはん食べてくるよ」

「……飯を食うのは大事なことだな」


 不思議そうな顔をして、ジャールがそれだけ返した。



  * *



 当然、こんなに朝早くから食堂は営業していない。


「まかない、分けてくれません?」


 それに見合う銅貨を差し出しながら言うと、給仕長のイヨゴは目をぱちくりと瞬かせてから頷いた。

 麦粥に味噌で味付けした鶏肉が混ざったお椀を受け取って、その場で食べる。

 食堂で働いている人達は驚いたようにこちらを見ていて、そのうちのひとりが近寄ってきた。


「カスタットさん、どうしたんですか?」


 アンリの顔を見て少し心がなごむ。


「ちょっと出かける前に食べておきたくなりまして」

「出かけるんですか? 今日、普通に講義がある日ですけど」

「それよりは大事なことですから」


 味噌の味で麦粥を喉に流し込んで、空になった器を洗い場に持っていく。

 器を洗い終えたら、簡単に礼を言って食堂を離れた。

 宿り舎を出ると朝の薄い青色の空が見える。

 その空を背景にそびえ立つ青の三角の、レドウッドの、真理の塔。


「おはようございます、カスタットさん」


 振り向くと、ルルティアが宿り舎から出てきたところだった。

 フィユといい、早起きなことだ。


「おはよう、ルルティアさん」

「フィユさんと話しました。彼女は、ミーティクルさんの味方になるそうです」

「みたいだね。ルルティアさんは?」

「私は……止めてみせます。誰だろうと、人が死ぬかもしれないことを見過ごすことはできません」


 それがルルティアさんの結論のようだ。

 となれば、少し動機は違うけれど当面の行動は同じになる。


「カスタットさんは、どうします?」

「ルルティアさんと同じかな」

「では、まずはミーティクルさんの居場所を探さないといけませんね。例の魔力探知の魔術を使いますか? 出力が不安ですけど」


 以前キャンディナを見つけた時と違ってフィユがいない。都市全域を探すほどの魔力出力は僕にもルルティアにもない。


「それについては、心当たりがあるんだ」

「というと?」

「キャンディナさんは、多分エルノイ一人をおびき出したいはずだよね。ただでさえ不利なんだ、エルノイの派閥の力を使われたくないはず」

「それはそうですね」

「その目的に適ういい場所がある」


 多分、エルノイはそのことに気づいている。そしてエルノイが察することもキャンディナは分かっているはずだ。だからこそ、昨日の果たし状に場所が書いてなかった。

 他に候補がないわけでもないが、場所をエルノイに知らせる必要がないならおそらくそこだ。


「レドウッドの、真理の塔の六〇階以降なら、キャンディナさんとエルノイしか立ち入れないはずだ」


 ルルティアが感心したような表情を浮かべる。

 それから目を細めて僕を眺めた。


「それで、止めに行くんですね?」

「そのつもりだよ」

「……なるほど。分かりました。では、お供しましょう」


 ルルティアと数秒見つめ合ってから頷いてみせる。

 ありがたいかぎりだ。人間ができている。それに、気づいているのだろう。

 一度荷物を取りに帰ったルルティアが戻ってくるまで待ってから、塔に向かう。今日の講義を受けることはできずに、はっきりいえば時間の損失だ。それでもルルティアはこの問題に関与してくれている。フィユもそうだ。

 世の中捨てたものではないな。

 塔に入るのは久しぶりで、音という音を消し去ったような無音の空間と、青色一色の世界には相変わらず慣れない。

 一階の試練の間には誰もおらず、中央の青黒い床に乗ろうとした時にルルティアに止められた。


「何?」

「フィユさんはミーティクルさんの味方をすると言いました。扉の向こうで待っていて、扉を開けた瞬間に凍結魔術を撃って来るかもしれません」

「ああ、確かにそうだね。気をつけます」


 奇襲のことは考えていたが、フィユがしてくるかもしれないことは忘れていた。

 改めて警戒しなおして、青黒い床の上に乗る。

 試練が始まる。一階は魔術式の基礎だ。想起させられる魔術式と同じものを構築していく。

 すぐに終わって扉が開く。

 その先の通路に誰もいない。隠れる場所もないのでとりあえずは安全だ。


「誰もいませんね」


 ルルティアがそれを確認してから試練に挑み、攻略した。

 二階への通路を進む。冒険者の経験がある僕が先頭だ。


「これで、この塔にいるっていうのが見当違いだったら申し訳ない」

「いえ、可能性は高いと思います」

「だといいけど」


 それからしばらく塔を上り続けて、九階の試練を攻略した直後、開いた扉の先に人影が見えた。

 即座に構築した魔力障壁を維持したまま様子を見る。

 フィユでも、キャンディナでも無かった。


「どういうこと……?」


 後ろでルルティアが呟く。

 そこにいたは、八人の赤の学生だった。


「会話はできそうにないね」


 誰も表情を変えずに動かない。

 死んでいるようにも見えるが、呼吸や瞬きなどはしている。


「あの、おーい、聞こえてない?」


 顔の前で手を振りながら呼びかけるが、やはり反応はない。


「……エルノイ」


 呟いた瞬間、腕がぴくりと動いた。しかしそれだけ。

 振り向くとルルティアが頷く。同じ結論のようだ。


「ミーティクルさんは天才ですね」

「精神支配なんてね。フェルターをどうにかしたのも、数の暴力だったのかな」


 空間跳躍持ちのフェルターとキャンディナならフェルターに分があると思っていたが、精神支配が可能になったならそれも逆転するだろう。

 失踪した四一人というのは、つまりキャンディナが補充した戦力だ。魔術への抵抗力が弱い実力層の人間がそのために精神支配されて、キャンディナのために戦ったのか。

 それならばいくらフェルターでも分が悪い。


「とりあえず、無視して進もう」

「そうですね」


 彼ら彼女らは襲い掛かってくることもなく僕らを素通りさせた。

 エルノイにだけ攻撃するように設定されているようだ。


「数が足りないですね」


 上の階へと上っていると、ルルティアがそのことに気づいた。


「失踪者は四〇人近くいたはずですが」

「実力順で分散配置したのかな。あんまり良い手じゃないね」

「狭い通路では多すぎでも邪魔になるからでしょうか」

「そう考えたのかな」


 一番実力がある組を固めて、それ以外はせめて少しても傷を与えられるように下の階に配置したのか。

 だんだんと難しくなる試練を丁寧に攻略していき、一八階にたどり着く。


「っ!」


 試練の間に入った瞬間、飛来してきたのは白い槍だった。固体ではない、冷気に凍った水分によって、軌跡が白く凍っている。

 魔術式を展開して、炎熱魔術を盾のように発動する。互いに打ち消し合い、わずかに出来た猶予の間にルルティアが加勢して炎熱魔術を発動し、白い槍は完全に消滅した。

 周囲を見回して、結論。


「やー、なるほど。いい布陣だね」


 壁沿いに入り口を半包囲するのは三〇人近くの赤の学生。

 これがエルノイに対して一番効率がいいのだろう。これ以上多いと邪魔なだけで、余った人間が先ほどの階に置かれていただけか。

 しかし傷のひとつでもつけられれば儲けもの、といった程度か。本命はあくまでキャンディナ自身による一騎打ちのはず。

 軽い牽制のようなものだ。

 その中央で魔力の残滓を纏っているフィユが、こちらを睨む。


「追撃がないならこれは脅しだよね、フィユさん」

「ここで行き止まりです。帰ってもらえませんか」

「キャンディナさんには会えた?」


 フィユの片目が一瞬痙攣したのを見て、会っていないのだと予測する。

 僕と同じようにキャンディナがエルノイを待つ場所を推測して、そのための戦力となることを選んだのだろう。キャンディナと同室だったのなら、もっとちゃんとした根拠があるのかもしれない。

 いずれにしても大した友情というか、恩義というか。

 しかしこの場では厄介だ。

 魔力の出力量ではフィユは僕やルルティアの数倍はある。

 展開によってはこちらが不利にもなりうる。


「僕達もね、そう、味方しようと思ってね。通してくれない?」

「軽口に応える余裕はありません。お帰りください」

「困ったなあ」


 フィユの左右に並ぶ学生達の瞳には、相変わらず意志があるようには見えない。精神支配されたままなら、下の階と同じでエルノイの姿が見えるまで攻撃しないはず。


「カスタットさん」


 後ろでルルティアが囁いた。


「私が前に出ます。あなたは消耗してはいけません」

「いや、こういうのは僕の方が」

「向いているのは分かってます。でも、今は優先順位があるはずです。ミーティクルさんのところまで、私では行けません」


 ルルティアがそう言って前に出る。魔力がすでに循環していた。

 それを見てフィユが首を振る。


「やめてください、ルルティアさん。私は、あなたを殺してしまうかもしれません」

「覚悟していますよ。それに、私の場合は心配なんですね。ひょっとして馬鹿にされてます?」


 ルルティアの声色はいつもより固い。

 フィユの方も魔力が高まっている。

 先に動いたのはルルティアだった。

 構築する魔術式は六種。それを見てフィユは魔力障壁を展開。

 六属性の魔術がフィユの魔力障壁に弾かれて壁や床に当たり、消えていく。

 魔力障壁による防御は万能性の対価として効率が悪いとはいえ、ルルティアの方も手数を増やしすぎて効率が悪い。フィユの技術を考えれば三種で充分なのに。

 フィユが平行展開しているのはおそらく彼女が得意なのだろう、凍結の魔術。

 隙をついて右足付近に魔術式を高速展開。いつかカリヴァに撃った音速の魔術。

 ルルティアに集中しているフィユには見えていないはず。警戒されず、発射された魔術がフィユの頭部に着弾。

 ふらついたフィユの足が、よろめきながらも踏みとどまる。

 魔力障壁も、構築中の魔術式も維持されたままだ。


「っぁああ!」


 フィユが構築していた魔術式に魔力を注ぎこむ。

 同時に未完成だった部分に式が描き込まれ、それを解読して寒気がした。

 凍結の槍ではない。もっと広い。放射状の凍結魔術だ。

 左右に逃げても逃げ切れない。


「下がって!」


 ルルティアが前に駆ける。

 その背中が邪魔でここからは何も撃てない。

 フィユの魔力で魔術式が輝く。

 発動した魔術の余波で、周囲の気温が下がった。


「……ル、ルルティアさん?」


 霧が晴れて、二人の姿がようやく見える。

 体のあちこちを凍らせたルルティアの向こうで、フィユが青い顔をしていた。

 僕はルルティアが遮蔽物となって直撃をくらってない。ということは、当然彼女がそれを引き受けたということ。  

 洒落にならない威力だった。フィユの顔が青ざめる理由も分かる。

 戦うことなど意識から外れてしまったフィユの足元から突然、黒い帯が伸びた。それは速やかにフィユの手足に巻きついて地面に引きずり倒す。


「だから、私を甘く見過ぎですよ」


 ルルティアが息も絶え絶えに言った。

 髪を凍らせて、表情も引きつっている。


「甘くもくそも、無事じゃないだろ」


 慌ててルルティアに近づく。

 温熱魔術で急いで体を温める。ルルティアが横目でこちらを見る。


「冷たいというのは、思ったより痛いんですね」

「痛いならまだ大丈夫だけど。感覚無い場所はない?」

「直撃は避けたので大丈夫ですよ。魔力障壁を斜めに張れば、強度不足も補えますし」


 上か、左右に散らしたというのだろう。その分的確な位置に障壁を張らなければならないが、よくできたものだ。

 ルルティアが固まって動かない頬をわずかに痙攣させて、微笑みを示した。

 治療を行いながらフィユの方を見る。黒い帯で体を封じられている。以前、僕が襲われた時も似たような対処をしたことを思い出す。

 黒い帯を破壊しようと魔術式を構築しているが、僕の魔術と同じく式の阻害効果があるらしく作る端から崩れていく。それだけではない。帯の強度がどんどん強くなっている。これは、フィユの魔力を吸っているようだ。


「一応はレオフカ家の秘伝魔術ですからね、そう簡単に外せませんよ」

「あのレオフカ家の、ですか」


 フィユが苦笑した。

 それから呆れたように目を瞑る。


「なら、抵抗は無駄ですね」

「これが終わった後なら、解除の仕方も教えてあげますよ」


 そう言ったルルティアそれからこちらを見て首を振る。


「治療はもう大丈夫です。先へ進んでください、私は休んでますから」

「いや、まだ全然大丈夫じゃ」

「どのみちしばらくは動けませんから、治療は自分で行います。カスタットさんは先へ」


 ルルティアはじっと僕を見るので、頷いてみせる。

 それから部屋の中央の床に立った。

 壁に沿って並んだままの赤の学生の視線は不気味だが、気にしてられない。

 一八階の試練は、複層構造魔術式の遠隔展開だったはず。

 想起させられる魔術式を展開する。もう手を抜いてられない。


「っ、速い……!」


 フィユの声が聞こえた。

 そう、速い。その上で精密だ。エルノイに伝えられた魔術式技術は、数割しか再現できなくでも僕本来の技術よりもはるかに高みにある。

 こんなものは欲しくなかった。いや、嘘だ。けれど、何の苦労もなく手に入れていいものじゃない。

 エルノイなら、それを自己満足の感情というのだろうか。

 試練を攻略して、扉が開く。


「カスタットさん、頑張ってくださいね」


 ルルティアが言った。彼女は、やはり僕の魔術式技術に気づいていたのか驚いた様子はない。

 正直に言えば、嫉妬のような感情を持たれるのではないかと恐れていたが、失礼な心配だったみたいだ。


「カスタットさん」


 廊下に出ようとした時、フィユが呟いた。

 床に縛り付けられたままの彼女は、真剣な表情で僕を見ていた。


「ミティを、ミティをお願いします」

「任せといて」


 明るい声を作ってそう返事をした。

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