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魔術士は求む者  作者: 土月 十日
一章 赤・七選・塔の夜戦
21/44

19 そして、問答


「というわけで、東洋系魔術というものは、こちらで分類すれば氣術になります。魔力という概念は、レドウッドに式魔術が構築されるまで使用されることがなかったわけですね。

 さて、余談が過ぎましたが、今日の講義はここまでです。次回は、複層構造魔術式についておさらいをします。これは、多重立体構造の魔術式のための基礎ですので、気を抜かないように。では、また翌週に」


 講師がそう告げて去っていく。

 青の三角の講師陣全員に言えるが、あまり講義に時間を使いたくないようだ。本質は研究者ということだろう。講師に倣って学生達は教室から出て行ったり、あるいは友人同士で会話をしたり、それぞれの行動をとる。

 僕がノートを見ながら今の講義の内容をさらい直して、理解がおぼつかない部分が無いか確認していると、影が落ちる。顔を上げるとルルティアが見下ろしていた。


「カスタットさん、少しいいですか?」

「構わないけど」


 ルルティアは軽く目礼をして、隣の席へと座った。

 くすんだ金髪が揺れて、静止してからルルティアが話を切り出した。


「少し気になる話を聞きまして。ミーティクルさんのことです」

「キャンディナさんの?」

「はい。フィユさんから聞いた話ですが、履修講義の方向性ががらりと変わったそうです。先日から雰囲気も少し鬼気迫るものになったと、怯えています」


 明らかに説明不足なのは、僕の気をひくための手法だろう。

 自分のためではなく、他人を心配しているためなのだから、相変わらず人がいいことだ。


「先日っていうのは、あれ?」

「はい、エルノイさんと遭遇した日です」


 朝の勤め舎で、キャンディナとエルノイが短時間対峙したことは記憶に新しい。

 確かにあれからキャンディナの雰囲気が変わったように思える。


「それで、どう変わったの?」

「いわゆる、基礎的な講義を取り消して、応用技術、とくに精神感応系の講義を取り始めたらしいです」

「ふうん」


 曖昧に返しながら、そのことについて考える。

 それだけで何か分かるわけではないが、嫌な予想をたてることはできる。

 ルルティアが目を伏せて告げる。


「広範囲な知識よりも、自身の適正を伸ばす方針を取った、ように見えますが」

「問題は、何のためなのか、だね」


 ちらりとルルティアが僕を見る。

 彼女は彼女で予想はあるだろうが、僕のものを待つつもりらしい。


「キャンディナさんは王国で高い地位を得ようとしていて、それは何かに特化した専門家よりも、その専門家をまとめられる人材だ。行動と目標が一致していないなら、別の目的がある、とも考えられる」

「……そうですね」


 言葉はそこで止めておいた。

 キャンディナの今の状況で、専門的に特化しようとするなら、その理由はおそらくその分野だけでもエルノイを越えるためだ。

 それが単純に魔術士として一分野だけでも勝ちたいという欲求ならなんの問題もない。

 しかし、最近のキャンディナの様子を見れば、そんな浅い感情とも思えない。彼女にとって、同期の天才など邪魔なだけの存在で、邪魔な存在に対する対応をキャンディナは身をもって知っている。

 嫌な予感は言葉にしないうちに思考停止。どこかのことわざではないが、言葉にすればそれが現実になってしまうかもしれない。気づかないふりをして、別のことに言及する。


「ひとつに絞ったところで、エルノイに勝てるものかね」

「精神感応はいわゆる他次元系で、習得も対処も難しいはずですが……」


 言葉の続きは言われなくても分かる。

 エルノイなら難なく身に着けていても不思議ではない。しかしその一方で、エルノイに勝つことができるとしたら、やはり多次元系だというのも妥当な線だ。

 単純な頭脳や魔術の才能では、エルノイに敵う存在は人類史にも少ないだろう。それくらいに隔絶した才気がある。しかし、独特の感覚を必要とする多次元系なら、その感覚を持っているか否かこそが重要だ。

 キャンディナがエルノイに個人的に勝つと考えたら、その結論になる。


「話を変えましょうか」


 ルルティアが言った。

 それから、じろりとこちらを睨む。


「この数ヶ月の間、カスタットさんの到達階数には変化がありませんね」

「そうだね」


 ルルティアの表情は変わらず、(いぶか)しむように観察してくる。


「到達階数を更新したのは、あのフェルター達と戦った後の十日後でしたね」

「そうだったかな」

「いきなりの二四階。あの時は確か、ミーティクルさんが二五階だった時ですね。七選候補かと注目されていました」

「いやあ、伸び悩むものだね」

「確かに悩んでいるみたいですが、それは階数自体にですか?」


 気づけば講義室に他の人間はいなくなっていた。だからこそルルティアは話を切り出したのかもしれない。


「塔の制覇を目的とするあなたは、是が非でも七選に選ばれなければならない。それにしては、焦りの感情が見えなさ過ぎます」

「焦ったって仕方がないさ」

「本当は、焦る必要がないのではないですか?」


 ルルティアの視線は僕の瞳から外れない。

 何を読み取ろうというのか……何を知っているのか。


「エルノイを見る目に、嫌悪の感情が混じっていますよね。フェルターと戦った怪我を、一日で直してから」


 まったくよく見ているものだ。こらえきれずに笑ってしまう。

 それをどう捉えたのかルルティアは少しむっとして睨む。


「何故笑ったんです?」

「いや、馬鹿にしたわけじゃなくてね、逆。鋭いなあって」

「あの日に何があったんです?」

「言いたくない。ただ、あなたの言うとおりだよ」


 逃げるように立ち上がって、ルルティアに告げる。


「あの日から、エルノイのことが嫌いになった」




  * *



 ノックをすると中から返事があったので扉を開ける。

 室内の三つの机には例外なく本や資材が積み重なり、その向こうに禿げた頭が見える。

 日の出のように本の山から顔を出して、こちらを確認するとカワチャは微笑んだ。


「カスタットさん、どうしました」

「昨日の講義で質問が」

「昨日……ということは、魔力物理ですか。はいはい、どうぞ」


 先客に座っていた本の山を移動させて、カワチャが椅子を勧める。

 それに座りながらまとめておいた質問を口にした。


「魔力は物理的に何の影響もなく、したがって何の影響も受けない、というようなことでした」

「そうですね、それはその通りです」

「けれど、私達は魔力生み出すことも、動かすこともできます。つまり、何らかの干渉をしているわけですよね」


 そこまで言ってカワチャの反応を伺うが、彼は微笑んで続きを待つだけ。

 とりあえず、ここまで間違っていないようだ。


「魔力は物理的に影響を与えないし与えられない、ということは、その干渉を行うものは物理的なものではない」

「その通りですね」


 涼しい顔でカワチャはそう言うが、講義ではそのことに一切触れていない。態度とは裏腹に不親切だ。

 確認のために時間を取られることを考えると舌打ちしたくなるが、おそらく何かの意図があってのことだろう。


「それは、僕はつまり精神だと予想しました。普段僕達が気にもとめず魔術を使っている時、魔力を動かしているのは精神だと」

「素晴らしいですね。まさにその通りです」


 カワチャはおどけて拍手してみせる。

 しかしここまではただの推測、質問したいのはその正否ではない。


「したい質問は二つです」


 その言葉を聞いておどけた顔をやめたカワチャに尋ねる。


「まず、魔力石についてです。あれは、魔力を自身に保持し続けている、という意味で魔力に干渉しているように思えます。そうでなければ、魔力石を待ちあげた瞬間に、そこに魔力を取り残されていなければおかしい」

「ああ、良い質問ですね」


 カワチャが嬉しそうに笑った。


「答えは単純明快にして、最近の研究成果を知らなければ分かりようもないですが、いえ、予想を立てることはできます、ただ、実証するために青の三角でもいくらかの時間を取らなければならなかった問題です。分かりますか?

 いえ、分からないのも仕方がありません。少し突拍子もない答えになりますが……つまり、魔力石というものは、生きているのです」


 少し、ではなく、かなり突拍子のない答えだった。

 魔力石を扱うことは、職業柄何度もあった。魔術士の冒険者としては必需品といってもいい。


「もちろん」 カワチャが言う。「我々の想像する生き物とは乖離(かいり)したものです。無機物に宿った命は私達の想像できる範囲を超えています。そこに宿る精神は理解できるものではなく、つまり、意思の疎通などはできるはずもありません」

「それは、本気で言っているのですよね」

「ええ。私の専門ではないので、詳しく述べることはできませんが、あそこの研究室は、この世界そのものが生きているという仮説を証明するために数百年間代々研究を続けていますからね。真面目で、立派な研究成果です」


 圧倒される答えだった。

 僕らが塔の到達階数を競っているのが馬鹿馬鹿しくなるほど。

 青の三角が求めるのは魔術士ではなく研究者だという言葉が思い出される。


「気になるようでしたら、専門の賢者か、その研究室の学生に話を通しておきますが」

「いえ、そこまでは。今は、あまり時間がありませんので」

「そうですか。それでは、ふたつ目は?」

「精神が魔力に干渉することができるなら、魔力が精神に干渉することもできるのではないか。あ、いえ、精神感応系のようなことではなく、もっと物理的、いえ、機構的な話です」

「もう少し具体的に」

「はい。その、例えば、離れた位置にある二つの音叉の片方を鳴らすと、もう片方も共鳴しますよね。あれは、片方の音叉で振動が音となって、もう片方で音が振動になるわけです。

 同じように、片方で生み出された魔力が精神に干渉して、その精神が魔力を生み出す、といったことはできないのではないか、ということです」

「漠然としていますねえ。先ほどの質問とは大きな違いです。言葉通りに受け止めれば、いくつか紹介できる事例もありますが……多分、あなたの求めるものとは違うでしょう」


 真意を見抜いたように、カワチャが目を細める。


「対抗手段」


 ぽつりと、カワチャが言った。

 背筋がぞくりと粟立つ。

 その様子をみて、カワチャが冷たく笑った。


「まあ、分かるよ」 珍しく砕けた口調だった。「魔力量の少なさは、補いようがない。持続力という意味では魔力石を使えばいいし、式はどこまででも速くできる。けれど、生成できる魔力量は才能の一発勝負。それに負けた者は、勝った者に一生劣り続ける。それを(くつがえ)す対抗手段は、欲しいよね」


 皮肉げにカワチャの笑顔。その冷笑から冷たさがすぐに抜けた。

 教育者の顔に戻ったカワチャは愛想のいい表情を作り、残念そうに続ける。


「しかし、魔力物理の範囲ではないですね、それは。魔術士護身学で聞けるかもしれませんが、あれは今年は開講されませんねえ。ですから、ヒントだけ。

 魔術が成るために必要なのは、式と魔力と、もうひとつだけです。もうひとつの正体と、それらに含まれていないものに気づけば、おそらくあなたの悩みのいくらかは解決するでしょう」


 カワチャとの会話はそれで終わった。

 しばらくの間カワチャの言葉を考えるが、すぐに答えは出なかった。

 (きわ)()を出るとすでに夜だ。日付もすでに新しくなったばかり。指定された時間だったからこの時間に来たが、賢者というのはいつ寝ていつ食事をしているのだろうか。

 帰り道の途中、月が出ているのに気づいてそれを眺めた。そばには青の三角の塔が見える。

 僕達赤の学年の生徒の運命を左右する塔。

 今も誰かが上っているかもしれない。


「月見ですかあ? 風流ですねえ」


 隣にいつの間にか立っていたエルノイがのんびりと言った。

 津波が来る直前の浜辺のような、規模が大きすぎる気配に背筋が凍る。

 どうにか口を動かして疑問を呟く。


「何でここに?」

「え? 究め舎から帰るときに、見知った気配が近くにいたので」


 転移してきたわけだ。

 おそらく、僕がいなければ自室に直接空間跳躍していたのだろう。

 日常的に空間跳躍魔術を使っているのは、赤の学年ではエルノイだけだ。フェルターは普通に歩いている姿を見かける。

 当たり前だ。空間跳躍は、一つ間違えれば洒落にならない被害を生む。

 気軽に使っていいものではないが、エルノイには通じない理屈なのだろう。幼児が階段をひとりで下りていたら慌てて止めるけれど、大人がそれをして止める者はいない。


「月って、あれ、遠いですよねえ。一度目指したことがあるんですけど、途中で呼吸しづらくなって止めました。あ、そうそう、その時見たんですけど、この世界って本当に球状でしたよ、全体を見たわけじゃありませんが」

「エルノイさん、聞きたいことあるんだけど」


 なんのつもりで来たのかは分からないが、話すチャンスができたなら話すべきだろう。

 首をかしげるエルノイに、気になっていたことを尋ねる。


「この前、キャンディナさん……ミーティクル・ウィン・キャンディナに何を言われたの?」

「秘密です……けど、彼女はいいですね。手頃に楽しめるといいますか」

「手頃?」

「林檎酒ですね。キャルバト酒ではなく」


 後者は、キャルバトという都市で生産される林檎の蒸留酒の名前だったか。

 真意を探ろうとエルノイの顔を見るが、あどけない表情で微笑むだけ。


「それより、調子はいかがですか? 二四階で足踏みをしているようですが」

「お陰さまで最悪だね」

「そう思うのは、あなたの些細な感情ですよお。感じる必要のない罪悪感を抱くのは、独りよがりで無益な行為ですから」


 相変わらず笑顔でキツいことを言う。

 彼女の言葉の理屈は分かるが、理屈が分かれば感情を制すことができるなら歴史は半分も動かなかった。

 不意にエルノイは数歩離れると、魔術式を展開した。それを輝かせるのは月の魔力ではなく、エルノイから溢れる魔力で、その光は眩しいほどに強い。

 読み取った魔術式は、力学系の攻撃魔術。


「っ!」


 反射的に迎撃の魔術式を思い浮かべ、瞬間的にそれが構築される。魔力を注ぎ込んでエルノイと同種の魔術を起動させて、二人の中間でそれらが相殺した。

 追撃に備えて構えるが、エルノイは子供のように笑う。


「良かった、ちゃんと身についてますねえ。二四階は自分の意思で止まっているわけですね」


 何も食べていないが、口の中が苦くなったような錯覚。

 今の魔術式構築は、精度も速度も半年前の僕より良すぎる。式技術を試される塔の三〇階までなら到達可能だろう。

 舌打ちをしたくなる。まったく、なんて理想的な手順と思考処理だ。僕なんかには到底辿り着けない技術である。本来ならば。


「馬鹿にしてくれるよね」 苛立ちが声に混ざった。「こんな施しを与えてくれるなんてさ」

「馬鹿になんてしてなかったですよお? フェルターに下らない行為をさせずに済んだお礼をしただけです」


 あの日、泊まっていた病室に現れたエルノイは、あっさりと僕の怪我を治療した。軍用に研究された最新の成果を試したらしいが、効果は素晴らしいものだった。翌日には怪我をする前と大差がなくなったくらいに。

 それだけなら、感謝だけで済んだ。


「人にあんな技術を押し付けて、お礼のつもりなんだ」


 何があったのかは、僕自身も正確には理解していない。ただ、式を構築する技術を強制的に理解させられた。おそらくは精神感応系の魔術。

 青の三角の塔で、課題となる魔術式が強制的に想起されるように、魔術式を思い浮かべ、それを構築していく手順を強制的になぞらされた。


「はい、お礼ですよ」 エルノイが微笑む。「価値はあるはずですよ?」

「ありがた迷惑って言葉は知ってる?」

「馬鹿にしてませんでしたが、今のあなたは馬鹿ですね。いいですか、技術というのは究極的には知識です。そして、知らない方がいい知識なんてものはこの世に存在しません。

 利益になるものが無償で与えられる以上、迷惑になりようがありません」


 妹か弟にさとすようにエルノイがそう言った。

 勝手な理屈だが、理屈で反論は思いつかなった。

 しかし不愉快に思う自分がいるのは嘘じゃない。そのことを見抜いたようにエルノイはため息を吐いて、首を左右に振ってみせた。


「いいですか? あなたが技術を得たことを喜べないのは、つまり、そのことが平等ではないと考えているからです。他の学生は自分の力で頑張っているのに、自分は他人の手ほどきで覚えた技術を使っていいのか、という躊躇(ためら)いです。まして、私はあなたが好意的に接するミーティクル・ウィン・キャンディナにとってはあまり好ましくない相手ですからね。

 しかし、分かるでしょう? 初めから平等なんて存在していませんし、有効な技術を感情で使わないのは子供の考えです」

「子供かな」

「それが悪いとは言いませんけど、子供では届かない高みというのがあるのも事実です。あなたは、子供でいたいんですか?」


 挑発的に微笑むと、エルノイはくるりとその場で回転し、一周する直前で姿を消した。

 転移魔術だ。相変わらず速すぎて見えない。


「……子供、ね」


 夜空には相変わらず月が浮かぶ。

 エルノイでもあそこには届かない。彼女ですら万能ではない。

 子供のままでは、挑むことすらできないのか。


「知らないよ、くそ」


 吐き捨ててから、その言い分はまるで子供のようだと自覚した。

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