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魔術士は求む者  作者: 土月 十日
一章 赤・七選・塔の夜戦
17/44

15 そして、開戦



 ルルティアとフィユの魔力が少し離れたところにある。


 普通の人間なら気づきようもないが、魔術戦、しかも包囲をしている者には気になって仕方がない存在だろう。

 だからそちらに気を取られ、背後から近寄る僕が魔力を絶っているだけで気づかない。

 建物の陰で通りを覗く少年まで、後数歩。

 駆け出すと同時に相手も気づくが遅すぎる。襟首を掴んで引きずり倒す。貴族の少年ならこれだけで混乱する。


 相手の魔術の腕は分からないが、魔術を使わせなければ問題ない。そのためには、とにかく状況を把握させないこと。そして手早く処理することだ。

 指先に構築した雷撃魔術を直接少年に流しこみ、筋肉を痙攣させる。それから布で目と口を縛る。


「朝まで倒れていれば何もしない。まだ何かするなら、命の保証はできないよ」


 低く抑えた声でそう告げる。

 これで二人目だ。包囲網をしくのはいいが、外部からそれを崩すのは容易だ。わざわざ戦力を分散してくれているのだから。

 足音に振り返ると、ルルティアとフィユが細い路地から姿を現した。


「向こうも気づいたようです。集まり出しました」


 ルルティアが抑えた声で言った。

 位置を地図に示してもらうと、キャンディナの居る位置を挟んでおよそ反対側。

 挟撃を避けたのだろう、無難な選択だ。


「よし、じゃあ合流しましょう。反応は少し怖いけれど」


 通りに出ると、道の先に期待していた姿があった。

 小柄な少女の背中が振り向き、キャンディナが僕を睨みつける。

 瞬間的に魔術式がキャンディナの眼前に浮かぶ。

 読み取る間もなく発動し、雷撃が僕の肩の上を通り抜けた。蝿の羽音に迫力を足したような音が右耳の側で鳴る。

 驚いたが、それを伝えるのは(しゃく)(さわ)るので平静を装う。


「こんばんは、キャンディナさん。いい夜だね」

「……よくもまあ、普通に挨拶ができますね」

「何が? 通りすがっただけだけど?」

「この……!」


 表情を強張らせるキャンディナ。少しからかいすぎたか。

 謝る言葉を探す前に僕の横を駆け抜けていくのは、短い金髪の少女。


「ミティ! ミティ! ミティ!」


 走る足が最後にはもつれて転ぶフィユを、一回りは小さなキャンディナが受け止める。

 その顔には戸惑いが浮かぶ。


「え? なんでフィユが?」

「なんでって、ミティが帰らないから!」


 すがりつくフィユの背中を撫でながら、キャンディナの戸惑った表情はなかなか変わらない。

 僕の横に並んでその様子を眺めるルルティアが、小さく笑う。


「カスタットさんと一緒にいるのが予想外だったんでしょうね」

「実際、僕も驚いてるよ。ルルティアさんが間に入ったとはいえ、ね」

「それだけ大事なんでしょうね。素敵なことです」


 キャンディナに近づくと、思っていたよりも傷が多いことに気づいた。

 衣服はボロボロで、その隙間からは痛々しい傷が見える。

 昼に会ってからこの時間まで、ずっと追われていたのだろうか。

 キャンディナは僕を睨んでから、隣のルルティアに目を向けた。


「貴女は、たしか、ルルティア・ウィン・レオフカさんですよね。貴女までどうして」

「偶然といいますか。泣きそうな顔のフィユさんを見つけたので、お手伝いを」

「気持ちはとてもありがたいですが、これは、キャンディナ家が招いた、キャンディナ家の問題です。

 これ以上はあなたの家にも迷惑がかかります」

「別に構いませんよ、好きな家ではありませんから。それより今は先に」

「来たね」


 二人の会話遮ったのは僕の声だ。

 通りの先から近づいてくる影は四つ。

 こちらも四人。数は互角。


 一番前に立って、神経を集中させる。平行して発動させるのは魔力感知と暗視の魔術。

 月明かりに含まれる魔力に反応して薄く光るが仕方がない。あちらも何らかの魔術を使っているのか、ぼんやりと式が光っている。それが魔力感知の式だと読み取れる距離で向こうも立ち止まった。


 知らない顔ばかりだが、ひとりだけ先頭の男に見覚えがある。

 貴族らしく整えられた茶髪のした、何もかも気に食わないような険のある目つき。

 その名前は、後ろからルルティアが告げた。


「貴方でしたか、フェルター」


 名前を聞いて思い出す。フェルター・ウィン・ビズリアス。

 入学試験における次席の秀才だ。


「何なんだよ、これは。なあルルティア、なんでお前まで邪魔をするわけ?」

「偶然です、それと、この状況が気に食わないからでしょうか」

「あー、そうだったな。お前はそういう奴だったよ。ったく、レオフカ家も本当はこっち側のくせに。それで、懐いてるらしいシュヴァイツェル家の傷物はまあいいが、お前は何だ」


 フェルターの視線が僕を眺める。

 こちらもフェルターの挙動を探っているが、あまり嬉しくないことに隙がない。荒事に慣れているわけではない、単純に頭が切れるのだろう。

 走っても十歩以上はある距離。格闘戦に持ち込むのは難しい。魔術の撃ち合いになるか。


「カスタット。一応、同期生なんだけどね」

「そうか、カスタット。黙って帰るなら見なかったことにするし、こちらにつくなら相応の謝礼は出るぞ」

「あんた達の味方はしないけど、有意義なことなら言えるよ」


 フェルターの言葉は下卑な雰囲気が無く、ただ義務として言っているように聞こえた。

 僕の存在がどちらに(くみ)しようと大差ないと思っているのだろう。


「こちらは四人、あんた達も四人だ。六対一なら安全に勝てるだろうけど、数が同じなら、そっちも怪我するかもしれないよね。怪我では済まないかもしれない。

 僕だって余計な戦いはしたくない。ここはさ、どっちも大人になって引くのがいいと思うよ」

「ああ? お前さ、事情分かってんの?」

「よく知らないけど、まあ、キャンディナさんの家が再興するとまずいんだっけ? それもさ、別に決まったわけじゃないんだから」


 フェルターの苛立つ様子は、隠す気がないのだろう。

 乱暴に頭を書いて僕を睨む。


「お前さ、自分がどこに所属してるか分かってんの?」

「所属?」

「青の三角、どこよりも魔術の研究が進んで、どこよりも魔術の知識が集められる場所だ。ここに比べれば、それ以外の魔術士は格が二つは落ちるもんだ。

 そんな場所でそいつを学ばせて、手がつけられない魔術士になったらどうする」


 それは貴族とは思えない、傲慢さからかけ離れた理屈だった。

 確かにそうだ。ここの知識を誰よりも吸収する資質があれば、そこらの魔術士では敵わない存在になることができる。


「青の三角を正式に卒業した人間は、国家機関に所属すればかなり高い位置につくことができる。大抵は研究馬鹿だから、青の三角に所属し続けるか、野に下って研究に篭もるかのどちらかだが、そこに家の再興を目的にする奴が現れたら、簡単にそれを成しちまうだろうよ。

 その危険性がある以上、そいつを殺すか、少なくともここにいたくないと思わせる程度には傷めつけなきゃ話にならねえ。

 そして、それは早い方がいい。青の三角にいればいるほど、どう化けるか分からねえからだ。例え四対四だとしても、お前が荒事に自信があるとしてもだ」


 妥協点は無いということだろうか。

 そして、僕のことも見抜いてきた。先に二人を処理したことか、あるいは所作から察せられたか。

 じりじりと間合いを詰めるように、こちらとあちらで魔力が緩やかに高まっていく。


「待ってください」


 凛とした声は後ろから。

 この場の中心人物、キャンディナのものだった。


「ビズリアス、この三人は関係ありません。手を出さないで」

「それは俺に言うことじゃねえな」


 フェルターはそうあしらうが、他の三人の前に手を伸ばして攻撃を制止した。

 説得してみろということだろう。


「カスタット」


 キャンディナが嘆願するように僕の名を呼んだ。

 僕はフェルターから目を離せず、背後のキャンディナの表情は分からない。

 しかし余裕がないことは声色だけで分かる。


「お願い、巻き込みたくないの」

「巻き込まないと勝てないんじゃないの?」


 前を向いたままそう返すと、息を飲む音が後ろから聞こえた。

 すでにキャンディナはあちこちに傷を負っていた。不利な状況が続いていたのだろう。


「……ひとりでも大丈夫です」


 平静を装ったことが分かる声だった。

 からかうように返してやる。


「じゃあ、四人ならもっと大丈夫だ」

「いいかげんに!」


 キャンディナが僕を強引に振り向かせた。

 肩を引っ張る力も弱々しいのが、少し嫌な気分にさせる。

 けれど、やっと自然な流れで振り向けた。


 全員の位置を認識するのと同時に、ルルティアがこちらを見ていることを確認する。

 フェルター達に見えないように小さく作った魔術式を見て、ルルティアがかすかに頷く。

 キャンディナは怒りと戸惑いの表情でその魔術式を眺める。

 それは込められた魔力を閃光と轟音に変換する魔術。

 ルルティアが遮音魔術を構築しながら、フィユを引っ張り背を向けさせる。

 流石に理解が早い。僕の魔術とほぼ同時だ。

 キャンディナの顔を胸に押し付けて光が目に入らないようにする。ルルティアの遮音魔術がこちらも範囲にしてくれているので、用意していた同様の魔術を破棄。もう一つの魔術に魔力を集中。


 そして、発動。


 地面を振動させるほどの大音量と、背を向け目を瞑っていても視界を明るくする太陽の何倍もの光量。

 遮音魔術を抜けてなお音は聞こえるが意識を揺るがすほどではない。音が聞こえるということは耳も機能を失っていない。


「全員逃げるよ!」


 フィユの頭を抱いていたルルティアがこちらを見て頷く。

 その表情が訝しげに歪んだ。


「カスタットさん! 下!」


 焦った声に下を見ると、複雑な魔術式が輝く。

 意識を引っ張るような浮遊感。

 あり得ない。遠隔魔術でできるようなものじゃない。


「ミティ!」


 フィユの叫びが聞こえ、それが最後。

 空気の温度と、風と、景色が唐突に変わった。

 都市壁に囲まれて無風に近かった空気は冷たい風に変わり、石畳の地面は土と砂になり継ぎ目を失くした。

 都市の外だ。月の高度は変わらない。それほど離れた位置ではない。

 唸りのようなため息が背後から聞こえる。盛大な舌打ち。


「面倒なことにしやがって」


 フェルターの声だと分かる前に、対魔障壁を背後へ斜めに張る。

 振り向いた瞬間迫っていた魔力弾が障壁に当たり、上に抜けていった。

 力学系の魔力弾か。当たっていれば吹き飛ばされて、骨が折れる威力だ。


「あいつらも使えねえし。対魔障壁なんて張ってんじゃねえよ。なんで後ろ向いたかくらい分かれよ、たく」


 フェルターが心から苛々した様子で地面をがつがつと蹴った。

 その後ろの遠くに、リヴァージュらしき影が見える。

 状況をとにかく整理しよう。ここは都市の外だ。おそらく転移魔術で移動させられた。

 使ったのはフェルターだろう。自分の分と、僕とキャンディナの分、ふたつの転移魔術の同時展開。信じられないが、そうと考えるしかない。


「カスタットさん、離してください」


 頭を抱いたままだったキャンディナが僕の胸を押して離れた。

 周囲を見て状況を察すると、静かな声で告げる。


「転移魔術を使えるというのは本当だったみたいですね」

「あ、有名なんだ」

「ディアリルム家の娘という規格外がいなければ、彼が今年の学年主席だということを忘れないでください。転移魔術を使えるから有名なのではありませんよ。天才として有名だから、転移魔術も使えることを知られているだけです」


 硬い声でキャンディナが言う。

 傷だらけの体で、すでに魔力を生成し始めていた。


「けど、キャンディナさんの方が到達階数は上なんだよね」


 貼りだされた紙を思い出しながら言うと、キャンディナは首を振った。


「彼の記録は一階です。何の意図かは知りませんが、記録を残す気が無かったのでしょう」

「ああ? 別に意図はねえよ。これからいくらでも上る機会はあるのに、あの混雑した空間にいるのが面倒だっただけだ」


 フェルターが怠そうな声で答えた。

 それから目を細めてキャンディナを見る。


「だが、お前の記録を確実に抜ける自信もねえよ。それほど高く俺を評価しないし、それほど低くお前を評価しない」


 フェルターの退屈そうな言葉は、やはり貴族らしくはない。

 口調もそうだが、対外的な評価を大事にする貴族の言葉にしては傲慢さが足りない。


「お前もやるな。平民のようだが、冒険者でもやっていたか? 機転が効く。

 あの音と光じゃ人が集まる。流石に衆人環視の中じゃ無茶はできねえよ。対魔障壁も効かねえから、状況の読めない馬鹿の無力化もできると」


 フェルターが賞賛してくれるが、苦い言葉だ。

 普通、魔術士が魔術士相手に咄嗟に張る対魔障壁は魔力を防ぐだけで、すでに空気を震わせている音や、変換された光を防ぐことはできない。場慣れしていない魔術士には、まず外さない魔術だったはず。

 僕が後ろを向いたことと、ルルティアがフィユの振り向かせたことからそれらを読みきって、対応する魔術を構築したのだとしたら、厄介過ぎる相手だ。

 結果、相手を三人無力化したが、こちらはルルティアとフィユとはぐれた。

 数の比率で言えば有利になったが、そんな気はまるでしない。


「悪いがもう遅いぞ。見逃せば危険だ」


 フェルターが告げる。

 僕の肩を誰かが掴んだ。(そば)にはひとりしかいない、キャンディナだ。


「こうなったら、二人で切り抜けます。手伝ってください」

「望むところだよ」

「無事に済んだなら、その頭を引っ(ぱた)きますからね」


 軽口を言うキャンディナの表情は固く強張っている。

 それでも強がろうとする姿勢は、まるで冒険者のようで好感を持てた。

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[良い点] おもしろい。 正当なボーイミーツガールストーリーな気がする。 [気になる点] 誤字報告 フィユの振り向かせたことから
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