14 そして、発見
複合魔術と称される魔術技術はいくつか聞いたことがある。
ひとつは個人の魔術として、いくつかの魔術式を統合する技術。これは、余程単純な魔術でなければ魔術を使う際に誰でもやっていることだが、中でも異質な魔術式同士を組み合わせる時にこの名称を使うことがある。
そしてもうひとつが、これが主になるのだろうが、複数人でひとつの魔術を扱う技術だ。
基本的に他人の構築した魔術式に手を加えることはできない。例外的に、圧縮した魔力をぶつけることで魔術式を破壊することはある。しかしあれは、魔術式が魔力に反応することを利用して、過剰な魔力が洪水が河川を削りとるような理屈で式を破壊する原理だ。
後者の方は、そういう技術があると聞いたことがあるだけで具体的な方法は知らない。
各国の軍でその方式が研究されているらしい。魔術士の人数が多いのだから当然だろう。
「他国に知られると王国軍が不利になるので、あまり公言はしないようにお願いしますね。これは、複合魔術に限ったことではありませんが。
いやあ、しかし、意外な才能ですね。こんなに早く身に付けるとは」
ルルティアが構築した基礎的な探索魔術に介入して、うなり式の探索魔術式を無理矢理挿入している状態のことを言っているのだろうか。
褒められて悪い気はしない。
「あー、才能ある方ですか? これ」
とにかく必死に介在させた式を保つ。
油断をすればルルティアの式との接続が弾き飛びそうだ。
「空間系の魔術ほどではありませんが、特殊な感覚が必要ですからね。魔術式が熟練しているほど、自分の色を消せずに他人の式を真似られなかったりしますから」
「僕は熟練してなかったですか」
「式の技術に関しては浅瀬で走り回っていたようなものですからね、君は」
「思わぬ利点になったわけですね」
あまり会話に集中できない。思った以上に神経をすり減らすような作業だ。
人の魔術式の式質というか、手触りというか、そういうものを真似ることなんて試したこともなければ、そんなものが存在するとも知らなかった。それを感じるための魔術など、青の三角はどうやって開発したのだろう。
教わった魔術でルルティアの式を感じ取り、それを真似ているだけで頭がゆだりそうになっている。
探索魔術の発信と受信はルルティアに担当してもらっていた。式の理屈は説明して、また彼女の優秀な理解力によって、受信した魔力波の読み取り方は覚えたようだ。
しかし中核となる式は流石に複雑過ぎるので、僕が担当するしかない。逆に受信発信の精密さは僕には足りないため、ルルティアにやってもらわなければならない。
そして、都市全部を探すような魔力量は僕は持っていない。ルルティアも魔力量が豊富な方ではないそうだ。
それは担当するのはそもそもの発端。金髪の美少女。
フィユ・ウィン・シュバイツェルの手を握っていたルルティアが眉を潜めた。
「申し訳ありません、上手く同調が」
魔力の受け渡しが上手く行っていないのは、二人の手の間から盛大に溢れる魔力や、それによって輝く魔術式を見れば分かる。
フィユから送られる彼女の個性の色づいた魔力を利用することは、純粋な魔力を貯めこんだ魔力石から必要な魔力を取り出すよりも難しい。特に、いくらでも魔力石を買うことのできる貴族の魔術士はわざわざそんなことをする経験がなかったのだろう。
カワチャは少し考えこむと、空中に魔術式を輝かせた。
簡素な式だ。見覚えはある。
「式を流れる魔力を増幅させるものです。魔力波形の精度は多少落ちますが、問題はない程度でしょう。
カスタットさん、使えますか?」
「受動探査の時に似た式を使いますから、問題はありません」
「では、あなたを経由してフィユさんの魔力を使ってみましょうか」
いつの間にか親身になってカワチャは色々と案を出してくれる。根から人がいいのだろう。ありがたいことだ。
しかし出された案はフィユの表情を凍らせた。男が苦手な彼女には酷な方法だ。
魔力を増幅させるためには、当然それだけの魔力供給源が必要になる。僕の魔力では足りない。必要な魔力をフィユからもらうことには変わりない。
技術的にルルティアへ魔力を渡すことが難しいとはいえ、僕に渡すことは心理的に難しいだろう。
「あ、あの……」
フィユが蒼白な顔色で呟くのは気の毒だ。
助け舟を出すか。
「フィユさん」
魔術式を作る。式はただ真っ直ぐに伸びて、その先に中心を同じにする小さな円が六つ、角度をずらして描かれた。球状の網籠のような魔術式は、フィユの前で彼女の視線を受ける。
「魔力をそこに注げばいいから」
多少の損失は免れないが、仕方ないだろう。
フィユは泣きそうな眼差しで僕と魔術式を交互に見ることを繰り返し、やがて毒物を飲み込むように引きつった表情で唾を飲んだ。
「い、いえ。これは、私のお願いです、から」
一歩に通常の五歩分くらいの時間をかけてフィユが近づく。
それから震える手を伸ばして、僕の手を取った。
「だ、大丈夫、ですから!」
潤む瞳に月光が反射していた。
強い決意に頷いてみせてからルルティアの方を見ると、彼女も微笑みながら頷いた。
「それじゃ、やるよ」
フィユの手に魔力を感じて、それを吸い上げる。こうした魔力の受け渡しは、使える魔術の種類に差がある冒険者の間ではよく行われる。もちろん、僕も慣れている。
彼女の魔力はいくら吸っても尽きることのないように湧き出る。大したものだ。
「ルルティアさん」
「ええ、始めますよ」
透過性に富む振動数の少ない、しかし正確な振動をする魔力波がルルティアから発せられ、僕の魔術式を通過していく。フィユの膨大な魔力によって増幅させた魔力波が照射され、その反射波をルルティアが読み取る。
「あ、あの」
囁くような声に振り向くと、フィユがびくりと身を竦ませた。
今呼んだよね、とは言えない。声をかけてくれただけで成長だろう。
「どうしたの?」
ルルティアを邪魔しないように控えめな声で返す。
「あの、えっと、今さらなんですけど、そもそも、どうやってミティを探すんですか?」
「あれ、それはさっき」
「すみません、そ、その、緊張していて、話が分からないまま……」
「なら、仕方ないね」
本当は仕方なくないのだろうが、今は言っても仕方がない。
話をする余裕くらいならある。
「今は、魔力の反応を探してる。魔術戦が行われてればすぐに分かるし、ある程度魔力を持った魔術士の場所も分かる。今ルルティアさんが地図を見てるでしょ?」
「ええ」
「あれと照らし合わせれば、この時間にいるのが不自然な場所にいる魔術士も分かる。
どこかで倒れていればそれで――」
フィユへの説明はルルティアの静かだが鋭い声で途切れた。
「外壁近くに妙な反応があります。他にも裏路地に何人か、倉庫街のひとつに一人」
「路地裏は、具体的には?」
地図の見える位置に移動して、ルルティアに尋ねる。
ルルティアが指差したのは冒険者ギルドと繁華街との中間あたり。
「それは多分違う」
フィユを気にして女を買ってるのだろうとは言わなかったが、ルルティアは察したのか納得した様子。
ルルティアは指を滑らせて倉庫街に移動させる。
「倉庫はここですが」
「反応は動いてますか?」
「え? ええ。うろうろと。あれ? 消えた」
「こちらからの魔力波に気づいたんでしょう。多分、非合法な取引か何かかな、と思いますが、断言はできないですね」
しかしルルティアは地図上のどこかまで分かるのだから、大した受信精度だ。
この場合にはありがたいことだが、実力の差と考えると複雑な気分になる。
「それで、外壁の方の妙な反応は?」
「六人が細かく動いています。今の配置はこうです」
ルルティアが指で示す。
建物を挟んではいるが、一人を中心に一定の距離で囲んでいるようにも見える。
「私見ですが、この人が狙われているように思えます」
「だとすると、ずいぶん統制が取れてるね」
「強い魔力の反応がいくつかあるのは、連絡を取り合っているのでしょうか」
「かもしれないですね。一番怪しいのはそこでしょう」
そこにいるのがキャンディナだとして、まさか本当に襲われているとは。
フィユの方をちらりと見ると、彼女も眉をひそめていた。予想していても、そうであって欲しくはないだろう。
「申し訳ありませんが、私が手伝えるのはここまでですね。荒事もカスタットさんの方が慣れているでしょう」
カワチャはそう言って、言葉通り申し訳無さそうに目を伏せた。
そうは言うが、充分すぎるほど手伝えてもらえた方だろう。一時は一切の助力を得られないところだった。
「いえ、ありがとうございました。本当に助かりました」
「いえいえ。教え甲斐のある子は好きですよ。さあ、後は各々の自己責任で思うように動きなさい」
「はい。本当にありがとうございました」
ルルティアと、少し言葉に詰まりながらフィユも同じように礼を言った。
それから階段に向かって駆ける。
状況はよく分からないが、例の反応がキャンディナだとすると急いだ方がいい。
* *
流石に外壁までの距離を駆け通すことはできずに、夜のリヴァージュを三人で歩いた。
特にフィユとルルティアの体力を考えれば、今の早足もそろそろ止めなければならない。
「探索魔術は使わなくていいのですか?」
ルルティアの落ち着いた声は、夜の静寂の中で実際よりも大きく聞こえた。
少し控え目にした声で応える。
「できるなら、一度だけで済ませたいですね。もう少し近づいてから」
「こちらの位置に気づかれるからですか?」
「はい。あまり近い距離だと危険です。ある程度近づいて一度、それからは受動探索で済ませたいところです」
探索魔術は、相手に技術があればこちらの位置を大声で知らせるような結果となる。
「それより、二人とも今なら間に合います。青の三角で待っていた方がいいのでは?」
「ついて来ても邪魔だ、とは言わないのは戦力になるからでしょう? 気を使われるのはありがたいですが、役に立つなら私はついていきますよ」
ルルティアが見透かしたように言った。
確かに、六人かそれ以上を相手にこちらが一人では心もとないのは事実だ。
「わ、私も、私が、お願いしたことですから」
ルルティアの隣でフィユもそう言った。
加減ができるのかだけは心配だが、フィユの魔術の威力を考えれば助力はありがたい。
「二人とも無理だけはしないようにお願いします」
冒険者出身としては、二人に傷をつけぬように立ち回るべきだろう。
けれど、それができるほど実力があるわけではない。いくらかは危険な目に遭わせるかもしれない。
大通りではないからか夜道に人はほとんどいない。
それから無言で歩みを進め、ある程度近づいたところで探索魔術を使った。
距離も近かったので僕一人で行った、おおよその距離と方角は充分につかめた。
青の三角で観測した位置から北に移動している。
ルルティアが囁くように、少し不安げな表情で言った。
「探索されたことは気づかれたでしょうか」
「そう仮定して損をすることもないでしょう」
気づかれていなかった時に警戒した分損になるとはいえ、その程度の相手だということで充分におつりがくる。
それよりもまず、この先にいるのが本当にキャンディナかどうかを確かめたい。
そうでなかった時、勘違いしたまま包囲しているものと戦うのは嬉しくない。
ルルティアがカワチャから借りたままだったこの都市の地図を見て、まず包囲されている人間を見るためのルートを探す。
「あ、あの、ここを真っすぐは駄目なんですか?」
おっかなびっくりとフィユが言った。会話に参加しようとするのはいい傾向だ。
「通れたら一番いいけど、向こうが多分それを警戒してる。包囲っていうのはある程度は外にも警戒してるから」
「あ、な、なるほど」
実を言えば候補となるルートはすでに見繕っている。
しかし、やはり戦闘の可能性がある以上決断は少し迷う。
ルルティアが僕の顔を見て頷いた。それを見て決める。
細長い路地だが、分かれ道が多く、行き止まりに追い込まれたり挟撃されることのない道を示して二人に言う。
「この道を行きましょう。ここからはできるだけ静かに」
ルルティアに魔力波の受動探索を行わせ、僕は音波による受動探索魔術を使いながら進む。
本来の耳では聴き取れもしない足音や三人分の息づかいもうるさく聞こえる感度の魔術が、周囲の音を探る。
しばらく歩いていると、予想外の声を聞いた。
「本当に、自分でも馬鹿なことをしていると思いますが、繰り返しますよ」
遠くから雑音混じりに聞こえる声は、探していた当人の、ミーティクル・ウィン・キャンディナの声だった。
キャンディナの声が語る。
「先ほどからの探索魔術がカスタットさん、あなたのものでしたら助けはいりません。私は一人で大丈夫ですし、何度も言いますが、助けられる理由がありません。
下手に貴族の恨みを買うのはあなたのためになりませんし、私が申し訳なく思います。もし声を聞いていたら帰ってください。私は感謝をしません」
思わず返事をしそうになったが、まだそれなりの距離がある。聞こえるわけがないだろう。
今頃向こうは、一人で空気に向かって話しかける変人だ。
僕が音を探ると見越して独り言に勤しむのは、確かに自分で言う通り馬鹿なことだろう。
しかし現実には声が届いている。馬鹿なのは、そんな言葉で帰らせることができると思っていることだろう。
キャンディナがいたことだけを二人に小声で伝えると、ルルティアは小さく頷き、フィユは声は出さずに口だけを動かして返事をした。
さて、この先にキャンディナがいると確定したのだから、戦うことは無駄ではない。
すると、やることも変わってくる。
再び小声で、横の二人に指示を出す。
「少し荒っぽくいこう。数は不利でも、今だけは有利だ」
笑ってみせるが、演技ではないのは半分だけだ。
しかし、言葉に嘘は無かった。