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魔術士は求む者  作者: 土月 十日
一章 赤・七選・塔の夜戦
15/44

13 そして、詭弁


 ルルティアが風呂から戻る途中で、不安そうに一階をうろついているフィユを見つけたらしい。

 聞けば同室の者が戻らないという。その名前を聞いて、ルルティアはフィユの焦りの理由を察したそうだ。


「キャンディナ家の話は私も知っています。あまり気分のいいものでもありませんが。念のため、ひとつお節介を焼こうと思いまして」


 部屋の前に立ったルルティアが事情を簡単に説明していた。

 僕の方を見て怯えているフィユが話すよりは確かにその方が良さそうだ。


「それで、何でこの部屋に来たんだ?」


 ジャールも近づいてきて話に参加した。

 二人目の男にフィユが一瞬痙攣して驚くが、流石に魔術を撃つようなことはなかった。

 ルルティアが落ち着いた声で返す。


「フィユさんに、ミーティクルさんの行方に心当たりがありそうな人は知らないか聞いてみますと、カスタットさんの名前を挙げられたので」

「僕? なんでまた」


 ルルティアは困ったように肩をすくめた。そこまでは聞かされていないのか。

 自分以外の全員の視線を受けると、フィユは数回空気を食べる真似をして、やっと声を出した。


「あ、あの、ミティがよく、その、話をしてたんです。そういうの、珍しくて、あんまり人の事を話さないから……」


 意外な事実だ。

 その話とやらが好意的なものかは知らないが、そう思い込めば嬉しい言葉だ。

 恋愛沙汰が好きなジャールが余計なことを言う前に、ルルティアの方を見る。


「昼ごろに偶然、街でキャンディナさんには会ったよ。その時は、ここの赤の学年だと思うけど、魔術士四人に襲われていたけど無事だった。

 すぐに別れたから、今どこにいるのかは分からないかな」


「襲われてたんですか」

「僕が見た時は、四人とも地面に倒れてたけどね。けど、他にも狙ってくるやつらはいるだろうとも言ってた」

「そうですか。そうすると案外、ひょっこりと無事に帰ってくるかもしれませんが」


 ルルティアはその後の言葉は口にしなかった。

 無事でない時にどうなるかは、言葉にして面白いものでもない。


「あ、あの」


 フィユがか細い声を出した。


「こんなこと、お願いするのもあつかましいとは思います。でも、その、ミティ、ミーティクルを探すのを、手伝ってくれませんか」

「それはいいんだけど、どうしたものかな」


 承諾してみせると、フィユの表情が固まった。

 その理由はキャンディナのお陰で察せられていたけど、気づかないふりをする。

 フィユが息のようにかすかな声を漏らした。


「……え?」

「いや、だから具体的にさ。僕がひとり増えた所で、走り回って探すことくらいしかできないよ」


 心当たりは無いものに等しい。襲われていたのは知っているが、今どこにいるか聞かれても「多分、都市の中にはいるよ」 としか答えられず、それは答えてないのと同じだ。

 フィユはようやく僕の言葉を消化したのか、戸惑いがちに礼を言った。


「いえ、その、ありがとうございます。そんな簡単に引き受けてくれるとは思わなくて」

「まあ幸いに、貴族の面倒な事情とは縁がないからね」


 実のところ縁が無いとは言いづらかった。

 貴族自体には縁遠い人生だったのは事実だけど、ここでキャンディナの味方をすれば当然敵対貴族に睨まれる。それは嬉しいことではないだろう。僕に後ろ盾があるわけでもなく、火の粉を無傷で振り払えるほどの実力が無いことは、順位で示される。

 その辺りの事情を考えてフィユも口ごもっていたのだろうが、だからと言って見捨てるのも寝覚めが悪い。


「悪いが、俺は付き合わないぞ。義理もないしな」


 ジャールがそう言った。

 僕は思わず笑ってしまう。


「はっきり言うね」

「人助けは趣味じゃないからな。文句はないよな」

「まあ、気を使われて嫌々手伝われるよりは気楽かな」


 損得で言えばフィユを手伝うのは間違いなく損だ。だからこそフィユは驚いているし、キャンディナは僕の助力を断る。

 場の流れというか、雰囲気でジャールを巻き込んでしまうのは申し訳ないと思っていたが、自分からきっぱりと断ってくれるといっそ気分がいい。

 フィユやルルティアからの心証が悪くなるのも承知なのだろうから、芯のある人と言うべきか。


「ではどうしましょうか」 ルルティアが言った。「流石に走って探しまわっても見つからないでしょうし」

「とりあえず一度部屋に戻ってないか確認して、それから……」


 いい案が浮かばず言葉に詰まる。

 この街の情報屋を知っていれば聞きにいけるのに。使うことはないだろうと思っていたから、そうした裏稼業の店を調べることを怠っていた。

 僕の探索魔術では効果範囲が狭い。フィユはルルティアでも難しいのだろう。できるのならここに来ていない。


「人助けはしないが」


 口を挟んだのはジャールだった。

 彼は三人分の視線を受けても動じない態度で言葉を続けた。


「助けてくれそうな奴なら知っている、というか思いつく。カワチャ・ミヨイツムなら協力してくれるんじゃないか」



  * *



 念の為にキャンディナが部屋に戻っていないかを確認したが、残念ながら彼女は戻っていなかった。

 ジャールの助言に従って、僕とフィユとルルティアでカワチャを訪ねに究め舎に向かった。初日に案内されて以来、初めて訪れる(きわ)()だった。


 入り口のすぐ横に掛けられた案内板からカワチャの部屋を調べて向かう。

 建物の中は異様な圧力がある。薬品の匂いや、様々な形に変質した魔力の残滓が漂っているからか。あるいは、遥かに格上の魔物や冒険者と相対した時に感じるそれか。


 僕からすれば化物のような魔術士達がここには何人も存在している。

 嫌な汗でじっとりと背中が蒸れるのは、冒険者としての危機感だろうか。一緒に歩いているはずのルルティアやフィユは、そんな圧力を感じていないようだ。

 目的の部屋に辿り着き、カワチャの名前が彫られた扉をノックする。


「はいはい何でしょう。あら、珍しい、というか、質問なら決められた時間にするようにと」


 カワチャは僕達を見下ろすと、少し呆れたように言った。

 珍しく不機嫌そうな気配。


「遅くにすみません。質問ではなくてですね」


 恐縮しながら事情を説明すると、カワチャは何度か頷いてそれを聞き終え、頭をかいて唸った。


「あー、まあ、結論から言いましょうか。青の三角の方針としては、そうした貴族同士のごたごたには干渉しないように、と決められています。

 貴族社会に対して中立な立場でないと、青の三角も派閥争いの道具と化してしまいますからね。学生の間の力関係も本人の器量として、助け舟を出すことはありません。部屋の割り振りなど、問題が起こらない程度の配慮はしますが、それ以上のことはしないようにと決められていまして」


 予想外のことを言われた。

 思わず横を見ると、フィユも同じように驚いた顔をしていて、その隣でルルティアは苦い顔をしていた。


「ルルティアさん、知ってた?」

「予想はしていました」


 ルルティアは硬い口調で言うと、今度はカワチャに顔を向ける。


「しかし、ミーティクル・ウィン・キャンディナは現在赤の学生で第二位の到達階数です。

 彼女に何かあっては青の三角としては損失でないでしょうか」

「確かに彼女は今は優秀な成績ですねえ。青の三角も、希少な才能の持ち主を保護するような判断をしたことは何度もあります」

「でしたら」


 ルルティアの声が明るくなるが、カワチャの顔は申し訳無さそうに歪んでいる。

 続けられた言葉は無慈悲なものだった。


「結論は伝えましたね。その判断を受けるほどの才ではないということです。エルノイさんほど異常な天才であれば、彼女を助けることもありますが、そもそも彼女がそのような状況に陥ることもないでしょう。

 勘違いしないでくださいね、ミーティクルさんは確かに優秀です。しかし、保護するような稀少性は無い、普通の魔術士です。であれば、自分の危機も乗りきれない実力でしかないなら、それまでということです」


 ルルティアが言葉を返せずに黙りこむ。

 彼女の思考では手詰まりになったということか。

 僕よりはずっと頭が良さそうなルルティアがそうならば、どうしようもないのか。


 と、ルルティアの瞳がこちらを見た。

 その瞳に浮かぶのは、焦りと、わずかに期待の色。

 彼女にはできない思考を期待されている。


 考えろ。

 カワチャに助けてもらう、という目的はおそらく果たせない。その条件を満たす方法はルルティアが考えたはずで、単純な思考の速さでいえば僕はルルティアに及ばない。数回同じ講義を受けただけだが、それは分かる。

 こうした事態は冒険者の頃に何度もあった。ギルドや憲兵など、大きな組織をこちらの都合で動かしたいけれど、その理由では動かない時が。その時、どうしたか。相手を説得して上手くいくことなど無かった。

 相手の大義名分に合う形を、こちらから整えるべきだ。直接目的を達成できなくても、少しでも助けになるように。


 貴族同士の争いに介入してもらうことはできない。それは変えられない条件だ。

 青の三角が僕らに何かをしてくれるのはどういう時か。それは、教育する時だ。

 その方向で考えば、別の答えも出てくる。

 場当たり的で、取り繕ったような答え。

 それも、カワチャの善意に頼ったものだ。


「カワチャ先生、やはり質問がありました」


 意を決して言ってみると、カワチャは少しだけ笑ったような気がした。


「時間帯を考えて欲しいですが、まあ赤の学年の担当ですからね。聞きましょう」

「リバージュ全域から一人の人間を探すような探索魔術は、どうすればできますかね」

「なるほど、そう来ましたか。確かに断りづらいですね」


 青の三角は研究機関でもあるが、同時に教育機関でもある。少なくとも、その名目で学費を受け取っている。

 カワチャに探してもらうことは無理でも、探すための魔術を教わることならできるかもしれない。


「明日になさい、と言うこともできますが」


 カワチャが僕を見ながら口元を曲げた。

 そう言われたらそれで終わり。これは、カワチャに対して名目を用意したに過ぎない。助けてくれるかどうかは、向こうの意思による。

 それまでずっと黙っていたフィユが(すが)るように声を出した。


「あ、あの、み、ミーティクルさん、とても優しい人なんです。それに、ほとんど寝ないで勉強もして、あの、きっと凄い魔術士になります。

 お願いします、助けて、えっと、教えてもらうわけにはいきませんか」


 震える声を聞いて、カワチャは数秒の間考えこむように黙った。

 それから深く息を吐いて困ったように笑った。


「美人には勝てないということにしておきましょう。皆さん、屋上に行きますよ。言っておきますが、できるかどうかは皆さん次第ですからね」



  * *


 屋上はただの平面だった。

 手すりも何もなく、上ってきた階段だけが端に備えられている。

 遮るものがなく自由に流れる夜風が、服や髪を風下へと引っ張っていく。


「事情も事情ですし、手早くいきましょうね」


 少しだけ面倒そうな雰囲気のカワチャの前に、僕達三人は並んでいる。

 僕が中央、左にフィユ、右にルルティアという並びだ。両手に花と言えなくもないが、あまり喜んでいられる気分でもない。

 この状況でも落ち着いた様子のルルティアと対象的に、フィユは落ち着きなく僕やカワチャの方を見ては視線をそらす。

 怯えているのだろう。詳しい事情は知らないが、フィユは男が苦手らしいし、その苦手さが尋常でないことは身をもって知っている。

 ルルティアがいてくれて良かった。女性が他に一人でもいればずいぶん違うだろう。

 フィユの様子に気づいているのかいないのか、カワチャはフィユの挙動には触れずに話を始めた。


「さてさて、探索魔術ですね。色々な方式があります。冒険者だったなら、カスタットさんは使えたりしますか?」

「音波式と魔力波式なら」

「ほう、魔力波式を使えますか。式を見せてもらっても?」


 式を作ってみせる。気づかないうちにカワチャの魔力が周囲に滞留していて、式が発光した。

 まだ僕の技術では式を転写することはできないので、想像の腕を使って空中に式をなぞる方法だった。

 カワチャは黙って僕の式を眺めて、しばらく止まった。ルルティアが感心するように何度か頷いた後、ようやくカワチャが口を開く。


「カスタットさん、これはどこで習ったのですか?」

「どこで? ええと、基本の仕組みは父にです。魔力波の変換と、反射波の受信は父に習いました」


 物体を適度に透過するように魔力を変質する式と、その反射波を感知する式。

 探索魔術の基本となるこの二つの式は父に習ったものだ。

 カワチャは首を振った。


「魔力波長をずらしたものを二つ放つ式になっていますね? ルルティアさん、この意味が分かりますか?」

「うなり、ですよね。波長が少し違う音同士を合成すると、その違いだけの波長の強弱が生じます。

 細かいことは残念ですが分かりません。その現象を利用する式としか」

「波長の長い波ほど物体をよく透過します。夕焼けが赤い理由です。この式は魔力波のうなりを生じさせますが、透過した物体が多いほど波長の短い波は減衰します。すると、うなりの形も当然変わりますよね。

 それを観測することで単純な探索魔術よりも物体を透過した探索の精度が高くなります」


 相当複雑な式のはずだが、カワチャはあっさりと読み取って解析してみせた。

 原理を思いついてから知恵熱と戦うこと二十日以上、家にこもって考えた傑作だったのだが、流石に青の三角の賢者だ。


「青の三角でも、いくつかの分野で使われる原理です。これはどこで?」


 自分で考えたものだと伝えると、カワチャは納得するように深々と頷いた。


「そう言えば学科の成績は良かったですね。この方式を思いついたことに価値はありませんが、思いつけたことには価値があるでしょう。

 方式の基本はこれでいいでしょう。後に必要なのは基礎的な探索精度と、都市全体を範囲とするための魔力量――」


 カワチャの視線が僕の左右に配られた。

 ルルティアとフィユ。


「技術的に優れているルルティアさんがいれば精度については問題ないでしょう。魔力量では赤の学生の五指に入るフィユさんがいることも好都合。

 後はそれらの要素を繋ぐ技術」


 空中に三つの光球が浮かび、それぞれが光の線で結ばれ三角形を描いた。

 相変わらず早い魔術を見せたカワチャが微笑む。


「他者との複合魔術、教えるのはもう少し後になるはずでしたが、まあ、問題はないでしょう」


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