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魔術士は求む者  作者: 土月 十日
一章 赤・七選・塔の夜戦
13/44

11 そして、休日


 朝陽が綺麗だ。

 ジャールの指揮のもとで部屋の掃除を終えたばかりで、増して綺麗に見えるのかもしれない。

 空けた窓から、室内の空気が清らかなものに入れ替わっていく。


「悪いな、手伝わせて」

「僕の部屋でもあるし。しかし掃除が好きだね」

「部屋の掃除は心の掃除ってな」


 ジャールが笑う。心が掃除されていることを示すような、健康的な笑みだ。

 確かに、僕の気分も良い。シエトノで暮らしている時は掃除に熱心でなかったから、清潔な部屋の良さを初めて感じる。努力してこの部屋を保ちたいとは思わなかったが。

 ベッドに横になりたかったが、整えたばかりのそこに寝転ぶのも気が引けた。仕方なく椅子の方に座ると、ジャールが外を眺めながら呟く。


「しかし意外だな」

「何が?」

「青の三角に休みがあるとはな。しかも愛の日なんて、天神教のしきたりだろ」


 神が人に与えた六つの感情を六曜とする一週間はジャールの言う通り天神教の習慣だ。愛の日を休養日とするのも同じ。

 学術機関の青の三角にはあまり宗教色は見られないから、意外に思うのは自然だ。


「宗教国家ではないとはいえ、王国の国教だからね。休みたい人が多ければ、休みにせざるを得ないんじゃない?」

「うちは臣神じんしん教だからな。休みは自分で決めるもんなんだが」


 ジャールが肩をすくめた。

 僕は一応天神教徒だが、取り立てて熱心でもないので何も問題は無いけれど、そんな態度で大丈夫だろうか。熱心な教徒もいるかもしれない。


「まあ、多数派の論理ってことで」

「確かに休息は大事だからな。どの神も教えるところだ」


 赤毛の同居人は偉そうにそう言うと、椅子に腰かけて魔術書を膝に乗せた。

 それを開く前に顔を上げる。


「朝飯食った後、暇か?」

「とくに用事はないね」

「街の方に行かね? ずっと敷地内だと息が詰まる」

「いいね」


 そう返事をした後、朝食まで魔術式の練習をした。

 大浴場で会った橙の学年の男に言われたことを鑑みて、式を正確に想像することを意識する。

 進歩が見られないわけではないが、なかなかすぐには上達しない。


 愛の日でも食堂はいつも通りにやっていた。

 アンリに昨日の礼を言おうと思ったが、忙しそうにしていたので声をかける暇はなかった。

 休みのためかいつもより人が多い。


「しかし、これでやっと一週間か」


 柔らかい麺麭ぱんを噛み千切りながらジャールが呟いた。

 僕は豆と鶏肉のスープを嚥下しながら頷く。


「あっという間というか、合格した喜びなんてほとんど無かった」

「実際の所、仮合格みたいなものだからなあ。七選に選ばれなければ話にならない」

「ジャールは目指すんだ、七選」

「当然」


 不敵に微笑むジャール。

 この一週間で、赤の学年は大きく二つにグループに分かれつつある。

 つまり、七選を目指すか否か。


 それは言い換えれば、この一年間を塔をより高く上るために使うか、多くを学ぶために使うかという二択だ。

 二百人を超える学生の中から上位七人になる可能性を考えれば、後者の方が現実的だ。実際に、七選を目指す人間は半分以下だろう。

 ジャールも平民で一番優秀だが、順位としてはまだ七位にはほど遠いはずだ。


「と言っても、半年で見込みが見えなかったら諦めるがな。期限付きだ」


 一転、ジャールは肩をすくめて首をふった。


「難しいところだよね。上位七人、実質は六人か」

「お前は目指すんだろう?」

「一年じゃ塔を制覇できそうにないからね。絶対に選ばれたい」


 エルノイはもう決定だろう。同じ黒髪だというのに、何故こうも違うのか。

 音を立ててスープを飲み込んだジャールが満足そうに息を吐いた。

 それから匙で器を鳴らしながら呟く。


「たった一週間の講義で、ここの水準は想像以上だったと分かる。上手く自分の力にできれば、充分に可能なはずだ」

「結局は自分の才能次第。できることは努力だけってね」


 ありきたりな結論に到達したところで、最後のパンのかけらを飲み込んだ。

 手に着いた粉を払って水を飲み立ちあがる。

 この後は息抜きに街へ出るのだから楽しみだ。


「どっか行きたいところはある?」

「実は一か所、実家からの用がある。後は、適当にぶらつこうぜ」



  * *



 上級都市リバージュ。

 王都より北西に位置し、青の三角の拠点となっているこの上級都市は、綺麗ではあるがやたらめったらと栄えているわけではない。


 都市の性質として、主に魔術用品の生産を司るからだろう。貿易の起点、あるいは終点になるために、中継点となるような都市に比べて出入りする人間は少ない。

 都市の規模自体が大きいために、並みの都市よりは栄えているが、例えば王都やシエトノに比べればささやかなものだ。


「なんか、こう、上品だね」


 大通りを歩きながら僕が言うと、隣のジャールも同意した。

 行き交う人は多いけれど、誰も彼も身なりがちゃんとしている。


「定期貿易ばかりだから商人は基盤のある者が多いし、近くの魔界も小規模で冒険者は少ない。

 金はないが、青の三角の恩恵で生活水準は上等だ。上品にもなるさ」

「喧嘩のひとつも起きてないなんてねえ」

「カスタットはどこ出身だったっけ?」

「シエトノ」

「あそこに比べちゃあな」


 ジャールが笑った。

 海運貿易の中心地であり、海底遺跡を始め多くの魔界があるシエトノはあまり治安が良くない。

 耳をすませばどこかの喧嘩の声くらいは聞こえたものだ。


「それでも上級都市だ。見るべきものはあるさ」

「ジャールは出身はどこなんだっけ? 王都で商売してるってことは、王都?」

「ああ。カルノル商会と言えば、まあ王都で両手両足の指には入るかな」

「繁盛してるんだねえ」

「化け物みたいな親父とお袋でな。二十年前は田舎で小さな商店をやってたらしいが、何をどうすればあそこまで成長するのか」


 それは大層な成功者だ。

 一代で王都に拠点を置く商会になるとは。


「それは凄いね」

「お前の両親は何やってるんだ?」

「父さんは街の刻紋士をやってて、魔術を教わった。母さんは物心つくまえに死んだらしくて、顔も知らない」

「それは、悪いことを聞いた」

「あ、父さんの方も五年前に死んでるよ」

「まじかよ。まあ……気にすんな」

「気にしてないけどさ。酷い言い草」


 思わず笑ってしまう。

 世間話をしながら歩く。途中で面白そうな店を冷やかしたり、ジャールが財力を見せつけるように買い物をする様を横で見ていたりした。金持ちは羨ましい。

 ジャールは少し尊大な態度だが、気分のいい人だ。性格が良い意味で乾いているというか、からっとしていて付き合いやすい。

 そして、大きな書籍屋に入って、別れてそれぞれ本を見ていた時だった。


「ねえ、すみません」


 声をかけてきたのは、少しくすんだ金髪の少女だった。

 見覚えはある。手に取った本を棚に戻して向き直った。


「はい」

「カスタット・ポゥさんですよね」

「そうですけど、えっと」


 顔と声を手がかりに記憶を探ると、浅い所に名前がいた。

 講義で見たことがある少女だ。


「ルーティア・ウィン・レオフカ、さんでしたっけ」

「あはは、よく間違えられるんですけど、ルルティアです。舌に優しくない名前ですね。

 講義、何個か同じものをとってますよね」

「ですね」

「私、度々(たびたび)のカスタットさんの意見が新鮮でして、一度お話してみたかったんです」


 そう率直に言われると返答に困る。

 褒められているのか(けなさ)されているのか。


「新鮮ですか? 粗雑なだけだと思いますけど」

「視点が違うということだと思います。視点が違うということは、つまり、経験の違いですね。

 それはとても大事な違いだと思いますよ」


 少女は優しげな目をしたまま、哲学者のような言い方をした。

 淡褐色の瞳がまっすぐ僕を捉えるので、視線を外せない。


「レオフカさんは、どうしてカワチャ先生の講義を?」

「ルルティアでいいですよ。家名、嫌いなんです。

 カワチャ先生の講義を、という質問の意味は分かりますが」


 ルルティアが目を逸らして苦笑した。

 ようやく視線が外れて、少し気が休まる。


 今年の赤の学年担当であるカワチャ・ミヨイツムははっきり言えば貴族に人気がない。

 名前の通り平民であるし、薄く禿げた頭や太った体はお世辞にも綺麗とは言えない。その上、最近知ったのだけれど、どうも知名度がないらしい。青の三角の賢者となれば、ある程度有名な者が多く、その知名度はおよそ人気に比例しているらしい。その中で、カワチャはその名が知られていないそうだ。

 結果的にカワチャの講義は定員を割っているものが多い。少なくとも、僕が受けているものは全てだ。

 そしてその全てにルルティアがいるのだから、彼女は好んでカワチャの講義を選んでいるのだろう。


「確かに見た目がいい人ではないですけど、優秀そうじゃないですか。

 教えるのが上手くなければ、学年担当に選ばれないでしょうし」


 もっともな理屈をルルティアが述べた。


「なるほど」

「それに、人気の講義には人が多いですから。あまり、望ましくないのです。

 カスタットさんはどうして?」

「どうして?」

「カワチャ先生の講義、カスタットさんもよく選んでいるじゃないですか。同じ理由ですか?」

「できるだけ同じ人の講義を受けたほうが、質問する時に楽かなって」

「ああ、なるほど。道理ですね」


 ルルティアが微笑む。

 なんと友好的で常識的な対応だろうか。

 ジャール以外では始めてかもしれない。


「嬉しそうですけど、何か?」

「いや、別に」


 表情に出ていたようだ。

 ルルティアは首をかしげるが、気を取り直したように微笑む。


「では、これで。またよければお話しましょう」

「ええ、是非」


 ルルティアが去っていく。

 その背中を眺めていると、肩を叩かれた。

 振り向くとジャールが笑っていた。


「なんだなんだ、出会いの季節ってか?」

「ジャールってそっちに持って来たがるよね」


 アンリについてもそんな推測をしてきた。

 意外と他人のそういう事情が楽しい性質(たち)なのだろう。


「俺達、そういうお年頃だろ」

「んー、しばらくはいいかなあ」

「しばらく?」

「死ぬまで、とか」


 馬鹿にするようにジャールが鼻で笑った。



  * *



 大通りを歩いていると、立ち並ぶ飯屋から食欲を誘う香りがする時間帯になってきた。真上を見れば太陽が眩しい。


「あ、しまった」


 隣でジャールが足を止めた。

 振り向くと、ジャールは次の言葉を抑えるように口の前に手をかざしていた。


「どうしたの?」

「あぶなかった、忘れかけてた」


 少し焦った表情で周囲を見回すジャールを眺める。

 今朝話していた、個人的な用とやらのことだろうか。


「悪い、カスタット。ちょっと繋がりのある商会に挨拶にいかなきゃいかんのだ」

「あー、じゃあ、一旦別れる?」

「悪いな。夕食を奢る。飯時になったら、どっかで合流しよう」


 時間と場所を決めて、ジャールと別れた。

 昼時であって、人通りが増えている。

 どこか適当に飯屋を探して歩いていると、正面に人が来たので立ち止まる。


 向こうも少し驚いた様子で足を止めてこちらを見下ろす。

 あら。

 知った顔で、会いたくない顔だ。


「おう、まさかまた会うとはな」


 少し前に、キャンディナを襲って僕と戦った冒険者だった。

 こちらを認識していたわけではなく、向こうも出会い頭のようだった。

 街中でいきなり仕掛けてくるとも思えないが、この間合は向こうのもの。その気になれば殺される。


「どうも」

「そう緊張するな。終わった依頼だ、恨んじゃいない」

「潔いことで」

「前金はもらってたからな。俺に損はない。あの貴族のお嬢様には気をつけた方がいいが、もう王都に帰ったらしいから問題なかろ」


 つまらなそうに冒険者が言った。

 ああいう非合法の依頼は公式には存在しないことになっている。冒険者ギルドは国家の枠を超えた組織であるが、流石に犯罪行為を公的に扱うことはない。黙認はするが。

 こちらが問題にしない以上、あちらも手出しはしないということだろう。短気な男でなくて助かった。


「しかしお前、まだこの街にいたのか。ギルドの方では見ないが」

「冒険者は今休業してるんだ。今年の青の三角の試験に受かったから」

「ほお、それはそれは。なかなか珍しいな」


 男の目が細められる。これは値踏みをする目だ。

 それも、隠す気がない。


「俺はカリヴァ。チーム・キラフィルのカリヴァと言えばギルドで通じる。わりと何でもやるから、依頼があれば指名してくれ」

「どうも。もし機会があれば」

「こっちから何か依頼しにいくかもしれんがな。名前は?」


 名乗るとカリヴァは口元を歪ませた。そうは見えないが笑ったのだろう。


「しかし、今日はそういう日なのだろうかね」

「そういう日?」

「少し前、キャンディナ家のお嬢さんとも会った。向こうはお前さんと違ってすぐに逃げたがね。

 それはそれで正解だ」


 キャンディナも街に出ているのか。

 この広いリヴァージュで二人して遭遇したのは、たしかにそういう日なのかと言いたくなる。

 カリヴァは何か考えるように黙って、じっとこちらを見た。


「何?」

「いや……まあ、言っとくか。そのキャンディナ家の嬢さんだがな、つけられてたぞ。

 素人まるだしの動きだったが、魔力は高そうだった。ありゃ、多分青の三角の、お前の同期生だな」

「何故同期だと?」

「見ない顔だった。一年以上リバージュにいる大抵のやつは見たことがあるからな」


 当たり前のようにいうカリヴァは記憶力がいいのだろう。

 そして話した内容は信用できるかというと微妙なところだが、無視できる情報でもない。


「それは、愛の告白をするためとか?」

「男女四人でつけてたからなあ、少し乱れた性癖ならありうる話だが。

 見かけた場所は俺が来た道のふたつ目の交差路を左、でかい武具屋の前で、すれ違う形だった。追うも追わないも自由だがな」

「別に、深い知り合いでもないんだけどなあ」


 そんな話をされても困る。

 曖昧な情報で何かするような仲ではないが、しかし、一度助けておいて次は無視するのも寝覚めが悪い。 


「なんだ、知らない方がよかったか?」

「知らない方が良いことなんてないよ」


 カリヴァは鼻をならした。

 目元が笑っている。


「まあ好きにしな。俺は、終わった依頼に興味はないんだ。成功しても失敗しても、どちらでもな」

「ありがとう」

「礼を言われることではないがな」


 カリヴァは軽く手をあげて去っていった。

 相変わらず、雰囲気のある歩き方だ。前衛系の冒険者に言わせれば、隙がないというやつだろう。僕にはなんとなくしか分からないが。

 あまりやり合いたい相手ではない。 


 さて。

 左右を通行人がすれ違っていく。いつまでも立ち止まっていたら邪魔だ。


 暇といえば暇。

 気にならないといえば、それは嘘になる。

 義理も義務もないけれど、少なくとも関心だけはある。


「ふたつ目を左だっけ」


 呟きながら歩き出す。

 何もなければ、あるいは見つからなくてもそれでいい。


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