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魔術士は求む者  作者: 土月 十日
一章 赤・七選・塔の夜戦
11/44

9 そして、講義


 魔術式基礎の講義は人気がある。

 講師によって分かれているが、同じ名の講義を赤の学生はほとんど全員受講しているだろう。

 僕は知らないが、講師の中には高名な魔術士もいるらしく、そうした人の講義では抽選も行われるという。


「そもそも、始まりはレドウッド・ウィン・ラクジュリエント。所謂いわゆる、大賢者レドウッドなんです」


 諭し舎の教室のひとつでカワチャがそう語る。

 比較的人気のないカワチャの講義の教室はあまりこんでいない。ジャールを始め、他にも顔見知りはいなかった。


「レドウッドが魔術式という技術体系を構築、一般化するまで、この世界での魔術というのは原始的な薬草学や物理学であったり、心理学や奇術の類の知識が秘匿され、一部の者に使用されることで成り立っていました。

 意図的に秘匿することで神秘性を増し、神秘性を増すことで魔的に演出していたわけです。

 特に社会的な弱者、障害を持った者や、身寄りの無い女性など、普通の手段では生活できない者達の間で、ひそやかに知識が共有、練磨されていたわけです。

 この世の法則から外れた法則、所謂、魔法というものに似せて演出することで、自らの脅威を偽装して、生活の(かて)にしていたんですね」


 カワチャの流暢な言葉が並べられていく。

 それは知っているようで知らない、魔術についての簡単な歴史だった。


 極端な例でいえば、かつてはてこの原理というものが社会に知られておらず、それを利用する様を魔術として見られていたらしい。

 単純な原理だが、それを知らなければ老婆の力で大岩を動かす光景は現実のものと思えないだろう。

 そうした科学知識を魔術士の間で秘匿することで、自らの魔性を演じていたのがレドウッド以前の魔術士だ。


「そのように認識されていた魔術という言葉を流用して、レドウッドは自らの作った技術を広めました。

 いくつかの歴史的な魔術と区別して、式魔術やレドウッド魔術といったりもしますが、今では魔術といえばそれを示します。

 すなわち、魔術式を構築し、そこに注いだ魔力を様々な現象に変換する技術ですね。

 式さえ整えればあらゆる現象を起こすことができる式魔術ですが、では、これは魔法と何が違うでしょうか」


 カワチャが問題を提起する。

 魔法。

 それこそ、レドウッドが生きていた頃より更に昔から存在する、伝説の能力。


 何もないところから炎や雷を呼び出し、雨を降らせては払い、毒を広げ、病を治し、命を奪い、永らえさせる、物理法則に反した現象。

 それらのいくつかは魔術で似た現象を起こすことはできる。

 では、魔法と魔術の違いとは?


「ルルティアさん、どう思いますか?」


 カワチャが女子のひとりを指名した。金髪の少女は一呼吸分の時間で考えをまとめると、静かな声で答えた。


「名前が示す通り、魔法は法です。さきほど先生はこの世の法則から外れた法則とおっしゃいました。

 魔法使いというのは、つまり、独自の法則を用いるものではないでしょうか。同じ炎を発する現象でも、私達は魔力を変換することでそれを成しますが、魔法使いは念じることでそれを成します。

 魔術とは魔力を変換する技術であり、魔法とは独自の法則に従って物理法則を超越した現象を起こす、そのような違いかと」

「間違っていない、とても正しい答えですね。しかし、魔術を使えない人からみたらどうでしょうか。例えば、魔術士でない冒険者からみたら、魔術と魔法の違いはどうでしょう。

 どう思いますか、カスタットさん」


 カワチャに名前を呼ばれて驚く。

 というか、全員の名前を覚えているのだろうか。しかも冒険者の話で僕を名指すということは、経歴までも。


 魔術と魔法の違いか。

 魔法使いには会ったことがある。その技を見せてもらったことも。


 息を吸い、思考を回す。

 カワチャはわざわざ冒険者の視点と言った。

 それは、指された少女、ルルティアの視点とは違うからこその言葉だ。ではルルティアの視点とはなんだ?

 対比からすれば、魔術士の視点だろう。

 魔術士とそうでないもの、両者の視点の相違こそを問われている。


 息を吐き、思考をまとめる。

 魔術とは技術だ、とルルティアは言った。それは魔術士の視点。

 そうでないものからすれば、魔術と魔法の違いとは。


「一般的であるか、否か」


 端的に言った。他にも思いつくものはあるが、これが一番ふさわしい答えだと思う。


「良い答えです。良いとは、つまり、私の考えに近いという意味ですが」


 カワチャが微笑むので、少し安心する。

 最初に指されたルルティアが感心と納得を浮かべた顔でこちらを見た。

 何か結論を得ているのだろうが、僕はまだ理解していないので恥ずかしくなる。

 正解を得たのは、僕が経験的に魔術士でない人の視点を想像しやすいだけだ。理屈を理解したわけではない。

 相変わらず生き急いだような口調でカワチャが解説を始めた。


「私達魔術士、つまり、式を扱う能力が有り、魔力を多く持つ人間には、魔法とはまさに理解不能の奇跡のようなものです。何せ、理屈も方法も分からない。魔術には式があり、魔力も要るのに、魔法はそれらを必要としない。

 しかしそれは、魔術士の理解です。魔術士でないものからすれば、魔術も同じようなもの。式だ魔力だ言うけれど、そんなものは少しも分からない。ただ、使用できる者の数が多い。仮初(かりそめ)の論理体系がある。違いはそれだけです。

 盲目の人間には、触れずとも聞かずとも外界を知ることは魔法のようなものでしょう。聾唖(ろうあ)の者には、空気の振動から多くのことを伝え受け取る技術はまさに魔法そのものでしょう。

 ただ、五感が揃っている者は大勢いて、魔術を使える者はそれなりにいて、魔法使いは数少ない。そういうことです」


 なるほど、と思った。納得できる。

 先ほど答えた時にはこんな理屈は無かった。


「つまり、逆の方向に論を進めれば、魔術は特別なものではなく、体を動かしたり頭を働かせたり、目を凝らしたり耳をすましたりといったことと同じ次元のものなのです。少なくとも、あなた達魔術士にとっては。

 だから、武術を鍛えるように、芸術を習うように、科学を学ぶように、魔術を上達させるにも才能と訓練が必要なわけです。

 その訓練にも手順があります。

 まずは、兎にも角にも魔術式の練習です。これは剣術の素振り、楽器の音階練習、数学の計算問題と同じで、全てに通じる基礎ですからね」


 カワチャはそう言うと魔術式を展開した。

 幾何模様は立体的に組み合わさって、一瞬で部屋中に広がった。

 相変わらず、遥かに高みに位置する技術だ。


「では、この魔術式。意外にその正体を知っている人はいません。何で出来ているのか、どうやって作っているのか。

 感覚で作ることはできても、理屈がなければ技術は洗練されません」


 カワチャは教室を見渡して、ひとりひとりの顔を見た。

 僕は彼の言葉の続きが気になる。確かに、魔術式が何なのかという問いに答えを持ってはいなかった。


「魔術式とは、基本的には物ではありません。レドウッドはこれを式と名づけました。

 式とは、つまり、その関係性の規則です。この世の中にはたくさんの規則がありますね。人が決めたものも、神が定めたものも。物体が下に落ちるのも、時は平等に流れ行くのも、熱が拡散するのも、物を叩けば音が出るのも、全てこの世界の規則。

 同じように、魔力が炎に変化し、水を凍らせ、雷を走らせ、力を生じさせ、時には空間を捻じ曲げる。そういった規則がこの世界には隠れて存在します。それらは普段は姿を見せません。魔力がいくら溜まっても、そこが魔界になるだけです。いえ、魔界というのも、実は、規則のひとつです。隠れているたくさんの規則の中から、顕現(けんげん)しやすいものが魔力を変換させ魔界を作っているのです。動植物を変え、地形を変え、空間さえも複雑に交差させて。

 いえ、すみません、話が脱線しましたね。これは魔界学の分野になるので詳しい話は止めておきましょう。

 とかく、この世界に潜む魔力を変換する様々な規則、それらこそが魔術の根幹です。そして、魔術式とは、その規則を指名し、呼び出しているに過ぎないのです。それはどういうことか分かりますか?

 ……例えば、先程私は二人を指名しましたね。ルルティアさん、カスタットさん」


 呼ばれたので返事をする。ルルティアも背筋を伸ばして答えた。

 カワチャは微笑みを作る。話つかれたのか汗が額で光を反射していた。


「お二人はどう思いますか?」


 どう、とは。

 カワチャの話は理解できるようでできない難しさがある。

 魔術とは世界の規則を呼び出して起きるということは分かる。証拠はないが、青の三角の賢者の言葉だ、かなり信用できる。

 しかし、それがどういうことか、という質問には答えられない。


 ルルティアは僕の方を見て、どう? と言うように首をかしげた。

 こちらは肩をすくめて首を振ってみせる。意見は一致した。


「どうにか思えるほど理解が追いついていません」

「すみません、私も同じです」


 二人で正直に答えると、カワチャは頷きながら手を顔の前で振った。


「なるほどなるほど。では、問いを変えましょう。今話した私の言葉で魔術式と同じ役割のものがあるとすれば、それはなんでしょうか。

 魔術式とは、隠れているものを呼び出すもの。そんな効果のある言葉がありましたね。お二人には分かるはず、それだけの能力はあるように思えます。

 もちろん、他の人も分かったら発言をしていいですよ。」


 期待されているような発言がこそばゆいが、悪い気はしない。

 直感で思いつく解答はあったが、それを口にする前に少し考える。

 そもそもカワチャの発した言葉の種類は多くない。当てずっぽで言っても充分に当たる。


 しかしそこに理屈が伴わなければ意味が無い。

 魔術式とは、隠れている規則を呼び出すものと言った。

 意見がまとまる。


「何か思いつきましたか? カスタットさん」

「それですか?」


 問い返すと、カワチャは嬉しそうに微笑んだ。


「というと?」

「僕の名前を呼びかけて、つまり、指名しましたよね。その言葉が魔術式に該当する、ということでしょうか」


 ルルティアを始め、何人も納得したような、あるいは同意するような表情を浮かべた。

 何人かは先に気づいていたのかもしれない。

 カワチャは頷いて一言。


「続けて」

「最初、先生は教室全体に問いを発しました。その時は誰も答えなかった。答えにくいですし、僕は答えが分からなかった。

 その後、ルルティアさんと僕の名前を出して問いかけました。この時は、分からないと答えました。

 つまり、その、ただ問いを発しても答えは返ってこない。これは、問いという魔力がそれだけでは働かないことに対応していて、誰かの名前を指定して呼びかけることで答えが返りやすくなる、そのことが魔術式に対応している、と考えました。

 問いが魔力。答えが魔術の効果。僕ら一人一人は世界に隠れているという規則で、その名前を呼びかけるということが、魔術式」

「理解が早いと話し甲斐がありますね」


 どうやら正解だったようだ。

 少し満足した心を自覚する。


「そう、魔術に使う規則というものは、簡単に返答をしません。だから、返事をもらうために呼びかける必要があるのです。

 もちろん、愛想のいい人は呼ばれなくても答えてくれることもあります。しつこくうるさく問い続ければ呼ばれずとも答える人は増えるでしょう。そうした現象が、魔力が溜まることで環境を変化させる、つまり魔界化です。

 仲の良い人の問いには呼ばれなくても答えるかもしれません。これは、一部の魔物が持つ特殊技能ですね。

 しかし、仲の良くない我々人間は呼びかけなければ返事を貰えない。その呼びかけ方こそが、レドウッドが構築した式魔術という技術なのです。

 声で呼びかける方法や、指で示したり、目を合わせたり、手紙を出したり、方法は色々あります。一般的には、こうして式を描く方法」


 カワチャが今まで展開していた魔術式を一度消し、再び描きなおした。


「あるいは、魔術符や加護のように特殊な技術で物に刻む方法。これは、刻紋学の分野ですね。

 実用的ではありませんが、他に音を使ったり、動作を使って魔術式とする方法もあるにはあります。

 しかし、やはり一般的にはこうして、念じることで魔術式を描くのが便利で、早いですね。

 青の三角ではこれを幻想式といったりします。

 つまり、これらの式は全て幻だと捉えているわけです」


 部屋中に広がり、周囲の魔力に反応して発光する魔術式が、幻想。

 確かにこの幻想式というものは、触れたりすることはできない。物理的に干渉することは、一切できない。

 けれど、幻というには存在が確かすぎる。魔術式を描くことのできる人には、確かな実感が存在するからだ。


「幻想式を描く時、皆さんはどのような意識で描きますか?

 あるいは、幻想式を描ける人とそうでない人の違いはなんでしょう。一体、何が魔術士か否かを(わか)つのでしょうか。

 実は分かっていません。ただ、幻想式を描くために必要な感覚を持っている者とそうでないものが、先天的に別れているということ。そして、魔術士の子供は魔術士になる可能性が高い。このことだけが経験的に言えるだけです。

 できないものには一生できない。それが、幻想式を描くということです。

 意識を向け、そこに描く。できる者にはそれだけのこと。

 慣れていない人や独学で魔術を覚えた人は、利き手から分離させた、想像の腕を使って描いたりしますね。この中にも、魔術式を描く際に架空の腕を想像する人がいるでしょう」


 その通りだった。

 僕も最初は、見えない右手を想像して、その右手で魔術式を描いていた。

 冒険者として活動するうちに、みぞおちの辺りから生える三本目の腕を仮想して描くようになった。その方が式を描く場所を選ばないからだ。

 今では、同時展開のために五本目の腕まで生えている。


「それは式を描くとっかかりには有効な手です。しかし、その手は幼児が掴まり立ちをする際にすがるものと同じ。

 何かに掴まっているうちは歩けはしても、走れはしないでしょう、踊れはしないでしょう。

 架空の腕という無駄な工程を挟まずに、意識することと直結させた場合とは速度と精度の上限が変わります」


 教室に張り巡らされた魔術式が目まぐるしく形を変える。

 上等な細工物のように細かく刻まれた式は、読み取る時間もなく形を変える。

 これは確かに架空の腕に描かせれば腕が十本あっても足りない。


「皆さんがこの講義で初めに行なうのは、この技術です。

 こっそり教えますと、これを習得するだけで真理の塔の一〇階くらいは上れます。やる気が出ますね?」


 是非とも身につけたい技術だ。

 塔の八階の試練は、正直に言って多少の努力で達成できるものとは思えなかった。


「ではでは、まず腕を想像している人はそれをやめることから始めましょう」


 冒険者をやっていては一生習えなかっただろう魔術技術に、少し興奮を覚えた。


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