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魔術士は求む者  作者: 土月 十日
一章 赤・七選・塔の夜戦
10/44

8 そして、冷撃

 塔を上るのは混雑するだろう。

 四三人が一度に上るのだから当然だ。

 その予想は外れることになった。予想以上に試練に失敗する者が多かったからだ。


 一階の試練ですら僕の前に九人は失敗した。カワチャの描いた魔術式を見る限り単純な構成のはずだが、どうやら求められる精度が高いらしい。

 大勢に見られているという緊張も相まってか、特に最初の三人が連続して失敗したのには驚いた。

 その失敗のお陰でこちらは慎重に式を紡ぐことができて、何とか試練に通ることができた。


 二階、三階と同じような試練が難度を上げて続き、達成者の数をずいぶん減らした。

 四階にたどり着いたときにはすでに順番待ちは三人にまでなっていた。

 部屋の中央で試練に挑んでいる者を横目に見ながら、入って左手の壁に近づく。


 達成すれば開くはずの出口は閉ざされたままで、ただ上部に文字だけが光っている。


「式の指定位置展開」


 小さく読み上げてみた内容は想像がつく。

 先ほどまでの試練では魔術式はどこに展開しても良かった。今回は、そこに制限がつくのだろう。

 今試練を受けている者を見てみれば、基本的な指先だけでなく、足先や肘、眼前などに魔術式を展開している。

 そして背後に紡いだ魔術式が乱れた瞬間、姿を消した。失敗とみなされて塔外に弾きだされたのだろう。


 次の挑戦者が部屋の中央に進んで試練が始められる。

 僕は壁に背中を預けてそれを眺めた。

 先に試練を受けている人を見ることができるのはありがたい。対策を考える事もできるうえに、単純に心の準備もできる。


 そうして待っている間に新しく誰かが部屋に入って来た。

 横目でそちらを見ると、視線を奪われた。

 恐ろしいほど滑らかな髪は短くても女性らしさを主張する。青い光源の部屋では髪の色は明暗しか分からないが、ずいぶんと明るい色だ。

 そして、魔的なまでに人を魅了するような可憐な容貌。


 フィユ・ウィン・シュバイツェルだ。


 彼女も僕が来た時と同じように試練の内容が書かれたところに歩くが、僕の横を通り過ぎる際に顔を強張らせた。

 嫌われたものというか、少し傷つかないでもないというか。


 それから二人が失敗して、順番が回って来た。

 呼吸を整えながら部屋の中央に進む。色が違う床の前で立ち止まって呼吸を整える。軽く魔術式を練習に組み立ててから、一歩踏み出した。


 魔力が部屋を走って、僕の意識に介入する。これだけでも信じられない高度な技術だ。

 精神感応の魔術によって強制的に想起させられるのは、まず左肘付近での魔術式。

 指示させられる通りに式を構築すると、次に右足先に別の式を思い浮かばされる。その次に左膝。

 それほど苦も無く式を描く。指示されるままに式を展開していくと、やがて背面への展開を指示される。


 だいたいの学生はこれができなかった。

 しかし、僕はわりと得意だ。ずっと実践で魔術を使っていたからだろう。

 体の付近なら、どこでも展開に困らない。そうした小手先の技術が生死を分けることになったからだ。

 やがて試練が終わり扉が開いた。達成したようだ。


「お先に」


 順番を待っていたフィユに声をかけて進む。他に待っている者はいなかった。

 ぎょっと顔が歪んだのが見えたけれと、もう気にしない方がいいだろう。僕の精神衛生的に。


 出口を抜けて、再び青い坂道を進む。

 この道を歩くのは、第三班だと僕が最初のはずだ。


 そして、五階。

 ひし形の部屋に入って、左側の壁に近づく。

 予想通りに「式の指定位置展開」 と書かれていた。おそらく、先程よりも複雑な式が求められるのだろう。


 魔力こそ消費しないが、集中力は少し疲弊している。

 一度深く呼吸をして、暗い色の床に乗る。


 四回の試練をかなり難しくした内容。

 少し手間取ったがこれといって問題なく終えることができた。

 前回の試練よりも少し時間がかかってしまったが、問題なく出口が開く。

 暗い床から離れて、背後からの足音に振り返る。


 ちょうど部屋に入ってきたフィユ・ウィン・シュバイツェルと目が合った。

 少女の体がすくみ、怯えるように顔が緊張した。


「ひっ」

「そんな反応は流石にないんじゃ――って!」


 危機感が脳内で警鐘を鳴らす。

 苦笑いを浮かべることで思考の硬直を緩和させる。

 血流が増加して、嫌な汗がどこかで流れた。


 怯えたフィユが盾のように掲げた両手の前に、魔術式が展開していることが視認できる。

 フィユの生成した分から漏れている魔力に反応して、黄金色に輝いている。


 反射的にこちらの指先に紡ぐのは単純な式。

 魔力を圧縮して撃ち出すだけの魔術。照準は指で行って、最速の射出。

 圧縮魔力は物理的な効果はないが、式を砕く効果がある。


 しかし一瞬遅く、着弾前にフィユの魔術式が発動。

 読み取った魔術式は、先日僕が使用したものに似ている。

 だが、注がれ変換されていく魔力量は桁が違う。


 凍結を宿した槍のような形の魔力が撃ちだされた。

 当たれば低体温では済まない強度だ。大きな血管が凍ればそれで死ぬ。


 左右には逃げられない。それができる弾速ではない。

 命の危機に、思考の回転が速度を増していく。


 凍結と打ち消し合う炎熱魔術を構築しているが、魔力量が違いすぎる。

 それでも放つしかない。赤い炎弾が、白い冷槍に飲み込まれ、消失した。

 熱と冷気に揺さぶられた大気中の水分が白い煙となって広がる。

 その霧を突き抜けて高速で飛来する槍にはもう魔術は放つ余裕はない。式は組めても魔力が足りない。


 右脚を持ち上げて、魔術の槍を蹴りつけた。

 物体があるわけではないので感触はない。しかし、右脚が凍結していく気配。

 凍結は(すね)から膝に、膝から(もも)に侵食していくが、どうにかそこで槍が消えた。


 大した威力だ。

 当たりどころが悪ければ即死している。

 右脚は動かないまま、バランスを崩して転倒した。


 倒れながら魔術式を床に遠隔展開する。

 霧に隠れて見えないだろう。

 そして顔を伏せた。簡単にいえば死んだふりだ。


「ひっ、あ、あの、だ、大丈夫ですか?」


 怯えたような言葉が近づいてくる。

 流石に、死にかねない魔術を放っておいて言う台詞じゃないだろう。

 返事はせず、動かない。手で覆った片目で、指の隙間からこっそりと様子を伺う。


 フィユは一歩一歩と、近づきたくない意思を示すようにゆっくりと不定期な歩みを進めた。

 後数歩。

 そう、そこだ。

 手元に結んでいた経路を通してフィユの足元の魔術式に魔力を送り込む。


「えっ?」


 呆けた声をフィユが出す。

 発動したのは拘束魔術。魔術の縄が蛇のように飛び出してフィユの足に絡みつき、地面に固定する。

 悲鳴を上げて倒れるフィユが地面についた手もさらに拘束する。


「え、嫌! 嫌あ!」


 少しかわいそうになるが、安全のためには仕方がない。

 それに急いで処置しなければいけないこともある。


「何もしないから、少し静かにしてて」


 起き上がって声をかけるが、動いた僕を見て悲鳴はさらに狂乱を増す。

 しかしそちらを気にしてはいられない。右脚の付け根が酷く痛む。


「うわ、冷たいなこれ」


 悲鳴を背景に急いで右脚の治療を始める。

 冷えきった脚は服の下から白い煙を上げていて、じわじわと凍結部分を進行させている。


 凍結した肉体は、普通死ぬ。

 詳しいことは知らないが、水分が凍るときの体積拡大によって、体が細かく破壊されるらしい。

 以前くらったときは、脚が黒く変色して腐った。

 だから仕方なく斬ったのだ。右脚を。


 右脚の付け根を魔術で温める。手で触れる温度にしてから、義足を取り外した。

 長い靴下を脱ぐようにして、ズボンから右脚を引きずり出す。

 高価なナイビック合金でできた骨組みがむき出しになっている。


「あーあー、崩れてる」


 刻まれた魔術式が歪んでいる。この補助式が働かなければ、義足の関節は制御できない。

 とりあえず応急処置をして、再びはめなおす。どうにか立ち上がれた。

 それから目と耳を背けていたフィユの方に向き直った。


「あの、さ」

「嫌、嫌、嫌!」


 ヒステリックな声は尋常なものではない。

 類稀な美少女が衣服を乱して、瞳に涙を浮かべ幼児のように叫ぶ。

 背筋をなでるように加虐願望が刺激される。

 よくない。目を逸らして、呼吸を整える。


 フィユは魔術を使おうとするが、魔術式は組むそばから壊れていく。

 拘束魔術は式の阻害を行なうように組まれている。複雑な式を組む余裕はないだろう。

 魔力を過剰に注げば壊れる拘束だが、それを言う必要はない。


「分かった。うん、拘束外すから、頼むから攻撃しないでくれよ」


 まず両手の拘束を外す。

 それから、左足の拘束も外した。右足はまだやめておこう。魔術を撃たれても困る。

 体の自由をいくらか取り戻して、フィユは荒い呼吸のままひとまず叫ぶことをやめた。

 上下に揺れる華奢な肩をじっと見ていると変な気分になる。

 少しフィユから離れた。


「拘束したのはごめん。けど、流石に僕も殺されたくはないからさ」

「はい、あの、本当にごめんなさい。私、その、お、男の人、苦手で」


 ようやく会話できたことに感動しながら、フィユの事情を想像した。

 これだけ可愛いのだから、何か男が関わる嫌なことがあったのだろう。

 僕個人ではなく、男性全般が苦手だと思われていたのだとすると少し気分が軽くなる。


「それは仕方ないけど、ちょっと冗談じゃ済まない魔術だったね」

「あの、あの、本当に、ごめんなさい。わ、私」


 震える声のフィユを責めてもあまり意味は無いだろう。

 できるだけ気にしていないような声音を装いながら笑ってみせた。


「まあ無事だったから良かった。落ち着いたなら、右足の拘束も外そうか」

「あ、い、いえ、まだ少しそのままで、これ、魔術の邪魔してくれてますよね?」

「一応」

「私、咄嗟に、その、やってしまうので」

「みたいだね」


 僕は苦笑いを浮かべるが、フィユは少しも笑わない。

 余裕が無いのだろう。

 今だって、手足をわずかに震わせている。本人の言葉通り、拘束を外すと不意に魔術を放たれるかもしれない。

 この場から僕が去ることが一番フィユを落ち着かせる手段か。


「じゃあ、僕は先に進むけど、そっちは時間を置くか、次の部屋に入る時に心の準備をしておいてね」

「は、はい。あの、本当にごめんなさい」

「いや、本当に気をつけてね。洒落にならなかったから。それじゃあ、次に会う時は、どうか穏便にね」


 あまり長く一緒にいるべきではないだろう。彼女の精神的にも、僕の精神的にも。

 出口を抜けて次の階に進む。拘束魔術にはそれほど魔力を込めなかったので、すぐに解けるはず。


 凍結魔術を受けた右足は少しぎこちない。

 結合部は今も魔術で温めている。義足の金属部が冷えきっていて、下手に短時間で常温まで戻すと温度差で亀裂が発生してしまうかもしれないため、少しずつしか温度を戻せない。今、水を垂らせば瞬時に凍るだろう。

 だから生身の体に触れている場所を温め続けないと凍傷になってしまう。


 しかし、思い出すと凍結魔術の冷気とは別に背筋が冷える思いだ。

 凍結系の魔術は僕も使えるが、威力がまるで違う。あの短い発動時間で人を殺せる効果を作る程の魔力だった。


 僕とは比較するのもおこがましい魔力量だ。フィユも、今朝のエルノイも。

 あれだけの魔力があれば、どこに生まれても天才と崇められるだろう。固定砲台にしかなれなくでも、冒険者として一等階級か二等階級にはその魔力量だけでなることができる。


 魔術士として重要な才能の、桁が違う。

 劣等感を感じないわけではなかった。



  * *



「あらら」


 失敗して塔の外に弾き出されたのは八階の試練だった。

 式の並行展開が課題だったが、まるで歯が立たなかった。

 同時に複数の魔術を紡ぐことはできないわけではないが、求められる精度がどんどんと上がっている。一階の試練で求められたものよりもはるかに繊細だった。


 しかし、視界が鮮やかだ。塔の中は青色だらけだったから、白い光源の世界は色が多い。

 地面の褐色さえ見ているだけで嬉しくなる。


「どうでした?」


 声の方を見ると中年男のだらしない体型。

 禿げた頭の下で笑顔を作るカワチャだった。


「急に難しいですね」

「式の基礎と応用、両方の技術が求められていきますからね。七階到達は三班ではとても優秀な成績だと思います。

 最初の到達階数はあまりあてにならないですけどね。青の三角では本当にたくさんのことを学べますから。

 では、今日はもう自由時間ですので帰って結構ですよ」


 どうやら、何らかの手段で誰がどこまで上ったかを把握しているようだ。

 他の学生は先に帰ったのだろう。辺りに人はいない。


 周囲にいるのはカワチャと、もうひとりだけ。それは意外な人物だった。

 小柄な、栗毛の少女。

 ミーティクル・ウィン・キャンディナだ。


 僕を見て、少し安心したような表情を一瞬作った。

 嫌われているのだから近づくこともないだろうと、軽く会釈だけして宿り舎の方に歩く。

 すると、キャンディナの方が近づいていきた。


「大丈夫でしたか?」


 開口一番の質問。

 その意味を少し考えて、心当たりを思いつく。


「ええと、ああ、シュバイツェルさんのこと?」

「……何かありましたか?」


 フィユの家名を口にすると、キャンディナは眉をひそめた。

 男が苦手だという事情を知っているのだろう。


「襲われて、死にかけたかな。まあ、この通り無事だけど」

「それは……本当にごめんなさい」

「謝罪は本人にもらったからいいよ。別に保護者ってわけでもないでしょ?」

「私、同室で、事情も知っていたのに。早目に塔を出なさいって言っておくべきでした」

「ああ、それは確かにね」


 男と二人になる前にわざと試練に失敗しておけば問題無かっただろう。

 キャンディナが責任を感じる理由が分かった。


「まあ、よく言っておいて。少し、洒落にならない威力の魔術だった。

 誤射なんて冒険者やってればいくらでもあるから、そんなに気にしてないけどね。

 もし僕のことで気に病んでたら、気にしてないって伝えておいて」

「……はい。ご迷惑をおかけしました」


 少しキャンディナの顔が強張った。

 堅苦しい空気は好きじゃないので、笑顔を作ってみせた。


「それじゃあ、いつか男に慣れたらお詫びにデートでもするように言っておいて」

「ええ、伝えます」


 キャンディナの顔は晴れないまま、僕はそこを後にした。

 塔に上れて嬉しいはずだけれど、色々とあり過ぎてそんな気分にはなれなかった。

 

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[一言] なんて特大の地雷… そら誰も近づかないわけだ。 というか、既に何人かは殺してるんじゃないか?
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