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死に損ないの諧謔  作者: 荒島 直宏
高校事変編
3/10

2.声

挿絵(By みてみん)


4月26日 8:03 横浜駅付近


十人十色とはこの事であろうと毎朝感じる。

通勤ラッシュに加えて駅からバスで15分の場所に位置している赤西高校の生徒達も今にも溢れかえりそうな電車から出てくる。改札も非常に混む訳で、なかなか進まない列にイライラした様子の人間も見られる。一方でその間に携帯電話を手にして画面を眺める人間もいるのだ。その他にも例えを挙げればキリがないのだが。

この時間は登校する生徒が一番多い時間で余計に混み合っている。改札を抜けたと同時に人混みの間を抜けて赤西高校行きのバスに乗る。バスは5台止まっているが予想通り満席であり、立つのも窮屈である。こうして行き帰りの送迎バスがあるのは有難い。有難いのだが、やはり朝からこうして、窮屈なのはきついと感じる時は時々ある。

バスが動き出し、人混みが同時に同じ方向へ傾く。

そんな時間が15分続いた。



4月26日 8:23 赤西高校


教室に入ると40人中の大体9割の生徒は既にいて、各々で授業の準備をする生徒、友人と話している生徒、携帯と向き合っている生徒、提出物をしている生徒、等がいる。私服着用が可能ななので、服装も様々だ。

私、烏丸 愛香は窓側から二番目の列、前から三番目の席である。前の席には既に友人が座っており、必死に一時限目の数学の提出物を終わらせようとしていた。


「おはよーミノリ」

「あ、おはよ!ねー愛香、数学のプリントやってる?」


彼女の言いたいことは分かっていたので、リュックの中のファイルからプリントを取り出し手渡した。


「はい、答え合ってるかわかんないけど」

「ありがとー!! お礼にお昼なんか奢るから!」


そう言ってプリントを受け取り、それを自分のプリントに写すという作業に入る。私はリュックからペンケース、下敷き、授業の用意を出してリュックを机のフックにかけた。一段落して席につき、スマートフォンを懐から出して触り始める。


《 カルト教団『シャンバラ』、本性の牙を向く》


そんな見出しがニュースサイトで大きく取り上げられていた。最近この教団のニュースが話題となっている。ニュースに関心がない私でも知っている程である。

カルト教団『シャンバラ』は現代の日本において隠れた脅威となっているようだった。暴力沙汰は起こさない。その代わりに次々とし信者を増やしていった。

始めは行方不明が続出し、警察が全力で捜査にあっていた。そんなある日、行方不明となっていた女性が街中で発見された。しかし、女性は頑なに元いた家へ戻ろうとはしなかったらしい。警察が強制的に保護し、連れ込まれた時の女性の言葉は


「運命は天明ノ神の手に」


そう言って舌を噛み切って自害したそうだ。女性の鞄を調べると手記があり、ニュースではその中から掻い摘んで紹介していた。


『シャンバラに入ってよかった。私はこの感謝の気持ちを忘れることはないだろう』

『ユカリ様はどんな人種でも厭わない。彼女は世界にとっても希望の光であるのだ』


警察が本格的に調査に入り、外国でも行方不明者が多発していると分かった。シャンバラが原因である可能性が高く、それを前提に今でも調査中だ。今やシャンバラは人々からカルト教団と呼ばれている。そうとも限らない人々が教団に入信していくのだろう。全く手掛かりは掴めず、本拠地さえも分かっていないそうだ。信者らし気人間を尾行しても、煙のように忽然と消えてしまったらしい。とうとう軍部からも助太刀が入る始末だ。


肝心の記事の内容だが、26日の夜中一時半頃にある刑事の屋敷に真実の雨が暴行にやってきたというものだった。その広さゆえに下宿として利用している刑事複数人によって取り押さえられたらしい。


記事を読み進めていると、登校したばかりなのか肩掛け鞄うぃ提げたままの中島君が私に話しかけてきた。


「なあ烏丸さん。御守知らない?」

「え? 見てないけど……そういえば来てないわね」


ふと教室を見まわして幼馴染を探すが一向に見当たらない。いつもなら私よりも先に教室に居るはずなのだが。


「さっきもさぁ、五十嵐にも訊いたんだけど御守居なくってさ」

「ああ、隣のクラスのね」


五十嵐君は始めは幼馴染に当たりがきつかったものの、いつの間にか慕っていた男子だ。幼馴染に理由を尋ねてみたがよく分からないと返されてしまった。中島君はため息をつき、課題見せてもらおうと思ってたんだけどなぁと呟いて自分の席に向かって行った。

結構やっていない人が多いらしい。見せてという声が教室で飛び交っていた。

……時々、わざと忘れてこようかと考えてしまう時がある。

チラッと廊下側付近の席の彼を見た。高身長と綺麗な赤い髪が特徴的である。人当たりも良く、友人も多いらしい。前々から気にはなっているが中々声をかけられずにいる。彼は真面目な人なので、課題もやってきていることであろう。どうにかきっかけがほしいと思うばかりである。


少しして本鈴が鳴る。全員席についていて、課題を未だにしている人や準備をしている人がいる。本鈴が鳴る数秒前に私のプリントは返ってきた。

本鈴が鳴っているのにも関わらず幼馴染はやってこない。窓際のひとつ空いた席が目に入った。少し心配になって、スマートフォンでSNSを開きメッセージを送る。


『どうしたの?遅刻?』


そしてまたポケットに入れた。


暫く立っても数学の教師が教室に入ってこない。おかしいとクラスメイト達がざわざわとし始めた。これは先生が遅刻だなと男子が茶化して笑う。時々教師が遅刻する事はあるので珍しいな程度にしか考えない。中々来なくてラッキーと言い、課題を進める生徒もいる。かくいう私はぼんやりと頬杖をついて時間の流れに身を任せていた。

すると、ガララッとスライド式の扉の開く音がした。教師が慌てて入ってきたのだろうと予想して、音の方を見ると


「どうも、おはよう生徒諸君」


散弾銃を手に持った男2人組が立っていた。



8:40 赤西高校前バス停


授業はもう既に始まってしまっているのだろうか。

生徒が乗っていてはおかしい時間のバスから降りる。今日は珍しく寝坊してしまい、家から自転車で駅まで走ったのだが、虚しくも目の前で電車を逃してしまい、このザマだ。乗った電車では間に合わないと確信してしまい、今ではもう走る気力もない。

こんな時に瞬間移動とか出来たらなぁ。

有り得ないことを考えてしまう。いや、有り得るにはあり得るのだ。

現在では特異者と呼ばれる超能力者が多数存在している。能力は様々で、瞬間移動、空中浮遊、物を浮かせたりなどだ。他にも多々あり、特異者に関しての研究は、まだまだ続くだろうと予測されている。案外身近にいたりして、思っているより珍しいものではない。いや、珍しいのだが。殆ど噂で聞いたりすることが多いので、身近に感じるのだろう。


どうせ遅れるのだからゆっくり歩こう。

……あぁ、朝ご飯食べてなかったし、弁当も作れてないから、ここで買っていこう。

コンビニに入り、適当にサンドイッチと水を取り、レジまで持っていく。ふとレジの横の肉まんコーナーのあんまんに目が行った。朝ご飯はこれにしておこう。

コンビニから出て、高校までの道を歩く。右手にはあんまんを持って口まで運ぶ。口の中にあんこの甘味が広がり、少し得をした気分になる。

さすがに、校門付近からは急いでいるとアピールしておいた方が良いと考え、あんまんを口でくわえて走り出した。


8:47 赤西高校


お父さんお母さん弟よ、私はもうここで終わりかもしれません。

マシンガンを持った二人組が大人しくするように脅して今、静かな時間が過ぎている。

今の日本では外国と同じように武器の所有は許可されている。なぜ許可されているのかまでは学校では教えて貰ってはいない。だが、私個人の意見は言える。許可を提案した人間はきっと、こういう2人のような人なのだろうと思う。

聞こえるのは自分の激しい鼓動と時計の秒針の音と二人組の会話だ。


「トラックはもう何台か来てるのか」

「ああ、餓鬼を順番に移動させる。俺たちのところは九時からだ」


私達は未知の場所へと運び出されてしまうのだろうか。

教師達はどうしたのだろう。不審者が入ってきたのなら気付いているはずなのだが。

考えに考えていたが、今の状況が危険だということには変わらない。

皆顔面蒼白で机と向き合っている。私もそうだ。


そんな時、廊下から何者かが走ってくる音が聞こえてくる。クラスメイトや二人組も廊下の方を見ていることから聞こえたのは私のみではないと分かった。

もしかして警察?

少しの希望を持って扉をじっと見つめた。


息を切らした声と共にガララッと扉が開く。


「すみません、少し寝過ごしてしまって……」


……あぁ、終わった。

入ってきたのはあんまんを片手に呼吸を整えている幼馴染みであった。先程までの希望は消え去った。

人間が散弾銃に勝てるはずもないのだ。

……何急いでた風にしてんの?ちゃんと見てよ。目の前の状況察しなさいよ。てか、本気で急いでる奴はあんまんなんか買わないんだけど。

無性にやり場のない怒りが込み上げてくる。


「いっちょ前に遅刻かぁ。なら、お仕置きしとかねぇと……な!」


突然銃声と血が床に落ちる音が響き、少し遅れて胸から血が出た幼馴染みの体が倒れる音がした。

女子の甲高い叫び声と男子の低い悲鳴が入り交じるが、男の銃の構える様子で一気に静かになった。もう一人の成り行きを見ていた男は眉間にシワを寄せ相棒に問い掛ける。


「おい、脅すだけで良かっただろう」

「1人ぐらい問題ねぇさ。それに、見せしめってヤツだよ」


そいつは幼馴染みの脇腹付近を蹴って笑う。私はいつの間にか机を両手で叩いて立ち上がっていた。その音に全員の視線が私に集まった。蹴っていた男は私の方を向く。


「おいおい、まだ起立の号令は出してねぇぜ?」

「アンタ、それ以上やらかしたら酷い目に合うわ」


ほーう?と鼻で笑われる。


「酷い目って、例えば? こーやって散弾銃を向けられてるお嬢ちゃんみたいなの?」

「フンッ、あながち間違ってないかもね」


今度は大声で笑われる。


「そうかそうか !じゃあ、その酷い目に合わせてくれよ? なぁ? おじょ――」


男の顔から笑が消え、代わりに真っ青で情けない顔が表れた。

恐る恐る腰部分を見て男は悲鳴を上げ、散弾銃を落とす。そこでは、ナイフが深々と刺さっており、それを握っているのは、


自分の血で血塗れの幼馴染み。


もう片方の男も私以外のクラスメイトも目を丸くして呆然としている。刺された男は幽霊を見たような反応で、声を震わせて言う。


「え、え、なんで……俺、撃って、それで、それで」

「アンタのせいで朝ごはんが台無しだよ」


血だまりに沈むあんまんに目をやり、舌打ちをしてナイフでグリグリと抉る。それに合わせて男は悲痛な叫びを上げていた。もう一人の男が慌てて幼馴染みにだけ銃弾が当たる場所へと移動するが、馴染みの声で止まる。


「アンタさ、なんか買ってきてよ」

「は?」

「僕の朝ごはん」


この場にふさわしくない発言ではあるが、肉を抉る行為は収まる気配はない。必死に引き剥がそうと男は必死だが、痛みが邪魔してうまくいかないのだろう。銃を構えている男は叫んだ。


「こんの……化け物がぁあ!!」


銃声はしたが、この男のものではない。

別の誰かのものだ。音のした方を見ると赤髪の彼が立ち上がって煙が立っている拳銃を持っていた。恐らく、不意打ちのタイミングを図っていたのだろう。腕から血を流して散弾銃を男は落とした。それと同時に幼馴染みはナイフを抜いてもう一人の男をその上に殴って倒した。

そして赤髪の彼に向けて少し嫌味を感じさせる笑みを浮かべた。


「君、真面目だと思ってたけど違ったんだね。そういうのは下で預けないと。校則だよ?怖いねぇ」

「確かに。でもお前だってそうだろ?」

「預けてるさ。でっかいのはね」


血のついたナイフを手で踊らせながら答える。

その間に男子達が男2人を囲んで身動きできなくさせようとしていた。女子達はその成り行きを見守る。男達の呻き声と言葉が聞こえた。


「化け物が」

「失礼な。ただの諦めの悪い人間だよ」


そう、コイツは刺しても潰しても肉を抉ってもすぐに治ってしまう。簡単に言えばどうやっても死なない人間、特異者である。


この御守 元也は捻くれた幼馴染みだ。

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