1.接待
4月26日 2:17 花道邸
町外れに白をベースにした豪邸が凛々しくひとつポツンと建っている。
門をくぐり抜けてからも暫く芝生に左右を挟まれた道が続いており、時折水の石で出来た噴水を見ることが出来る。そうしてようやく豪邸の本館に辿り着くわけであるが客がお邪魔してきたのはそこのみではないようであった。
庭、テラス、裏口等からも窓を叩き割って無理やり入ってきた客人が今この場所に存在している。果たしてそれを客人と呼べるのだろうか。
「どう見ても犯罪者だよなぁ……」
「もうっ、お口じゃニャくてお手手動かしてよっ」
猫を装っているのか、ロリータなのかよく分からない女がキンキンと怒鳴りながら走っていった。
邸内ではお客人達で溢れ返り、その接待をこの豪邸の居候達が任せられているわけだ。肝心の御主人は海外旅行中で、帰ってくるのが遅くなると聞いているが、ここまで遅くなるとは予想外だった。しかもこんな団体様が来るとも聞いていない。御主人に電話を掛ければ、急な訪問なことだ、警察を呼んでくれ。自分ももうすぐ帰るから、それまでは客人の接待をしていて欲しい。と言われた。慌てた様子でもなく落ち着いた声色だったので、本当に分かっているのだろうかと心配になる。
廊下で目の前の男が棍棒を振りかざしてきたので、俺は軽やかに右ステップでかわし、右ストレートを顔面にめりこませてやった。色んなやつを殴った後に付く血が右手袋にたっぷりついてしまっていることに気づく。
……こりゃ、買い直しかな。アイツに買ってもらうとするか。
始めに比べて今では大分お眠の客人が多く、夜更かししている客人は少なくなった。
俺も早く寝たいよ畜生。
ふあぁと欠伸をしていたら、後ろからカチャッと拳銃を構える音がした。徐に振り返り、拳銃をこちらに向けて睨みつける中年の男が立っていた。
「ヘヘッ、動くなよ……そのままだ……」
「なんだよオッサン、すげぇブサイク」
軽口を叩くが、冷や汗は止まらなかった。
相手が遠距離攻撃を仕掛けてくる場合、仕掛ける前に仕留める方法で闘う人間なので、今の様な状況では圧倒的に不利になってしまう。こんな時に限って、あのぶりっ子も何処かへと行ってしまっている。嗚呼、昨日の女の子と行ける所まで行っておけばよかった。
拳銃の音が廊下に響き渡り、右足で痛い思いをした。
オッサンが。
「ぐああっ!!いた、い……」
「痛くしてるのよ」
右足の脹脛を抑えて崩れ、拳銃を落とした男に冷たい声が降り掛かった。
コツ、コツとヒールが廊下を歩く音が響き、耳に入る。それは男の後、俺の前方の暗闇から近づいている。それはすぐに暗闇から姿を現した。
「うん、やっぱり葉上の銃は優秀ね」
「わざわざイタリアまで行ってきて正解だったって訳だな」
「お陰様で。接待お疲れ様」
そう俺に無表情で返してくるこの女が、この館の御主人様だ。
腰には愛用のレイピアを携え、右手には口から煙が出ている黒い拳銃が握られている。
白いシャツに黒のジャケット、デニムの短パン、膝下までの黒いヒールの高いブーツ。そして美人な顔にポニーテールの黒髪。
何も知らない男が見れば文句無しの美人なんだがなぁ。
「やっぱ、女は中身だよなぁ」
「あら珍しい。タラシから、そんな言葉が聞けるだなんて」
「そういう言葉のナイフが全部台無しにしてるんだよ」
そんなつもりは無いのだけれど、と適当に返し、悶え苦しみながら壁に手をつき逃げ出そうとしている男の足を引っ掛けた。案の定、男は悲鳴を上げてその場で転ぶ。すぐさま御主人は男の真横に左足をガンッとつける。その勢いと、踏み潰されていたかもしれないという不安からか男の下では黄色い水溜りが出来ていた。
……こんな壁ドンじゃあ、仕方ないかもなぁ。
その時御主人の来た方向から新たな声が聞こえてきた。それは優しげな老人の声だ。
「お嬢様、そちらのお方で接待は終了でございます」
「ありがとう不知火」
「いえいえ、霧島様、ありがとうございました」
ああ、と短い返事を返す。
不知火は典型的な執事だ。白髪に黒い燕尾服、眼鏡。まさに爺やって雰囲気。
不知火はお嬢様に苦笑いをして話しかけた。
「お嬢様、あまりそうやって下品な事をなさるのは、感心いたしませんよ」
「ごめんなさい。でもこの人はもっと下品だと思う」
お嬢様は汚いものを見るような目で男を見下ろした。不知火もそれを追って男を見、おやおやと笑った。
「後程、絨毯の入れ替えを致します」
「頼んだわ。私は少しこの人と此処で話があるから、待っておいて」
「かしこまりました」
綺麗な角度で不知火はお辞儀をする。
うーん、話……か。
俺は男が落とした拳銃を拾い上げ、軽いノリで言った。
「俺も混ざろっかな」
「それは助かるわ。録音しておいて」
「了解」
俺が返事をすれば、お嬢様は男に向き合い、上げた左足の膝に左腕を乗せて顔を近づけた。男はそれにより、更に顔を青ざめさせる。俺はため息混じりでハハッと乾いた笑いをした。
「運が悪いなアンタも。悪いことは言わないから、素直に答えた方が楽だぜ」
「お、俺は……、何も……」
「知ってること全部聴いたら他の人にも聴くから、貴方の知ってること全部話して欲しいだけ」
いつもの無表情でお嬢様は話しているが、俺から見れば悪魔だ。男から見てもそう見えているに決まっている。
「嘘、すぐ分かるから。一つ嘘ついたり、黙る事に骨一本、折るから」
ヒィッと情けない声を出す男。
この女は敵に回したくない。回したら終わりだと俺は考えている。
俺は男を少し気の毒に思って、場を和ませるために気休め程度の提案をする。、
「まずは自己紹介からしようぜ。俺は霧島 英。アンタは?」
「……や、山田……礼二……」
「……顔と名前を一致させる自信が無いわ」
「とりあえずだって。これで、コイツが素直だって事も分かるだろ」
「……名前を聴いただけ、なのだけれど」
ため息を一つ付き、女は名乗る。
「花道 菫。充実した会話にしましょう」
会話はまだ、始まったばかり。