見えない夕暮れの魔物を追って
午後五時の鐘が、街中にある大きな時計塔から放たれる――。
僕は街中の路地から、鐘の音を耳にしながら、その音を放つ時計塔を眺めていた。
“逢魔が時”というのは、正にこの事なのかな。
ふと思えば、この街は広過ぎて、街外れまで行かないと、夕日は見れないなと気付く。
夕日は幼い頃、学校からの帰り道でよく目にしていたが、社会人になった現在では、高い建物も沢山建って、目にする事は出来なくなった。
もう一度、あの頃に戻った気持ちで夕日を見てみたいものだな……。
そんな事を思いながら、歩いてた路地の方に顔を戻すと、突然、何かが僕にぶつかって来た。
身体が飛ばされそうに感じた僕は、反射的に腕を構え、両足に力を入れて目を瞑った。
ゆっくりと目を開き、そして、腕を下ろす。
……誰も居ない。
今、この路地では僕一人以外、誰の姿も見えない。
街中でも、ここは人通りは少ない。
特に目立つ建物も見えない上、建物への出入口も中々目にしなければ、小さな勝手口を目にする事も稀だ。
そして、脇道も中々目に出来ない。建物の壁と窓に、空を見上げると、壁の両端に規則的に並んだ街灯、壁に切り取られた茜空、それらしか全く見えない。
こういう場所を“路地裏”と言うべきだが、実はまた別に、狭い裏通りが存在する。
その道へ出るには、この路地から数十メートル先にある脇道を目指さなければならない。
周りの建物がそれ程大きいにも関わらず、この路地には勝手口が少ない。
しかし、先の脇道へ出ると、横の建物の勝手口が幾つかあり、小さな商店も見える。そんな脇道は狭い裏通り、“路地裏”だ。
その為、街の住人達から、この路地を“路地裏”と呼ぶ人は、居ない。
どんな意図で設計されたか想像が付かない、そんな広大な城塞都市だ。
そんな街の、一つの変わった通りを通りながら、僕は家路に就いている。
その方が家へ早く帰れるからだ。
また、何かが僕にぶつかる。
今度は目も、足と同じ様に踏ん張りながら、腕を構える。
姿が、見えない……?
不思議な風が僕にぶつかり、横を素早く通り過ぎて行く。
姿の見えない魔物が、僕の近くをうろついているみたいだ。
見えない魔物は僕の傍を周回し、近くに落ちていたコンビニのビニール袋を捉え、自分の身体にした。
ビニール袋を身体にしてからも、未だ傍を周回し続けて。
やがて、ゆっくりと。風船の様に、前進して飛んで行った。
僕は不思議に思い、それを追う事にした。
魔物の正体を調べる為に。
※ ※ ※
……何処かへ誘われているのか?
何処かへ導かれる様に、見えない魔物を追い続ける。
僕の視界の端からは、壁と窓だけが並ぶ大きな建物、と見慣れた風景。その次に、独特の形をした、灯りちらつく街灯と、コンビニやスーパーの大きな看板等、見慣れないものが過ぎ去って行く……。
家へ無事に帰れるかどうかの不安すらも忘れてしまって、あの見えない魔物だけに夢中になって、其れを追い続けた。
初めて踏む、大きな通りの出口、その先には――
大きな夕日が見えた。
映画のシーンの一つみたいだ。
映画で観るよりも、より鮮やかに輝いて見えた。
気付くと、どの方向へ向き直っても、ビニール袋――追っていた魔物は、何処にも見えない。
……。
如何やらあの魔物は、この夕暮れを僕に見せたかったのかもしれないな……。
僕の小さな冒険は、この夕暮れを背景に終わりを告げられた様だ。
でも、凄くワクワクさせられたし、最高の宝物も見つけられた、小さな冒険だったと思う。
明日もまたこの場所に来れば、夕日を眺める事が出来るかもしれない。
記憶の片隅から、通って来た道を思い出しながら、家までの帰路へ戻って行った。