儚い笑顔と少しの祈り
毎日毎日
ここへやって来る人間
お前だけではない
様々な人間がここへ来る
多くのお供えと祈りを持って
私はここで
貴様ら人間の祈りに耳を傾ける
そんな涼しげな日々
あれから随分たった
ここへ来る人間などもういない
お供えも祈りも
ここへ持ってくる奴は
いなくなったのだ
一人を除いては
あいつは
飽きもせず
もうほとんど力の無い私の元へ
少しばかりのお供えと
祈りに似た気持ちを
ここへ置いていく
あれがここへ来るようになった時
あ奴は小さき者であった
小さくて
儚い
それでいて純粋な笑顔を持ち合わせた
美しく可愛らしい童女
子供は好かぬ
あの時も思っていたし
今だってそうだ
子供はうるさい
煩わしくしつこいのだ
それでいて儚く
少しでも触れたら
崩れてしまう
それなのに可愛らしく
溢れんばかりの笑顔を私に向け
私の心を温めていく
ああ
触れたい
その純粋な美しい心に
そう
子供は私の心を掻き乱すのだ
私は人間の祈りに
耳を傾けなければならぬ
人間の信仰に応えなければならぬのだ
だから子供は好かぬのだ
そんな童女も
美しい女になった
多くの人間と共に
ここへやって来ていた
『私ね、結婚するの。
少しばかり歳上の方なのよ。
見守って下さいね。』
彼女は手を合わせ
私に祈って行った。
仕方ない
祝福してやるさ
幸せになるよう
私も祈ろう
それからもあいつは
やれ、子供が産まれただのなんだのと
事あるごとに
私の所へやって来た
旦那が先に逝った時は
ここで散々泣いていったなぁ
その頃には時代も変わっていて
人間はほとんど
来なくなっていた
私という者は
人間の祈り
信仰によって
形作られている
信仰の無くなった私は
消えゆくのみだ
もうほとんど力はなくなった
仕方のないことだ
人間は
もう私の様な者が要らないほどに
安定した暮らしが出来るようになったのだ
もう私の出る幕などないほどに
いい世の中になったということだ
『また来ましたよ
お久しぶりですね
貴方は迷惑かしら
ふふ
私も患ってしまってね
なかなか来れなくてねぇ
ここに来ることも
もう出来ない
そんな気がするのよ
今までありがとうございました
私達人間の我が儘に付き合ってくれて
ここも荒れてしまいましたね
また
来れるかしらねぇ』
彼女はそう言って
曲がった腰に手を添えて
歩いていった
三日後の朝
私の身体が透けてきた
私という存在を保つことが難しい
彼女が逝ったのだろう
私を信仰してくれた
最後の人間だったのだ
ああ
思い出すあの頃
ここは人間が溢れていた
多くの祈りに満ちていた
もうここは見る姿も無いほどに
荒れてしまった
悲しくなどはない
悔しくなどもない
むしろ清々しく
温かい気持ちだ
私は人間の祈りを
聞き届けることが出来たのだ
豊かで平和な世の中になったのだ
私の役目は終わった
私ももう逝こう
溢れんばかりに輝いている
純粋な心
少しばかりの儚さと
温かい笑顔
そんな彼女を思い出しながら
私は
消えた