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 あれからまた日常が始まった。レストたちのご飯を作り、市場に行く。そしてレストたちの待つ家に帰り、食卓を囲む。

 いつも通り。いつも通りの日常。だけど何かが違う。

 スィンと再会したことで私は貪欲になった気がする。前はただスィンに会えればそれでいいと思っていた。だけど一緒に踊ったあの夜からもっと欲張りになった。

 もう一度会いたい、力になりたいと思うようになっていた。

 残り少ない命でもできることがあるのなら。


「リッカ、いる?」

 今日は市場がお休みだった。最近天気が悪かったから、久々の晴天に溜まった洗濯物を私は片付けていた。

 さてお昼にするか、というときにレストが帰ってきたのだった。

「あれ、レスト? 今日は夕方まで帰らないんじゃなかったですっけ?」

「そのつもりだったんだけどね。ちょっと急用が入ってしばらく街を離れることになったんだ」

「え?」

 レスト困ったような顔をする。

「悪いけどしばらく留守を頼んでいいかな。一週間で戻ってこれると思うから」

 レストの顔には焦りが浮かんでいた。よほど急ぎの用事なんだろうか。

「分かりました。エルとドールは?」

「一緒に連れてく。戸締り忘れないでね」

 レストは荷物を詰め込むと、そう言って行ってしまった。


「え、じゃあ今あの家にリッカちゃん一人なのかい?」

 翌朝。市場に仕事に行った私は、ガンさんに事の顛末を話した。

「そうなんです。急だったから理由も聞けなくて……」

 レストは慌ただしく出て行ったから、ちゃんと話す時間もなかった。エルとドールにも会えずじまいだ。ちょっと心配だ。

「物騒だねぇ。一軒家に女の子一人だなんて」

 ガンさんは腕組みしながら言う。そんなものだろうか。

「そうですか?」

「リッカちゃん一人で暮らすの初めてなんだっけ? 心配だなぁ」

 確かに村では婆さまと一緒だったし、王都に出てきてからもレストたちと一緒だった。本当に一人になるのは初めてかもしれない。

「まぁなんとかなりますよ」

 私は笑って言った。


 夕食の片付けも終えて、一息ついた。さて、どうしたものか。椅子にゆったり座るとなんだか急に部屋が広く感じた。今まで四人で暮らしていたんだ。当たり前だろう。

 でもしんと静まり返った家というのは初めてで、私の心にはなにかきゅっとしたものが込み上げてきた。

「なんか……ガンさんが言ってたとおりだな……」

 その呟きも静かに部屋に溶け込んでいく。

「やめやめ! ぼんやりしてたら気持ちも落ちちゃう! お風呂入って寝よ!」

 さっとお風呂に入ってベッドに入ったけど、私はなかなか寝付くことができなかった。ひとりというのがこんなに淋しいものだったなんて――。


 それでもなんとか一週間を乗り切って、明日ようやくレストたちが帰ってくる日の夜になった。一週間ずっと寝不足で、ガンさんに心配される日々もこれでおさらばだ。

 強くならなきゃなぁと思った。こんなことでへこたれてちゃ駄目だ。スィンがなにを抱え込んでいるのか分からないから、受け止められるだけの力がほしいと思った。


 コンコン


 ノックの音が響いたのはその時だった。こんな時間に誰だろう?

「はーい」

 私はそう思いながらドアを開けた。

 瞬間、強い衝撃が走った。一瞬なにが起きたのか分からなかった。私は床に倒れこんでいた。

 頭と背中を強く打ってクラクラする。腕を押さえつけられて身動きが取れない。

「お前、王子といた奴だな?」

 腕を押さえつける手の持ち主が言う。私はチカチカする目を必死に凝らして相手を見た。その顔は布で覆われていて見えない。だが声で男だということは分かった。ドアが閉じる音がする。

「こいつだ。間違いない」

 その男の後ろからまた一人現れた。その人物も同じように顔を覆っていて、顔は見えない。だが男の声だった。

 私は声も出すことができなかった。


 なぜ?

 誰?

 どうして?


 疑問符だけが浮かんでいく。

「答えろ。王子はどこにいる」

 私を押さえつけえている男が言う。

 王子? 誰のことを言っているんだ?

 疑問は浮かんでいくけれど、恐怖で声が出せない。私の目に鈍い光が映る。

「答えなければ、殺すぞ」

 男はナイフを手にしていた。切っ先を私の目の前に突きつける。

「言え、娘。王子はどこにいる」

 私は口は震えさせながら答えた。

「しら……知らない……」

 男はナイフを握り直した。刀身に光が反射する。

「自分の状況が分かってないようだな」

 殺される。終わりだと思った。

 私はぎゅっと目を瞑る。


 バン!


 突然大きな音が響いた。同時に手の拘束が緩む。

 驚いて目を開けると、さっきまで私の上にいた男が向こうの壁に叩きつけられていた。私の視界の端に、金の色が映った。

「……スィン?」

 私の傍には剣を構えたスィンが立っていた。鋭い視線が男の方に向けられている。私は身を起こした。

「王子!」

 開け放たれたドアにはもう一人立っていて、その人が短く叫んだ。

 スィンはばっと振り返ると、もう一人、背後に立っていた男に剣を向けた。男も剣を抜いて、キンと甲高い音が辺りに響いた。しばしの間、力は均衡する。だがすぐにスィンのの力が勝った。スィンは相手の懐に入ると、一直線に剣を払った。赤い色が飛ぶ。どさっと重い音を立てて男は床に倒れ込んだ。

「後始末を頼む」

 スィンは剣を収める。私は座り込んだまま、動くことができなかった。

スィンは入り口にいた人になにか言うと、私の元に来てしゃがみ込んだ。

「リッカ……ケガはない?」

 私は目を瞬かせて、なにも言うことができなかった。

 見知らぬ男が来て? 王子のことを聞かれて? スィンに助けられた。

 スィンは心配そうな顔で私を見ていた。

「王、子……?」

 聞き間違いかと思った。でも確かにそう呼ばれていた。スィンは苦い顔をする。

「先王の子なんだ。今の王は僕の叔父にあたる」

 スィンは何でもないかのように告げた。

「じゃあ、私が狙われたのは」

「この前一緒にいたところを見られてたんだろうね」

 スィンは顔を歪めた。そんな顔が見ていられなくて、私は思わずスィンの手を握っていた。その手は冷たかった。

「スィン」

 スィンの目が悲しげに揺れた。

「ごめん、ね」

 なんでスィンが謝るの。

「スィンが悪いわけじゃないじゃない」

「でも」

「スィンのせいだけどスィンは悪くない」

 私は間髪明けずに言った。そう言うとスィンがぐっと言葉に詰まってしまった。

想像でしかないけど、王家というとなにかいろいろ複雑な事情があるんだろう。街でなにか、噂も聞いた気がする。一緒にいたという理由だけで私が狙われるくらいだ。

 でもスィンが私に何かしようとした訳じゃない。スィンが謝ることじゃない。

 でも。

 今になって恐怖が涌いてきた。気が付くとスィンの手を掴む手が震えていた。スィンも同時に気付いたらしい。

 逆に腕を掴まれて、引き寄せられた。私はスィンの腕の中に収まる。

「……無事で良かった」

 そこでようやく涙が出てきた。

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