6
その場所には暗さが立ち込めていた。
冷たい空気が流れてくるこの地下室で、その人の顔は、蝋燭の明かりに怪しく照らされていた。
「もう一度言ってみろ」
幼さの残る声が言う。少年より頭一つ背の高い相手は、感情の読み取れない笑みを顔に貼り付けたまま答えた。
「一度でご理解いただけませんでしたか。兄上……あなたの父親が亡くなったのは、あなたのせいですよ」
再び告げられた言葉に少年は怯んだ。
「でもっ! 医師は確かに父上が病だと言っていた……!」
しかしなんとか踏み止まって吼えた。
「病の原因、ですよ。義姉上もあなたをお生みになられてすぐ亡くなって、兄上も心労が耐えなかったでしょうね。こんなに早く亡くなるとは……」
そう言って傍にある石碑を撫でた。ここには少年の両親が眠っている。
「黙れ! 僕は……! 僕は悪くない!」
少年は必死に叫ぶ。だが俯くその姿は弱々しいものだった。
少年も感じていない訳ではなかった。母親のことを尋ねるとき、誰も少年を責めたりしなかった。ただ、誰もが悲しそうな目をするだけだった。それを見て、どうして悲しいと言えようか。母親のことを思い、ひとり枕を濡らす少年の姿を誰も知らない。
「悪くなどありませんよ。どれもこれも必然だった。ただ、責任は伴う」
男は冷たい笑みを浮かべたまま言った。
少年は幼い頃からこの男が怖かった。父と同じ血が流れているはずなのに、父のような暖かさは感じられない。彼の近くにいると、どこかひやりとしたものを感じていた。
今だってそうだ。墓前にいて、たったひとりの兄弟を前にして吐く言葉は冷たかった。笑っていても、心はきっと笑っていない。
「……何が言いたい」
「あなたはまだ十二になったばかりでしたね。王が亡くなった今、新たなる王が必要です。ですがあなたはまだ幼すぎるでしょう」
少年――スィンは苦々しげに叔父を見上げた。
「玉座を渡せ、と」
「生まれながらに死をもたらす子。その子が玉座にいては国が滅びる。残念なことに、王家の血が流れるのはあなたと私をおいて他におらぬのです。私が無事に国を治めてみせましょう」
父と叔父は半分しか血が繋がっていない。叔父は妾の子だった。そのことをスィンは知らない訳だが、叔父が玉座を狙うのはそれが理由だった。
幼い頃からスィンの父と比べられ続けた叔父は、彼もまた王宮に囚われた人なのかもしれなかった。
スィンは唇を噛んだ。破滅をもたらす子。影で聞いたのは一度や二度じゃない。生まれると共に母を死に追いやり、父を病に臥せらせ。周囲を滅ぼす自分が怖かった。
「まぁ曲がりなりにも第一王子です。そうですね……。国を巡って治世を学んでいるとでも言えばいいでしょう」
「早い話が追放か」
「頭の良い方で助かりますよ」
叔父はその目を弓のようにした。
もう何と罵られようが良かった。父と母を殺したのは自分だ。そう思った。思い込まされた。
「あぁそうだ。その呪いでご自分も滅ぼされないように。御身は大切になさってください」
今さらどの口がそう言うか。
それは彼からの宣戦布告だった。
黒い霧に飲まれる。全部飲まれると思ったとき、一人の少女の姿が浮かんだ。額に透き通った宝石を持つ、あの少女が。
*
「王子?」
ふいに呼ばれてスィンははっとした。
「ぼーっとされてどうしたんです」
従者が心配そうな顔で覗き込んでくる。
「いや……昔のことを思い出していた」
従者のこの男は気遣わしげな視線を向ける。この男は父の代から尽くしてくれた。サウリアを出たとき、この男に拾われなければここまで来れなかっただろう。
その言葉で悟ったのだろう。従者はため息をひとつ吐いた。
「これまで働き詰めでしたからね。少し休んではいかがです?」
スィンはその言葉におかしそうに笑った。
「そんな暇はないだろう」
彼もきっとそれは分かっているだろう。分かっていてこその発言だ。
笑いながら言うと、従者は怒ったかのように言った。
「最近、毎日遅くまで起きていらっしゃるでしょう。少しは休んでください」
「分かった分かった。今日はもう寝るよ」
それでも彼は気遣わしげな視線を向けてくる。
「じきに全てが終わります」
その言葉にスィンは暗い窓の外を眺めた。星は、見えない。きっと明日は曇りだろう。
「いや……。これから、始まるんだよ」
スィンは頬杖をついて、最後に浮かんだ少女の顔に思いを馳せた。