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 夢を見た。

 私はあの村にいた。オアシスを遠くから見ている。夕闇が迫るオアシスの水面は、静かに揺れる。辺りには誰もいなかった。

 そのオアシスに影がひとつ見えた。あの人が湖に入っていく。足首が濡れ、膝まで浸かり。ゆっくりと歩みを進めるあの人は、湖に波紋を広げる。

 腰まで沈んだところで、たまらず叫んだ。

「――――!!」

 あの人の名を呼ぶ声は声にならず、気付くと婆さまの家にいた。

「決して“水の申し子”だと明かしてはならぬぞ」

 私は婆さまの視線から目を逸らすことができない。年老いた鋭い視線が私を貫く。

「その力は波乱の元になる」

 あぁ、でも婆さま。私の力はもう――。


   *


 例大祭の日がやってきた。

 今日から一週間、街はお祭り一色になるらしい。通りにはお店が立ち並び、草花が溢れ返ってきらきらして見えた。行き交う人々も華やかに着飾り、笑顔に満ちていた。

 レストたちは書き入れ時、とばかりに朝から人形芝居に行ってしまったから、私は一人で町を回っていた。普段は店が立ち並ぶ市場もたくさんの色で飾られていて、いい香りがそこかしこからした。こんなにあっては目移りしてしまう。

 私は甘い香りが漂う、ふわふわしたお菓子から食べてみることにした。こんなお菓子は村にはなかった。自分で稼いだお金で何かを買うのは初めてだったから、ちょっと緊張してしまう。一口食べるとそれは口の中で溶けて、それだけでもう幸せな気分になるほどだった。

 私は食べながら通りを見て歩く。こってり焼いたお肉や色とりどりの野菜が焼ける音、木でできた仕掛けおもちゃにガラス細工の動物。今までに見たこともないようなもので溢れていて、私の足取りはだんだん軽いものになっていった。


 一通り見て回って、通りの隅で一息ついた。散々歩き回ったせいでくたくただ。通りを行き交う人々も、みんな楽しそうな空気で満ち溢れていた。

 こんなに幸せそうな街で、後ろ暗い話なんてあるのだろうか。私はこの前のお客さんとガンさんの話を思い出していた。

 王様なんて見たことがないけど、街の人たちは幸せそうだ。それとも、私の知らないところでなにか危険なことが起こっているのだろうか……。

 その時、なぜそちらを見たのかは分からない。考え込んでいた私は、ふと路地に視線がいった。

 私はその時見たものが信じられなかった。

 あの人と同じ金の色。

「スィン!」

 金色の髪が路地裏に入っていくのが見えた。私は駆け出していた。


 どれくらい道を折れただろう。この辺りには来たことがない。元の道に戻れるだろうか。

 だが今はそれどころじゃなかった。追いかけたその人物は行き止まりに突き当たって、立ち止まっていた。私は息が上がってしゃべることもままならない。

 その人は後ろを向いたまま振り向かない。フードをしっかり被っているから髪色も見えない。

「ねぇ……スィンなんでしょ? こっち向いてよ」

 それでもその人は微動だにしない。私はジャリっと一歩踏み出す。

「スィン……」

「大きくなったね、リッカ」

 その声は懐かしいものだった。何度、もう一度聞きたいと思っただろう。

「本当に……スィンなの……? 今までどうしてたの……?」

 恋焦がれたその姿。私の瞳は潤み始めていた。

「再会するつもりなんてなかったのになぁ」

 そう言ってスィンは振り返った。そしてフードを外す。

 あぁ、懐かしい顔だ。少し大人っぽくなった気がする。あれから大分経ったから当たり前だけど。金の髪は相変わらずだ。

「どういうこと……?」

 スィンは昔のままの笑顔を浮かべた。

「なんでここまで来るかなぁ……。あの村にいれば幸せだったのに」

 スィンの言うことは要領を得ない。なんの話をしているんだ?

「なんでそんなことを言うの? 私、ずっとスィンに会いたかったんだよ」

 スィンは何も答えない。遠くで祭りの喧騒が聞こえる。ここだけが別の世界のようだ。風だけが二人の間を通り抜けていった。

 スィンはふいに呟いた。

「じきに嵐が起きる。……それまでにリッカには王都を離れていてほしい」

「どういうこと? スィンは? スィンはどうするの?」

「僕は……。ここでやらないといけないことがある」

 スィンは俯いた。

 どうして――

 スィンの顔はどこか切羽詰っていた。昔、ふとした時に浮かべていたような、あの表情だ。

 せっかくまた会えたのに。少しは成長したと思ったのに、私は今でもスィンの力になれないんだろうか。

「……風向きが変わった。お別れだ」

 冷たい風が流れてきていた。

 スィンは後ろを振り返ると、器用にレンガの塀を乗り越えて、その裏へと消えてしまった。

「スィン!!」

 あっという間だった。

 後には風と私だけが残されていた。微かに祭りの喧騒が聞こえていた。


 スィンはいったい、何者なんだろうか


   *


 あんなに待ち焦がれたはずの再会から、五日が経っていた。明日が祭りの最終日だ。

 最終日はお城の大広間が開放されるらしい。みんな、どんな服を着ていくか楽しそうにはしゃいでいた。

「リッカはどうするの?」

 夕飯の席でエルが聞いた。

「私、は……。あんまり行く気分じゃなくて……」

 スィンとの再会はこの人たちにはまだ話していなかった。

 未だに信じられないのだ。あのスィンと村で会ったスィンが同じ人物だとは思えなくて。

 いや、確かに本人だった。でもなんと言うんだろう。顔つきが前と全然違った。二年経っているから当然と言えば当然なんだけど。

 スィンは嵐が起きると言っていた。どうしてそんなことを知っているんだろう? 彼はただの旅人ではなかったのだろうか。

「えー!? もったいない! みんな綺麗な格好するんだよ! きっと楽しいよ! ねぇ一緒に踊ろうよー!」

 エルは身を乗り出してくる。

「で、でも服も用意してないし……」

「レストー! なんとかしてよ!」

 エルはレストを揺さぶる。レストは困った顔をした。

「うーん、ドールのを仕立て直すくらいならすぐできるけど……」

 ドールは露骨に嫌そうな顔をするけれど、何も言わなかった。ドールのを着てもいいんだろうか……。

「いいじゃん! あのコバルトブルーのならリッカによく似合うと思うよ! ねぇリッカ、行こうよー」

 エルにそんな甘えた表情をされては逆らえない。

「うーん、分かった。一緒に行こう」

「やったぁ!」

 エルの嬉しそうな顔を見たらまぁいいか、と思えてきてしまった。


「リッカきれー!」

 エルがきらきらした目を向けてくる。

「そう、かな……?」

 私はレストが仕立て直したコバルトブルーのドレスを着ていた。ちゃんと測ってもらってぴったりだ。ドールは私より背が高くてスタイルもいいから不安だったけど、さすがレストだ。一晩で直してもらえるなんて。裾に入った刺繍がキラキラと輝いている。

「肌が白いから青が映えるね」

 レストは満足そうに頷く。あんまり見られると照れる。私は手をいじりながら顔を背けた。

「髪はどうしようか」

 レストが私の前髪をかき上げる。エルがあれっという顔をした。

 しまった。

「リッカ、それは……」

 私はばっとおでこを押さえた。気を付けていたのに……。やってしまった。

 今さら隠しても遅いか。レストもエルもドールも私をじっと見ている。私は静かに手を下ろした。

「リッカ……。君は“神の申し子”だったのか」

 レストもエルも唖然としていた。ドールだけは表情から気持ちが読み取れない。相変わらずの無表情だった。

 みんなの視線は私の額の黒み掛かった宝玉に集まっていた。

「“水の申し子”でした」

 私はゆっくりと話し始めた。

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