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 そこは空色の世界だった。


 気付くとそこにいた。空色で埋め尽くされた、空の世界。足元には水が流れていて、素足にそれは心地良かった。

 私はいつの間にか膝丈の白いワンピースを着ていた。見渡すけれど辺りには誰の姿も見えなかった。

『気が付いたか』

 突如声が響いた。

 振り返ると、何と表現したらいいんだろう。人のような形をしているけど、人とはまた違う、例えるなら水のような存在がいた。

 もしかすると――

「水神さま……?」

『如何にも。会うのは二回目になるな、リッカ』

 私は首を傾げた。いつか会っただろうか?

『お主が生まれる前の話、だがな。この力を額に込めて、お主は生を受けた』

 私はそっと額に触れた。そこには相変わらず硬い感触があって。でも確か城の火を消すために力を使い果たしたはずだ。

 水神さまはふっと笑った。

『生きたいか?』

 試すように語り掛ける。まっすぐ私を見つめてくる水神さまに、私の視線は揺れた。

「でも……宝玉が黒く染まったら“申し子”の命は尽きるって……」

『それは少々違うな。命尽きるからこそ宝玉は漆黒に染まっていくのだ』

「どう違うんですか?」

 水神さまはふわりと舞った。そしてぱしゃりと着地する。

『お主が生きたいのならば宝玉は漆黒のまま、水の宝玉が欲しいのならば新たな生を待つのだ』

 光が見えた気がした。空色の空間の輝きが増したように見えた。

「生きたいです……! 生きて、まだスィンに伝えなきゃいけないことがある……!」

『決まりだな』

 水神さまは私の目の前まで来ると、額に手をかざした。宝玉が一瞬、熱を帯びた気がする。

『これより先、お主は水の加護を受けぬ。一人の人間として、達者に暮らすのだぞ』

 空色の光が増す。光に包み込まれる寸前、私は叫んだ。

「水神さま……! ありがとうございました!」

 水神さまが、笑ったような気がした。


   *


 誰かに抱えられている感触がした。

「……ッカ……」

 聞き覚えのある声のような気がした。さざっと風が頬を撫ぜていく。私はゆっくりと目を開けた。

「スィン?」

 どうやら私を呼んでいたのはスィンだったようだ。と認識したと同時に、私はスィンにきつく抱き締められていた。

「良かった……! もう目を覚まさないかと思った……!」

 そうだ。雨乞いして倒れちゃったんだ。力を使いすぎちゃったのかな……? 城を仰ぎ見ると火の手は消えている。雨ももう上がっていた。

「スィン……無事だったんだ……」

 言った瞬間、スィンにすごい顔で捲くし立てられた。

「バカ! リッカの方が危なかったんだぞ! 宝玉だって……」

 言われて初めて気が付いた。私の中から何かが抜け落ちてしまった感じがする。私は額の宝玉に触れてみた。

「何か……変な感じがする……」

 私がそう呟くと、スィンはなぜか辛そうな顔をした。

「リッカの宝玉は……もう、黒く染まってしまってる」

 あぁ、そうか。“水の申し子”としての力がなくなってしまったから、こんな感じがするんだ。水神さまは私の力だけを持って行ってしまったんだ。

「力が、なくなっちゃったみたい」

「でも宝玉が黒く染まったら“神の申し子”は死ぬって……」

「約束、したの」

 とても幸せで、暖かな約束だった。あの邂逅があればきっと生きていける。たとえ力がなくなっても。

「水神さまが生かしてくれたんだよ。スィンにちゃんと伝えなきゃって言ってくれた」

「水神様に?」

 スィンは不思議そうな顔をする。そんなスィンに私は微笑みかけた。

「好きよ、スィン。ずっと一緒にいたいわ」

 たぶん私は、スィンのことを想い過ぎたんだろう。“水の申し子”として傾けるべき心をそっちに裂いてしまったから、力をなくしてしまった。だけどそれは幸運にも許してもらえた。水神さまの最後の愛だ。

 ならばちゃんと伝えなきゃ。

 スィンは目を瞬かせて私の顔を見つめた。そして左手で顔を押さえて逸らしてしまった。

「……我慢してたのに」

「え?」

 ポツリと呟かれたそれは私の耳には届かなかった。

「あのね、僕はこれからこの国の王になる」

 そういえばそうだった。自分のことばかりに気を取られて忘れていたけど、反乱が起きたばかりだったんだ。

「王を御した後だからこれからが大変なんだ。それでも……それでも付いてきてくれるかい?」

 レストたちが無事なのか気になりはしたけど、まずはこっちが先だ。

「何年待ったと思ってるの?」

 私はくすりと笑ってそう言うと、スィンの首筋に抱きついた。そして少し腕を緩めてスィンの顔を見上げる。

 ゆっくりと目を閉じて、二人の唇が重なった。


 これが、のちに“黒水晶の君”と呼ばれる王妃が生まれた瞬間だった。


   *


「まったく……。自分だって死にそうだったのに」

 二人の様子を遠くで見ている人物がいた。

「まぁまぁ。ずっと苦しい思いをしてきたんだし、今くらいは大目に見てあげましょ」

 レストはシェルを宥める。

「私が追い付くのがあと少し遅かったらどうなっていたことか……。火の海の謁見の間を見て肝が冷えましたよ」

 シェルが謁見の間に辿りついたとき、炎はスィンの身体を飲み込もうとしていた。間一髪のところでシェルはスィンを運び出すことができた。

 王は、炎に阻まれて近寄ることさえできなかった。

「……全部終わったんですね」

 雨が上がり始めた空の下で、レストは呟いた。

「いいやこれからが始まりなんだぞ、大変なんだぞレスト」

 レストに寄り添うように立つミスカが言った。

「城も燃えてしまいましたしねぇ」

「でも損傷が激しそうなのは謁見の間ぐらいじゃないですか? リッカが守ってくれたから」

「王子にはがんばってもらわないといけませんね」

「リッカもだけど。王妃として」

「イルトも最大限の協力はするぞ。我々は新王を歓迎する」

 シェルは笑って腰を折った。

「よろしくお願いします」

 そして三人はこの国を背負う若き二人に目をやった。

 光が差し込み始めていた。


   *


 柔らかい日差しが町に落ちる。

 私はその眩しさに思わず目を細めた。

「リッカ」

 部屋にスィンが入ってくる。その服装は戦いのときに着ていたような素朴なものではなくて、ぴしっとしたワルセングの正装をしている。金の髪に黒の服がよく映える。

 私はレストに仕立ててもらった、青のふわりとしたドレスを着ていた。

「準備はできたかい?」

「えぇ」

 バルコニーの下ではこの国の民が大勢待ち構えている。みんな、この日を待っていたんだ。

「緊張するわ……」

 胸に手を当てて言う私にスィンはくすっと笑った。

「死ぬ覚悟で反乱に加わった君が」

「あのときは必死だったんだもん! いろいろ勉強したけど、本番はやっぱり緊張するわ……」


 あの反乱からこっち、私の王宮入りの準備は着々と進んでいた。

 先代国王陛下の時代に仕えていた使用人たちも戻ってきた。元々陛下の信頼は厚かったのだ。シェルさんが各地を回って集めたらしい。

 シェルさんと女官長の教育の賜物で、なんとか私も見られるものになった。でもまだあの厳しい指導は続くんだろうなぁ……。

「もう表に立つのは大丈夫そう?」

 スィンが面白そうな顔で聞いてくる。絶対楽しんでる……!

「もうお手のものよ。おじぎだってバッチリ」

 私はすっと一歩下がる。そしてスィンに優雅におじぎした。

 と思ったら、バランスを崩してしまった。

「わっ……!」

 ぽすん、とスィンの腕に収まる。

「……えへへ」

 案の定、スィンは呆れ顔だ。

「心配だなぁ。手と足が同時に出たりするんじゃない?」

「さすがにそんなことはないよ!」

 なんて言いつつも、緊張してきた。バルコニーの向こうにはこの国の民が待っている。

 王が変わって、一部だけど城も燃えてしまったんだ。この日を待ち望んでいた民も多いだろう。

 胸の前でぎゅっと握り込んでしまった手を、スィンが優しく包む。

「大丈夫だよ」

 やさしい言葉が上から降ってきた。

「僕が付いてる」

 ぬくもりが手から伝わってくる。その暖かさで肩の力がふっと抜けた。

 顔を上げると、スィンの優しい微笑みが見えた。私も同じように返す。

「さぁ行こうか」

 スィンは私の手を引いた。その姿はバルコニーから差し込む淡い光に包まれている。

 あぁ、この人となら大丈夫だ。


 私たちは光の中に踏み出した。

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