22
私たちは隣の部屋に行った。スィンの自室らしい。
殺風景な部屋だった。ベッドと机しかない。机の上は紙や本で散乱していた。
「なんか……あんまり物がないね」
「そう? まぁアジトだからこんなもんだよ」
スィンは椅子に座るよう促す。そして自分はベッドに座った。
「なんか……いざ面と向かって話すとなると、何から話していいか思いつかないな」
スィンは顎に手を当てて、困ったように言った。
「順番にでいいよ」
スィンはふっと笑うと、目を伏せた。
「僕の叔父が今の国王だってことは話したね? 僕の両親と叔父はなんというか……。折り合いが悪くてね。あの人は玉座を狙っていた。二人が亡くなったあと、あの人は言ったんだ……。『二人を殺したのはお前だ』って」
私は言葉を失った。まさかスィンが……?
スィンがそんなことをするはずがない!
スィンはそれを見て困ったように笑った。
「今となっては分からないんだけどね。母上は僕を生んだことで亡くなったし、父上は一人になって心労が重なったんだと思う。……だけど本当は違ったんだ」
スィンの表情が険しくなった。
「父上と母上を殺したのは、あの男だったんだ。城を追われて五年……。あの男が二人に毒を仕込んだことの証拠を、ようやく掴んだ」
私はなにも言えなかった。私とスィンとじゃ、背負ってきたものが違いすぎる。こんなときに掛ける言葉を私は持っていなかった。
私は服の裾をぎゅっと握った。
「そんな顔しないで。前も言ったけど、リッカの存在が僕を支えてくれていたんだ。同じように両親を失いながらもリッカは笑っていてくれてただろう? 本当に……本当にそれが力になったんだ」
私はまた涙腺が緩みそうになった。だけどここで泣いては駄目だ、とぐっと堪えた。
「泣かせてばかりだね」
スィンが優しく私の頭を撫でる。その拍子に涙がひとすじ流れ落ちてしまった。
「私は、なにもしてないよ」
スィンは黙って私を見ていた。
「スィンが辛いときに力になってあげられなかった。傍にいてあげられなかった。……子どもで、ごめん」
スィンは静かに笑った。
「頑固だなぁ。今、力を貰ってるからいいんだよ」
そんなものなのかな? 私はそれで一応は納得した。
スィンは私の頭から手を離すと、じっと私の目を見た。
「リッカの話も聞かせてよ」
リッカは深呼吸をした。その間、スィンは待っていてくれた。
「えっとね、婆さまは元気だよ」
「うん」
「オアシスの水も相変わらず綺麗。でも私がいなくなっちゃったら、どうなるか分かんないけど……」
「うん」
沈黙が落ちる。
違う、もっと話したいことがあったのに。
「私……死ぬのかな」
ぽつりと口を付いて出ていた。
考えなかった訳じゃない。でも一度考え始めたら最後、そっちに引きずられていく気がした。死に向かってずるずると引きずられていく。
すっとスィンの手が伸ばされた。その手が私の頬に触れる。そこでようやく自分が泣いていることに気が付いた。
「ごめん、ね」
スィンは困ったような顔をする。
「なんで謝るの」
「なんでだろ。でも、スィンのお願い事を聞けなかった」
スィンは逃げろと言った。王都から出ろ、と。
でもどこにも逃げ場なんてないんだ。一度黒くなりだした運命は、巻き戻ることはない。だったら立ち向かうしかないだろう。
「戦いが、始まるんだね」
ぽつりと呟くと、彼の表情は硬くなった。そうだろう。遊びじゃないんだ。
「私も行くよ」
そう言うとスィンは目に見えてうろたえた。
「でも……!」
「言ったでしょ? 私はスィンと世界を見たいの。それしかないの。……それに、まだこの力が残っているなら、スィンの力になれるかもしれない」
私はスィンの目をまっすぐに見て、そう言った。
スィンは眉間にしわを寄せて黙っている。
スィンはこれまで、このためだけに生きてきた。それに踏み入るというのは、結局邪魔をするだけなのかもしれない。
それでも、なにか一つでも力になれるのなら……。一緒にいられるなら……。
スィンは自分の胸元に手を入れると、首飾りを出した。そしてそれを外す。
「リッカを連れてはいけない。代わりにこれを持っていてくれ」
反論しようとした私を制して、スィンはその首飾りを私に差し出してきた。
麻紐に繋がれたそれは、黒く光る宝玉だった。小さく丸いその石は、光に当たって時折金の色にも見えた。
「きれい……」
「母が、死の間際に僕に託した物なんだ。王族に代々伝わるもので……。親愛の証として渡す」
石を見つめていた私は顔を上げた。真剣な表情をしたスィンと目が合う。
「全部終わったら、結婚してくれ」
その意味を理解するのに数秒掛かった。スィンはその間じっと私の目を見ていた。私はぱちぱちと瞬きをする。
「私の額の宝玉の意味を知ってるんだよね……?」
「知ってる」
「それでもいいと言うの? 私はもうすぐ死んじゃうんだよ?」
望んだのは、自分だ。だけどいざ与えられたら困惑した。
「それでも、リッカがいいんだ」
スィンは一歩近付く。私は顔を覆った。涙が溢れて止まらない。さっきから泣きすぎな気がする。
躊躇いながら、スィンはネックレスを私に掛けた。そして優しく抱きしめる。
「帰ってきたら、返事を聞くから」
スィンの声はどこまでも優しかった。スィンの腕が離れていく。私は何も言えずに見送った。
私は――