21
路地をひとつ折れ、ふたつ折れ。夜の町を私たちはひた走る。追っ手は……ない。あの二人が足止めできているようだ。
町外れまで来てようやく足を止めた。私の息は上がってしまっていた。
「ここまで来ればもう大丈夫だ」
レストは軽く息を整えて言った。さすがレストだ……。
エルも少しきつそうにしているけど、ドールにいたっては呼吸ひとつ上がってない。造詣人形というのはそういうものなのかな……?
「フーマさんとロッドは……」
「大丈夫、なにかあったらここで合流するって決めてたから」
レストはこっち、と私たちを誘うと、背後のレンガ造りの建物に入っていった。
一見すると普通のアパートメントだ。中央の入り口をくぐると左右に廊下が伸びていて、真夜中ということもあってそこはしんと静まり返っていた。
正面の階段をカンカンと上っていくレストたちを、私は慌てて追いかけた。
三階まで上がったところで右の廊下を進む。そして二番目のドアの前で立ち止まった。そしておもむろにドアをノックした。
「僕です」
レストがそのドアに向かって低く呟いた。カチャリと鍵が開く音がする。レストは静かにドアを開けた。
「何かありましたか」
ドアの向こうに待っていた人物が言った。短く切り揃えられた赤銅の髪を持つ、背の高い男の人だった。
「住処がばれました。向こうはフーマとロッドに任せてきました」
「そうですか……」
話しながら部屋に入っていく。私もあとに続いた。
そこにいたのは――
「スィ、ン……?」
壁際に置かれたソファに、スィンが腰掛けていた。
「え? リッカ?」
スィンは目を丸くしている。私も驚いて目を見開いた。
「僕の家に仮住まいしていたんです」
レストはスィンの前に進み出ると、膝を折った。
「お初にお目に掛かります、ワルセンスィング王子。僕はイルトの“地の申し子〟が夫、レストと申します。神殿付きの造詣人形師です」
「え!?」
驚きの声を上げたのは私だった。
「どうしたのリッカ?」
手を握ったままのエルが見上げてくる。
「いや……、レストって“地の申し子”の旦那さんなの……?」
「そうだよ。僕の母上。あれ? 言ってなかったっけ?」
聞いてない……。驚きすぎて口をぱくぱくさせてしまった。レストはこっちを向いて申し訳なさそうな顔をする。
「ごめん、ね? どこから洩れるか分からなかったから」
それはいい。私も黙ってたことはたくさんあったから。ただ驚いただけだ。
どうりで“地の申し子”にも詳しいはずだ。
「まさかリッカが一緒に暮らしていたのが、地の人形師だったとはなぁ」
スィンはソファに座ったまま、にっこり笑ってそう言った。
「王子はレスト様にお会いされるのは初めてでしたっけ?」
「うん。この前、イルトでは会えなかったからね。ロッドさんは王都に来たとき会えたけど」
スィンはまたレストに視線を戻した。
「レストさん、どうぞ顔を上げてください。僕は今は王家を追放された身です」
「しかしあなたは希望です。僕とてあなたこそ王に相応しいと思っているんです」
言いながらレストは立ち上がった。スィンは苦笑する。
「スィン、ごめんね。この前のこと、結局喋っちゃった。レストもごめんなさい……。もっと早くあのことを話してたら、こんなことにはならなかったのに……」
みんなを危険に晒したくなかったのに、結局危ない目に遭わせてしまった。私は俯いて唇を噛み締めた。
「いや、リッカのせいじゃないよ。僕だってあの時はああした方がいいと思った。そんなに自分を責めないでよ」
「そうだよリッカ。こうしてみんな無事じゃないか。気に病むことはないよ」
私の手を握るエルの手が、ぎゅっと強くなる。私は目じりを下げて、みんなを見た。
「リッカ、改めて紹介するね。こっちはシェル。父の代から仕えていてくれててね。僕がこうしているのも彼のおかげだ」
「恐れ入ります」
シェルさんは頭を下げた。私も慌てておじぎをする。
「ここは僕らの隠れ家なんだ。こういう状況だからね、前会ったときに変装してたのもそういう訳だ」
祭典のときの話だろう。あのとき茶色だったスィンの髪も、今日は本来の金の色に戻っていた、やっぱり、この色の方が好きだ。
「スィンは……戦いに行くの……?」
その場がしんと静まり返った。
スィンがよく見せていた、どこか遠くを見通す目。今なら分かる。あれはきっと、城の玉座を映していた。
「あぁ」
その返事は聞くまでもなかった。スィンの硬い声が私の耳に届いた。
「……ケガするよ」
「うん」
「……死ぬかもしれないよ」
「うん」
私はたまらず立ち上がって、スィンの元へ駆けた。そして首筋に手を伸ばして抱き締める。
「それでも行くんだね」
スィンの腕は、ゆっくりと私の背中に回された。
「気付いてあげられなくて、ごめん……。支えてあげられなくて、ごめん……」
私の目からは涙がこぼれ始めていた。スィンは優しく私の頭を撫でる。
「ううん、前も言っただろ? リッカの存在が僕を強くしていたんだ。リッカがいなけりゃ今日まで生きてこれなかったよ」
私は子どものようにスィンにあやされながら、ただ泣き続けていた。
コンコン
ようやく落ち着いた頃、玄関にノックの音が響いた。
ちょっと目が腫れてる気がする。みんなの前で泣きじゃくって恥ずかしい……。
シェルさんが立ち上がる。そして戻ってきたシェルさんの後ろにいたのは。
「フーマさん! ロッド!」
その二人だった。無事だったんだ!
「大丈夫だったか?」
「おう。全員のしてきた」
フーマさんはぐっと拳を握る。
「追っ手は?」
「多分ない」
レストは立ち上がってフーマさんと話す。フーマさんも、ロッドも、傷ひとつない。だけど、ところどころに見えるのは返り血だろうか……。
このふたりが強いというのは本当だったんだ。無事で本当に良かった。
「ちょっと、リッカとふたりで話してもいいかな?」
スィンがみんなに向かって言った。