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 路地をひとつ折れ、ふたつ折れ。夜の町を私たちはひた走る。追っ手は……ない。あの二人が足止めできているようだ。

 町外れまで来てようやく足を止めた。私の息は上がってしまっていた。

「ここまで来ればもう大丈夫だ」

 レストは軽く息を整えて言った。さすがレストだ……。

 エルも少しきつそうにしているけど、ドールにいたっては呼吸ひとつ上がってない。造詣人形というのはそういうものなのかな……?

「フーマさんとロッドは……」

「大丈夫、なにかあったらここで合流するって決めてたから」

 レストはこっち、と私たちを誘うと、背後のレンガ造りの建物に入っていった。

 一見すると普通のアパートメントだ。中央の入り口をくぐると左右に廊下が伸びていて、真夜中ということもあってそこはしんと静まり返っていた。

 正面の階段をカンカンと上っていくレストたちを、私は慌てて追いかけた。

 三階まで上がったところで右の廊下を進む。そして二番目のドアの前で立ち止まった。そしておもむろにドアをノックした。

「僕です」

 レストがそのドアに向かって低く呟いた。カチャリと鍵が開く音がする。レストは静かにドアを開けた。

「何かありましたか」

 ドアの向こうに待っていた人物が言った。短く切り揃えられた赤銅の髪を持つ、背の高い男の人だった。

「住処がばれました。向こうはフーマとロッドに任せてきました」

「そうですか……」

 話しながら部屋に入っていく。私もあとに続いた。

 そこにいたのは――

「スィ、ン……?」

 壁際に置かれたソファに、スィンが腰掛けていた。

「え? リッカ?」

 スィンは目を丸くしている。私も驚いて目を見開いた。

「僕の家に仮住まいしていたんです」

 レストはスィンの前に進み出ると、膝を折った。

「お初にお目に掛かります、ワルセンスィング王子。僕はイルトの“地の申し子〟が夫、レストと申します。神殿付きの造詣人形師です」

「え!?」

 驚きの声を上げたのは私だった。

「どうしたのリッカ?」

 手を握ったままのエルが見上げてくる。

「いや……、レストって“地の申し子”の旦那さんなの……?」

「そうだよ。僕の母上。あれ? 言ってなかったっけ?」

 聞いてない……。驚きすぎて口をぱくぱくさせてしまった。レストはこっちを向いて申し訳なさそうな顔をする。

「ごめん、ね? どこから洩れるか分からなかったから」

 それはいい。私も黙ってたことはたくさんあったから。ただ驚いただけだ。

 どうりで“地の申し子”にも詳しいはずだ。

「まさかリッカが一緒に暮らしていたのが、地の人形師だったとはなぁ」

 スィンはソファに座ったまま、にっこり笑ってそう言った。

「王子はレスト様にお会いされるのは初めてでしたっけ?」

「うん。この前、イルトでは会えなかったからね。ロッドさんは王都に来たとき会えたけど」

 スィンはまたレストに視線を戻した。

「レストさん、どうぞ顔を上げてください。僕は今は王家を追放された身です」

「しかしあなたは希望です。僕とてあなたこそ王に相応しいと思っているんです」

 言いながらレストは立ち上がった。スィンは苦笑する。

「スィン、ごめんね。この前のこと、結局喋っちゃった。レストもごめんなさい……。もっと早くあのことを話してたら、こんなことにはならなかったのに……」

 みんなを危険に晒したくなかったのに、結局危ない目に遭わせてしまった。私は俯いて唇を噛み締めた。

「いや、リッカのせいじゃないよ。僕だってあの時はああした方がいいと思った。そんなに自分を責めないでよ」

「そうだよリッカ。こうしてみんな無事じゃないか。気に病むことはないよ」

 私の手を握るエルの手が、ぎゅっと強くなる。私は目じりを下げて、みんなを見た。

「リッカ、改めて紹介するね。こっちはシェル。父の代から仕えていてくれててね。僕がこうしているのも彼のおかげだ」

「恐れ入ります」

 シェルさんは頭を下げた。私も慌てておじぎをする。

「ここは僕らの隠れ家なんだ。こういう状況だからね、前会ったときに変装してたのもそういう訳だ」

 祭典のときの話だろう。あのとき茶色だったスィンの髪も、今日は本来の金の色に戻っていた、やっぱり、この色の方が好きだ。

「スィンは……戦いに行くの……?」

 その場がしんと静まり返った。

 スィンがよく見せていた、どこか遠くを見通す目。今なら分かる。あれはきっと、城の玉座を映していた。

「あぁ」

 その返事は聞くまでもなかった。スィンの硬い声が私の耳に届いた。

「……ケガするよ」

「うん」

「……死ぬかもしれないよ」

「うん」

 私はたまらず立ち上がって、スィンの元へ駆けた。そして首筋に手を伸ばして抱き締める。

「それでも行くんだね」

 スィンの腕は、ゆっくりと私の背中に回された。

「気付いてあげられなくて、ごめん……。支えてあげられなくて、ごめん……」

 私の目からは涙がこぼれ始めていた。スィンは優しく私の頭を撫でる。

「ううん、前も言っただろ? リッカの存在が僕を強くしていたんだ。リッカがいなけりゃ今日まで生きてこれなかったよ」

 私は子どものようにスィンにあやされながら、ただ泣き続けていた。


 コンコン


 ようやく落ち着いた頃、玄関にノックの音が響いた。

 ちょっと目が腫れてる気がする。みんなの前で泣きじゃくって恥ずかしい……。

 シェルさんが立ち上がる。そして戻ってきたシェルさんの後ろにいたのは。

「フーマさん! ロッド!」

 その二人だった。無事だったんだ!

「大丈夫だったか?」

「おう。全員のしてきた」

 フーマさんはぐっと拳を握る。

「追っ手は?」

「多分ない」

 レストは立ち上がってフーマさんと話す。フーマさんも、ロッドも、傷ひとつない。だけど、ところどころに見えるのは返り血だろうか……。

 このふたりが強いというのは本当だったんだ。無事で本当に良かった。

「ちょっと、リッカとふたりで話してもいいかな?」

 スィンがみんなに向かって言った。

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