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王都というだけあって、ワグールは人の多い街だった。市場にたくさんの店が並び、行き交う人々の喧騒で包まれている。
こんなに賑やかな風景を見るのは生まれて初めてだった。私の村にはなかったようなもので溢れ返っている。
私はこんなにたくさんの人を見たことがなかった。もうそれだけで人酔いしてしまいそうだ。
とりあえず人のまばらな広場へ向かう。
広場には大きな噴水が水滴を散らせていた。王都は水に不自由していないようだ。私は噴水の縁に腰掛けた。
まずは仕事を探さなければいけない。婆さまにそう言われていた。サウリアの村では、自分の食べる分は自分たちで育てるという風に暮らしてきたけど、王都ではお金というものが必要らしい。私は婆さまにもらったお金を、腰に下げた袋に入れていた。
さてどうしたものか、と考えていたときだった。
「さぁさ寄ってらっしゃい見てらっしゃい! この世で一等美しい人形の踊りだよ!」
ふと視線を上げると、少し離れたところで男の人が叫んでいた。男の人の傍には二人の子どもがいる。私は近づいてみることにした。
男の人の呼び声に人が集まり始めていた。子どもの男の子の方は地べたに座り、縦笛を用意している。客寄せをしていた男の人は女の子の傍らに立ち、何か糸のようなものを数本手にしていた。その女の子ははっとするほど美しい。銀の髪は絹のようで、その顔立ちはどこか浮世離れしていた。私もつい見とれてしまった。
たくさん人が集まってきた。男の子が縦笛を奏で始める。男の人は笛の音に合わせて糸を動かした。その糸は女の子の手足に繋がっていて、女の子は糸の動きと共に舞い始めた。
女の子の美しい銀髪が揺れる。ただでさえ美しい少女だ。異国情緒溢れる音楽と相まって、私は引きこまれてしまった。他の人たちも見入っている。
縦笛の音が小さくなって、踊りが終わる。同時に集まった人々から拍手が湧き上がった。
男の子の前に置いてあった藤籠にお金が投げ込まれる。お金を払わなければいけないものなんだろうか? あまり持ち合わせていない私はどうしようかと迷っているうちに、集まった人々が散り散りになってしまった。
後には私と踊っていた人たちだけになった。
「あの……ごめんなさい……。あまりお金を持ってないの……」
私が消え入りそうな声で言うと、男の人は笑って言った。
「いやいいよ。これは気持ちだから。最後まで見てくれてありがとう」
男の人は人の良さそうな笑みを浮かべて言った。私はほっと胸を撫で下ろす。
「とても素敵な踊りでした。綺麗な人形ですね」
「あなた造詣人形を見るのは初めて?」
「わっ」
突然喋りだしたのはその人形だった。
「に、人形じゃなかったんですか!?」
「あれ、造詣人形を見たことない?」
男の人の言葉に私はこくこくと頷いた。びっくりしすぎてまだ心臓がバクバク言っている。
「造詣人形ってのは普通の人形と違ってね、魂がこもっているんだ。だから喋れるし、自分で動くこともできる。イルトの名産なんだよ。僕は造詣人形師のレスト。この子は俺が作ったドールだよ。そしてこっちが息子のエル」
縦笛を片付け終えた男の子が人懐っこい笑みを浮かべた。
「私はリッカです。私の村では造詣人形なんていなかったからびっくりしちゃいました。それ、どうなってるんですか?」
私は糸を指差して言った。
「あぁ、これは繋いでるだけ。こうしてる方が人形っぽいだろ?」
レストがにっと笑う。
「確かに人形なのに滑らかな動きだなって思ってました」
改めてまじまじとドールを見る。しかしドールはつんとそっぽを向いてしまった。
「あまりじろじろ見ないでくださる?」
冷たい物言いに焦った。綺麗な人形だからついじろじろ見ていたけど、確かに失礼だったかもしれない。
「ドール……」
「ドールはレスト以外の人にはこうですからね。あまり気にしなくていいですよ」
エルの言葉に私は胸を撫で下ろした。とは言っても冷たくされるのはやっぱり少し悲しい……。
レストはまた私に顔を向ける。
「王都は初めて?」
「えぇ、さっき着いたばかりです。村にはこんなに人がいなかったからびっくりしちゃいました」
「へぇ、どこから来たの?」
「サウリアです、南の方の」
「サウリア!? あの乾いた土地かい!?」
レストは心底驚いたように叫んだ。
「え、えぇ。……そんなに驚くことですか?」
「いや、あの砂漠を越えるのは命懸けだと言うからね。まさかこんな女の子が砂漠越えするとは……」
そういえば確かにスィンも命懸けで来たっけ。あれは夏至の季節だったけど。
私は婆様に言われたことを思い出した。
「運が、良かったんです」
そう笑ってにっこり言った。
――決して“水の申し子”だと明かしてはならんぞ――
「へぇ、そうなんだ。王都にはどうして?」
その問いに私は一瞬言葉が詰まった。
「人を……人を探しに来たんです。二年前、私の村に立ち寄った旅人さん。その人がここにいると聞いて来ました」
スィンと過ごしたのはたった七日間だった。でも私の世界を変えるにはそれで十分すぎるほどの時間だった。
「手がかりはあるのかい?」
私は静かに横に首を振る。
「そうか……。ならうちに来ないか? 僕らはこういう見世物業だから、手はあるとありがたいんだ」
「レスト!」
ドールが血相を変えて叫んだ。それでもレストは気に留めずに言う。
「なんだよドール。女の子の友達はいた方がいいだろう?」
「僕は賛成です!」
エルが笑顔で手を上げた。
私抜きで話は進んでいってしまう。私は思い切って割り込んだ。
「あっあの! 仕事が見つかるまででいいんです! よろしくお願いします! 家事は得意です!」
そう言って私は頭を下げた。長い赤毛の三つ編みがぴょこんと揺れた。
「決まりだな」
レストはにっと笑っている。エルは満面の笑みだ。ドールだけが仏頂面を決め込んでいる。
とりあえずは、新しい生活の始まりだった。