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 さすがにしばらくは町を出歩くのが怖かった。市場まではすぐそこだけど、私はできるだけ大通りを選んで歩くようにしていた。

 もしかしたら、まだ近くにスィンはいるのかもしれない。でもスィンだってあまり大仰に出歩けない身だ。自分の身は自分で守らなければ。

 例大祭が終わって、秋も深まってきた。北のノルシェほど寒くならないとはいえ、南国サウリアで育った私にとって、王都の寒ささえも厳しいものだった。

「ガンさん、おはようございます」

「おはようリッカちゃん……ってすごい格好だね」

 ガンさんは苦笑する。それもそうだろう。私は着込みに着込んでもこもこに着膨れしていた。

「寒いです……」

 太ももまでのコートに手袋はもちろんのこと、帽子にマフラー、ブーツ、と完全防備だった。

 サウリアはこんなに寒くなることはなかった。というか常夏の町がサウリアだ。王都でさえこんななんだから、北のノルシェとかどうなってしまうんだろう……?

 ガンさんは笑いながら裏から何かを取り出した。

「リッカちゃん、サウリア育ちだからなぁ。この寒さは堪えるだろう。どれ、これをあげよう」

 差し出してきたそれは暖かな湯気を上げているカップだった。私はお礼を言って受け取る。

「これは……?」

 ほのかに甘い香りがした。指先がじわりと暖かくなる。

「生姜湯だよ。ハチミツがたっぷり入ってる。暖まるから飲んでみなさい」

 私は何度か息を吹きかけて、そっと口を付けた。生姜とハチミツの香りが口いっぱいに広がる。

「おいしい……」

「だろ? うちのかみさん特製だ。ワルセンの冬には欠かせないものだよ。いっぱい取れたから持って帰りなさい」

 そう言ってガンさんは、生姜を袋に詰めてくれた。


   *


 店仕舞いを終えて、帰路につく。夕闇が迫る町は、私と同じように家へと向かう人たちばかりだった。

 もしスィンが行動を起こしたら、この風景はどうなるんだろうか。平和な街に立ち込めるのは希望が暗雲か。どっちにしても思い浮かぶのはスィンの傷付く姿だった。

 大事な人の傷付く姿は見たくない。

 そんなことをぼんやり考えていたときだった。


 ドン!


 私は前から歩いてくる人物に気付いていなかった。あっと思ったときには尻餅を付いていた。

 ガンさんにもらった生姜が辺りに散らばる。

「いったぁ……」

「悪い! 前を見てなかった!」

 ずいっと目の前に手が差し出される。私はありがたくその手を取って、視線を上げてその顔を見た。

「……ドール?」

 整った顔立ちと流れる銀の髪。

 しかしその髪は短かった。


 同じ頃。レストの家には来客があった。

「なんか心配だなー。俺も付いてけば良かったなー。王都の人だかりなんて初めてだろうから心配だなー」

「そう言うなら最初から一緒に行けば良かったじゃないか」

 レストは椅子に座って足をプラプラさせてそう言う人に、お茶のカップを差し出してあげた。

「まぁなんていうか? 社会勉強?」

「めんどくさかっただけだろ……」

 呆れながら言うレストをドールは見守っていた。

 と、ドアが勢いよく開かれる。

「あ、リッカおかえりー」

「レスト! ドールがおかしくなっちゃいました!」

 そう言ってリッカが手を掴んでいたのは。

「ロッド?」

 ドールと対で作られた造詣人形だった。


   *


 リビングのテーブルに五人は座った。エルはソファの方で遊んでいる。

「紹介するね。イルトで造詣人形師をやってるフーマ。幼馴染なんだ」

「どーも、フーマです。レストとは同じ師についてたんだ」

 フーマは人のいい笑みを浮かべてそう言った。

「それから造詣人形のロッド。ロッドとドールは僕らが初めて作った人形なんだよ」

「さっきは悪かったな。ケガはないか?」

「大丈夫です! 生姜も拾ってもらったのにちゃんとお礼言えてなくてすみません」

 ロッドがすまなそうに言ってくるから、私は慌てて答えた。

「ロッド、リッカちゃんに何したのー?」

「ぶつかっただけだよ! ちゃんと前見てなくて……」

「いやっ、私もぼんやりしてましし!」

 また二人の責任の取り合いが始まる。それを見てフーマはため息を吐いた。

「大方ロッドがきょろきょろよそ見してたんでしょ」

 主人に言われてロッドはぐっと言葉に詰まる。

「だって……珍しいモンいっぱいで……」

 ロッドの顔は叱られた子犬のようだ。

「ふふっ。私も王都に来たての頃はそうでした。面白いものがいっぱいありますよね」

 味方を得てロッドの顔はぱっと明るくなった。

「そうなんだよ! すごいよなぁ、さすが王都! なんっかキラキラしたモンで溢れててさぁ……」

 そう言う彼はまるで子どものようだった。ドールと対で作られたということだから、年齢的には同じはずである。造詣人形に年齢という概念はないのだが。

「ロッド、遊びに来たんじゃないんだよ」

 静かな声でフーマは言う。主人に諌められてロッドはぐっと言葉に詰まった。

「分かってるって……」

「まぁまぁ。それよりいっぱい生姜もらってきたんだねぇ」

「はい。店主が暖まるからって。でもどう調理しましょう?」

「サウリアにはないんだっけ? そうだなぁ、僕はジンジャークッキーが好きだけど」

 そう話しながら二人はキッチンへ向かった。

 残されたフーマとロッドはそれを眺める。

「……どうよ?」

 ロッドは頬杖を付いて視線を隣に向けずに言った。

「いやー、一口に“神の申し子”と言っても様々だね。サウリアは深い信仰がないんだっけ? 一見したら普通の子だ」

「ミスカ様はこっそり町に下りてもすぐばれてたからね」

「あの人は別格でしょ」

 そう言ってフーマは笑う。

「フーマさん。何か苦手な食べ物とかありませんか?」

 キッチンから顔を覗かせてリッカが言った。

「ないよ! 何でも食べるよ」

 フーマは笑顔で答えた。それを見てリッカも笑顔を浮かべる。そしてまたキッチンに引っ込んだ。

「何にせよ、いい子そうなのはレストの言うとおりだ」

 穏やかな顔でキッチンの目を向ける二人を、ドールは黙って見ていた。

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