12
遠い記憶を思い返していた。
*
乾いた風が大地を拭った。
イルト。
“地の申し子”のおわす土地。
「レストー!」
通りを後ろから駆けてきたのは、幼馴染でもある兄弟子だった。
「フーマ、どうしたんだい?」
「お使いの追加。師匠、うっかり忘れてたって」
そう言ってピラっと紙切れを差し出した。
「相変わらず師匠はうっかりだなぁ」
クスクス笑うレストをフーマは呆れた顔で見つめた。
「おまえそれ、師匠の前で言ってみろよ」
「やだよ。僕だって命は惜しい」
イルトの“神の申し子”は女性だ。大地を守る存在であるせいか、とても気の強い女性だという。
その気風もあってかイルトの女性は強い人が多かった。
イルトは良質の土が取れて、陶器作りの盛んな土地である。町のいたるところに工房があった。
そして、この地特有の人形が造詣人形だ。人と同じように動く人形。それが造詣人形だ。地神の恩恵があるこの地でしか作れない。
また、“地の申し子”のいる時代でもあるから宝石の採掘量も多く、豊かな時代を築いていた。
二人の師匠は“地の申し子”専属の人形師だった。つまりイルト一の人形師とも言える。
幼馴染だったレストとフーマは、六年前にその弟子になった。弟子を取らないことで有名だった師匠だったから、二人のその努力――というか執念は凄まじいものだったことが伺える。
ともかく二人の弟子は不屈の師匠を折らせたのである。
「今度の祭典さ」
「うん?」
「僕らも造詣人形作らせてもらえるじゃん」
春の訪れを祝う祭典がもうそこまで迫っていた。
「な。師匠のサポートだけど。でも祭典に出すのは初めてだからドキドキするよ!」
フーマは隣に並ぶレストの方を向いて、嬉しそうに言った。反対にレストは浮かない顔をしている。
「なんだよ。お前は楽しみじゃないのかよ」
幼馴染の言葉にレストは押し黙ってしまった。
「そういう訳じゃないんだけど……。なんか、僕みたいなのがちゃんと造詣人形を作れるのかな……。ちゃんと人形に命を吹き込めるのかどうか……時々不安になる」
暗い顔でそう言うレストを見て、フーマは鼻息を荒くした。
「まーたお前は……。なんでそんなに自信がないんだよ。言っとくけどお前の方が師匠に認められてるんだぞ? 褒められること多いじゃねーか。嫌味か?」
「そういう意味じゃなくて!」
フーマはからからと笑った。
「分かってるよ。俺たちずっと一緒だったじゃねーか。お前がそういうやつじゃないってのは俺がよく分かってる。大丈夫だよ、もっと自信持てよ」
そう言ってフーマはレストの背中をばしばし叩いた。レストはその勢いに思わず咳き込む。
「いってーよ!」
「わりわり。さ、早いとこ買うモン買って帰ろうぜ。師匠に怒られちまう」
レストはそれもそうか、と思うと苦笑しながら店へと向かった。
「は?」
レストとフーマは同時に間抜けな声を出した。
「聞こえなかったのか? 今度の祭典の人形はお前たちだけで作れ」
師匠は表情一つ変えずにそう言った。椅子の上で足を組んでふんぞり返っている。イルトの民の焦げ茶の長い髪を、いつも通り上半分だけ結っていて、それがまた印象を強くしていた。
慌てるのはレストとフーマ二人だ。
「い……やいやいや! 大事な祭典ですよ師匠!? 俺たちだけに任せるとか、冗談にも程があります!」
「そうですよ! 仮にも弟子に作らせるなんて……。神殿が何と言うか!」
それでも師匠はどっかり椅子に腰掛けたままだ。
「お前たち、いつまで弟子でいるつもりだ?」
その言葉に二人はぐっと押し黙った。
時々考えていたことだ。まだ師匠から学ぶことは多い。だがいつかは独立しなければいけないだろう。
それが急に現実味を帯びてくると、胸がひやりとした。レストは硬い表情で口を開いた。
「ですが……。そんな急に独立しろと言われても……」
「誰が今すぐ独立だと言った」
師匠が当たり前のように言う。
「は?」
二人はぽかんと大きく口を開けて、師匠の顔を見た。
「まだまだひよっこのくせにいい度胸だなぁ? お前らなんぞまだ世間様に出せるか」
師匠は呆れた顔をした。フーマは目を瞬かせている。
「え、でも祭典の話は……?」
「私がちゃんと指揮を執るに決まってるだろうが」
二人は呆気に取られて声も出てこない。師匠は続ける。
「デザインも決まっている。この時期だぞ? 一からやって間に合う訳ないだろうが」
師匠は腕を組んでふんぞり返った。
「これが図案だ」
おもむろに立ち上がると師匠は棚からファイルを取り出した。
「双子……?」
机に置かれたその図案には、師匠の筆で二人の男女が描かれていた。
銀の髪の少年と少女。正面を向いた姿や向かい合う姿、後ろ姿など様々な絵がそこにはあった。
「今年のテーマは『再生』。去年は気候が安定せずに不作だったからな。それを打ち破るような強いパワーが欲しい」
師匠はレストとフーマをまっすぐ見た。
「二人で力を合わせてやってみろ」
「はい!」
二人の声が重なった。
祭典があと二週間後に迫っていた。
町の雰囲気も賑やかになってきて、祭り一色だった。
ただ、この作業場だけは張り詰めた空気が流れていた。
「フーマ、そのライン曲がってる」
「はい!」
「レスト、なんだその縫い目は!」
「すみません!」
師匠の工房は二体の造詣人形と布や樹脂で足の踏み場もなかった。
「おい、ちゃんと片付けながらやれっていつも言ってるだろう! 美しい人形は美しい作業場から!」
「はい!」
二人は足元のゴミを慌てて拾った。
二体の造詣人形は着実に完成に近付いていた。女の子の方をレストが、男の子の方をフーマが作っていた。祭典では舞を披露する人形だ。
一週間前には完成させてその準備に充てなければならない。時間はもうあまり残されていなかった。
「レスト、この人形の目はこれだ。肌の色はもう少し明るめにした方がいい」
「はい」
返事をすると、レストは師匠が手にした造詣ガラスを見つめた。
「なんだ?」
「いや……改めて見ると不思議だなーって。どうして造詣ガラスを目に入れると、ただの人形が動き出すんだろう……」
師匠とフーマはレストをじっと見つめた。その視線にレストはたじろぐ。
「お前、今さらだなー」
「いや……地神様の御力ってことは知ってるよ!? でも改めて考えると不思議じゃない?」
フーマはおかしそうに笑った。師匠がそれを見て口を開いた。
「イルトの宝石は特別製だからな。地神様の御力で不思議な力が宿っている。でも誰でも造詣人形を作れる訳じゃあない。持って生まれた力と修練。それがあって初めて人形に命を吹き込めるんだ。お前たちには素質がある。日々の修練を怠るんじゃないぞ」
もうフーマは笑っていなくて、二人は真剣な表情で師匠の話を聞いていた。
「はい!」
二人の声が重なった。