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ドアを開けた瞬間、ボスンとお腹に衝撃がきた。
「リッカー!」
まとわり付いてきたのはエルだった。エルの目には涙が浮かんでいた。
「急に出かけちゃってごめんねー! 淋しくなかった!?」
抱きついたまま私を見上げて言うエルに思わずくすっと笑ってしまった。
私はエルの背中をぽんぽんと叩いた。
「エル、『ただいま』が先でしょ?」
レストがポンっとエルの頭に手を置く。私はレストの顔を見上げた。
「レスト、おかえりなさい」
「はい、ただいま」
二人で笑顔を交わす。エルがただいまと言いながらぎゅっと抱きついてきた。
やっぱり、みんながいなくて淋しかった。
「ドールもおかえりなさい」
私は期待せずにおかえりを言う。いつも通り無視かなと思ったら、驚いたことにぺこりと小さくおじぎを返してくれた。無表情ではあったけれど。
出かけてる間に何かあったのだろうか。今までこんなことはなかった。思わず顔を緩ませてたら、ドールはふいっと目を逸らしてしまった。
「なにか変わったことはなかった?」
レストは荷物を解きながら尋ねた。
私の脳裏には昨日のことが一瞬浮かんだ。
「なにも」
私は笑顔で答える。
昨日、スィンと話したから。この家で起きたことだから、本当は話した方がいいのかもしれない。またいつ敵が来るか分からない。もう心配掛けても大丈夫な間柄だとも思う。
だけどそうなると、スィンのことから全部話さないといけなくなる。信用していないわけじゃないけれど、私のことじゃなくてスィンのことだから、まだ話せない気がした。
そう言うとスィンも「リッカがそう言うのなら」と同意してくれた。
レストはしばらく私の顔をじっと見ると、「そう」とだけ言って微笑んだ。
「疲れたでしょう? 先にお風呂にする?」
「あぁ、そうしようかな。エル、お風呂入るよ」
「はーい」
二人はお風呂場へと消えていった。さて、ごはんを作ってしまおうかと私はキッチンへ向かった。ニンジンを切っていると、視線を感じた。
「ドール……なに……?」
リビングのテーブルの向こうからドールがじっと私を見つめていた。その表情からは何も読み取れない。
「あなたは」
唐突にドールは口を開いた。
「あなたはなぜ、何も聞かないのですか」
二人の間には沈黙が落ちた。それをドールに聞かれるとは思わなかった。
「どうして?」
私は微笑んで答えた。
彼女は苛立ったように続ける。
「聞いているのはこちらです。あなたは“神の申し子”なんでしょう? ならば私たちが何をしているのか気にならないのですか」
ドールは食いついてくる。私は包丁を置いた。そして目を伏せた。
「私は……ずるいんだよ」
ドールはじっと私を見ていた。それでも視線は合わせない。
「言いたくないことがあるから、聞かない。それじゃダメ?」
そこでようやく私はドールと目を合わせた。ドールはそのままじっと私を見つめている。
しばらくして、ドールは小さくため息をついた。
「“神の申し子”とはどうしてこうも頑固な人が多いのですかね。……分かりましたよ、待ちます」
仕えていたという人のことを言っているのだろうか? その人のことも聞いてみたいと思ったけど、それじゃあいこにならない。レストが話してくれるまで待とうと思った。
その時は、私も話すことができるのだろうか。