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眠れない。


ぼぅ、と夜空を見上げ、星を数えていた夜巫女はそのまま舞台に寝転んだ。



「御使い様ったら、どこに行ってしまわれたのかしら。全然帰ってきてくださらないわ」



不満を口にしながらも、意識は別の事を考える。



青銀の龍。


私の心を占める美しい嘆きの龍。



夜巫女はもうわかっていた。


この気持ちが何であるのか、龍の愛おしい人にむける感情が何であるのか。



「御使い様に話したあとに気付くのだもの。私・・・だめね」


自嘲し、しかしどうすることもできぬ気持ちを抱えたまま夜巫女はそっと瞼を下ろし、風と虫の音に耳を傾けた。




―――・・・・!・・!―――



「・・・?」


聞き慣れぬ音が混じるのを感じ、夜巫女はむくりと起き上がった。


「なにかしら、声・・・?」


闇にじっと目を凝らす。



北の方角から、光るものが物凄い速さでこちらに向かっていた。



「あれは・・・」



夜巫女はまさか、と目をこすり、再び凝視した。



暗闇の中で光る青銀と、夜を切り裂く白。



「龍と・・・御使い様?」



そうつぶやく間にもう既にそれは目の前まで迫っていた。





砂埃を巻き上げながら夜巫女の前に降り立った二人は、目を瞬く夜巫女に片方は硬直し、片方は擦り寄った。



「御使い様、どうして・・・」


擦り寄った白虎を無意識に撫でながら夜巫女は混乱を口にする。



その姿を見てむっと顔をしかめた雨龍はその長い尾で白虎を払い除け、夜巫女にずい、と近寄った。



―――私の愛おしい者を世界に還したい。手伝いを頼む―――


「え、あ、はい、それはもちろんお手伝いさせて頂きますけれども・・・御使い様が・・・」



白虎は払い除けられて崩した体勢を宙で回転することで立て直し、夜巫女の下に戻った。



―――我は大丈夫だ。彼奴の手伝いをしてやってくれ―――


夜巫女はその言葉に複雑そうに頷くと、雨龍に向き直った。



「では、始めさせていただきますね」





舞台の周りにある松明に火を灯し、常とは違う漆黒の衣装を身にまとった夜巫女が舞う。


とん、しゃらん とん、しゃらん


涼やかなる音はそのままに、葬送の舞を。



始めてまもなく、雨竜の胸元から小さな光がするりと出て、それは赤子の姿をとった。



夜巫女はそれを見ながらも舞い続ける。



―――ルーリア、私の可愛い妹。長い間苦しめてすまなかった。不甲斐ない兄を許してくれ―――



―――もういいのだ。お前が私に伝えようとしてくれていたことは、わかっているつもりだ―――



―――このままでは、お前は世界に還れなくなる。お前に会えなくなるのは寂しいが・・・私はもう大丈夫だ。心配するな。再び会える日を、心待ちにしている―――



雨龍はそう言うとルーリアを抱きしめた。


ルーリアは何も言葉を発さず、ただ無邪気な笑みを浮かべて雨龍に擦り寄り、雨龍の首元にある鱗をそっと一枚はがした。


そして雨龍から離れ、夜巫女にふわりと近づく。



舞う夜巫女に笑いかけ、手に持つ鱗を夜巫女の前に浮かべた。


そして夜巫女にそれを取るよう促す。




夜巫女は舞うのをやめ、それに手を伸ばした。



鱗に触れた途端、その鱗は音もなく無数の粒となり砕け散った。




夜巫女は驚き、ルーリアを見た。



ルーリアは満足そうに頷き、夜巫女に一度抱きつくと、そのまま光となり空に吸い込まれていった。




辺りを静寂が包む。





夜巫女が空を見つめていると、後ろから声がかかった。



「夜巫女」



深い、広い海のような声が。



夜巫女は驚いて振り返った。


ここには龍と白虎しかいないはず。


声を発すものなど、何も―――




青銀の髪の、浅黒い肌をしたたくましい青年が夜巫女を見下ろしていた。




「私の光、私の希望。そなたの力で妹は還ることができた。礼を言う。」



夜巫女は事態を把握できずにいた。


この青年は、だれだと言うのであろう。


しかしその言葉から、それに該当するのはただ一人であることに思い至る。


「なぜ人の姿に・・・?」


「逆鱗だ。あれをそなたの力で浄化したために、元の姿になった。もちろん龍の力は健在だ」



雨龍は夜巫女に一歩近づき、膝をついた。


「夜巫女、そなたは私の曇った眼を開かせてくれた。私の孤独を癒してくれた。異形である私を見捨てず、今日に至るまで黙って傍にいてくれた。」


そこで一度言葉を切り、夜巫女の手をとってすがるように自らの額におしつけた。



「これからもどうか、私に光を与え続けてほしい。孤独を恐れる心を照らし続けてほしい。そなたが、そなただけが、私を救い出してくれるのだ」



頼む、と、雨龍は静かにそう言った。



白虎は姿を消しており、この場には夜巫女と雨龍のみ。


再び静寂が訪れた。





「・・・私で、よろしいのでしょうか?」


戸惑ったように、震える声で夜巫女は問うた。


はじかれたように雨龍は夜巫女を見上げ、くしゃりと顔を歪めて応えた。


「そなたでなければ、だめなのだ」




夜巫女は微笑みながら涙を零し、雨龍に抱きついた。


雨龍もその背にしっかりと腕を回し、離すものかと力を込める。






夜空に浮かぶ星が見守る中、いつまでも彼等は抱きしめ合っていた。






夜巫女、嘆きの龍を癒し、嘆きの龍、世に安寧と豊穣をもたらす。

夜神、二名を北方の神に奉じ、末長く供にあれと寿ぐ。


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