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ネイの魔法  作者: 詠城カンナ
第一章 Jacta alea est
8/26

5 警鐘(1)


(いやになっちゃう!)

 ヴィーは薔薇色の頬をふくらまし、唇を噛みしめながらズンズン歩いていく。見るからに『拗ねてむくれている』状態である。

(お父さまのわからずや! だれが、け、結婚なんてするものですか!)

 眉間にしわを寄せた表情は、まさしく父親譲りの面持ちであろうが、今それを指摘してやる者もいない。なにしろ、《王族の庭園》だ。庭師のデオに見つからぬよう花のアーチの路を素通りし、地下から行った方が近いであろう花畑まで歩を進めるつもりである。

 だれもいないのをいいことに、ヴィーは顔を崩すに崩しまくった。


 そもそも、ヴィーは父と母の両方からそれぞれ微妙なところを受け継いでいる。

 たとえば髪色。父のうつくしいブロンドと母の燃えるような赤毛がやや強く混じったようなストロベリーブロンドのふんわり豊かな髪だ。ヴィーの専属騎士は「可愛らしい」とベタ褒めするが、微妙なところが本心である。

 たとえば瞳の色。父の明るい青と母の深い緑が合わさった、青みがかった緑をしている。やはり専属騎士は「神秘的で心をくすぐる」と口説いてくるが、ヴィーにとってはどっちつかずだ。

 たとえば顔立ち。父の冷たい表情も母の穏やかな表情も組み込まれている。凛々しい眉に涼やかな目元、筋の通った鼻にぽってりと妖艶な唇。

 たとえば身体付き。すらりと背は高く凛とした雰囲気がありながら、けれど出るところは出ている、女らしさもある。

 どれもこれもパーツパーツは一級品に等しいのに、全部が合わさると『中途半端』なのである。言うなれば、おとなしそうな眼鏡の少女が奇抜なフリフリレースたっぷりのド派手なドレスを着ているような、厚化粧で決めた女性が服だけはシンプルかつ質素で手抜きをしているような……。

 年頃になってようやくそれを悟った彼女は、嘆くことなく『武器』にすることを選んだ。

 女は化粧で化けるというが、それをめいいっぱい駆使して化けてみた。夜会など貴族が集まる場では『父親譲りの美貌』を最大限に発揮する化粧や仕草、表情で固め、孤児院の訪問や国民に顔見せをするときは『母親譲りの穏やかさ』を一面に押し出す化粧や仕草、表情に努める。

 よって貴族からは民の前でだけいい顔をする愛想のない女と印象付けられたらしいが……そんなの知ったこっちゃない。


「なんで、あたしだけ……」

 ぽつりとヴィーはため息まじりにぼやく。ときどき発作のように同じ悩みが頭を傾げてくる。

 弟は母親譲りの赤毛に父親譲りの青い瞳。妹は逆でブロンドの髪に緑の瞳をしている。

 どうせなら、とヴィーは思う。どうせなら、ブロンドの髪に青い瞳で生まれたかった。もちろん性格は母親似で……

(だって、それならあたしは自信がもてる)

 遠くに赤い花畑の姿が見え、ヴィーはほっと息を吐いた。だれも知らない近道を教えてくれた、『彼』のことが頭をよぎる。

(それならあたしは、あの人に、好かれるんだろう)

 視界がぼやけ、あわてて手で拭った。化粧が落ちて手についたが、構わない。

 再度大きなため息をこぼし、ヴィーは止めていた足を進めた。




 どれくらいそうしていただろう?

 赤い花を一面にして崩れ落ち、胸首にかかるペンダントを握りしめて、出ない涙を絞り出そうとうつむいていたヴィーの耳に、ふと鋭い音が聴こえた。

 ハッと顔をあげる。周りは花だらけ。なにも変わったところなどない。

 けれどヴィーは鋭いまなざしのまま、黙って周囲をうかがった。変化を逃さんとばかりに目を走らせ、耳をすませる。

 やはり、なにも変わったことはない。

(ああ、くそ)

 姫にあるまじき暴言を心内でつぶやき、視線を再び足元の花に戻した。

(大丈夫、大丈夫……きっと母さまが気づいている……だからあたしは、集中しちゃだめ……)

 深く深く息を吸い、吐く。花に視点を合わせ、その細胞組織まで暴くがごとくにらみつける。鼻孔に強い香りが届き、目を閉じた。

(焦っちゃダメ。なにも考えない、あたしは、なにもしない……)

 ごろんとドレスのまま横たわる。花をつぶしてしまったかもしれないが、今は気にしていられなかった。

 きつく、ぐっとペンダントを握りしめた。このペンダントは雫型の石を加工したもので、大きさはだいたい親指くらいだ。雫のなかには紫がかった三日月と小さな白い星形の石が埋め込まれている。全体は青と緑の神秘的なグラデーションで、光の加減によって色が変わる、不思議なペンダントだ。これをたいそう姫は気に入っていた。お守りにして、常に身につけるくらい。

 ふ、と息を吐く。だいぶ落ち着いた。

 目をとじる。即席の闇ができあがる。

 小さいころ、暗闇が苦手な妹が泣いているのを慰めた記憶がよみがえる。そういえば、あのときは久しぶりにきょうだい三人で笑ったっけ……

 瞬間、ヴィーの耳は確かに拾った。


(ああ、やっぱり!)


 勢いよく起き上がり、ヴィーは駆け出す。ヒールの高い靴は走りにくいので、その場で脱ぎ捨てた。

 花畑を一直線に駆け抜け、王城の地下へつづく入口《青の門》を目指す。蔓と蔦のトンネルをくぐり、白い門を押し開け中へ入った。幸いなのは、この扉はなかから鍵を閉めて開かなくすることは可能だが、外からはそのまま入るのが可能なことだ。おかげで走るスピードを緩めなくて済む。

 石造りの暗い回廊を抜け、階段を駆け上がり、城内へ到着。裸足の裏は汚れ擦り切れてしまったが気にしない。ただ一目散に二階へ向かった。

 ヴィーの耳が拾ったのは、警鐘。火災を告げる鐘が響き、それが城の二階、客室から出たことを告げる音を聞いたのだ。

 煙が充満している。懐から取り出したハンカチで口と鼻を覆った。

 二階は人々が一目散に逃げている。しかし人数は少なく、ほとんどはすでに避難したあとらしい。

(目が染みる……)

 ぐっと細め、涙目になるのを堪える。じとり、と冷や汗が背中を伝った。

(思ったより熱くない……もしや煙幕だろうか)

 じりじりと中腰になってヴィーは歩を進める。ドレスは思い切りまくり上げた。

 騒がしい声が遠くに聞こえた。

 このまままっすぐ進めば客室があり、その向こうのテラスからは池のある庭につながっているはず。逃げ遅れた人間がいないか注意深く探りながら、ヴィーはどんどん煙の濃くなる方へ進む。

 幸いなことに、煙や騒ぎで集中力は散漫している――つまり《音》は聴こえる。ただ人影に注意していけばいいだけだ。


「いたっ」


 運んだ足にずきりとした痛みが走る。じゃり、という音のあとに、砕けた破片が足についた。塊は粉になる。ガラスではないらしい。おかげで怪我はしなかった。

 なんだろうかと思ったが、煙のせいで視界は悪く、これでは確認もままならない。無視して先を急ぐことにする。

 しかし、先に行くにつれて床には物が散乱しているらしいことに気づく。先ほどと同じ踏めば粉になる塊であったり、衣服であったり、絵画であったり、箱であったり、宝石であったり……粉の塊以外はもともと城の部屋にあったものだろうが、いったいどうして散らかっているのか。逃げるのにわざわざ部屋から物を持ち出すバカはいまい。

 きな臭い、と感じつつ、部屋のひとつひとつを確認していく。

(あ)

 足場の悪さにヴィーの機嫌は急降下していたが、それが功を奏したらしい。無意識のおかげで《声》を捕えた。


「なんでねぇんだ!」

「知るか、もうそろそろ刻限だぜ」


 王宮の人間にはあるまじき言葉遣い。どちらかといえば、ヴィーには親しみやすいはずだが、今回は声色にきな臭さが増す。


「くそっ。ここまできたのに……西と東棟から反応があったんだろう?」

「ああ、西は奴らが直々に調べたんだ。ここ以外にあるはずねぇよ。」

「だが、もう潮時か。チッ、ついてないぜ。ヨニさまの機嫌取りしなきゃならねぇ……」

「しょうがねぇ。次の機会だ」


 どうやら探し物はあきらめたらしい。ヴィーは物陰に隠れ、息をひそめる。

 視界が悪くてよかった。床に物が散乱していてよかった。おかげで絵画をもって壁に張り付き、頭には甲冑をかぶることになったが……とにもかくにも見つかる心配はない。

 もし勇猛果敢なフェリや正義感溢れるルイーズなれば、この怪しい二人組に立ち向かったかもしれない。そして見事捕縛できたであろう。

 しかし、ヴィーはこどもに毛が生えた程度の腕前しかない。勝てる見込みもなく、むしろこちらが殺されそうなシチュエーションに自ら突っ込んでいく度胸もない。ここは隠れてやり過ごすに限る。


「なあ、それにしてもヨニさまはなにが目的なんだよ?」

「知らねえ。俺たちにゃあ関係ねーだろ」


 もうすぐで窓辺だ。避難した人々の声がする。そこのバルコニーから庭へ降りれる。

 おそらく火の元の犯人であろう二人組は、なんと人の集まっている庭からそう遠くない部屋にいたらしい。大胆な奴らである。

 しかし、床に散らばった物を見るに、一部屋一部屋しらみつぶしに探していったのかもしれない。

 足音と声はヴィーのすぐそばまで来た。


「で、避難口はどこだ?」

「地下だろ。そこから外に行けるらしい。鍵ももらった」


(うそ!)


 思わず、甲冑のなかでヴィーは目を真ん丸とさせる。

 地下から外につづく道と言えば、あの赤が咲き誇る花畑しかない。ヴィーのお気に入りの、あの場所以外考えられない。

 さらに驚くことに、言葉をもらした男の手に、許された者のみがもてるはずの鍵があった。地下から花畑へとつづく、その扉をあける白い鍵が――


「冗談じゃない」


 低く呻くような声が出た。

 ぎょっとしたのは男たちのほうだ。だれもいないと思っていたのに、いきなり横から声が聞こえたのだ。それも恐ろしく地を這うような声が。


「だっ、だれだっ」


 さっと男の手にナイフが握られているのが見えたが、ヴィーはそれを認識する前に、かぶっていた重い甲冑で男の頭から首筋を強打した。

 仲間のうめき声と同時に、もうひとりの男がこちらに気づく。先ほどまできょろきょろと辺りを見回していたが、すでに隠れる気のないヴィーを目に留めて認識したらしい。吠えてこちらに挑みかかってくる男の、大事なところをめがけて蹴り上げた。ちなみに顔面は、隠れていた絵画で押しつぶしてやる。

「造作もない。出直してきな!」

 見事床に転がる悪党どもに、ヴィーは鼻息荒く文句を言った。実をいえば海賊船長の美人な奥さんが、港町を荒らす小悪どもをこてんぱんにやっつけた際に決まった台詞である。実際は「もう悪いことはしちゃだめよ。それでもかかってくるなら、今度はうちの旦那がお相手するわ。出直してきなさい」なのだが……記憶とはいろいろ装飾してしまうものである。


 言ってから、ちょっと照れたヴィーは誤魔化すように咳払いしたあと、肩をすくめた。犯人の行動からおそらく火事はそれほど大きくないだろうが、目に染みる煙は今度は喉を襲ってきた。なるほど、転がる犯人たちはゴーグルとマスクをしている。もしかすれば目や喉に害が出るのかもしれない。とりあえず、はやくここから出よう。

 ヴィーはドレスの裾を破り取り、口から鼻を覆い、頭の後ろで結ぶと即席マスクをつくった。そのまま犯人のひとりからゴーグルを奪う。

(だって気絶して目つぶってるもの。大丈夫……よね?)

 とりあえずいろいろな意味で目を覚まさないことを祈り、ふたりの襟首をむんずとつかみ、引きずった。



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