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ネイの魔法  作者: 詠城カンナ
第一章 Jacta alea est
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2 秘密の花園


 頬を丸く膨らませて憤慨する娘に、国王・アルティニオスはため息を噛み殺した。

 三人子供をもうけたが、長女に一番手がかかる。一方からじゃじゃ馬姫とからかわれ、一方からは高飛車姫と罵られ、ついでに「娘さまは父君そっくりですな」など嫌味を言われつづけて数年、そんなに似ているのだろうかと考えることしばしば、父王はいろんな意味でこの娘に手を焼かされ、翻弄されていた。

 あるときは吟遊詩人が欲しいとのたまい、またあるときは一定の海賊を海軍として国で雇えと言ってきたり、そしてついこの間などは侍女を変えろと言う始末。あとでわかったことだが、この侍女はなんの身分もない者だった。アルティニオスにとってはどうでもいいことだが、城の侍女は貴族あるいはその推薦者からとると決まりがあるので、今回の娘の行動は文句を言われても仕方のないことなわけで。娘には『わがまま姫』などというあだ名まで追加されてしまった。

 ため息もこぼしたくなる。

 そんな父の心情など知らない娘は、冷めた表情で、しかし怒りをにじませた声で文句を垂れる。


「ああ、本当だ。おまえはシラヴィンドの王子と婚約した」

 ええいままよ、と王は諦め気味に告げた。案の定、娘の怒りは増す。

「そんな事後報告、わたくしは納得できませんわ。それに、の国の王子は王位継承権をもつただひとりと聞いています。妹君はいるそうですが……その王子を婿に出せば、だれが国を継ぐのですか?」

「おまえがシラヴィンドへ嫁に行くのだ。問題はない」

 みるみる娘の目が見開かれ、徐々に歪められる。

 王はふい、と顔をそむけた。娘の瞳に、妻の瞳を見た気がして、意志が折れそうになったためである。

 そんなことなど知らない娘は、父が無視をしようとしているのだと勘違いし、さらにまくしたてた。

「いやですからねっ! わたくしは――あたしはっ! 絶対っ! 断固拒否しますっ!」

 まるで幼子のようなわがまま発言を残し、少女は息も荒くその場をあとにした。


「どこが『感情などない冷たい姫』なのだ……」


 残された王の、娘の噂に対する嫌味だけが寂しく響いた。



 *


 ヴィヴィアクリナ・ヴェニカ・ド・カスパルニアは、アルティニオス王とステラティーナ妃の間にできたカスパルニア王国の第一王女である。

 ふんわりした腰までのばされた髪は、父親譲りのブロンドと母親譲りの赤毛を混ぜ合わせたストロベリーブロンド色で、瞳の色はこちらもちょうど、父と母の色から青みがかった緑色をしている。目元は父親似だが口元は母親似で、この娘は父からも母からも特徴をちょうど半々に貰い受けたようなものだ。

 人見知りのせいか、冷めた印象を抱かせる。ツンと澄ました様子は大人びているとともに他者を悪い意味で刺激してしまうようで、なるほど父王同様、敵を作りやすい。

 身内に言わせれば、彼女は一度心をひらけばすぐに砕けて、とても姫君には見えないらしい。つまりヴィヴィアクリナはいろいろな意味で『中途半端』な猫をかぶっているのだ。



 父の部屋をあとにした彼女は、ひとり荒ぶった心を落ちつけようと王宮の庭園へ足を運んだ。

 庭園には様々な草花が咲き誇っている。アザレア、薔薇、アネモネ、菫、ベロニカ、異国の植物まである。中央には噴水があり、彫刻まで置かれていて、目にも楽しむには充分だ。

 また庭園の先には薬草園がつづいており、さらにその先は王族しか入ることが許されていない場所がある。とはいっても、ただ父王が『妻のためにつくった庭園』なので、家臣は足を踏み入れることができない、というだけであるのだが、冷酷王と呼ばれるアルティニオスの人柄ゆえ、いつしか『王族以外立ち入り禁止区域』となってしまったわけである。

 そもそも、この庭園へ入るには《緑の門》か《青の門》を通らなくてはならない。《青の門》は許可された者のみ知る王城の地下からの入口で、《緑の門》は薬草園を越えた先にあり、どちらにも厳重な鍵がかかっている。ヴィーは十歳の誕生日、晴れてクダンの鍵を手に入れた。

 結果的に、《王族の庭》と呼ばれるこの場所はヴィーの逃げ場であり癒しの場であった。

 薬草園を超えれば木製の小さな扉が現れる。鍵で扉を開ければ、次には蔓でできたアーチ状のトンネルが顔を出す。

 こちらの《緑の門》からは、様々な草木や花々が植えられ王宮の庭園に負けず劣らずのうつくしい光景を目にできるが、《青の門》から入るとそこは一面の花畑が広がっている。赤い花を中心としたその花畑は王妃の名をつけられ、王から妃へ贈られたらしい。どこまでもつづく花畑は、《緑の門》とも繋がっているが、花畑自体が巨大なため、なかなかたどり着けない。つまり《王族の庭》とは、普段ツンツンしていた父王の最大のデレなのであろう。

 

 ヴィーは駆ける勢いでトンネルを抜けた。と、ちょうど庭師が木の枝を切りそろえているところであった。

「こんにちは、デオ!」

「ああ、こんにちは、ヴィーお嬢さん」

 庭師はデオと名乗る灰色の髪をした初老の男だ。好々爺前とした笑みを浮かべ、ふたりだけのときはヴィーを『お嬢さん』と呼び、笑いかけてくれる。

 王族以外立ち入り禁止といっても《王族の庭》は王宮の庭園に比べ小さいものの、母ひとりで世話するには大変な労力を要する。そのため、ただひとりだけこの庭に入ることを許されたのが庭師のデオであった。

 白いシャツの袖を捲し上げ仕事に熱中していたのだろう、髪に葉がついているのに気づいていないらしい。ヴィーは苦笑を浮かべ、手を伸ばす。

 と、見計らったかのように風が舞い上がり、ヴィーの動きを止める。ついでとばかりにデオの頭についていた葉までもっていってしまい、あげた腕をヴィーは気恥ずかしく思いながら下ろすしかなかった。


「今日はなにがあったのですかな?」

「デオは仕事が終わったの?」

「はい、終わりましたよ。いつものように、お喋りしますか?」

「もちろんよ!」

 《王族の庭》がヴィーの癒し場所なのは、この庭師の存在も大きい。『なにか』あったのではなく、『なにが』あったのか聞いてくれることからも、日頃から彼女が悩みをぶちまけていることがうかがえる。

 母にも相談できない鬱憤や心の棘を、この庭師は実に見事に取り除いてくれるのだ。それこそ、幼いころのヴィーは彼が魔法使いなのではないかと思ったくらいだ。デオに相談したことは一年以内に叶うというのがひそかなジンクスである。

 そう、ちょうど半年前にとうとう我慢できない侍女らの言動をデオに喋ってしまったことがある。つい口を滑らせてしまったことは元には戻らなかったが、偶然にも結局サロメを迎え入れることになり、今では万々歳だ。彼がなにかしているわけではないのだが、ヴィーの信じるジンクスの信憑性が増したことに変わりはない。


「で、どうしたんです?」

 庭の端にある木陰のベンチに腰を下ろし、ヴィーはさっそく口をひらく。

 朝からハノンの顔を見てげんなりしたがリオルネに会えてうれしかったこと、けれどすぐに打ちのめされたこと、父から婚約の話をされたこと――

「信じられる? あたし、会ったこともない人間と結婚するのよ? もう、お父さまってなにを考えているのかしら? ねぇ、デオ! まったくひどい話で――……デオ?」

 ふと、庭師の反応がないことに気づき顔色をうかがうが、彼ははっとすると、すぐに柔らかい笑みを浮かべた。

「ああ、すみません。急なことに驚いて……」

「ううん、いいの。でも、お父さまったら横暴だと思わない?」

「たしかにお嬢さんの同意もなく決めたことは強引かもしれませんが……けれど、貴族の、特に王族の間では顔も見ずに婚姻を結ぶのは珍しいことではないと思いますが……これは難しいことですね」

 言われ、ヴィーはぐっと唇を噛みしめる。

 たしかに、姫として生まれたからにはそういうことを意識せねばならないだろう。しかし、ヴィーは己が国同士のために婚約するはずはないと思っていたのだ。

 だいたい、婚約で同盟を結ばずともカスパルニアのパイプは大きい。大国とされる国であり、父は周りから畏怖の念を抱かれ、揺るぎない地位がある。そしてヴィー自身は第一王女だ。自分がこの国を継いだとて、なんらおかしいことはないではないか。加え、ヴィーには自分が将来の王とならなければならない理由もあった。

「でも……でもっ……あたしには……」

 うつむいて唇を噛むしかできない。

(だって、あたしには……あたしは……)

「デオは……デオは、あたしがシラヴィンドの王子と結婚しても、いいの?」

 そっと見上げれば、デオは目を細めた。

「そうですね……シラヴィンドは最近力をつけてきた国ですし……王子は類に見ない美貌をもっていると聞きますし……『姫』とは年も近いはずですから――」

 知らず、ヴィーは息を呑む。

 心のどこかで、デオは「結婚しなくていい」と言ってくれるものと思っていた。味方でいてくれると、油断していた。

 シラヴィンドという国名を聞いたとき、ヴィーの頭はすぐさま世界の地図を描いた。カスパルニアからどれほどの距離にあるのか、どんな気候なのか――遠い、という言葉がすぐに出てきた。

 きっと海を渡るだろう。もしその国へ嫁げば、やさしい母のぬくもりを傍に感じることもなく、デオとの会話も楽しみにできない。それから――

(い、や)

 己が他の男の隣にいるなど、信じられない。

(あたしは)

 今まで信じて疑わなかった世界が、崩れてしまいそう。



『ヴィヴィ? ああ、泣かないで』


 記憶の縁で、『彼』の声が聴こえた――。


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