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ネイの魔法  作者: 詠城カンナ
第一章 Jacta alea est
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1 王女の朝

これより物語の本格的始動となります。

作品のお知らせはあとがきにて。



 * + * + * +


 まぶしい朝日が瞼を射る。薄目をあけて、ヴィーは部屋のカーテンがすでに開けられていることに気づいた。

 『ひねくれ者』の彼女は、すぐに「だれの仕業だろうか」と考える。考えて、己はすでに十七になっていたことを思い出した。

(まったく、嫌なクセね。なかなか治らないわ)

 がしがしと頭をかき、ぐんと腕を伸ばすと自然と欠伸も出た。部屋には自分一人だけ。気兼ねすることなどない。

(カーテンはきっとサロメね……あたしを起こそうとして、気遣ってやめたんだわ。もしかすれば、『おはようございます』って言葉を忘れたのかもしれないし)

 そうして律儀な侍女はカーテンだけをあけて『朝』を伝えようとしたんだろう。とある侍女の間では愚図で使えないと言われているが、ヴィーからしてみれば遠巻きにして文句ばかりを言う彼女らの方が使えないと思っている。


(なんか、腹が立ってきたわ)


 だいたい、父が悪いのだ。愛想もなくぶっきらぼうで、可愛らしさのかけらもない。なまじっか顔が整っているせいで、無愛想な様は冷たい印象を際立たせる。ただし、妻にだけはことさら甘いのだということは専らの噂、沈黙の了承で、云われるほど嫌われていない。

 ヴィーの目元は父親そっくりだ。また、つんと澄ました様も『瓜二つ』だそうで、甘える存在のいない彼女はただの『冷めた高飛車な女』である。まったく、すべて父が悪い。

 そこまで考え、馬鹿らしくなって頭を振った。

(いいわ。侍女だって変えてもらったんだし、あたしはツイてる。苛々するだけ無駄なことっ)

 と、空気を読まないヴィーの腹が唸り声をあげる。

「――朝食、を、オ持ちシマ、しタっ」

 ちょうど見計らったかのように声がした。戸口に、浅黒い肌の侍女が控えていた。腹の音を聞いたのだろう、口元が笑みになっている。

「おはよ、サロメ」

「あっ、お、オハヨーござマス!」

 彼女の必死な素振りにヴィーは笑みを浮かべ、朝食の支度を促した。



 サロメは、ヴィーの十七歳の誕生日に新しくつけてもらった侍女である。幼いころは母の侍女が世話をしてくれたが、年頃になると同い年くらいの専用の侍女がつけられた。しかし、彼女らは尽くヴィーと合わない。数年間は我慢したが、今年、ついにチャンスが訪れたのだ。

 誕生日、父に、「欲しいものはあるか」と尋ねられ、「あります。それと、叶えてほしい願いがございます」と進言すれば、「申せ」と許可がおりた。だからヴィーは遠慮なしに「侍女を変えていただきたい。欲しいモノは新しい侍女でございます」と、祝いの席で乞うのだ。大々的なパーティーのあとの身内だけでの席とはいえ、城の大臣らは勢揃いしているなかで、だ。

 父は無表情のまま、「不満でもあるのか」と問うてきた。「いいえ、なにも」と首を振り答えると、「しかし急に新しい者を見つけるのは困難だ」と父王は渋る。ヴィーはにっこり笑みのまま「それなれば、以前『偶然見つけた』娘を侍女にしたく申します。身分は低いですが、素性もはっきりしておりますし、なにより父さまのお手を煩わせなくてすみますわ」と言い切った。

 当然、父の口元はひくひくと歪んでいたが、彼も曲がりなりにも王らしい。「よかろう」と許しがおり、晴れてヴィーは新たな侍女・サロメを手に入れたわけである。

 サロメは異邦人だ。遠い異国からの流浪の民らしく、ある日奴隷狩りにあい、違法に売られてしまったところを『とある男』に助けられ、そのままヴィーの知るところとなった。まだ国の言葉を完璧に発音できるわけではないが、細やかな気遣いのできる明るい彼女を、ヴィーはすぐさま気に入ってしまったのだ。

 大好きな彼女を新たな侍女にでき万々歳であるが、計算外なことは、ちょうど年頃の妹にヴィーの元侍女であった者らがつけられたことだ。あのお喋りな口が余計なことを妹に吹き込まなければいいが。


「そう、イえば、先ほド、お客サマが、来ル? クリスさまが……」

「ん? 客人がいらっしゃるとクリスが言っていたのね?」

 慣れたもので、サロメの片言の喋りもヴィーには問題ない。みずみずしい果実を口に放り込みながらつづける。

「だれかしら。もしかして、今夜は夜会でもひらく気かな……」

「ント、わたし、見マした! きらきらシた髪の……『コーシャクサマ』って、呼ばれテましタ!」

 途端、ヴィーの眼は輝く。

「リオルネ兄だわ!」

 こうしちゃいられないと、残りの朝食を口に詰め込み、水で流し込み、さっそく着替え出す。あまりのはやさに、サロメがあわてていたが、気になどしていられない。

 リオルネはいまや貴族の花型とも言わしめる魅惑の青年である――とヴィーは思っている。公爵家にできた待望の長男であり、現在は三十代であるが、マツリゴトに関わるにはまだ年若い十代のころから鋭い意見を持つ人物で、《十貴族デケム・パトリキシ》のひとりにも選ばれている。彼は血のつながった本当の兄ではないが、年上の兄姉がいないヴィーにとって兄のような存在である。なんだかんだ言っては手を差し伸べてくれるところが好ましい。

「サロメも見たならわかるわよね? あの天使のような存在を!」

 そして、ヴィーのリオルネ信者はかなりのものであった。

「いいわねサロメ。プラチナブロンドの髪色――リオルネ兄は天使よ。そして、緑の眼をした小癪な男は悪魔よ! 敵よ!」

「ミドリ……」

 ふと、ヴィーの髪をとかしていた手をとめ、ぽつりとサロメはつぶやく。しかし、悶々し出したヴィーは気づかない。

「そうよっ! あのいけ好かない動物大好き男は……」

「ちがうよヴィヴィアクリナ。俺が動物を好きなんじゃなくて、奴らが俺のことを好きなんだ」

 手に汗握る演説をかまそうとしたヴィーの出鼻を挫く声がした。同時に、頭上でサロメが「ソウイエば、ミドリ目の方も、来て、イます」と述べたが、時すでに遅し。

 あんぐり口をあけて呆けるヴィーの視線の先には、壁に手をかけもたれかかる美男子がいた。

 亜麻色の髪に深い緑色の瞳は優しげで、ふっと微笑を浮かべた様は上品さがうかがえる。声を出さねば美少女とも取れる容姿をしている。


「どうしたヴィヴィアクリナ・ヴェニカ・ド・カスパルニア?」


 わざとらしい笑みを浮かべる男。みるみるうちにヴィーの顔は歪んでいく。

 噂をすればなんとやら、彼こそヴィーに言わせれば「悪魔」で「敵」である男、ハノンである。

「ちょっと、朝から女性の部屋に許可なく入るなんて、やめてくれませんか」

 舌を出したいのを我慢しつんと澄まして言えば、ハノンは苦笑を浮かべて肩をすくめる。

「なにその他人行儀。それに、どちらかといえば今は昼だし。てか、女性って? だれのこと?」

「そもそもあなたとは赤の他人ですわ。ついでに貴族の朝は遅いんです! そしてあたしは女の子!」

「つれないこと言うなよ、俺とヴィヴィアクリナの仲じゃん。それから、貴族の淑女はそんな態度しないし、言葉遣いしないよ? あと女の子はおまえみたいなのじゃなくて、そう、たとえばこんな――」

 近づいてきた足をとめ、ふとハノンの目がサロメに止まる。

 ハノンは口をひらけば残念な男であるが、それはつまり口をとじていれば紳士然とした美青年である。やや、女顔ではあるが。

 ヴィーと彼の言い合いにおろおろしていたサロメは、急に黙り込みこちらを見てくる男にびくっと肩を揺らした。

 途端。

 ばっと、それはもう大袈裟なまでにびくついたのは、ハノンのほうだった。「おっ、女っ?!」と叫ぶや否や、見るからに慌てふためき、脱兎のごとく部屋をあとにした。

 慣れているヴィーは「まったく嵐のような男ねェ」、と他人事のようにつぶやいて頬杖をついているが、当のサロメは困惑気味だ。

「あの、わたし、ナにかシまし、たか?」

「ううん、ちがうの。あいつはね、女の子に弱いのよ」

 幼いころ彼から聞かされた「女についての美学談」を思い出し、ヴィーは遠い目をするのだった。



 *


 サロメに髪を結ってもらい、お気に入りの髪飾りをつけてひとり部屋をあとにする。胸元にはいつも常備の《涙の雫型ペンダント》。ぐっと握り込むと、冷たく硬い感触が掌に伝わった。

 きっとリオルネは父に挨拶をしたあと文官のクリスのもとへ行くだろうと見当をつけていたので、足に迷いはなかった。

 予想通り、公爵家の長男は執務室の前にいた。ちょうどクリスと話が終わり、部屋を出たところらしい。

「リオルネ兄!」

 たまらず、ヴィーは声をあげて駆け寄った。

「やあ、ヴィー。っと、そうだそうだ」

 リオルネは挨拶も早々に、ヴィーに向かって丁寧なお辞儀をとる。何事かと目を見開くヴィーに彼は苦笑した。

「この度は、ご婚約おめでとうございます、姫君」

「婚約……?」

「うん、つい先ほど、お父上から聞いたよ。たしかシラヴィンド国の王子と……」

「父上ぇえ!」

 リオルネとの会話最中だというのも忘れ、ヴィーは絶叫する。


 カスパルニア第一王女・ヴィヴィアクリナ・ヴェニカ・ド・カスパルニア――婚約など、初耳であった。



当作品は【王国の花名】の子世代編となりますが、

前作品を読んでいなくても、【ネイの魔法】のみでも単独で読めます^^


また、キャラのイメージ画を描いてくださった方がいました!

イラストはHPの『イラスト』または目次下記のリンク『登場人物』からご覧いただけます。

素敵なイラストなので、ぜひぜひ、ご覧ください^^


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