3 物語のワイン~古
それを語るには、随分前の話をしなくちゃならない。
さあ、酒を寄越せ! 話はそれからだ!
固い口の男だって、上等な酒の前にはお喋りになるもの。どんなに頑固な女だって、ほろ酔い気分にさせれば胸中を如実に露わにするだろう。
そしてこの物語を語るには、たしかに酒の力が必要だった。
なみなみとグラスに注がれる、赤ワイン……
さあ、話をしようじゃないか。そう、つまり――真実はワインのなかにあるのだから。
はじまりはいつだったか。もっとも、物語のはじまりには明確なはじまりなど存在しないのだけれど。
ずっとずぅっと昔のことだ。現在では考えられないようなイキモノたちが、やはり現在では考えられないような生き方をしていた時代――
けれど、現在とほとんど同じ姿かたちのイキモノたちも同じように暮らしていた時代のことだ。
そのはじまりは、ひとりの女神と獣の出逢いだった――
『彼』が生まれたのは、とても自然なことだった。けれど彼にはだれにも予想できないモノが混じっていた。
時としてそれをヒトは愛と呼び、憎しみと呼ぶ。
そうして幾年も、幾年も過ぎたころ。世界は破滅へと向かっていった。
獣たちは世界に絶望し、最果ての地へ身を寄せ合うように逃げたという。
すでに彼らの王はなく、『彼』の片鱗すら垣間見えなくなっていたのだから。
やがてさらに幾年かが過ぎた。幾世紀、だったかもしれない。
世界は混沌の闇に呑まれ、文明は滅亡し、人類と呼ばれるものは『はじめから』やり直す羽目になった。
それはおかしなことだった。
壊したのはヒトであるのに、創るのもまた、ヒトであった。
あるとき、『彼』は恋をした。身も焦がれるような――それこそ文字通り、身を引き裂かれる恋だった。
ああ、笑う。ただ、嗤う。
物語の最後が、『幸福な結末』などとだれが決めたのだろう?
脇役はこんなにも苦しいのに?
だから探そう。はじまりの母が求めたモノを。
だから授けよう。はじまりの父が願ったモノを。
そしてどこまでいっても、己の魂は仮面のものなのだと。
はじまりから幾年、幾世紀も過ぎたころ――『彼』は再び恋をした。
演出も監督も、すべてはその手のなかであったのに。いつしか勝手に動き出す。
奇しくも彼自身を巻き込んで――
物語は紡がれる。
図らずも引っ張り出された舞台上で。
――物語は、再びはじまるのだ……
ということで、タイトルより、
【In vino veritas】=真実はワインのなかにある。
でした。
酔ったら秘密をべらべら喋っちゃう人もいたり、酒の力で想いを告げたり……そんなのをイメージしました。