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ネイの魔法  作者: 詠城カンナ
第二章 Calamitas virtutis occasio est
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19 騎士エリザベス

 あっという間もなく、ヴィーは抱きしめられる。

「ああっ! ヴィー! わたしのヴィー! 大丈夫? 平気……なワケないよねっ! 本当にごめんね。遅れちゃって! ああ、もうっ! 憎いっ憎いっ! わたしを引きとめた父さんも、宿屋のオヤジも、出店のばーちゃんもっ!」

「ちょ、ベス! 落ち着いて」

「落ち着いてらんないわよっ! まずはいちばん憎い原因のこいつらから始末しちゃうわね。待っててねっ」

 ブーツの底で伸びている男の顔をぐりぐり踏み潰しながらベスは宣言し、すちゃりと剣を構え直した。

「生きて明日の朝日を拝めると思うなぁ、この下種がぁあ!」

 吠え、その細身のどこからそんな力が出るのか、残りの男たちを一気に剣でなぎ倒していった。怒りで周りが見えていないベスには慣れたもので、ヴィーは背後から「殺しちゃだめよ~」とくぎを刺すのを忘れない。

 煤男こと謎の男も交戦に再び参加したようだ。得物は敵から奪った木の棒で、鮮やかに伸していく。気のせいかもしれないが、先ほどより振るう力に加減がないように見えたが。

 ヴィーはとりあえず、ベンチへ腰を下ろした。鳥肌も震えも収まった。少しだけ、安心できた。

 ややあって、完全に意識を失った男たちを死なない程度に嬲りはじめたベスと煤男を遠い目でながめていたヴィーの横に、ようやく戻ったハノンが腰かける。

「……ねぇ、なに、アレ」

「ま、いろいろあったのよ。というか、遅かったわね」

「え? ああ、なんか他国のお偉いさんがお忍びで祭に参加しているらしくて。警備の都合上なのかめちゃくちゃ混んでた」

「そっか。御苦労さま」

「ん。はやく巻いちゃえよ」

 王宮のように真っ白とはいかず黄ばんだ包帯だが、あるだけマシである。

 ハノンがくれた軟膏を塗って、さっさと靴擦れの部分を覆うように巻き、靴を履く。

「でさ……アレ、止めないの? というか、ベスともうひとりはだれ?」

「あたしもよくわかんない。ベスより先に助けてくれたの。彼がいなかったら今頃大変だったわ」

「ふーん。いい奴なんだな」

「たぶん」

 ベスと煤男がようやく動きを止めたのは、それからしばらくしてからだった。ハノンが再び買い物に行って手に入れたパンを頬張り終わり、ヴィーは改めてふたりに向き直る。そして「ふたりとも、助けてくれてありがとう」と礼を言うため口をひらきかけたが、その前にベスの声によって遮られる。

「不届き者、止まりなさい! アンタよ、アンタ! 妙に小汚い、そこの男!」

 剣の切っ先を煤男に向けてベスは怒鳴る。彼は頓着なくため息すらこぼしそうだった。

 あわててヴィーが止めようとしたが、ベスは首を振った。

「ヴィー、わたしがこいつを許せないの。こいつはわたしの――を邪魔したのよ」

「えっ」

 よく聞こえなくて聞き返す。

 ベスはキッと煤男をにらみつけたまま、口をひらく。

「わ・た・し・が! わたしがヴィーをいちばんに助けたかったのに! こいつはわたしの登場シーンを悉く邪魔してくれたわ!」

 呆気にとられるヴィーとハノンに構わず、ベスはびしりと指を突き立て、すごい剣幕でつづける。

「わかってる! こいつがいなければヴィーはもっといやな目に遭ってたんだって……でもでも、やっぱり許せない~!」

 ハノンとヴィーは、こっそりとため息をついた。

「な、コイツってこういう奴だよな」

「うん。忘れてたけど、ベスってこういう子だよね」

 ヴィーの専属騎士は、こういう人間だった。



 王族に専属騎士がつくようになったのは、今から八年前のこと。

 当時ヴィーを狙っていた刺客がいつの間にか始末され、彼女の王宮への帰還が叶った年……九歳のヴィーは、ベスに出逢った。

 今でも、当時の記憶はさまざまとよみがえる。「おまえの騎士を紹介する」と言われ、どぎまぎしながら目をあげると、そこにいたのは――王子さま。

 第一印象はまさしく、王子さまだった。

 揺れるふんわりとした金髪に、きらきらと澄んだ碧眼、うっとりするほど魅惑的な笑み……ヴィーとさほど年ころは変わらないのに、まるでおとなの色気がある。こちらにひざまづき、恭しく垂れていた頭を上げる様も品があり、つい、見惚れた。

 ――おとぎ話から飛び出てきた本物の王子さま。

 まさしくそれだった……ヴィー自身に自覚はなかったが、金髪青眼は彼女の父親の容姿そのものであったのだが。

「カイリ家の者だそうだ。ヴィー、今日からこの者がおまえの近衛となる」

「わたくし、エリザベス・マッドニオ・カイリでございます。姫さまに忠義を尽くし、盾となり剣となってあなたさまをお護りいたしましょう」

 父王の言葉に再度頭を垂れて、騎士は言葉を紡いだ。声まで透き通っている。ヴィーの胸はどきんと高鳴った。

騎士というより王子さまだ。

 このときのヴィーは第一王女でありながら王宮ではほとんど過ごしたことがない、ということを前提にしてほしい。生まれたときから命を狙われ離宮にて過ごすことが多く、つい先月までは『海賊』のもとで暮らしていたくらいだ。

 そんな彼女の周りに集まる多くの不器用な男たちのおかげで、いわゆる強面には慣れたものの、父のような繊細な美形、それも自分と同じ年ころとなればいまだ慣れないのも仕方のないことだ。

 ぽっと頬を染めるヴィーに微笑し、騎士は白い手をすっと差し出す。

「どうぞ、なんなりとお申し付けください。我が姫君……」

「はい……」

 ぽーっとしながら、その手を取る。にっこりほほえむ専属騎士の笑みに見惚れつつ、周囲の声を拾ってしまうヴィーの耳は、もう一度、その騎士の名を聴いた。

「ではエリザベスよ、これからは常にヴィーとともに行動せよ」

「はっ」

 父の言葉に、はっきりと答える声。ヴィーは、頭のなかで首を傾げる。

 先ほども言っていたが、この騎士の名は『エリザベス』というらしい。どうも、女子のような名前をしている。

 見た目も少女とまごうことなき容姿だ。自分の弟も、いまだ「姫さまのようです、かわいらしい」と言われ育ち、渋い顔をするようになってきた。もしかすれば、この騎士もいやな思いをしてきたのかもしれない。

 ヴィーはそっと、聞いていないことにした。


 彼女の性別が正真正銘『女』であると知れたのはその日の夜。湯あみに向かうヴィーに、「わたくしもお供いたします」ときらっきらした笑顔で言われ、風呂場までついてきたことから判明した。

 加え、翌日には金色だった髪はどピンクに、蒼色だった瞳はオレンジ色に変化していた。

 曰く、変装が大の趣味で、派手な色――むしろ奇抜――が好きらしい。また、当日は王子さまのような格好で登城したいと駄々をこね金髪の鬘を手に入れたはいいものの、瞳の色は変えることができないと嘆いていたところ、城の待合室で奇妙な男が『瞳の色を三日間だけ好きな色にできるお薬』をくれたことなどを話してくれた。

 謎の男からのもらい物はあきらかに怪しいのに、己の欲望のほうが勝ったらしい。

 ヴィーはそれを聞いて苦笑したが、頭のなかではちがうことに想いを馳せる……


(ああ、それは)


 それは、ネイの魔法だ、と。


 とにもかくにも、それから三日後には瞳の色を変える薬の効力が切れた。

 エリザベスは度々、奇抜な色の鬘を装着するようになっていた。けれどヴィーが彼女の飴色の髪はうつくしいと褒めるなりぼっと真っ赤になって、翌日からは鬘をかぶる頻度が極端に減っていった。

 ただし金色の鬘は特別らしい。『王子さま記念』だとか『出会い記念』だとか名づけ、夏と冬、長期の休みをもらい実家に帰り、再び登城した日は決まって金髪の鬘を装備し『王子さま』になりきるのが恒例となっている。

 三年目にはヴィーも慣れたもので、まるで王子と姫君の再会のように、身を粉にして待っていた様を演じきってみせた。



 ヴィーよりひとつ年上、十八になった彼女は、城のなかではないというのに、今回も例外なく『王子さま』衣装だ。

「ああ、お会いしたかった! 我が姫!」

 透き通った声を震わせ、手を差し出すエリザベス。なめらかな肌は陶器のようで、女性のように線の細い――正真正銘女性なのだが――けれど引き締まった身体、太陽の光に輝く金髪。

 胸元にあるふたつの大きな膨らみがなければ、完全に美少年である。

 ヴィーも躊躇したのは一瞬で、すぐにばっと駆け出し、彼女の胸へ飛び込んだ。

「わたくしもよ、王子っ!」

「姫っ! もう離しません」

「うれしいわっ!」

「……ハイハーイ、ちょっと黙ろうねぇ」

 そんな感動の再会もハノンに頭をがしりと掴まれ阻まれる。

 ヴィーだってわかっている。こんなことをしている場合ではないことくらい。

 広場から逃げ出していた人々も、徐々に「なんだ? 喧嘩か?」と戻ってきたり、外野も集まってきた。おそらくそろそろ警備隊に連絡されるだろう。

「とりあえず、ずらかるか」

「賛成ーっ! ささ、姫さまこちらへ」

 ハノンが発した鶴の一声に、エリザベスことベスはすぐさま反応し、ヴィーの手をさりげない動作でつかんで誘導する。そして煤男こと謎の男も、影のように一行のあとにつづいた。

 広場には野次馬と、気を失って伸びているならず者の男たち。ヴィー一行が広場を出たのとほぼ同時刻、反対側から警備隊の数名が到着した。

 間一髪だ。

 幸い今は祭の前夜祭がごとく出店が連なり人々であふれかえっている。そそくさと何気ない様子で街の喧騒へとまぎれた。

 ようやっと広場から充分距離を取ったところで足を止める。

 すでに謎の男の姿はなかった。


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