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ネイの魔法  作者: 詠城カンナ
第二章 Calamitas virtutis occasio est
21/26

18 危機一髪


「おい、なんかいるぜ」

 ヴィーを見つけた男はニヤリと笑って後方の仲間に告げる。姿を現したのは全部で五人、いずれも体格のいい男たちだった。

 ヴィーはフードを目深に被り直し、下からねめつける。

「坊主、金持ってんだろ? 渡せば痛いことはしないぜ」

「ひとりでこんなとこにいるんだ、祭りなんて楽しめないだろ。俺らと遊ぶかぁ?」

 ニヤニヤしながら男たちは包囲網を狭めていく。

(しまった、死角になってたんだ!)

 人目のつかない格好の場所だ。休むのにもカツアゲされるのにも憚らない場所。天国であり地獄にもなる場所だった。

 もし、妹のフェリのように武術に長けていれば、男たちすべてをして警備隊に突き付けてやりたいくらいだが、ヴィーにはそれほどの力はない。どうしたものかと唇を噛みしめ、無意識にぎゅ、と首にかかるペンダントを握りしめた。

「そりゃ、なんだい?」

 目ざとくヴィーの手元を見つけた男が言う。ヴィーはとっさの防御反応であったが、男たちは金目のモノを隠した行為に見えたにちがいない。「よこせ」と迫り、フードに手をかけられた。

「いや、離して」

「おとなしくしろや」

 ぐいと胸ぐらをつかみ上げられた。まずい、という焦りと恐怖に震えが走った、その時。

 ふいに抑圧されていた力が退いた。自分にかぶさる影も消え、同時に「ぎゃっ」という短い悲鳴。

 何事かと顔を上げれば、先ほどまでいなかった男がひとり。第一印象は野暮ったい男だ。

「んだよ、テメェ!」

「邪魔するのか!」

 カッと啖呵を切るならず者の男たちをよそに、新顔の男はあくまで無表情。長い前髪で表情は見えないが、頬から口にかけて大きな切り傷がある。

 ぼさぼさした灰色まじりのまばらな黒髪に、よれよれの褐色のコートを纏っている。雰囲気は廃れているのにどこか威圧的で、ある意味ならず者たちよりいっそう格上のならず者のようだ。

 そう思ったのはヴィーだけではないらしい。五人の男たちも無意識に身を引き、警戒の色を強めている。


煤男すすおとこみたい……)


 と、ひとりの男が殴り掛かった。ヴィー曰く煤男は、なんなく拳を交わし、その拍子に鋭い蹴りをお見舞いする。仲間をやられキレた男たちが一斉に襲いかかった。

 しかし、煤男はいとも簡単に攻撃をひょいひょい避け、わずか一発で次々に男たちを地へ伸していった。あっという間もなかった。

(すごい)

 目を奪われる動き。拳の喧嘩なんて好きじゃないのに、彼の動きはまるで魔法のように鮮やかだった。

 ヴィーは瞳を丸々見開いてその圧倒的なまでの体術を目の当たりにした。

(――あ)

 振り向き様、男と目が合った。黒髪の隙間からのぞくワインレッドの瞳。鋭い、射るような眼だった。

 はじめてヴィーは男の全貌をまじまじ観察する。視界の隅でわたわたと退散していく男たちが見えたが、構っている暇はなかった。

 煤男はやはり薄汚れた男だった。三十代くらいだろうか、無精髭がよく似合っている。頬はややこけているものの、引き締まった肢体は先ほどの強さを担うだけのことはあり均整がとれ、ぼさぼさの髪にも趣があるような気がする。

 これで千鳥足でニヤニヤしていたらあきらかに酒に溺れるならず者なのに、垣間見えた男の眼は野生の獣のように鋭く、威圧的な雰囲気も圧倒されるには充分で、向き合ってみると彼の印象ががらりと変わった。

(う、わ)

 男が一歩こちらへ近づく。足が長いのか、一歩が凄まじく大きい。すぐに至近距離になってしまった。

 おろおろする間もなく、男はヴィーに腕を伸ばした。

(え……えっ?)

 ぎょっとする、よりはきょとんとしてしまった。いきなりの行為に頭はパニックになる。

 どういうことなのか、なにが己に起こっているのか把握できない。

 彼の手が頬に触れる、その瞬間――

 ヴィーの脚から力が抜け、ずるりと尻餅をついてしまった。結構痛い。そして恥ずかしい。

 カァッと頬を赤く染め俯く。す、と目の前に手が差し出された。

「えっ」

「……立てるか」

 声は低めの、落ち着いたものだった。

 ちょっとだけ迷いつつ、ヴィーは差し出された手に自らの手を重ねる。煤男――もとい、謎の男も少しだけ戸惑っているように見えたから。

 ぐいと思いのほか強い力で引かれ、一気に立ち上がれたものの勢いあまり前のめりになる。靴擦れした足がズキリと痛み、バランスを失って男の肩にもたれた。

「あっ、ご、ごめんなさい!」

「いや……」

 口数少ない男は首をわずかばかり振り、そのままふいと顔を背けてしまう。長い前髪のせいで表情も読みにくい。

 気を悪くしただろうかと考えたが、わからないのだから仕方がないと気にしないことにした。

「あの、助けてくれてありがとう、ございました」

「いや、別に」

 やはり言葉少ない。が、つづけて男はヴィーの腕を引く。

「ここは人目がつかず、もしものときは危ない。広場へ戻った方がいい」

「わかりました」

 ヴィーも反省はしている。ハノンの言うとおり、少しくらい日差しが強くとも我慢して待っていればよかった。

 支えられるようにして、ヴィーは男に連れられて広場のベンチへ戻った。ここまでエスコートしてくれるとは、見かけによらずなかなかの紳士だ。


「本当にありがとう。あの、あたしヴィーっていいます。あなたは――」


「あそこですぜ、兄貴ィ!」


 ヴィーの言葉を遮ったのは、謎の男ではなく、その背後に新たにやってきた男たちのひとりだ。よろよろしているのが五人、手に棒や刃物を持って元気満々なのが十五人ほどいる。言わずもがな、よろよろしている五人は、先ほど謎の男に一発で沈められ一目散に逃げたカツアゲ野郎たちである。

 おそらく、仲間を呼び集め復讐にきたのだろう。卑怯すぎる。はやすぎる。

 ヴィーは謎の男との会話を邪魔された形になり顔をしかめたが、人数の多さにぎょっとする。それに今度は武器を持っているようだし、このままでは謎の男ともども危ないのではないか――

(どうしよう……!)

 ぎゅ、と胸元のペンダントを握りしめた。

 合計二十対二、ヴィーに戦闘は向いていないので実質二十対一だ。どれだけ強いといっても人数に物言わせれば危なすぎる。はやくハノンに戻ってきて欲しい。女顔のくせに腕前だけはそこらのならず者よりずっと強いハノンは、さすがは海賊船長の息子、というのだろうか。

「おぅ。子分たちが世話になったみてぇだなぁ。おとなしく金を寄越せば、半殺しで許してやるぜェ」

 リーダー格らしき図体のでかい男がニヤニヤ笑いで言う。周りも嫌な笑いを浮かべている。

 先ほどまで広場にいた人々は我先にと逃げ出して、男たちとヴィーたちだけになった。

「腕に自信があるみてぇだが、この人数でも相手にできるのか? 利口な奴なら逃げ出してるぜ」

 ぎゃははは、と笑い声が起こる。手にしている得物を見せびらかすように振るい、数人が襲いかかってきた。

 謎の煤男はぐん、と腰を落としたかと思えば、次の瞬間には相手の向うずねを蹴っていた。呻く男の後頭部を肘で打ち、屈んだ隙に得物を取り上げ自分の武器にしてしまう。

「なめるなぁ!」

 怒り狂った男たちを物ともせず、武器を持つ手を狙い、急所を狙い、的確に倒していく。まさに圧倒的な力差であった。

 旗色が悪くなったのを悟ったのだろう、数人がヴィーへ近づいてきた。

「痛い目みたくなけりゃあ金を出せ」

 ヴィーはたまらず、一歩前に出て声をあげた。

「ちょっと! いい加減にしてよ。お金なんてないわ」

 嘘ではない。金は全部ハノンがもっている。

「それに刃物を使うなんて卑怯すぎる。男の風上にも置けない!」

「ああ? ガキはすっこんでろ!」

 近くにいたひとりが長い棒でヴィーの身体をどついた。思い切りバランスを崩し倒れ、同時に目深に被っていたフードが外れる。まとめていた髪がこぼれ、ふわりとしたストロベリーブロンドが広がる。

 チ、と戦闘中の煤男が舌打ちしたような気がした。

「お、女じゃねぇか!」

「ラッキーだな。今夜は楽しめそうだ」

 口笛を吹き歓声を上げる男たちに、ヴィーはさっと青ざめる。たくさん動いたせいで髪の留め具が緩んでいたのだろう。ヴィーの髪色は珍しく、彼女の象徴でもあるので、バレてしまえば仕方がないが、どうやら彼らはヴィーを姫だとは微塵も思っていないらしい。不幸中の幸いである。

「おら、こっち来いよ」

「イヤよ! 触んないで!」

 伸ばされた腕をバチリと叩き落す。

「このアマ!」

 逆上した男が強引にヴィーの腕をつかみ、引き寄せた。ヒューッと再び口笛が周囲から聞こえた。

「どれどれぇ? なんだ、微妙だなぁコイツ」

「でも涙目は結構カワイイぜ」

 酒臭さに顔をしかめる。涙目なのは、にらみすぎて瞬きするのを忘れていたからだ。

「離してよ! 気持ち悪いっ」

「遠慮するなって。おまえにゃ、俺たちの相手をたっぷりしてもらうからな」

 ぞぞ、と鳥肌が立つ。本当に泣きたくなった。

 腕を回され、ケープごしに身体を触られた。

「ぎゃーっ! なにするのよ変態!」

「いい匂いするぜぇ」

「俺も混ぜろよ」

 本気で喚き泣こうとした。そのとき。

 ギン、と金属のはじける音と悲鳴が耳に入った。

 つづいて、かすむ視界に眼光鋭い件の男と、もうひとり――見慣れた姿。

 瞬時に、ヴィーを囲んでいた男たちは地へ沈み、ぼろぼろになっていた。



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