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ネイの魔法  作者: 詠城カンナ
第一章 Jacta alea est
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14 花の王宮(2)

 ヴィーは例のごとく庭師兼相談係のデオの元へ走った。

「デオ!」

「おやお嬢さん。どうしたのですか?」

 久しぶりに会ったデオは、いつものように柔和な表情で変わらずに声をかけてくれる。

 以前した結婚の話をして一方的に傷ついたのが気まずくて、なかなか会えずにいたから今回足を運ぶのにも少しだけ勇気がいった。

(でも挨拶はしなくちゃね)

 リオルネにもランスロットにも相談した。母にも言伝を頼むつもり。あとは、このやさしい庭師と一時的なお別れをする。

「ねえデオ。花を一輪、手折ってくれない?」

「手折る……のですか?」

「ええ、そうよ。デオからあたしにプレゼントして」

 やや戸惑った表情をする老人に構わず、ヴィーはにっこりとした。

「そういうことなら」

「ありがと」

 デオが躊躇うのも仕方のないことだ。ヴィーはいつも「庭に行けば見れるんだから、わざわざ手折ってしまう必要はないわ」と言っていたのだから。

 デオはおろおろと周囲を見回し、適当な花を探す。

「ちょっと待っていてください」

 言って、彼は草木や花の覆い茂る庭園の奥へと消えていった。


(大丈夫かな……あたし)

 ぼんやりとしながら庭園を歩く。あまり遠くへ行かなければ問題はないだろう。

(よくこの庭園を散歩したな。夜に……ふたりだけで……)




「いつまでもこども扱いしないでよ!」

 十二、三歳のころ。ヴィーは、ぷう、と頬を膨らませてみた。どうしようもない。そんなこと、はじめからわかっていた。わかっているのに。

 それでもついつい別れぎわに毎回のように頬を膨らませてしまうのは、そうすることで少しでも彼の気を引きたいから。自覚はある。

「ぶっさいくな顔デスねぇー」

 せっかく美人に産んでもらったのに、とケタケタ声をあげて彼はいつものように一瞬手を震わせてからヴィーの頬をつねり、引っ張った。痛いわ、なんて恨めしげに言ったが、実際痛みは皆無に等しい。むしろ、彼に触れられた部分が甘い熱をはらんで、おかしくなりそうだ。

 ぷいと顔をそむけ、同時に心内ちでため息をもらす。どうしてこうも毎回可愛くない態度をとってしまうのだろう。己にうんざりだ。

「ホラ、まだ顔がぶさいくですよ」

 仮面のなかからややくぐもった彼の声。表情は見えないのに、柔く笑ってくれている気がして、ヴィーも口元を緩ませた。

「どうせブサイクよ。いいもん、『中途半端』で」

「だれに言われタのですか?」

「……自分でそう思うのよ」

 たしかに噂の異名は『高飛車姫』や『お転婆姫』に加えいろいろあるが、『中途半端』だといちばん思っているのはヴィー自身。

 ネイはゆっくり手を離し、一歩後退した。

「それは理解しかねマス。言ったでショウ? アナタは美人に産んでもらった、と」

 頬が赤くなる。思わず目を背けた。からかわれているだけだと理解しているのに、どうして心は疼くのだろう。

「本心ではないでしょう? 慰めはいらないの」

「おや。ワタシは真実ソウ思いますが」

 やっぱり嘘だ。ネイのばか。

「では今度こそ、そろそろおいとましましょう」

 気配で彼がくすりと笑ったのがわかる。

 ヴィーはむっとした。彼は毎度のごとく、「お子様は眠る時間デス」と諭すのだ。彼のほうから散歩を誘ったくせに、最後にはヴィーをこども扱いして追い返す。

 ああ、そうだ。たしかにそうだ――もっと一緒にいたいと駄々をこねる自分はたしかに、こども同然なのだろう。

「むくれないで、ヴィヴィ」

 また一歩遠のく。仮面だけが闇の中でも異様に光って目立っている。

 銀の冷たい仮面は、まるで彼とヴィーの壁のよう。

 くすり、と気配が含み笑って、

「ワタシは、アナタには愛嬌があると思いマスよ」

 闇のなかに溶け込んでいった。




 ふいに思い出した愛しい過去の欠片。いつになっても鮮明に思い返すことができる。

 と、とある記憶の断片が脳裏をよぎった。

(そういえば……ネイが珍しく顔をしかめていたな……)

 記憶のなかで彼の表情が笑みから一変することは少ない。ほとんどない。

 そんな彼が嫌悪の色を浮かべたのは印象的で、ヴィーの記憶にも強く根付いていた。

(たしかあれは……花を、見て)

 何の花であったかは覚えていないが、たしかに彼は花を見て憎らしいほどに顔をしかめていた気がする。仮面のなかに隠れて詳細には見えなくても、気配で、口元でなんとなく察せられた。

 口では「キレイですね」と言いながら、そのまなざしは確かに『憎悪』だったように思う。

(なぜネイは、その花をキライになったのかしら……)

 うーん、とヴィーは頭を抱える。一度気になったらなかなか頭から離れない。

(色はたしか……赤? 白? それともピンクだったかしら……)

 どれかだった気もするし、全部だった気もする。

 なぜ思い出せぬのだろう。他の記憶は鮮明なのに。


『毒です』

 出し抜けに頭のなかで声が響いた。まぎれもない彼の声。

『罪であり罰であり戒めである。ソレは――毒です』


「お待たせしました」

 ハッと目を上げると人のよさそうなデオの顔があった。

 突如過去から現実へと引き戻され、ヴィーは浅く息づく。

「どうぞ、花をお納めください」

 そっと差し出された、白と紅色の五弁の花が、紙に包まれていた。

「これは……」

 花、葉、蜜にいたるまで植物全体に毒を有する――

「――アザレアにございます」

 食してはなりませんぞ、と注意する好々爺に了解の笑みを取り、ヴィーは花弁にやさしく触れる。

「ありがとう」

 デオから贈られたこの花は、ヴィーのいちばん大好きな花だった。

 薄紅色のアザレアを自身の紋章と掲げるくらいに気に入っていた。

「それじゃあ、またね」

「はい、また」

 いろいろな意味を込めて言った言葉に、デオはいつものように返してくれる。


(しばらく会えないだろうけれど……元気でね、デオ)



 * * *



 王妃ステラティーナは、ひとり【王族の庭園】へ足を運んでいた。自分の赤毛と同じ色の花畑は、夫であるアルティニオスが贈ってくれたものである。

 しばし散歩がてらながめ、心を落ち着ける。幸せな一時だった。

 【花の王宮】――彼女が兄とも慕う男がそう呼んだ。


『まるでここは花の王宮だね。いろんな花に気持ちがのっているよ……アルーがどれだけ君を愛しているのかわかるくらい』

 かつては緑色だった藍色の瞳を細め、柔らかな笑みで彼は言う。

『スー、君と知識を共有したくて、彼は花言葉をたくさん調べているらしいよ。意味を知ってから君に贈りたいんだって』


 いつもは冷酷なほど冷めた表情をしているのに、妻の前でだけ格段にあまくなる夫を思い出し、スーは苦笑をもらした。幸せの苦笑だ。

 そういえば、兄のように慕った彼の血を分けたこどもが王宮に潜り込んでいたな、とステラティーナは思い立つ。彼はある意味特別だから、アルティニオスも見て見ぬふりをしているのだろう。城への侵入ははじめてではなく、むしろ一か月に一回はコソ泥のごとく潜り込んでいる。

 許可証を渡してあるのだから堂々と正門から入ればいいのに、といつも娘のヴィーが嘆いていた。

 ヴィーといえば。

 先ほど相談があるとやってきた彼女。とても思いつめていた表情をしていたが、夫の気持ちもわかるため、ステラティーナは表立って娘の味方をできなかった。


 庭園を抜け、薬草園へ入る。

 ステラティーナは王妃でありながら、薬草の知識に長けており、ときどき見回りもかねて宮廷のお抱え医師や薬師たちのもとを訪れ、話をするのだ。

 さて、今回も例外なく足を運ぼうとしたさなか、背後から声をかけられた。振り返ると、白髪の、しかし年若い男が柔和な笑みをたたえて立っていた。

「王妃さま、おひとりで出歩かれるのは危険ですよ」

「ええっと、あなたは……」

「申し遅れました。新人薬師のユハニと申します」

 ステラティーナはほっと息をつき、こちらも笑みを浮かべる。

「そう。心配してくださって嬉しいわ。けれど、大丈夫よ。【王族の庭園】にいってきたところだし、そろそろ迎えがくるはずだから……」

 【王族の庭園】はめったに人が寄り付かず、薬草園や王宮の庭園を抜けなければたどり着けない位置にある。薬草園は毒草もあることから警備が厳重で、よって襲われる心配はないに等しく、これまで一度だって危ない目に遭ったことはなかった。

 しかしユハニは心配の色を瞳に浮かべている。

 新人ということだし、まだよく城の警備位置もつかめていないのだろう。ステラティーナは再度、「大丈夫よ」と言った。

「ああ、護衛がきたようだわ……」

 遠くからでも目立つオレンジ頭と漆黒の髪の騎士が視界に入る。どうやらふたりで迎えにきたらしい。

「では、僕はそろそろ退散させていただきますね。王妃さまにお声をかけたとばれたら、きっとすごい嫉妬の嵐ですよ!」

 大袈裟に言う青年を、王妃はたいそう楽しそうに見やり、声を出してくすくす笑った。

「ではユハニ。お仕事に励んでね」

「承知しました」


 王妃は気づかなかった。

 自分を迎えに来る騎士たちの顔がくもっていることに。

 背後では、先ほどまでの笑顔を一切消し去り、剣呑な色を瞳に宿している青年がいることに。


 そして、娘が一大決心をしかけていることにも。


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