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ネイの魔法  作者: 詠城カンナ
第一章 Jacta alea est
11/26

8 舞踏会(1)


 舞踏会が開催された。

 国中の貴族がこぞって集まろうとも城のホールはぎゅうぎゅう詰めになることはない。きらびやかな衣装を身に纏い己の権力の誇示や牽制を主張する貴族たち、豪華な料理に舌鼓をうつ貴族たち、そして頬を染め瞳をうるわせ互いに寄り添いあうように踊る貴族たち……ゆったりとした音楽のなか、様々な顔ぶれが集結していた。

 とくに会場の注目を集めたのは、現国王が王冠を戴いてから新たに設けられた《デケム貴族パトリキ》と《クィーンクェ騎士エクィテス》の存在だ。

 十貴族は、リオルネが当主の公爵家ソードンを筆頭に、侯爵のオズウェルとトゥラス伯爵のカイリとムッシェオ、子爵のフェドラグとルアルディ、男爵のラーモンドとレモイである。それぞれの爵位から二家ずつ選ばれているものの、決して爵位で選ばれたわけではない。権力はもとより、使える人材のいる家に与えられた十貴族の称号――それは、当主や家の力が使えなくなったと同時に剥奪される、ある意味シビアな称号である。その代り、ルアルディやラーモンドのようにたとえ前当主が謀反を企て王家に渾名した存在であろうと、現当主が無実で忠実で在るならばその罪は問わず採用される。

 また、十貴族のなかには当主の名を明かすことのない、表舞台にない家系もいるらしい。噂でしかないものの、実際にもうひとつの公爵家の人間など見たこともなく、真実味を煽っている。だからよけいに、十貴族の称号を得る家は財力、権力があり、どこか謎めいて注目される存在なのだ。

 五騎士は、軍を統率するばかりではなく、選ばれれば貴族ではなくとも軍議の会議において発言権を得うる力がある。また、王族の護衛を担当する者を選ぶことを許されたり、自ら担当することもできる、騎士にとっては誉れ高い称号だ。王に忠誠を誓った者が任命され、家ではなく個人へ与えられるものの、その称号を与えられている者の家にもあこがれのような特別な視線が集まる。

 王の第一騎士ランスロットをはじめ、セルジュ、ユリウス、グレイク、ロイの五名だ。第一王子ミハルアディスの専属騎士はランスロットの娘であり、フェリシアーナの護衛もこのなかから選ばれている。ただし、ヴィーの専属護衛騎士だけは特別で、ユリウスを後見人とした者が務めていた。



「なんです、陛下。また眉間にしわが寄っていますよ」

 くすくすと声をたて、王妃は夫の眉間を指でなぞる。

 顔をしかめたまま、アルティニオスはぶっきらぼうにぼやいた。

「構うものか。それより問題はヴィーだ」

「たしかに今宵、彼女の婚約を発表すればいろいろな憶測と噂が飛び交うでしょうね。そしてあのこも、憤慨するでしょうね」

 にこりと穏やかにほほえみ、なんでもないことのように王妃はつづける。

「けれどあのこだって、いつまでも我がままではいられませんわ。いずれどなたかに嫁ぐでしょう。わたしたちはずっと、こどもたちには好いた相手と添い遂げてほしいと言ってきましたわ。それはもう、口が酸っぱくなるくらい」

「わかっている! だが現状はあまくない。あ奴は表舞台に立つことは一生ないだろう。そういう男だ! そしてそれを待つほど俺も愚かではない。そもそもあ奴に娘をくれてやる気などさらさらない!」

 声を荒らげ怒りに震えて王は言う。意志の固い青い瞳が、ぎらりと光る。並みの男なれば尻尾を巻いて逃げ出すほど怒気の満ちた恐ろしい表情かおであったが、さすがは王妃。妻となり連れ添い慣れたもので、微塵も怯えず首を傾ける。

「では、レオンハルト殿の息子にはくれてやると、そうおっしゃるのですね」

「そ、そうではない――いや、そう、だ。く、くれてやらないこともないかもしれない」

「意味が解りませんわ」

 尻すぼみになるアルティニオス王の言葉を一刀両断し、やや眦を引き上げて王妃ステラティーナは口をひらく。

「わたくしが言いたいのは、婚約発表は『待て』ということです。今あのこをこれ以上混乱させるのは得策ではありません」

「しかし……」

「先方にはすでに返答しているのです。焦らずともどっしり構えていればいいのです。これも戦法ですわ」

 満足げに笑う妻に、王は眉根を下げて言う。

「なぁ、スー。俺は娘を、娘たちをだれにもやりたくないのだ」

「息子は?」

「あいつはどこへも行かんだろう」

 断言し、妻に問いかける。

「けれどこれは避けられぬ問題だ。先手を打って油断させたい。それでも婚約発表はするなと言うか?」

 王妃はいったん目をとじ、思案するように口元に手を寄せた。しばしして、深い緑色の目をあける。王の愛しい、緑の眼。

「もしもあなたが、これからも娘と円滑な関係を望むのでしたら」

 驚愕に目を見開く夫にほほえみ、王妃はしめくくった。

「アルさま、わたくし予感がするのです。今宵、ヴィーはなにかをしようとしているけれど、もっと大きな転機があのこに訪れるだろうと――そう、確信してもいますのよ」



 舞踏会はつつがなく進行していった。

 アルティニオス陛下は王妃ステラティーナを連れ添い、挨拶をしにきた招待客に鷹揚に応対している。そのすぐ側には第一騎士ランスロットとセルジュ、そして宰相クリスが控えていた。

 国王陛下は愛想の欠片もないが、威厳だけは満ち満ちている。彼相手に不正を働こうものならすぐにでも首が飛ぶだろう――物理的に。

 そんな国王をフォローするのが正妃のステラティーナである。穏やかな笑みを浮かべてアルティニオスにビビった家臣らを癒しているが……王は妻の笑顔を見せることにすら嫉妬しているらしい。これを重ねてフォローするのが宰相クリスである。騎士はつかえない。護衛で手いっぱいであるし、なにより陛下一筋だから。

 一方、国王のこどもたちは三者三様だ。


 第一王子ミハルアディスは護衛を理由にルイーズを傍に従え、はやくも壁の花になろうとしている。病弱なことから王位は望めないものの、彼の儚げな姿は天使そのもので、ご令嬢たちの目を奪う。野獣のようにぎらぎらする男どもに飽いた女は、ひと時の癒しを求めて彼の傍に寄りたがるのだが、当の王子はにっこり笑顔でひらりひらりとかわしていく。ダンスを誘っても病弱を理由にされ、到底うまくいかなかった。そんな王子に女騎士は困ったような咎めたいようなそれも惜しいような複雑な表情で付き添っていた。


「ミルさま、わたくしなぞに構わずどうか……ほら、あちらにはマラドット家のご令嬢が……そのお隣にはハンリー家のご姉妹が……ミルさま?」

 ふすりと膨れた主の顔に騎士ルイーズは瞠目する。

「ご加減が優れないのですか……?」

「ご加減じゃなく、ご機嫌がね」

 ぱちくりと瞬きする騎士に、ミハルアディスはため息をついた。

「わからない?」

「……はっ」

 困惑した表情とは裏腹に返事だけは威勢がいい。ミルはため息を呑み込み、彼女の手を取る。白い手袋に覆われた、指の長い手だ。

「邪魔だな」

「ミルさま?」

「いくぞ」

 腕を引かれ焦りに声をあげるルイーズの表情は複雑だ。

 ミルはにこりと人好きのする笑みをこぼす。

「ダンスはもうこりごりだ! 宮廷料理に舌鼓を打とうじゃないか」

「ダンスなど踊っていないではないですか」

「だって僕は病弱だし。そんな激しい運動したら発作が起きちゃう」

 それとも、とミルは振り返って笑みを深める。

「それとも、ルイーズはダンスがしたいの? それならあとで踊ろうか」

「……発作は、起きないのですか」

「うん、起きないよ」

 そんな形でふたりは気配を消して人波に紛れ込んでいった。



 第二王女フェリシアーナはひとり優雅な所作で貴族たちに囲まれ楽しそうにお喋りしていたが、目は笑っていなかった。男であったなら武勇に評されるであろう彼女は、しかしその姿を隠すのが非常にうまい。貴族のなかで、第二王女は深窓の令嬢で通っており、先日のヴィーを助けた弓の腕もルイーズが行ったことになっているようだ。父王そっくりの顔であるが、彼女は己の顔の使い方を知っている。どうやってほほえめばいいのか、目を光らせればいいのか、生まれたときからこの顔を受け継いだ彼女は自然に身に着けていたのだ。近くには気配を消したベテラン騎士グレイクやロイが護衛に回っているようだ。


「王女殿下は武芸に秀でているのだとか」

「それほどでもないですわ。父が女性用に重さを軽くしてくださった小刀を護身用に用いるだけですの」

「ほほう、護身用ですか。わしの孫娘も殿下と同い年ですが……いやはや、フェリシアーナさまはやはり陛下のお子ですなぁ」

「もう手いっぱいで。あんなに武器が重たいものだとは知らなかったの。殿方ってすごいのね!」

 ホホホホと優雅に笑う彼女は、とても十を少し過ぎただけの年ころには見えない。

「フェリシアーナさま! わたくし、あなたさまがお選びになったドレスはどれも素敵ですわ。いったいどちらのデザインを――」

「この間教えていただいた紅と香水がとても評判がいいのです! 是非、次の流行を教えてくださいまし!」

 お次は我先にと集まる貴族の令嬢たち。年上が多いにも関わらず、フェリは変わらずにっこり笑みで対応している。

 彼女の本心など、だれも知ることなどないだろう。

 ――お腹減った。ダンスより料理食べたい。食べたら動きたい。剣の打ち合いしたい。あとでルイーズに相手してもらおうかな。

 ……などという本心など、だれも想像できまい。ある意味彼女の予想外なギャップだった。

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