1 魔術師の呪印~花
はじめましての方、お久しぶりの方、こんにちは。
すこしでも皆様のお楽しみになれれば幸いです。
露わになった肩についた、呪印。
それは呪いの証で、決して消えることはない。
それは所有物の印で、だれにも変えることはできない。
白い滑らかなうつくしい肌に、禍々しい呪印はいやに映えた。
けれど。
彼の顔が鱗に変わってしまうよりマシだ。
彼の顔に呪花が浮かび上がるよりずっといい。
彼の顔を、仮面で隠してしまうのが勿体なくて。
彼の顔は、いつしか偽りの笑みしか見せてくれなくて。
それでも――
――だから、随分、安い対価だ。
冷たい、冷たい風が頬をなぶって過ぎていく。
「ああ、本当に……」
冷たい、彼の手が頬をそっと撫でる。
かすかに震えが伝わってきて、ヴィーは思わず、彼の手に己の手を重ねた。
その冷たい温度さえ、愛おしい。
「アナタは馬鹿だ……」
「そう、かしら?」
歪んだ表情の彼は、笑いたいのか泣きたいのかわからない。泣きそうなのを嗤って誤魔化そうとして、失敗してしまったよう。
代わりにほほえみ、ヴィーは男との距離をつめて、その懐に潜り込むように身を寄せた。
「あなたのほうが、馬鹿だわ」
「なぜ?」
「なぜって……」
知らず涙があふれてきて、あわてて彼の胸に顔を押し付けて唇を噛みしめる。うれしいのか、悲しいのか、よくわからない。
「……ああ、ああ、そうかもしれまセン」
ふと、頭上からつぶやくような声がした。
顔をあげようとすると、後頭に手を添えられ、それはかなわない。しかし、むしろよかったのかもしれない。彼から触れてくるのはめったにない出来事で、つい息を止めてしまう。きっと今、顔は真っ赤に染まっていることだろう。
彼が、口をあける。
「――……」
同時に風が吹いて、なにを言ったのかは聞こえなかった。
「……今、なにを言ったの?」
「――いえ。ナンデモありません」
見上げた彼の表情は、いつものような笑みを浮かべたものだ。
こちらがなにか言う前に、彼はヴィーの肩に指を這わせる。醜い呪印を、なぞるように。
魔術師の呪印は、決して消えない。だれにも、変えられない運命を刻んだもの。
――ただ、彼本人をのぞいては。
「――ヴィー、お願いがあります」
少女は顔を輝かせる。彼から名を呼ばれることも、頼みごとをされることも、彼女の心を躍らせるには充分なものだ。
知ってか知らずか、彼はとても柔らかな顔でほほえむ。
「これを」
そう言って彼は銀のソレを、ヴィーの手に握らせた。
「これを、ワタシのココに、埋めてください」
彼が示したのは自身の心臓。
目を見開くヴィーに、彼は相変わらず笑うのだ。
「大丈夫デス。ワタシは、死にませんからぁ」
やけに間延びした喋り方。きっと実際に、彼にとってこの頼みごとは大したことではないのだろう。
「さぁ、いつでもドウゾ?」
そして気づく。
彼が嗤うのは、道化師と同じ類のものだと知っていた。そして今回も、同様だっただけのこと。
「ばかね」
ヴィーは笑う。彼に負けないくらいの、彼らしい道化師じみた微笑で。
「うそつき」
そして、手のなかにある銀の刃を握りしめた。
闇夜の庭園に咲くアザレアが、嘲笑うが如くうつくしく咲いていた――
初っ端からシリアスぽい展開ですが、本編はそんなにシリアス重視じゃないはず…です。主人公の性格の影響でしょうか(笑)
*序章は飛ばしても問題ありません。
本格的始動は一章から。