マリー その2
「……なぁ、マリーちゃん。なんか聞こえねぇか?」
「えっ?」
宿題を写していたケイタさんが顔を上げ私に言う。彼は目を閉じ耳をすますと何かを確信したかのように教室の窓を開け鉛色の空を見る。
「なんだありゃ……おい、マリちゃんこっち来て見てみ」
私はいつになく慌てている彼に驚きつつも言われた通りに窓から空を見た。
「何ですか……あれ、ケイタさん……」
雪が降る鉛色の空に明らかに場違いな何かがあった。それはとてつもなく大きくそして静かに私たちを見下ろすように高く浮かんでいる。
教室中にいた生徒達が私と同じように空を見る。誰もが驚きの声をあげる。
全員が一言も話さず誰れもがそれを見ていた。 どのくらいの時がたっただろうか。それは突然、光りのようなものを放出し始めた。
「これ、何かの映画の撮影だよな……?マリーちゃん」
「……実際に空飛ぶ何かを見たことないでしょう?……あ、今見てるのか」
「「……」」
沈黙を破ったのは爆発音であった。耳を引き裂かんばかりの轟音が、辺り一帯を包んだ。
「マリーちゃんあぶねぇ!!」
隣にいたケイタさんが突然私に覆い被さって来る。
その時、光が来た。それが大きな大きな爆発だと気付くのは綺麗だった校舎が瓦礫の山に変わり果てていた後であった。
「……」
今、私の上で覆い被さっている人は少しも動かない。私はそれを優しくどかすと“彼”の焦げた顔を撫でる。
「あ、あ……ケ、ケイ……タさん」
声が自然と漏れた。彼は少しだけ目を開けると呟くように私に言った。
「マ……リー……ちゃ……ん、生き……ててよ……かっ………た」
腕の中で優しく微笑む彼は私に言う。
「な、何やってんですか……ケイタさん、まだ、まだ早いですよ……私、あなたに何もしてないの……に」
「いいんだ……よ。マ……リーち………ゃんがこう……して、俺なんか……のために涙を……流し……てくれてる………だけ……で充分だ……から」
「駄目です! 駄目ですよ!! 私、あなたがいないと……あなたが、いない、と……」
留めなく涙がこぼれ落ちる。それは私の頬を伝い彼の制服の上に落ちて消える。
「ほ……ら……笑いなよ……。また……いつか………会える……さ…………」
「嫌だ! 嫌だよ!! ケイタ! 生きて、生きてよぉ……」
「は……は、やっ………と…………名前…………で、呼ん……で………くれ………た……」
嬉しそうに彼は呟くとゆっくりと目を閉じ“眠った”。
「あ…」
人の死はこれほどまであっけないものなのだろうか。私には分からなかった。私はきっと、疲れていたんだと思う。
ゆっくりと立ち上がり辺りを見渡すと周りには彼の遺体と同じようにゴロゴロと変わり果てた姿の人が沢山、沢山いた。
みんな、多分死んだろう。とからりと考える。心の中に黒い何かがドロリ、と溜まるのを感じた。
「何で私だけ生きてるのよ……何で……」
「ケイタ……、ムーちゃん……あ、そうだ。ビート……ビートはどうなったの?私の、私の可愛い弟」
からから、と笑いながら私は死体の山を越えて歩き始める。
「ごめんなさいみんな。お墓は作れそうにないわ」
雪が降る鉛色の空を見つめながら私は呟いた。空の向こうへいるはずのみんなへ向かって。




