往来の真ん中で
この世の中は理不尽だ。
いったい、どこをどう見たら私が男に見えるというのだ。
背も高くないし、顔や身体がごついわけでもない。自分で鏡を覗いても女にしか見えないのに、どういうわけか世間の人々は私を男だと思い込んでいる。
おかげで私は不幸だ。
スカートを履けば変態だと指差され、女子トイレに入ると悲鳴が上がる。
女の子っぽい格好と無縁の私の、唯一の自己主張と世間への抵抗は髪を伸ばす事。
自分で言うのも何だが、枝毛もなく素直できれいな髪だと思う。腰まで届くこの艶やかで見事なストレートロングの黒髪が、男だったら気持ち悪いだろう?!
……気持ち悪いと思われてるのかな?
通りすがりのショップのショーウインドウに映る自分の顔を覗き込んだ時、後ろから美少女が私の横に顔を並べて同じように覗き込んだ。
「何見てるの?」
「なんでもねーよ」
私は舌打ちと共に、そう言うと美少女とショーウインドウから顔を背けて歩き出した。
普段の私の言葉遣いは、やさぐれている。女言葉など使おうものなら、オカマだと笑われるからだ。
美少女は小走りに私の後を追うと、横に並んで一緒に歩き始めた。
どう見ても美少女にしか見えないこいつは、私の同級生で、幼なじみで、実は男なのだ。
物心ついた頃から私は男の子だと思われ、こいつは美少女だった。そして、こいつは私の不幸に一役買っている。
先日、こいつに無理矢理連れて行かれた占いの館で、占い師に将来二人は結婚するだろうと言われた。
占い師にしてみれば若いカップルを喜ばせようという配慮だったのかもしれないが、それをこいつが鵜呑みにして近所に吹聴して回ったのだ。
おかげで私とこいつは将来を誓い合った二人として、ご近所公認のカップルになっている。
私が女でこの美少女が男なのだから、別に異常ではないが正常であるとも言い難い。
おかげで私はこいつを監視するために常に行動を共にしなければならなくなった。なぜなら、こいつが美少女だからだ。
こいつは町を歩けば、必ずと言っていいほど男に声をかけられる。私が普通の女なら、こんな奴男に連れて行かれて闇のルートで国外に売り飛ばされようが感知しないのだが、こいつが男だとばれてはマズイのだ。
そうなったら、男と将来を誓い合った”男”として私が笑いものになるではないか。
もっとも、私があえて一緒にいようとしなくても、いつもこいつの方からまとわりついてくるのだが。
大きくため息をついて、ふと見るとさっきまで側を歩いていた美少女の姿がない。
慌てて周りを見回し、げんなりした。少し後方で、また男に声をかけられてニコニコしていたのだ。
脳天気な笑顔に苛ついて大声で呼ぶと、彼女(?)は男に会釈して私の側に戻った。
「いちいち相手にするなって、いつも言ってるだろ?」
「だって、かわいいって言われたら嬉しいじゃない? 一応お礼は言わないと」
おまえは男だろ?
「男にかわいいって言われて喜ぶな! 変態!」
美少女は愛らしいつぶらな瞳で私を睨むと、頬を膨らませてプイと横を向いた。その仕草も男とは思えないほど可愛らしい。そして、横を向いたまま小声でつぶやく。
「あたし、変態じゃないもん。ちゃんと男だもん」
”あたし”とか言いながら主張されてもなぁ。私も小声で返す。
「……ちゃんとした男がスカートなんか履くか!」
美少女が突然立ち止まった。私も立ち止まり振り返ると、真顔でこちらをじっと見つめている。
往来の真ん中では通行の妨げになる。道の端に誘導しようと手を伸ばすと、素早く手首を捕まれた。
華奢でしなやかに見えるその手が、意外なほど力強い。そっか、こいつ一応男だった。
「全然わかってないのね。あたし、男になんか興味ないのに」
まつげの長い大きな目が、非難するように私を射すくめる。
「あたしが大好きで、ずっと一緒にいたいのは、昔からたったひとりの女の子なんだよ」
そう言って美少女は私を指差した。私は美少女の愛らしい顔を凝視する。好きだと言われた事より最後の一言の方に驚いた。
「……おまえ、オレが女に見えるのか……?」
呆けたように問いかける私に、美少女は花がほころぶような笑顔を向けた。
「何年一緒にいると思ってるの? 女の子にしか見えない」
私を女だと認識している人がいる事に救いを感じて、不覚にも往来の真ん中で目に涙が滲んだ。
「泣かなくていいから」
美少女は掴んだ手を引いて、私の頭を自分の胸に押しつけた。男の胸が柔らかい事に少し違和感を覚えるが、頭をなでる手の温かさは心地よかった。
往来の真ん中で、この光景は美少女に慰められている情けない男の図に見えるんだろうなと思いつつ、不覚にもちょっとドキドキしてしまった。
(完)