【SS】理なきサイクル
地球規模の深刻な砂漠化により、紙の材料となる資源としての木が枯渇しつつあった。
地球規模の深刻な砂漠化により、紙の材料となる資源としての木が枯渇しつつあった。
「我々もお手上げなのです。どんなに早く成長せよと言われても限界がありますよね」
国連の議会場はにわかにざわついた。木代表の言葉は予定されていたものだったがいざ発せられると誰もが冷静さを失ってしまった。それもそのはず世界は今、木を原材料とする紙なしでは成り立たないほどに紙を消費していた。
「本はどうする!?」
「新聞は!?」
「テレビか電子版を見てください」
「トイレットペーパーは!?」
「ウォシュレットがあります」
「ダンボールは!? 紙コップは?」
「リサイクル可能なプラスチックで代用しましょう」
「鼻をかむときのティッシュはどうするんだ……」
「自分で考えて下さい」
紛糾する議会、飛び交う野次、感極まり泣き崩れる者さえいた。ああ、無理もない。紙は生活の一部であり、ない状況など今まで考えられなかったのである。
「お静かに!」
議長は会場の熱気でくもったメガネを押し上げると、木槌を叩き皆に鎮まるよう促した。
「えー。木代表が言うことはもっともでありますし、予めお配りした資料にも書いております通り我々が何を言ったところでこのままではなくなるという事実は回避できません。つきましては皆さんどうか冷静に。ご着席下さい」
それから会議は数日にも及んだが、結局答えは出ずに、国連の名前で全世界に対策をとるよう警告をするにとどまった。
しかしこれを受け各国、もちろん日本でも対策が議論され、やがて一つの答えとしての法が緊急施行された。その名も余白禁止法。日本人はもとより本を愛する国民である。一時期は電子への移行が期待されていたが、やっぱり紙だよねという流れを断ち切るには至らなかった。本を、つまり紙を愛する国民に下された法の内容は、限りある資源をできるだけ有効活用する為に、紙に印刷する際は必ず3.5pt以下で余白や遊びはもってのほか、文字はぎっしり詰めることを義務付けるものだった。
こうなると、教科書を読むにも虫眼鏡。本はもちろん新聞も拡大鏡。誰もかれもが虫眼鏡や拡大鏡を持つ必要があった。一つだけでなく用途に合わせて幾つか持つという人もざらにいた。
ガラスが大量に売れた。空前のガラスブームが起きた。
「我々にも限界はあります」
かつて木代表が立っていた場所に今度はガラス代表が立っていた。議会場は再び混迷の渦に叩き落とされる。
「窓はどうする!?」
「無くても何とかなるでしょう。最近は紫外線も強いことですし」
「電球はどうする!?」
「太陽と共に生きましょう」
「食器は? 花瓶は!?」
「ですからプラスチックがあります」
「ラムネ瓶のビー玉はどうしたら……」
「それは自分で考えて下さい」
紛糾する議会、飛び交う野次、感極まり叫びだす者さえいた。そもそもガラスなしでは生活が成り立たないことは明白である。
「お静かに!」
議長は会場の熱気でくもったメガネを押し上げると、木槌を叩き皆に鎮まるよう促した。
「えー。ガラス代表が言うことはもっともであります。重ねて申し上げますが予めお配りした資料にも書いております通り我々が何を言ったところでこのままではなくなるという事実は回避できません。つきましては皆さん静粛に」
それから会議は数日にも及んだが、結局答えは出ずに、国連の名前で全世界に対策をとるよう警告をするにとどまった。
しかしこれを受け各国、もちろん日本でも対策が議論され、やがて一つの答えとしての法が緊急施行された。その名もアクリル優位法。それはガラスの代用として再生可能プラスチックを使うと国から数々の優遇措置が受けられるものだった。対象は企業個人問わず全てに及ぶ。企業においては税制軽減、補助金支給。個人においては任意のポイントが一万円ごとに一ポイント貯まり、貯まったポイントはそのままスーパーやコンビニなどで同じ価格の商品と交換できた。
プラスチックのポテンシャルはなかなかのものだった。何ならガラスに負けぬ透明度を誇る。熱による耐久性に劣るが鉄で補強するなど様々な工夫がなされた。新しいアイデアがどんどん試された。そして何より今までの考え方に変化が起きた。透明であればあるほど良いという考えはもう古い。いっそ見えないことを楽しもうとする動きさえ起きた。
「いや、だからって何もかもモザイクはないです」
かつて木代表とガラス代表が立っていた場所に今度はモザイク代表が立った。正直ある意味ぼんやりとして見えないとも言えるが、ちゃんと居る。
「モザイクがなくなるのはまずい」
「ぼかした方がいい事実もある」
「それについては同感ですね」
「それだけでは強度がないですから結局のところ木なり鉄なりの枠が必要ですよね」
「プラスチック氏、何か良いアイデアはありませんか?」
「何でもかんでもプラスチックに頼るんじゃない!」
紛糾する議会、飛び交う野次、感極まり神に許しを乞う者さえいた。しかし実のところは誰もが何らかのやましい秘密を抱え、それをうやむやにしてここまで来ていた。今回は誰もが言葉を濁すばかりで答えは出そうになかった。
「事態は急務です。皆さん速やかに各国で対策を競っていただいて……」
「おい!」
議長が、お静かに! と言おうとしたその直前に議会場の出入り口でことの成り行きを見守っていた木代表が声を上げる。
「何もかも自分たちの都合ばかり考えやがって!」
「そうだ! 結局丸投げではないですか!」
木代表に追随したのは反対方向の扉の前にいたガラス代表である。
二人の迫力に議会場は一瞬ひるんだ。だがここで議長が木槌を鳴らし立ち上がった。
「おふたりとも! お聞きいただきたい!」
静まった議会場全ての視線が議長に集まる。
「いいですか? どんな場面においても我々には本が、ビー玉が、モザイクが必要なのです!」
「もうなくなるんだぞ!」
「ですからなくなる時が少しでも遅くなるように我々は努力をしてですね……」
最初こそ勢いがあった議長だったが瞬く間に失速しはじめた。それを擁護したのは意外にも隣に立っていたモザイク代表であった。
「まあ、みなさん今日のところはこの辺にしておきましょう。冷静さを失ってはいいアイデアも出ませんからね」
「そうやって逃げるつもりか……!?」
食ってかかる木代表。モザイク代表は肩をすくめて手をあげた。
「逃げるつもりはありませんよ。ただまあーーそうですねーー」
「ハッキリしろ!!」
「そうだ! ぼんやりしないでいただきたい!」
「まあ、なくなって考えればいいのでは?」
「それが本心か……!」
いつしか木代表もガラス代表も議長席近くまで降りて来ていた。
「それじゃ意味ないじゃないか!!」
「まあ一番先になくなるのは木でしょうから、そこから考えましょう」
「なくす前提で考えるな!」
「ガラスは後回しですか!?」
ん? とここでモザイク代表に詰め寄っていた木代表とガラス代表が初めて互いの顔を見合わせた。
「後回しとかそう言う問題じゃないだろう?」
「いやしかし事実として木からなくなるでしょう?」
「いやいやなくなるではなくて、なくなりそう、だ。現段階では」
急速に二者の空気が険悪になってくる。
「まあまあおふたりとも落ち着いて」
「落ち着いてられるわけないだろう!!」
木代表とガラス代表はそろって叫ぶ。木代表が勢いよくモザイク代表の胸ぐらをつかんだ。するとモザイク代表も黙っていない。木代表をにらみつける。そうなると慌てて仲裁しようと間に入ったガラス代表が二人の腕をつかんだ。
木とガラスとモザイクがお互いをつかみかかった状態で勢いよくぐるぐると回り始めた。そして三者の回転により竜巻が生まれ、議会場に吹き荒れた。やがて遠心力に弾かれ木は折れ、ガラスは割れ、モザイクはバラバラに飛び散った。旋風は机上のネームプレートを倒し、ペットボトルを倒し、卓上スタンドマイクを倒し、議長のカツラを吹き飛ばした。
ーーしばしお待ちくださいーー
議会場裏手の喫煙スペースにあちこちが折れた木代表がため息をついて入って来た。すでに中にはヒビだらけのガラス代表と、少し量が減ってしまったモザイク代表がいた。三者は顔を見合わせた。
「どうぞ」
モザイク代表が木代表にライターを差し出した。木代表は顔をかきながら苦笑いを浮かべる。
「申し訳ない。火は結構だ」
先程の勢いはなくしおらしく頭を下げる。
「昔はちょっとくらい燃えても問題なかったんだけど、最近はほら、そんなの許される余裕がないんだ」
そう言うと木代表はポケットから電子タバコを取り出してくわえる。
「おたくも大変だな」
「まあね。でもお互いさまかな。ガラス氏だって融点そんな高くないでしょ?」
「そうなんですよ。なので私も」
隣にいたガラス代表は取り出していた加熱式タバコをちょいとかかげた。
「皆、それぞれですよねえ」
「そうだなあ」
「しかしタバコに関してはたまには本物を吸いたくなりますけどね」
「分かるよ。でもそれだと火を避けてる意味なくなるから」
「ハハハハハハ」
笑いが止んだ後でお互い顔を見合わせると誰からともなく呟いた。
「もういっそ人類が燃え尽きたら良いんじゃないかな」




