第 78 章 苦渋の決断
リリーは机に座り、ルーメンコープからの提携案を見つめていた。申し出を受け取って数日が過ぎ、決断の重圧は耐え難いほどに増していた。
この提携は間違いなくカーター・エンタープライゼスを新たな市場へ押し上げ、かつて夢にも思わなかった知名度と経営資源をもたらしてくれる。しかしその代償として会社の独立性の一部を失うことに、彼女は納得できるか分からなかった。
リリーは常にカーター社を強く守り抜いてきた。この会社は単なる事業ではなく、自身の理想、努力、価値観が形になった存在だ。これまで下したあらゆる決断は、「人々の生活を豊かにし、心身の健康を支える技術を生み出す」という企業の理念に基づいてきた。
ルーメンコープとの提携は確かに資金面で成長を加速させてくれるが、会社を特別な存在にしてきた根本の理念を揺るがすことにはならないだろうか。
彼女は指で髪をかきあげ、疲れ切っていた。ここ数ヶ月は決断の連続で怒涛の日々だったが、今まさに人生の岐路に立たされていた。
一つは独立性を守り、これまでのペースで着実に成長を続け、自ら築いた理想を貫く道。もう一つは思い切って踏み出し、飛躍的な成長と世界展開の可能性を掴む代わりに、経営の主導権を一部手放すリスクを負う道だ。
机の上のスマホがバイブし、考えに耽る彼女の意識を引き戻した。差出人はネイサンだった。
「今夜、夕飯どうだい?君に会いたいし、じっくり話したいんだ」
メッセージを読んだ瞬間、リリーは安堵感に包まれた。ネイサンはいつもそばにいて、どんな困難な状況でもずっと支えてくれる存在だ。彼女はすぐに返信を打った。
「私も会いたい。7 時までに家に帰るね」
その夕方、家に戻ると居心地の良いアパートでネイサンが待っていた。彼女が部屋に入るとソファから立ち上がり、心配そうな表情で迎えた。
「大丈夫?」
柔らかい声で問いかける。
リリーは微かに微笑んだが、笑みは瞳まで届いていなかった。
「大丈夫よ、ただ…… 疲れただけ」
「顔に出てるよ。何があったの、リリー?」
リリーは彼の隣に座り、深く息を吸った。
「ずっとルーメンコープの件を考えているの。絶好の機会なのは分かってるけど、会社の主導権を一部手放す覚悟がまだできないの。私はこの会社を一から立ち上げて、ずっと何よりも独立性を大切にしてきた。それを失いたくないだけなの」
ネイサンは頷き、そっと彼女の手を握った。
「分かってる。重大な決断だし、カーター社が君にとってどれほど大切かも知っている。だからといって、一人で決めなくてもいい。主導権を完全に手放さなくても、バランスを取る方法はきっとある。適切な支えを得ながら、君が引き続き率いていく道を探せばいいんだ」
リリーは彼を見つめ、答えを求めるような眼差しを向けた。
「それも考えたわ。でも、これが会社を次のステージに進める唯一の方法だったらどうしよう。私が足を引っ張っているだけなのかしら」
「君は誰の足も引っ張っていない」
ネイサンは毅然と言った。
「素晴らしい会社を築き上げるという一番大変な部分は、もう君が成し遂げた。むしろこの提携は、君が必要としている経営資源、支え、大局に集中する時間を与えてくれる。だからといって、君の理想や会社の根本を左右する主導権を失う必要はないんだ」
リリーはしばらく黙って彼の言葉を噛み締めた。
「でも、すべてが変わってしまったらどうするの?彼らが経営を乗っ取って、私を追い出そうとしたらどうなるの?」
ネイサンは彼女の手を強く握りしめた。
「君はリリー・カーターだ。誰にも簡単に追い出されるような人じゃない。契約条件や線引きをしっかり定めればいい。どんな結果になろうとも、カーター社が君と君の理想を貫き続けるように、君が守ればいいんだ」
リリーは彼を見つめ、決断の重圧に心が沈む一方、感謝の気持ちで満たされていた。
「あなたがいなかったら、私どうしていたか分からないわ」
「君は一人じゃないよ、リリー」
ネイサンは穏やかに囁いた。
「君がどんな選択をしようとも、ずっとそばにいる」




