第 26 章:余波
ヴィンスとの契約を結んだ翌日、リリーの世界はかつてないほど重く沈んでいた。自らが心血を注いで築き上げたものの一部を犠牲にした代わりに、父親は当面の法的トラブルから解放され、自由の身となった。会社を壊滅させかねない公的スキャンダルを回避できはしたものの、その勝利には虚しさだけが残っていた。
会社は依然として一連の騒動の余波に苦しんでいた。ヴィンスとの取引の情報が報道陣に漏洩し、世間の見出しは容赦なく彼女を追い詰めた。
「カーター・エンタープライゼス、悪党に身売り」
「リリー・カーター、怪しい実業家に権力を譲渡」
こうした記事が次々と掲載された。事態の展開は予測していたものの、自身の評判が泥にまみれる様子を目の当たりにするのは、耐え難い苦しみだった。
キャリアの残骸に囲まれ机に座るリリーの前で、電話が震えた。母親からの着信だ。
「もしもし、お母さん」
疲れ切った声を抑え、電話に出る。
「どうしたの?」
「リリー……」
母親の声は震えていた。
「お父さんが、あなたと話したがっているの。心から謝りたい、すべてを元に戻したいって……」
リリーは深くため息をつき、額を揉んだ。この瞬間をずっと恐れていた。問題が起きるたびに父親は謝罪を繰り返してきたが、言葉と行動が一致した試しは一度もなかった。
「すぐに向かうわ」
短く答え、電話を切った。
その日の夕方、リリーは再び父親の病室を訪れた。かつてカリスマと権力で人を圧倒していた男は、今やベッドに横たわり、儚く弱々しい姿になっていた。疲れ切った瞳で彼女を見つめ、微かな声で脇に座るよう促した。
「お前を裏切ってしまった、リリー」
しゃがれた声で囁く。
「分かってほしい。俺がしてきたすべての行い…… すべてはお前を守るためだった。事業を守り続ければ、お前の望むものをすべて与えられると思っていたんだ」
リリーは視線を落とし、喉に詰まる感情を堪えた。これまでずっと、父親に頼らずとも一人で成功できることを証明しようと生きてきた。それなのに今、父親を救うため、会社の一部を手放している。
「あなたは私を守ってくれなかったわ、お父さん」
柔らかな口調で告げる。
「自分の引き起こしたトラブルの渦中に、私を巻き込んだだけ。ずっと事態を収拾しようと頑張ってきたけれど、もう限界が近づいているの」
父親の瞳に涙が溢れた。長い年月の間に、リリーは初めて父親の本質を見つめ直した。過ちを犯した人間ではあっても、娘の許しを渇望する、弱い一人の男だった。
「分かっている」
細く囁く。
「俺はすべてを台無しにした。だけど償いたい。許してくれるなら、一緒に会社を立て直したい」
リリーは立ち上がり、窓際へ歩いて街の景色を眺めた。自分の力だけで何かを築き上げ、父親の力を借りずとも成功できることを証明するのが、長年の夢だった。だが今、もう一人ではどうにもならない現実を悟った。
「あなたと一緒に立て直す未来が、想像できないわ」
擦り切れた声で話す。
「だけど、何もかも一人で抱え込めるふりをし続けるのも、もう無理。…… 試してみてもいい。ただ、本気で変わる覚悟があるのなら」
父親は弱々しく頷いた。
「心から改める。必要なことなら、何でもする」




