サイレンは陽春に唄う ~アリエ~
今作は『サイレンは冬に哭く ~アリエ~』の後日談になります。 先にそちらを読まないと解らないかも。
それで『現実恋愛』だとオチもバレバレな気もしますが(^_^;)、まあお気になさらず。
彼はヘッドセットも外さないまま、暗い世界を見つめていた。
消えた世界。 消されてしまった世界。
VRMMO『ラストソング』。
その世界はサービスの停止と共に消滅した。
そこにいたのはもうひとりの自分と、彼女。
NPC ――ノンプレイヤーキャラクターに過ぎないはずの、ただのAIのはずの彼女の喪失にこれ程の衝撃を受けるなんてアバランシュ ――幸村 朋晃は思ってもいなかった。
――所詮はゲームじゃないのか?
――所詮はプログラムだろう?
自身にそう言い聞かせる。
三十路に近い自分がそうして今尚涙している事が情けなくて堪らない。
そう思っているのに、そうだと解っているのに動く事すらも億劫で、その理由が脳裏を過ぎるとまた涙が流れる。
――明日も、仕事なのにな……。
やるせない気持ちのまま、味気ない『義務』を思い浮かべる。
その義務感が重い身体を起こさせた。
億劫だ。
気が滅入る
――だけど所詮は仮想空間の話じゃないか。
自身に言い聞かせる、自分で思ってもいない言い訳。
――リアルに見えたってアバター、AIだろう?
思ってもいない言い訳。 それを繰り返す。
――幸村朋晃は愚かにもゲームのNPCに恋をしたのだ。
そんな結論に達した朋晃は折角起こした身を再び横たえ、布団を被る。
今はもう、全てを忘れて眠ってしまいたかった。
暗いポリゴンの海へ消えたアバランシュとアリエの様に。
真っ暗な視界の中、彼女の唄が聞こえた気がした――。
☆★☆★☆
少しだけ眠れた彼は奇妙な焦燥感に苛まれたまま、それでも外からはそれを感じさせない様に只管に感情を抑制し出社した。
彼が勤めるのはハード面で電脳業界を支える大手企業である。
『ラストソング』の様な電脳世界にダイブする為のヘッドセットやオプションパーツを製造・開発している、会社としてはまだ若手の企業だ。
中でも彼が働くのは製造。
だからこそ彼は開発された商品の使い心地を試す為、試用だけでなく、量産されたヘッドセットを真っ先に自費で購入しモニターを務めたり、細かなオプションパーツも使ってきた。
VRMMO『ラストソング』を購入・インストールしたのもそれが切っ掛けである。
それが、こうまで自身に強い影響を及ぼすとは思っていなかったのだが。
「幸村くん」
昼休み、彼に声を掛けてきたのは工場長だった。 温和な雰囲気を持つ人だが鋭い眼光が抜き身の刃を思わせる。 そんな人だ。
リアルでも刃を思わせる程強いこの人は、幸村朋晃の通った道場の師範でもあった。
「どうかしましたか? 工場長」
「……どうかしたというか……」
そう言って工場長・関谷 宗賢は言葉を詰まらせる。
何度か何かを言いたそうに口を開き、そして詰まらせた。 幾度かそんな動作を繰り返し、また詰まらせながらもそれでも口を開く。
「……こういうのは矢張り苦手だな。
わたしに迂遠な言い方は出来ないから、ストレートに言わせて貰うが」
じっと見つめられる。
見透かされる様な視線は酷く居心地が悪い。
「どうかしたかはわたしのセリフだよ。
キミこそ如何したんだ?」
そう言われ、朋晃は一瞬だけ言葉を詰まらせるものの、感情を抑えて文章を紡ぐ。 抑えすぎた感情は言葉すら真面に紡がせてくれない、厄介な、思慕の念。
「どうも、してませんよ」
ただそう言うしかない。
語る意味はない。
解決する方法もない。
発展性もなければ生産性もない、失われた人形との恋。
「…………」
宗賢はそう返した朋晃の双眸を改めてじっと見つめた。
揺らぐ瞳が語るのは、嘘か強がりか。
「……キミがそう言うならそれでもいいが、今日はもう休みたまえ」
「ぉ……私は無理を言って三連休を取ったばかりです。 休めませんよ」
朋晃の反論に宗賢は深く溜息を吐いた。 白髪混じりの頭をガシガシ掻いて、その眦を微妙に上げる。
「キミが何を思っているかは知らん。 それはわたしの踏み込む領域ではないだろう。
だが隠すつもりならそれを表には出すな。
我々の仕事は百人や千人どころではなく、それ以上の人々に影響を及ぼす可能性のある仕事だ。 場合によっては人が死にかねん。
それを理解しているのか?」
淡々と語る宗賢。 上役にそこまで言われては彼も肩を落とすしかない。
「…………すみません……」
彼はそう縮こまる。
しっかりと仕事を熟していたとは思うが、どこかにミスがあったのだろう。 もしそうでなくとも、そうなる事を危惧される程状態が悪いと見なされたのかも知れない。
「謝らなくてもいい。
明日は土曜日。 今から休みしっかりと英気を養いたまえ」
☆★☆★☆
降って湧いた様な2.5連休ではあるが、時間を持て余しそうなだけの朋晃である。
『ラストソング』はもうない。
消去こそしていない、出来ていないがあの世界へ行く事はもう出来ないのだ。 そして彼女に会う事も……。
時間が空くとずっと彼女の事だけを考えてしまいそうだった。
彼はもうアバランシュではなく幸村朋晃だというのに。
有名チェーン店で買ったハンバーガーを公園のベンチで齧り付く。
気がつくと出ている溜め息なんて、それと一緒に飲み下してしまいたいが、そんな事が出来るはずもない。
「空がひび割れていく、色が溶け出していく。
いなくなるのは昨日まで信じていたはずの未来……」
あの時の、彼女の声が脳裏に響く。
朋晃はそれを反芻し、声に出していた。
――彼女は……未来を信じていたんだろうか?
NPCである彼女はあの世界がずっと続くものだと、信じていたんだろうか?
「いなくなるのは今、手を握り合うあなたの全部。
世界のルールが消えてしまうのは今この時、目の前で……」
――アバランシュが消える事を理解し、世界が消える事を理解し
「でも泣けないの、今がわたしの全てだから。
ねえ泣かないで、これが最後の一秒だとしても……」
――違和感
言葉に出来ない違和感を抱いた時だった。
「ちょっとぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」
聞き慣れた声で、聞き慣れない勢いの言葉が朋晃に降り注いだ。
★☆★☆★
それは酷い喪失感だった。
何人もの社員が、バイトがそのデバッグに追われ、幾多のイベントを構築し、只管にアップデートを重ねた、とても手の掛かる子どもの様な、それでも愛おしい世界『ラストソング』。
しかしどんなコンテンツもいつかはその役目を終える。
いくらアップデートをしていっても、何処かで旧システムを破棄する必要に駆られる。 アップデートではその根源にあるモノは変えられないのだ。
『ラストソング』はサービス開始から10年近い月日を重ねている。 どうやってもその限界は近かった。
新コンテンツの起ち上げと前後して『ラストソング』はその停止が決まってしまうのは自明の理であったと言える。
そんな世代交代を重ねるからこそ、この業界も成長していくのだから。
そんな『子ども』がいなくなる時になって漸く、『彼女』は気づいたのだ。
自身はその『子ども』の事を知ってはいても、一度もその世界へこの身を躍らせた事などないのだと。
だがサービス停止は決定している。
新コンテンツの立ち上げまで時間はない。
だから彼女は必死になって課せられた仕事を熟した。
既に消滅へのカウントダウンの始まるこの世界を少しでも知る為に。
そして、彼女に与えられた時間は10日間――。
その一週間の残業0を獲得、最終3日間の年休を確保し、
寝惚け眼のままログを漁った、『彼女』は『アリエ』になった。
そのログの中に混ざる不協和音にちょっとした違和感を抱きながら。
☆★☆★☆
強い喪失感を抱いたまま、プログラマーの榎本 愛莉は気分転換の為に散歩をしていた。
何をしても全く集中出来ていない。
この状態のまま仕事をしていてはスパゲッティの様に絡まり合ったプログラムが出来かねない。 そんなモノを打ってしまえば後で困るのは自分であり、社のみんなである。
自身がそんなウィルス染みたコードを打つ訳にはいかないのだ。
自分が集中出来ていない原因は判っている。
『ラストソング』のサービス停止と、彼との別れ。
彼女の『ラストソング』との付き合いは長い。
何せ入社以降、新コンテンツを手掛ける事もあったが、彼女の社歴の殆どはこのゲームと共に在った。
そんな世界との別れを共にした『彼』が気に掛かるのは当然ではあったが……。
――『アリエ』はそんな『彼』に恋をしていたのだ。
ログを浚っただけでは解らなかった違和感。
『アリエ』のAIはプレイヤーが激減し、多くの空きを見せたあの世界のメモリを、広大なクラウドを使い自身を拡張していたのだ。
まるで自身を人間に近づける様に。
残り少なかったあの世界の時間を、彼と共に過ごしたのはアリエでもあり愛莉でもあった。
アバター、という意味ではなく、それ以上に二者は同一化していたと言っても過言ではない。
あの一週間程の間、AI『アリエ』と愛莉はあのNPCモデルの中に共存していたのだから。
何故そんな事が出来たかというなら、そもそもアリエと言うキャラクターは彼女を元にして作成されたNPCなのだから、であろうか?
NPCアリエを初めとする酒場の歌謡い達はサービス開始後、吟遊詩人が解りにくいとの意見から、慌てて作成されたキャラクターである。
急ぎ作成する為に使用されたAIのリーズニングや思考アルゴリズムといった考え方の根幹はオリジナルではなく、以前テストケースとして作成してあったスタッフ達の思考等をAI化したモノを使用していた。
例えばアリエなら、その思考は榎本愛莉そのものでもあったのだ。
高卒・入社直後の青い春の思考である。
少し内気で、内側へ籠もりがちな面もあった若かりし時の彼女。
急ぎであった為、表情データは数を作る事が出来ず、少し無表情気味になってしまったが、その外見は今の彼女を多少若く美化したモノになっていた。
彼に恋するアリエと、それを自身の様に体感する愛莉。
これで気にならないと言ったら嘘だ。
それでなくとも、どうも気の合う彼との会話は随分と心が弾んだのだから。
溜め息をコンビニのコーヒーで流し込む。
ここ暫くはずっとブラックだ。 胃が荒れている事は自覚している彼女だが、こういう時はどうしてもこんなミルクも入らないコーヒーになってしまう。 職場がブラックだから、とは思いたくはないが。
――せめてお腹に何か入れようかしら?
そう思い、コーヒーを片手に公園へ入った時だった。
「……色が……ていく……いなく……昨日まで……」
何か呟いている……男の人。
電話でもしているのだろう、とその後ろを通り過ぎる。 通り過ぎようとした。
「……今がわたしの全てだから。 ねえ泣かないで、これが最後の一秒だとしても……」
覚えのありすぎるフレーズに愛莉の脳内が一瞬ショートしかけ、
「ちょっとぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」
思わず叫んでいた。
「こんな所でヒトの詩を唄わないでよっ!?」
その声にその男性が、『彼』が振り返る。
あの世界の『彼』をそのまま成長させた様な、愛莉と同年代に見える男性だ。
「…………『アリエ』……?」
呆けた様な、そんな声がその口から漏れる。
その表情も呆気に取られるというに相応しい。
驚いているのが手に取る様に解る。
彼女も驚いているのだからお互い様だ。
あの世界で聞いた声。
最後まで側にいた人の声。
「……初めまして『アバランシュ』」
――自分は上手く笑えているんだろうか?
そんな事を思いながら愛莉は滲む視界の彼に微笑んで見せた。
消えた世界の『アリエ』は己の中に生まれた想いを『愛莉』へと還した
世界と共に消えてしまうはずの恋心をそっと託したのだ
いつしかクラウドの海の中で その恋が成就した事を知った『アリエ』の残滓は そっと歌い出す
電脳世界の歌姫は 陽春に その声を弾ませるのだ
もう『サイレンは冬に哭く ~アリエ~』を書いた時点でオチがバレているという体たらくでしたが、一応書き上げました。
まあ、言い訳をさせて頂くなら、アリエは完全NPCのパターンと今回の二人三脚パターンの2ルートに分岐する様なシナリオ、という形でした。
完全NPCルートだと、クラウドの中で残滓の様に残っていたアリエがやがてアバランシュと再会する感じになっていたのかも知れませんね。
本編に書けなかったんですが、朋晃の感じた違和感は『歌詞の内容が世界観から逸脱してる事』に対する違和感です。 具体的にはラストソング世界では『秒』という単位が使われていない事と『電子の海』とか言っちゃってる事ですね。
愛莉の方の違和感は、ログのあちこちに『アリエの感情らしきものが見え隠れしていた』という、綺麗に説明しにくかったので敢えて書かずにいた違和感になります(・・;)
ちなみに時系列も解りにくいので
朋晃 愛莉 アリエ
- 9日 飲んだくれ ログ攫い 舞台
ー 8日 アリエ約束 ログ攫い 約束
ー 7日
~ デート 共存デート・アリエメイン
ー 3日
- 2日
~ デート 共存デート・愛莉メイン
ー 1日
Dデー当日 最後の日 愛莉のみ
榎本 愛莉
愛莉+(榎本の)え でアリエ。
高卒で入社したので現在26歳。 プログラマー。
幸村 朋晃
アバランシュは雪崩。
幸村朋晃の名前を「雪」村とし、また「朋」を「崩」に見立てて作った。
ダイブする為のヘッドセットやオプションパーツを製造・開発している。 29歳。
『最後の砂時計』
♪空がひび割れていく 色が溶け出していく
♪いなくなるのは 昨日まで信じていたはずの未来
♪いなくなるのは 今 手を握り合うあなたの全部
♪世界のルールが消えてしまうのは 今この時 目の前で
♪でも 泣けないの 今がわたしの全てだから
♪ねえ 泣かないで これが最後の一秒だとしても
♪あなたの体温だけは ずっとわたしのリアルだったわ
♪さよならは言わないで その代わりに唄いましょう?
♪消えた星に 見えない月に 残らない想いを込めるのよ
♪涙も 想いも 電子の海へ還るのなら
♪「愛している」なんて言葉も 灯火の様に消えるだけよ
♪優しい言葉だって 激しい気持ちだって
♪なら そばにいてくれるだけでいいの
♪世界の終わりを 静かに隣で見守る様に




