29、別れ
“オキャア、チュパ”
「インシュビ―、よく飲むのですね・・・」
◇ ◇ ◇
――――小さきインシュビ―の小さな髪の毛を撫でるように、フォダネスは可愛がった。しかし付き人だるマーサは“余りその姿を見たくはない”といった表情を見せ、そう念じつつも我が子のように接してみた。するとインシュビ―はマーサのシンとした髪の毛を撫でるように喜んでいた。それもまるで親子だったかのように・・・
(素直になれない私、素直になれる貴方・・・どちらが正しいのかしらね・・・でもフォダネスを取られたくはないの・・・理解して・・・)
再びナイフのように突き立てる目線にも、インシュビ―は喜んでいた。それはどういう理由で如何なる態度なのか、誰しも理解できない意識の奥底に眠る記憶が「そうしている」としか、感じ取れなかった様だった。
だが、育ての親であるもう一つの天使マーサ或いはアマテス自身、“別れ・最後”と言うモノを未だ体験したこともなく、遠くへと離れてゆく我が子・妹を見送る意志は涙と叫びという形で表すのだった。
既にもう、フォダネスのその身にはその契りの証を宿しているのに、アマテスは再び孤独となることに離れられないで居た――――。
「子を産んだ気持ちはどうです?たちまち愛情が湧くのでしょう。ですが、星は待ってはくれないの。大人となれば産むのでしょう?だから私は貴女から少し距離を置くことにしたいのです。疼きの様な形を受け取れるのです・・・」
「疼き・・・申し訳ありません。私は王と契りを交わし身籠ったのです。そしてインシュビ―を産んだ・・・闇の女王として育てて貰った温情を貴女から奪う訳にはいかないの・・・マーサ、いえ、アマテス・・・母として妹として育てられた事は忘れません・・・ですが、私も一つの生命の母となったのです・・・」
何かがはち切れそうな感情に抑えが効かなくなったマーサはフォダネスに対してこのように伝えてしまう。それは幾つもの時を刻んで、踊りと食事を介して共に集団と動いてきた一つの独断として、助けられた気がしたからだった。
親の居ないお互いがお互いを支え合うのに、苦労は伴わないものの、食べてきた事には“熱愛”を与えていた筈だった。それがジェイルに慕われるとなると、嫌気が差した様な気がした。
――――これでは「天涯孤独だ」と。
◇ ◇ ◇
「では、私はまた独り彷徨うというの?貴女は確かに身籠り、インシュビ―を産んだ。それも光として・・・では、貴女自身は私の絆に付いて来られないの?」
「天使・・・天使はこう言った。『私はキャルク。キャルクというのは独りである事を示す』と・・・つまりマーサ、私は彼に導かれたのですよ。あの子をブレトル王に委ねる事を信じたのです」
マーサは痛みを感じた。それは疼きというよりも心証を表したモノである。何という事を言うのか、とフォダネスの言動それぞれに、棘のあるような感触を体の節々に感じ取れていた。それは自身が名も無き小さな少女たる子供へ名前を与えた時と変わらない痛みの棘だった。
「その導きには耐えられぬ苦痛をも、我がモノとしなくてはならないのよ?それ程に“あの男”に抱かれる方が・・・うぐ、」
「泣かないで・・・それも赦されるなら・・・泣かないで・・・」
アマテスは必死にフォダネスの意を掴もうとする。魅惑の頃の様に共に糞を、男を、ナイフを、朝を受入れてきた仲だからと新たなる王の道を天使の力を以って、どうにか止められないものかと彼女の意識を、結ばれた糸を引きつけようとする。
――――だがそれをもフォダネスは振り切るのだった。
“ごめんなさいね”と言わんばかりの瞳を以って――――。
「意志が異なる場所を求めよう・・・それが私達の定めなのね・・・」
「あの方を認められ、交信を長き時を刻むと、ようやく子を産んだ。宇宙の意志にそぐわぬように・・・」
「もう、貴女とは定められなくなった・・・過去が、現在が、未来が見えないのならいっそ・・・」
◇ ◇ ◇
突如の反動を消す事は出来ない。それは深き愛情を改めても宇宙は何も答えてはくれない。マーサは次にフォダネスが何を伝えて来るのか最早、理解できなくなってきた。あの天使ドレスミーから同様に遠き場所へ飛べます様に、と願いを聞き入れてくれた状況を思い返す様に・・・だが!
「貴女とは、これで最後です・・・アマテス・・・さようなら!」
その言葉だけは聞きたくなかった。帰って来てほしかった。我が子の様に、妹の様に慕ってきたその記憶には、数多なる星さえも見送るほかなかった。その糸は赤くも脆く解れていったのだった。
しかしアマテスはその美しい声をも叫ばせ、フォダネスを延々と呼び続けるのだった。“私の下に来て、独りにしないでほしい”という意を込めて。
―――フォダネぇぇぇ―――――スッ!!帰ってきてよォォ―独りは嫌ァァだ――ッ!!
うわぁァァァ――――ああああ―――ッ!!!
その想いは、やがてブレトルとフォダネスの間に繋がる。それをインシュビ―に伝えられる様に、時が刻まれていった。居城たる場を去るのはマーサと成るアマテス自身であった。ジェイルはその姿を何事も無く見守った。それでも寂しさと孤独は収まる事は無かった。
「マーサが去りました・・・フォダネス様、いいのですか?」
「ええ・・・いいのです」
◇ ◇ ◇
育てられて育てた。
育てたのに育てられた。
もう、二度と現れない様に、と。
それが「疼き」へ変わり、変容を越えて舞い降りたと―――
“フワッ”
それは突如訪れます。




