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【書籍化決定】追放された黒剣士は白聖女と辺境でのんびり暮らしたい。~え? 聖女と一緒に戻ってきてほしいって? もう遅い~  作者: 九条蓮


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第77話 四人の作戦会議

 村長宅を出る頃には、陽はだいぶ高くなっていた。

 とはいえ、昼というにはまだ早い。朝の冷えを残した風が、村の屋根と畑を撫でていく。


「……ふああぁ~」


 背後で、盛大な欠伸がひとつ上がった。振り返るまでもなく、誰のものかはわかる。


「やっと起きたか」


 村長宅の玄関先で、ロイドは肩越しに声を掛けた。

 そこには、ぼさぼさの緑髪を片手でぐしゃぐしゃとかき回しながら、目元をこすっているフランと、その隣で腕を組んだまま静かに立っているエレナがいた。


「うぅー……寝たって感じはするけど、身体がバキバキなんですけど」


 フランが、ぐるりと肩を回す。

 それでも、その顔色は明け方よりずっと良かった。瞳の奥の光も戻っている。


「文句を言えるくらいには回復したんだろ。なら上等だ」

「それはそう。エレナはー?」


 問いかけるような視線に、エレナは軽く片眉を上げるだけだった。


「魔力は八割ってところね。これ以上寝転がってても、増えるものでもないし」


 その言い方があまりにいつも通りで、ロイドは少しだけ安心した。

 口調は淡々としているが、瞳は静かに冴えている。彼女も彼女なりに準備は整えたらしい。


「じゃあ、そろそろ行きながら話すか」


 ロイドは、玄関先で待っていたルーシャに目をやる。

 彼女は既に修道服の上から簡易の法衣を羽織り、腰にはいくつもの小さなポーチを提げていた。薬草と魔力ポーション──この数日のうちに、すっかり現場仕様の身のこなしが板についた感がある。


「はい」


 小さく頷いたルーシャを先頭に、四人は村外れへ向かって歩き出した。

 村の中央を貫く土道は、いつもより行き交う人影が少ない。家の窓からは、子どもたちの気配だけがかすかに漏れてきた。外では、見張りの若者たちが柵の確認や武器の点検をしている。昨夜のうちに避難してきた老人たちも、家の前で腰を下ろし、じっと森の方角を睨んでいた。


(どいつもこいつも、いい顔してやがる)


 昨日の魔物の襲来を見て、皆も怖くないわけがない。それでも、彼らは自分の足で立とうとしていた。その背中を視界の端に収めながら歩いていると、自然とロイドの胸の内にあった緊張も、少しだけ形を変えていく。

 村外れに近付くと、足下の土は踏み固められた道から、柔らかな草混じりの大地へと変わった。

 少し先には、瘴気の森の縁が薄く霞んで見える。その向こう側、さらに奥にあるはずの神殿跡を思い浮かべると、胃の底がひやりと冷える。


「で、作戦会議ってことでいいの?」


 エレナが横に並び、視線だけをこちらへ寄越した。


「ああ。歩きながらで悪いけどな」


 ロイドは頷き、森の方角に顎をしゃくる。


「神殿は実際どんな感じだったの?」


 フランが訊いた。


「どんな感じ、か……実際見てもらった方が早いんだけど、まぁ典型的な神殿の廃墟って感じかな。今は壁も柱も半分土に飲まれてるけど、そこから瘴気が霧みたいに湧いてた。薄墨を煮詰めて、空気に混ぜたみたいなやつだ」

「楽しそうな場所じゃないわね」


 エレナが、うんざりしたように嫌そうな顔をしていた。


「ああ、全くだ。んで、祠は神殿の手前の台地に、ちょこんと乗ってた──いや、正確には乗ってた()か。屋根は潰れて、木は内側から外へ向けて裂かれてた。石の継ぎ目のヒビも、内側から押し広げられた感じだったしな」

「中からぶち破ったってわけ?」


 エレナの声には、僅かに恐怖が滲んでいた。

 結界魔法も扱えるからこそ、その異常性がよくわかるのだろう。

 ロイドは短く頷く。


「ああ。ルーシャの見立てだと、封じられてた魔物がずっと力を溜めて、結界を内側から粉砕した可能性が高い」

「そんなに簡単に結界って内側から壊せるもんなの?」


 フランがルーシャに訊いた。

 ルーシャは首をゆっくり横に振る。


「いえ。そもそも、封じ込めるためのものなので、普通は中から壊せるわけないんですよ。それに……村の人たちの話では、何代か前の聖女様が作ったそうなので、強力なのは間違いないと思いますし」

「せ、聖女様の封印解いたの!? それって、かなりヤバいんじゃない……?」


 フランがおそるおそるといった感じでこちらを見てきたので、ロイドは乾いた笑みで応えてみせた。


「周囲には魔物も多かった。大体は昨夜相手にしたのと同じで、不死系の魔物とオチューだったかな。奥の瓦礫には、でかい熊の魔物も寝そべってた」

「グリズリーかしらね」

「そんなところだろうな。どいつもこいつも、瘴気を吸い込んで強化されてる感じだった。あの時は、数も質も全部わかっているわけじゃなかったから、中までは入らずに引いた」


 あの『見られている』感覚。

 祠の奥からの視線に、背骨の内側をなぞられたような悪寒が走ったことを思い出す。


「……だから、神殿の中の構造はまだわからない。階段を上ったところまでは見てるが、そこから先は未知だ」

「中に入るまでに、周囲の魔物をある程度片付ける必要がある、と」


 エレナが短くまとめる。

 ロイドは頷き、少し前を歩く位置に出た。

 

「そこで役割分担だ」


 ロイドは、一度立ち止まり、三人を見回した。

 村と森の境目あたりで、風の匂いが少し変わる。草の青さに、わずかに瘴気の鉄臭さが混じり始めている。


「基本は、俺が先頭で敵の迎撃と判断をやる。罠の確認も一応はしていくが……」


 そこまで言って、フランの方へ顎をしゃくる。


「罠や地形の危険察知は、お前が得意だろ。フラン、お前は俺の左右を固めてくれ。自分の身は自分で守りつつ、危ない足場や崩れそうな場所があればすぐに教えてくれ」

「うぇぇ……やっぱあたしも前出るんだ……」


 フランが、鉄槌を抱えたまま情けない声を出す。

 しかし、その肩には新しい装備がひとつ増えていた。腕から肘にかけて装着された、小ぶりな光の盾だ。淡い金属光沢の上に、聖印が刻まれている。


「そう言う割には、ちゃっかり装備が増えてるじゃないか」

「あ、これ? エレナとふたりで動くようになってから、前衛的な役割がやたら増えちゃってさ。さすがに丸腰で突っ込むのは怖くなって、光の盾をクロンに仕入れてもらったんだよねー」


 言いながら、フランは盾をぽん、と叩いた。

 クロンの顔を思い浮かべる。あの商人のことだ。きっと特別価格とか何とか言いながら、しっかり利は取っているのだろう。それでも、こうして身を守る術が増えたのなら、文句を言う筋合いはないのだが。


「じゃあ、問題ないな。遠慮なく前衛を任せられるよ」

「ひどっ」


 言いつつも、フランの表情はどこか誇らしげだった。

 前に出る怖さと、自分が役に立てる嬉しさ。明らかに、ユリウスとパーティーを組んでいた時より活き活きとしている。


「エレナはいつも通り後衛だ。広範囲魔法でできるだけ多くを仕留めたり、強い敵の動きを止める制御魔法なんかで援護してくれたら助かる」

「了解よ」

「中に入ってからは、探知も頼む。前後左右どこから飛び出してくるかわからないからな。状況を見て、最優先で危険度の高い奴から潰してくれ」

「やることが多いわねー。まあ、いいけど」


 エレナはあっさりと言ってのける。

 その声音には、余計な虚勢も不安も滲んでいない。客観的に自分の役割を把握し、それをこなすことに集中しているだけだ。


「で、ルーシャは──」


 ロイドは、少しだけ言葉を区切ってから、ルーシャへ視線を向けた。


「全体の支援、結界や防御魔法、敵の制御、瘴気の浄化、それから回復全般。余裕があれば、神聖魔法で敵も倒してくれ」

「わ、私だけ多くないですか?」


 おずおずとした声が返ってくる。

 確かに羅列してみると、彼女の役目だけ桁違いに多い。だが、それだけのことを今までやってきている事実もまた、変えようがなかった。

 少なくとも、ロイドとふたりでいる時はこれを彼女は自然とやっていた。


「まあ、そこは〝白聖女〟様のお手並み拝見ってことで。冗談は抜きにして、正直ルーシャがいるかいないかで成功率は段違いだからな。頼り切るつもりはないけど、頼れるところは頼らせてくれ」


 そう告げると、ルーシャは一瞬だけ驚いたような顔をした。

 それから、ぎゅっと胸の前で手を握りしめる。


「わかりました。全部、頑張ります」


 その声に嘘はなかった。

 責任感と、ほんの少しの誇りが混ざった響きだ。


「というわけで、前衛はほぼ俺ひとりなのがネックなんだけど……」


 ロイドは剣の柄を軽く親指で指しながら苦笑する。


「フランもいるし、後ろには〝白聖女〟もいるからな。死にさえしなければ大丈夫だろ」

「いやいやいや、そこで『死にさえしなければ』って言っちゃうあたりがもう怖いからね? あたしも前衛側だし」


 フランが慌てて両手を振った。


「安心しろ。息さえしてれば首の骨が折れててもルーシャがすぐに治してくれる」

「はい。任せてくださいっ」

「じゃあ、安心だねー……って、ンなわけあるかっ!」


 自分で自分にツッコミを入れて、フランが地団駄を踏む。

 ルーシャが、思わずぷっと吹き出した。エレナも口元だけで小さく笑っている。

 張り詰めた空気に、少しずつ笑いが混じった。

 それだけで、胸の奥に溜まっていた錆びついた重しが、少し軽くなった気がする。


「そういえばさー」


 笑いが落ち着くかどうかのタイミングで、フランがぽんと手を叩いた。


「前にレッドドラゴンとやった時、ユリウスが勝手に突っ込んで大惨事だったよねー」

「……お前、よくそんな嫌な話題を選ぶな」


 ロイドは思わず額を押さえた。

 炎と咆哮と悲鳴の入り混じった、あの最悪の一戦を思い出す。ユリウスが「今だ!」と叫んで突っ込んだ結果、全体の布陣が崩れ、フォローに回る方が死ぬ思いをした。結果、ロイドは〈呪印(マリス・グリフ)〉の力を行使せざるを得なくなったのだ。


「いやぁ、だってさ。当時のあたし、完全に後衛だったからさ。後ろから見てて『やめてーーー!!』って心の中で何回叫んだことか」

「まあ、あいつは……そういう男だったからな」


 力だけは突出していて、だからこそ自分がどれだけ無茶をしているのかを理解しないまま走れてしまう。

 それを止める役割を果たせなかったことも含めて、ロイドにとっては苦い記憶だ。


「まあ、このメンツならそんな暴走する奴いないからな」


 苦笑混じりにそう言うと、エレナが「そうね」と肩を竦めた。


「少なくとも、自己陶酔で突撃するような馬鹿はいないわ」

「言い切ったねぇ」


 フランが楽しそうに笑う。

 ユリウスの不在を、今さら引き合いに出して責めるつもりはない。それでも、こうして「今のメンバーなら大丈夫」と言い切れること自体が、ロイドには少し不思議で、そして心地よかった。

 瘴気の森が、徐々に近付いてくる。

 空気の重さが、ほんのわずかに変わるのが肌でわかった。その変化を感じ取ったのか、ルーシャがきゅっと表情を引き締める。


「でも……万が一、私がやられてしまったら封印自体ができなくなってしまうので、その時は迷わず引き返してください」


 真面目な声音だった。

 ロイドは足を止め、彼女の方を向き直る。


「そんなの、俺が許すわけがないだろ」


 即座に返した。

 考えるまでもない。違う選択肢を想像することすら、拒絶したかった。


「そーそー。あたしがルーシャには指一本触れさせないって!」


 フランも続いて鉄槌をぽんぽんと叩く。

 その仕草に、妙な軽さはない。冗談めかした声の奥に、彼女なりの覚悟が見えた。


「でも、あなたが切り札なのは変わりないわ。くれぐれも、無茶だけはしないようにね」


 エレナが、少しだけ目を細めて釘を刺す。

 その視線は優しさとも厳しさともつかない色合いだった。


「……はい。わかりました」


 ルーシャは一拍置いてから、素直に頷いた。

 その頬には、緊張と同じくらい、嬉しそうな色も差している。


(仲間、か)


 ロイドは、三人の横顔を順に見た。

 鉄槌を担いで気負いを笑いに変えようとするフラン。

 冷静を装いながらも、仲間のことを誰より気にかけているエレナ。

 そして、自分が支えだと言われながら、逆にこちらを支え続けているルーシャ。

 どいつもこいつも、面倒くさいくらいに真っ直ぐで、こちらが甘えそうになってしまう。


(前に、ユリウスと一緒にいた時も『パーティー』だったことには変わりないはずなんだけどな)


 その言葉の重みは、今とはまるで違っていた。

 力のバランスや役割で形だけ作られた隊と、互いに命を預ける覚悟で組んだ『仲間』。その差が、肌でわかる。


「よし。確認はこんなところだ」


 ロイドは、改めて森の方へと向き直った。

 村の屋根が背後に遠ざかり、前方には瘴気の薄い膜が漂い始める。


「ここから先は、一歩ずつだ。危ないと思ったらすぐ声を出せ。……四人で行って、四人で帰るぞ」


 自分自身に言い聞かせるように、胸の内で静かに繰り返す。

 その決意に呼応するように、右手の〈呪印(マリス・グリフ)〉〟がほんの僅かに熱を帯びた。


「まだ、皆さんお家も見せてあげられてませんしね」


 ルーシャはエレナとフランの方を振り向いて、くすりと微笑んだ。

 フランとエレナも、それぞれにやりと笑う。


「そうそう! 憧れのマイホーム!」

「この依頼の報酬で家具も揃えられそうだしね。もう安宿暮らしもこりごりなのよ」

「隣のおっさん、いびき煩かったしねー」


 フランの不満に、ふっと三人が笑う。

 四つの足音が重なり、瘴気の森へ向かう土道に、ゆっくりと刻まれていった。

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