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第7話 ふたりの目的地

 馬の背に揺られながら、ロイドは曇り空を見上げていた。

 鬱蒼とした森を抜けるまでは、騎乗中も気を抜けなかったが、木々の切れ間から光が差し始めて空がひらけると、ようやく緊張が和らいでくる。


「……綺麗ですね」


 前に座ったルーシャが、遠慮がちにロイドの胸元に寄りかかるようにして、ぽつりと呟いた。

 ずっとロイドに触れないように背筋をぴんとさせていたので、もたれていいぞと言ってやったのだ。


「ああ。人の手が入ってない分、自然そのままの景色だ」


 まだ夜は明けきっていない。できれば夜明けまでにもう少し離れたかったが、馬の歩調は次第に重くなり、鼻から漏れる呼気も荒くなってきている。

 一応、三頭の馬のうち、一番頑丈そうな馬を選んだつもりだ。しかし、人間ふたりに大荷物を背負わせたままの長距離行軍では、いくら頑丈な馬でも限界は近い。何度か歩調を落としては進んできたが、そろそろ疲労も隠せなくなっていた。

 視界の先に開けた小さな草原を見つけ、ロイドは手綱を引く。


「……ちょっと休もうか。馬も限界だ」

「はい」


 二人は馬を降り、草地に腰を下ろした。ルーシャが小さく「ありがとうございます。ゆっくり休んでくださいね」と馬の首を撫でるのを見て、ロイドはこっそりと苦笑を漏らした。

 本当に優しい。馬なんて乗り物同然だと思っていたので、感謝など考えたこともなかった。

 ルーシャは荷物の中から干し肉と干し果物、水袋を取り出し、軽く朝食の準備を始めた。朝焼けに染まりつつある空の下、簡素な食事でもどこか温かみがある。

 パーティーを追放されて、殺し合いをして、そして〝白聖女〟を救い出して、その少女と一緒にこうして食事を共にしている。何だか信じられないことばかりが起きている気がした。


「それで……どこに向かっているのでしょう?」


 食べながら、ルーシャが訊ねてきた。

 ロイドは答えた。


「ここから数日馬を走らせたところに、廃村がある」

「廃村?」

「ああ。もう十五年ほど前に滅んだ村さ。俺の生まれ故郷でな。雨風だけでも防げるなら、一旦そこでいいんじゃないかなって思ってた」


 パーティーを追放されてから考えていた、唯一の目標。それが、生まれ故郷の廃村を訪れること、だった。

 祖父の死とともに〝影の一族〟の隠れ里を出て──と言っても、もう祖父ひとりしかその里にもいなかったが──から、少しだけ生まれ故郷の村の状態について、調べたことがある。話によると、廃墟と化してはいるものの、いくつかの家屋はまだ形を保っているという。もしかしたら野盗や魔物の住処になっている可能性もあるが、家屋が形を残しているなら、最低限の手入れで住めると考えたのだ。

 ロイドはパンをちぎりながら、自嘲気味に口を開く。


「それから先は……まだ何も考えてない。俺も、立場的にはあんたと変わらないからな。適当に家を修繕しながら、そこで暮らせばいいかなって」

「……そうですか」


 ルーシャは俯いてそう呟いた。

 彼女とて気になることは色々あるだろうが、そこを追及する気はないらしい。


「一応、その廃村の近くにはそこそこ大きな町もある。もしよかったらそこまで送っていくけど……どうする?」

「あっ……えっと」


 ルーシャは静かに指先を組んで考え込むように俯いた。

 やがて迷いを振り払うようにそっと息を吸い込むと、ゆっくりと顔を上げて……こう言った。


「あの……私もそこにご一緒させてもらうことって、できませんか?」

「そこって、廃村?」

「はい。町には教会もあると思うので……やっぱり、ちょっと怖いです。もちろん、ロイドのご迷惑でなければ、ですが」

「いや、それは構わないけどさ」


 ロイドは眉をひそめ、首を横に振った。

 彼女の言い分もわかるのはわかるのだが、何もない、安全も保障されていない廃村で男とふたりで過ごすことを推奨できなかった。

 というか、彼女は出会って間もないロイドのことを信用し過ぎている。こちらが悪漢だったり人売りだったりしたら、どうするつもりなのだ。まあ、だとすればあの場で神官騎士たちの邪魔をすることもなかったとは思うが。


「でも、本当にただ廃屋がぽつぽつあるくらいだと思うぞ? 雨風がギリギリ防げるだろうけど、多分家として機能はしてない。俺も話に聞いた程度だから、実際にどんな状態かはまだ見てないんだ」

「それなら、大丈夫ですよ」


 予想に反して、ルーシャはにっこりと微笑んで答えた。


「大丈夫って、何が?」

「こう見えて、〈修繕魔法(リペア)〉も使えますから。きっと、お役に立てると思います」

「ああ……なるほど」


 そっちじゃないんだけどな、と思ったものの、それ以上は追及しなかった。

 さっき彼女に言ったばかりではないか。自分が不利になることは言うな、と。

 それに、彼女が一緒にいてくれると、ロイドにとっても心強い。万が一〈呪印(マリス・グリフ)〉が暴走しても、彼女が何とかしてくれるという安心感がある。

 男とふたり云々の問題は、ロイドが何の劣情も抱かなければそれで済む話だ。


「……じゃあ、一旦一緒に村まで行くか。そんで、その状態を見てから決めよう」

「はいっ」


 ロイドの懸念を他所に、ルーシャは元気よく頷いた。


(やれやれ……どうなることやら) 

 

 ロイドは小さく息を吐き、曇り空の向こうを見上げた。

 重い空。けれど、その端が、ほんの少しだけ、淡く明るくなっていた。

 ただ、こうして飯が食えて、目的地が決まった。それだけでも、大きな一歩だろう。


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