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【書籍化決定】追放された黒剣士は白聖女と辺境でのんびり暮らしたい。~え? 聖女と一緒に戻ってきてほしいって? もう遅い~  作者: 九条蓮


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第51話 クロンとルーシャの提案

 ロイドは背凭れに軽く背を押し当て紅茶を一口飲んだ後、ふたりへ向き直った。ここで宙ぶらりんのままにしておくわけにはいかない。一応、エレナとフランの今後についても話しておいた方がいいだろう。


「なあ、一つ質問なんだけどさ」

「なによ?」

「お前らはどうしても自分の無実を訴えて、ユリウスの野郎を貶めたいのか?」


 なるべく棘がないように問うたつもりだが、抑えきれない苛立ちが声に滲んだ。

 ロイドとしても、ユリウスには良い印象がない。エレナたちの話を聞けば尚更だ。無能な戦士が残り、エレナとフランが脱退した今、彼の勇者としての冒険は厳しくなることは想像に容易い。だが、パーティーメンバーをクビにしたり守らなかった過去を棚上げし、仲間を死んだことにして新しい人材を探す──その性根には共感できなかった。多少は苦しめ、と思わなくもない。

 エレナは瞬きを一度だけ挟み、杖の石突を床に軽くつけてから、小さく溜め息を吐いた。


「別に、そういうわけじゃないんだけどね。ただ、追われて生きるとか、王命に背いたとかって言われるのが嫌っていうか。自由に生きられるなら、別にユリウスとか今更どうでもいいわ。まあ……腹が立つっちゃ腹が立つんだけど」


 ことさら感情に流されるでもなく、吐き出した息の先に小さな棘だけを残すような言い方だった。

 エレナからすれば、強姦未遂の被害に遭っている。完全に許してやることもできない、というのが心情なのだろう。

 フランは両手の指を重ねたり離したり、膝の上で落ち着きなく形を変えながら、エレナの言葉を引き継いだ。


「どっちかっていうと、あたしもそっちかなぁ。仮に教会に戻れたとしても、きっと『王命を果たせなかった奴』って感じで見られることは変わりないだろうし」


 ふたりの顔つきは、依然として悩ましかった。強い怒りに任せるでも、泣きつくでもない。ただ、行き場を失った思いが眉間の皺となって居座っていた。

 ロイドはその重みの輪郭をなぞるように目を細めた。

 ふたりとも、頭ではわかっているのだろう。仮に国王がふたりの無実を認め、ユリウスの虚偽を断じたとしても、以前と同じ場所には戻れない。目印も、肩書きも、一度ひしゃげた骨組みは元通りにはならないのだ。

 もともと帰る場所がなかったロイドとふたりでは、立場が異なる。本来あるべき場所に帰れないのは、さぞ辛かろう。


「じゃあ……そんなふたりに僕から提案なんだけど」


 その時、クロンが小さく咳払いをし、間合いを測るように口を開いた。

 机上の羽ペンを硝子瓶に戻し、椅子を軋ませずに前のめる。どこか、心づもりしていた声音だった。


「エレナちゃんとフランちゃんだっけ。君たちもこの町で〝なんでも屋〟をやってみるってのは、どうだい?」


 クロンの唐突な提案。虚を突かれたのは、ロイドも同じだった。

 エレナとフランは目を丸くし、互いに顔を見合わせる。


「え?」

「あたしらが、〝なんでも屋〟?」


 クロンは静かに頷いた。

 子供顔の皮肉な落ち着きが、こういう時は頼もしい。


「そう。さっきも言った通り、ロイドたちの知名度が上がりすぎてしまったのは、僕が彼らに頼り切りだったことと、彼ら以外に〝なんでも屋〟がいなかったからだ。もし別のふたり組の〝なんでも屋〟がいれば、情報や噂も錯綜するし、外の人たちには曲がって伝わるんじゃないかな?」


 伝聞なんてそんなものだよ、と〝子供商人〟は肩を竦める。

 確かに、とロイドも内心で頷いた。一本しかない足跡は真っ直ぐ追えるが、二本、三本になれば途端に追いづらくなる。足取りを散らすという意味でも、悪くない提案だった。エレナとフランならば、実力も申し分ないので、多くの仕事をこなせるだろう。


「〝なんでも屋〟の評判が良いせいで依頼も多くてなってきて、ロイドたちだけでは捌けないなと思っていたところなんだ。もちろん、君たちが生活に困らない程度の報酬は、ちゃんと出すつもりだよ。まあ、仮に依頼が途切れたら、僕の隊商(キャラバン)の護衛でもお願いしようかな」


 思わぬ提案に、ふたりはまたきょとんと目を瞬かせた。

 フランが小声で漏らす。


「……だって」

「どうする?」


 エレナが受け取り、短く返した。

 迷いはある。だが、拒絶の色は濃くないようだ。

 ロイドはそこで、背中を軽く押してやることにした。


「他に特にやりたいこともないなら、とりあえずちょっとやってみたらどうだ? 答えが出るまでの間の期間限定って感じでさ。もし危険が伴いそうな依頼なら、俺たちも一緒にやってもいい」

「だね。それがおすすめだ」


 クロンが即座に相槌を打つ。

 ふたりで並べた踏み石が水面にすとんと沈む音がした気がした。


「あたしは……〝なんでも屋〟、アリかな。他に行くところもないし、ちょっとやってみたいかも」


 先に答えを出したのは、フランだった。

 その声には、さっきまでの翳りが少し晴れている。こういう時、彼女の決断力の速さは武器だ。


「エレナはどう?」

「そうね……一旦チャレンジしてみようかしら」


 エレナも唇の端を上げ、頷いてみせる。

 流されたというわけではないが、フランがやるなら、という感じだろうか。

 そこで、クロンが手をパンと叩いて椅子から立ち上がった。


「決まりだ。じゃあ、これから宜しく頼むよ。もし依頼がほしい場合は、うちの事務所まで来てくれ」


 エレナの前まで行くと、クロンは手を差し出した。エレナが先に握り、フランも握手を交わす。

 二組目の〝なんでも屋〟、決定だ。

 情報の流れも、足取りも、少しは攪拌されるだろう。もしかすると、一緒に大型依頼にあたる日が来るかもしれない。それはそれで、楽しみだ。


「でも、そうなると……この近くに拠点がほしいわよねぇ」

「さすがに毎日宿代かかるのきついもんね。安宿だと落ち着かないし」


 明るくなった表情も束の間。すぐに、ふたりの顔に不安が滲み出る。

 宿の寝台は流れ者の背中には優しいが、塒としては心許ない。誰でも出入りできる分、急襲される危険が伴うし、物音なども気になるだろう。


(どうしたもんかな……)


 ロイドが考えを巡らせていると、一拍の沈黙の後、隣のルーシャの目元に閃きの影が差した。


「あの、ロイド」


 ルーシャはこちらへ身体を寄せて、声を潜めた。


「ん?」

「使えそうな家、村にまだ結構ありましたよね?」


 その問いだけで、彼女の意図が伝わった。

 確かに、ザクソン村跡地には手を入れれば住める廃屋がいくつかある。もう一軒修繕し、エレナたちに使わせたらどうか、という絵だ。


「直すってなると、ルーシャが大変だと思うけど……いいのか?」

「私なら全然平気です。それに、同世代の方が近くに住んでいるというのも、憧れますし」


 言いながら、頬を淡く染め、照れを隠すように微笑んだ。

 彼女にしかない、あの柔らかな芯。見ているだけで、心地よくなる。


「よし。そいつでいこうか」


 ロイドは短く頷いた。

 そういえば、ルーシャは修道院を出てから同世代の人付き合いがなくなったと言っていた。年頃の娘であるし、やっぱり同世代の同性の友人とはお喋りしたい時もあるのだろう。


「なになに?」

「内緒話?」


 目の前で、こそこそと声を交わすふたりを、エレナとフランが訝しむように首を傾げた。

 ルーシャはふたりの方へ向き直り、にっこりと笑みを浮かべてみせる。

 

「すみません、ちょっとした提案があるのですが……もしよかったら、私たちとご近所さんになりませんか? 今は暮らせる状態でないので、今すぐに、というわけにはいかないのですが」

「ちなみに、家賃は無料(タダ)だ。グリテリッジからはちょっと離れてて不便だけど、馬さえありゃ問題ない。共用になるけど、風呂もあるぞ」


 ルーシャの言葉を引き継ぐ形で、ロイドも利点を重ねた。

 町までの移動距離が不便ではあるものの、その分静かだし、人の目を気にしなくていいという利点もある。

 風呂も毎日入れるし、割と悪くない立地ではあると思うのだ。


「何よ、その怪しげな話は」

「ご近所さんって、どういうことですか?」


 ふたりの眉が、同時にぴくりと跳ねた。警戒、訝り、半信半疑。全部が顔に出る。

 ロイドとルーシャは顔を見合わせ、小さく笑う。ルーシャが素直に明かした。


「実は私たち、廃屋をリフォームして暮らしてるんです」


 その言い方が、どこか嬉しそうで、少しだけ照れていて。

 エレナの眉がもう一段動く。


「そこで暮らしてる……?」

「あの。さっきから気になってたんですけど……もしかして、ロイドと聖女様って」

「はい、一緒に住んでます」


 ルーシャの返答に、フランの顎が外れかけたみたいに下がった。エレナも、ひびの入った石像のように固まっている。

 ふたりの視線が痛いほど刺さり、ロイドの頬に遅れて熱が集まってきた。フランが何とか言葉を繋ぐ。


「そ、それって……ただ同居してるってだけ、ではないんですよね?」

「えっと。昨日までは、そうだったんですけど。今は……」


 ルーシャはちらとロイドを見上げ、みるみる赤くなって、慌てて視線を落とした。軽く喉が鳴る。

 一瞬だけ、今朝の柔らかな光と彼女の体温が、蘇ってしまった。


「あー、やっと進展したんだね。おめでとー」


 クロンはわざとらしい棒読みで言い放ち、羽ペンの先で机を突きながら、肩をすくめて見せた。もしかすると、ずっとふたりを見ていた彼だからこそ、思うところがあったのかもしれない。

 場の空気が一度、変なところで緩んだ。

 いや、緩んだのだろうか? エレナは相変わらず固まったままだし、フランは頭を抱え込みそうな勢いで嘆き始めた。


「うぅ、あたしヤバい秘密握り過ぎてもう元の生活になんて戻れないよぉ! 聖女様をテゴメにした男が身内にいるなんて……嗚呼ッ、女神様! あたしはこの秘密を死ぬまで抱えていかなければならないのでしょうか!?」

「テゴメゆーな!」


 反射的に言い返すと、机の向こうからクロンの小さな笑いが漏れ、ルーシャはリンゴみたいに顔を真っ赤っかにして俯いてしまった。

 そんな空気に、エレナもようやく肩の力を抜いた。呆れと諦め、それからほんのわずかな安堵が、薄い層になって重なっていくように見えた気がした。

 結局その日は一旦そこで開きになって、後日一度ザクソン村跡地にエレナとフランが遊びに来るということで、話は終わった。

 昨日から今日にかけて、慌ただしく色々変わり過ぎだが……悪くない。何となくそう思わされた。

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