番外編 勇者様の仲間探し②
三人目はすぐに現れた。
まだ若い青年剣士だ。擦り切れた革鎧に、手入れの行き届いていない安物の剣。だが、目だけは真っすぐだった。
(悪くない目をしてるじゃないか。でも……剣士か)
正直、前衛はガロとユリウスがいれば十分だ。というか、治癒師か魔導師を要望したはずなのに、何故剣士が出てくるのだろうか。
ただ、もう我が儘を言っていられる状態ではなかった。とりあえずは仲間を増やして実績を作らないことには、何も始まらない。
青年は扉のところで一礼すると、真っ先にユリウスの前へ進み、膝をついた。
「勇者様に仕えるなんて、光栄です。ぼ、僕、命をかける覚悟はできています!」
「おお……!」
その素直さは、ユリウスの干上がった喉に一滴の水のようだった。プライドが、わずかに潤う感覚。
そう。この眼差しだ。ユリウスたちは、国王が認定した勇者パーティー。本来、こういった眼差しを向けられるべき立場なのだ。
「よし、君に決め──」
「待ってくだせえ、ユリウス様」
決定の言葉を、ガロが遮った。
気持ちよくなりかけていたところに水を差された気分になり、ユリウスは顔を顰める。
「何だ、ガロ」
「……ちょっと、こいつの腕試しをさせてもらっていいですかい?」
何か思うところがあったのだろう。
ガロが値踏みするようにして、青年を見下ろした。
「……わかった。では、実技を見てやってくれ」
ガロが肩を回し、小さく頷く。
それからギルドの裏手、傭兵たちの練習場へと場所を移した。
小さな土の闘技場が中央にあり、ここで練習試合などをしているらしい。
他の傭兵たちも面白がってぞろぞろとついてきていた。
木剣が配られ、ガロと青年が構えを取った。ガロは本来斧使いだが、剣も扱えるらしい。
そこで青年の構えを見て、「おや?」と思う。
足幅も浅く、重心も甘い。何だか、新兵みたいな構えだ。
「では、始めろ」
ユリウスの合図と同時に、ガロがゆるりと一歩踏み込む。
青年が木剣を振りかぶって、ガロに襲い掛かった。
「やぁっ!」
掛け声とともに、青年は剣を振り、連続攻撃を仕掛けた。
だが、ガロは大きな体を微塵も揺らさず、木剣を軽く捻るだけでその全てをいなしていく。
木がぶつかり合うような音すら起きず、力の流れを外されて空を切る音ばかりが響いた。
「……もういいか?」
低く呟いた次の瞬間、ガロの木剣が鋭く閃いた。
手首へ軽く一撃を加えられ、青年の剣は宙を舞った。乾いた音を立て、土に落ちる。
振り向いた時には、もう木剣の切っ先が喉元にぴたりと当てられていた。
「終いだ」
野次が飛ぶでもなく、周囲は静かだった。あまりに一方的で、笑いにすらならなかったのだ。
ユリウスの胃が、軋む。
「やっぱりな……お前、実戦経験ないだろ。こんな実力じゃ、せいぜい荷物持ちにしかなりやせんぜ」
ガロは木剣を肩に担ぎ、大きく溜め息を吐いた。
青年は顔を赤くして土を払う。
「も、もう一度やらせてください! 今のはちょっと油断しただけで──」
「もういい。結構だ」
ユリウスの声に、青年が肩を落とす。
あまりに実力不足。態度こそよかったが、実力では新米兵士以下の素人だ。
「……悪いことは言わねえ。お前、傭兵はやめておいた方がいいぞ。その腕じゃすぐに死ぬ」
ガロは青年を横目で見て言った。
こう見えて、この男は近衛騎士隊長だ。数多くの兵士を見てきたが故に、青年の立ち振る舞いから一瞬でその実力を見抜いたのだろう。
確かに、態度は素晴らしかった。しかし、現実は残酷だ。弱者を入れれば、パーティーは立ち行かなくなる。
ギルドマスターはやれやれと首を横に振った。
「申し訳ありませんが、今日出せるのはこの三人だけです。ユリウス様が望む『勇者の仲間』に見合う実力者はそうそういません」
「……わかった」
ユリウスは短く礼を言い、踵を返した。
背後から笑い声が追いすがる。音は軽いのに、沼の泥のように足首にまとわりついて離れなかった。
「なあ、勇者様よ」
ガロが木剣を戻している間に練習場から出ようとすると、壁に凭れ掛かっていた傭兵がひとり、声を掛けてきた。
ユリウスの足が、止まる。
「なんだ?」
「何で俺たちが誰もあんたの依頼を受けないか、わかるかい?」
「さあね。どいつもこいつも、傭兵とは名ばかりの腰抜け野郎だからじゃないか?」
ユリウスは忌々しげに吐き捨てた。
勇者に敬意を持っていたのが新人の傭兵だけとは、この国の未来が思い遣られる。所詮、金で買える連中など実力もその程度なのだ。
「はっはっはっ、言いたい放題だな。残念ながら、はずれだ」
傭兵は可笑しそうに笑ってから、すぐに鋭い目つきへと変わった。
「俺たちにとっちゃ、情報は実力よりも大事なものなんだ」
「何が言いたい?」
「ここにいる連中は、昨日宿屋で何があったかなんて皆知ってるってこった。勇者パーティーが仲間割れを起こして、魔導師と治癒師が脱退したってな。知らないのは、せいぜいあの青二才の坊やだけだろうさ」
「なっ……!?」
ユリウスの全身を、戦慄が駆け巡った。
まさか、そんなことまで知られているとは思ってもいなかった。
ただ、昨日宿屋には数多の野次馬もいた。その中に傭兵が混じっていてもおかしくない。
「それから、ロイド=ヴァルト。あの人は俺たち傭兵の中じゃ、生ける伝説みたいな存在だ。そんな人間が戦闘不能になるくらいの大怪我を負っていて、あんたらがピンピンしてるってのも信じられねえ。どうせ、あの人にも愛想を──ぐはぁッ」
ユリウスは気付いた時には、その傭兵を胸倉を掴んで壁に叩きつけていた。
流れるような動きで鞘から剣を引き抜き、男の喉元に突き付ける。
「ひぃッ!」
傭兵の口から、情けない声が漏れた。
「次、あいつの名前を言ったら殺す。何だか勘違いしているみたいだけど、僕はここにいる君たち全員より強い。何なら、ここで血祭を上げてみせようか?」
男が首をぶんぶんと振ったので、ユリウスは胸倉から手を離して、剣を鞘に収めた。
「なぁにやってんですか、ユリウス様」
ガロが呆れたような顔で、ユリウスの横に来た。
「何でもないよ。ちょっとじゃれ合っていただけさ。そうだろ?」
ユリウスが訊くと、傭兵は首をぶんぶんと縦に振った。さっきから縦に横にと煩く首を振る男だ。
「……さいですか」
ガロは肩を竦めてみせると、ユリウスの隣に並んで、そのまま傭兵ギルドを後にした。
石畳の街路に出ると、陽は真上を少し過ぎていた。行き交う荷馬車の軋み、露店の呼び声、果物の酸い匂い。日常の音も匂いも、今日はどれも遠い。
ガロが無造作に言う。
「さて、どうなさる? 有能な人間が出てくるまで待ちやすか?」
「ふん」
ユリウスは歩調を速めた。
胸の奥で、どろりとした怒りと焦りが渦巻く。数歩の沈黙ののち、言葉がこぼれた。
「……こんな連中に頭を下げるくらいなら、まだ陛下に頼んだ方がマシだ」
ガロの足音が一拍遅れて止まる。
「陛下に頼めば、アンタの評価は下がりますぜ?」
ガロが訊いた。
嘲るでもなく、ただ確認するような声だ。一応、この男もユリウスと自分が一蓮托生なのを理解しているのだろう。
「勇者である僕に相応しい人間は、こんなところにいない。それに、まだまだ有能な人間はこの国にいる。それなら、陛下に探してもらった方が早いだろう」
自分の声が、思いのほか澄んで聞こえた。
言い切ること自体が、救いになったのだ。
「そりゃそうですけどね」
ガロは肩をすくめ、歩みを再開する。それ以上、何も言わなかった。
宿へ戻るまでの道のり、ユリウスは何度も言葉を反芻した。
王に頼むのが最善。勇者として正しい。自分は誤っていないはずだ。
だが、同時に小さな声が耳の奥に囁く。
ただ追い詰められているだけじゃないか、と。
(うるさい、黙れ! 僕は正しい。僕の判断は、間違ってないんだ!)
踏みにじるように、心の中でその声を黙らせる。
宿の自室に戻ると、ユリウスは外套を椅子に投げ、ベッドの端に腰を落とした。靴の泥が床にこぼれる。指先が震えているのに気づき、片手で押さえる。
窓の外では、夕陽が斜めに石壁をなで、向かいの屋根の赤瓦を柔らかく照らしていた。子どもの笑い声が、通りの向こうからかすかに響く。穏やかで、遠い。
(陛下に頼もう。最初は見下されるかもしれない。評価は下がるだろう。でも……その後、新たな仲間たちと一緒に勇者の名誉を回復させればいい。それで、何もかも上手くいくはずだ)
言葉を枕に、目を閉じる。
そう言い聞かせることで、ようやく瞼が重さを取り戻した。
暗くなった天井を見つめながら、ユリウスはゆっくりと横になった。
胸の中で、誇りという言葉は妙に軽く、敗北という言葉は不思議と重かった。
それは誇りの選択ではなく、敗北の選択だった。
新作を投稿しました。追放ざまぁです。
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