第4話 〈共鳴スキル〉と〈呪印〉
「……来い、三下ども」
ロイドの挑発的な声が低く響いた次の瞬間、神官騎士の一人が気勢を上げて斬りかかってくる。
「野盗如きが、ほざけええええッ!」
鋭い踏み込みと共に、銀色の剣閃がロイドに迫った。
だが、ロイドに焦りはない。口角を上げ、魔剣〝ルクード〟の剣先をくるりと回した。
鋼と鋼が激しく擦れ合い、甲高い音が森の静寂を切り裂く。
ロイドの魔剣が、敵の剣を軽々と受け止めた。
「なっ……ッ!?」
神官騎士の目が見開かれる。
その刹那、ロイドがわずかに踏み込んだ。
「遅い」
短くそう呟きながら、魔剣を横薙ぎに払う。
「ぐあああッ」
反応が遅れた神官騎士は、たまらず体勢を崩して吹っ飛び、地面に転がった。
すかさず、次の騎士が突進してくる。
「おのれ! 調子に──乗るなぁッ!」
槍のように突き出された剣を、ロイドは身体をひねって紙一重で避け、そのまま相手の懐に潜り込む。
「基礎ができてないな。がら空きだぞ」
腹に肘鉄を食わせ、さらに顎へ柄での殴打が決まった。続け様に、ロイドは地を蹴って回転しながら、鋭い後ろ回し蹴りを繰り出す。
踵が腹を捉え、唸り声と共に騎士は後方へと吹き飛ばされた。
「くそ、こいつ……どうやら、ただの野盗ではなさそうだな」
三人目の騎士が後退しながら憎々しげに呟いた。
その顔には明確な恐怖が浮かんでいる。
わずか数合。それだけで、ロイドは三人の神官騎士を圧倒してみせた。
戦場に立ち込める緊張は、既にロイドの気迫によって支配されていた。
だが、騎士たちは怯んだだけでは終わらない。
「貴様の腕が立つのはわかった。だが、我々は神官騎士。貴様を殺す術がある。今のうちに引くなら、許してやろう」
騎士は引き攣った笑みを見せると、そう言った。
この状況でこちらを脅迫してくる真意がわからない。余程自分たちに自信があるのだろうか。
「……嫌だと言ったら?」
偽聖女と呼ばれている少女をちらりと見て、言ってやる。
ロイドには引いてやる理由がなかった。
「ならば、貴様を殺すしかないな。おい、お前たち。いつまで寝転がっている」
三人目の騎士は先に倒された騎士ふたりにそう呼び掛けると、ふたりがのろのろと立ち上がって、集まった。
「この野盗崩れに目にモノを見せてやれ!」
三人目の騎士がそう叫ぶと、三人の身体が一斉にオーラを纏った。赤色、黄色、緑色とそれぞれ異なる色のオーラを放っている。
(まずい、これは──)
ロイドはこの技を知っていた。
そして、本当にこの力関係を一転させかねない程の技でもある。そういった場面を、何度も見てきた。
「〈神威連結・三位一体〉!」
三色のオーラが合体して三人の体を覆い、眩い稲妻のように空間を走る。
魔力が暴風のように渦を巻き、地面が揺れた。
次の瞬間──三人の身体が、それぞれ強化された気配を纏い始める。
「……膂力、速度、魔力強化のスキルか。糞っ垂れめ」
ロイドは僅かに目を細めた。
〈共鳴スキル〉だ。複数の魂が同調したときにのみ発動し、それぞれが持つスキルの効果を何倍にも跳ね上げる、最強の連携能力。
「死ねいッ!」
雷光のごとき速さで飛び込んできた敵の斬撃。
今度は、ロイドの防御が間に合わなかった。
「ぐっ……!」
肩口を浅く裂かれる。
焼けつくような痛みに顔をしかめつつも、ロイドは一歩後退して体勢を整える。だが、間髪入れずに次の一撃が飛び込んできた。
敵の強化された速さと魔力に、ロイドの剣がわずかに遅れ──剣と拳の連携による重い打撃が腹部を直撃する。
「ぐっ……!」
呻きながら、後方へ跳んで何とか連撃を逃れる。
しかし、攻撃は終わらない。追撃の衝撃波が地を這い、足元から突き上げるように襲いかかってきた。
ロイドは片膝をついて防御を試みたが、間に合わずに体ごと押し飛ばされる。体が跳ね、背中から地に叩きつけられた。
(ちくしょう……結局俺ひとりの力じゃ何もできないのかよ)
どれだけ身体を鍛えても、マスタークラスの剣技を身につけても、〈共鳴スキル〉ひとつで格下相手に状況をひっくり返されてしまう。こんな理不尽なことが、あってたまるか。
「も、もういいです! 逃げてくださいッ!」
少女の悲痛な声が届く。
その声に、ロイドの意識が揺れた。
立ち上がりながら視線を上げると、少女が震えながら、必死にこちらを見つめていた。
泣きそうな顔で、今にも駆け寄ってきそうだ。
(また俺は守れないのか……?)
心の奥で、暗い感情が蠢く。
無実を訴える少女。初めて心から信じたいと思った少女の願いを、守ってやれないというのか。
(ずっと何かを守るために、力を付けてきたんじゃないのか。〝影の一族〟としてじゃなくて、俺個人として……誰からを守りたくて、力を磨いてきたんじゃないのか。それなのに、俺はまた──)
その瞬間。右腕に焼けつくような痛みが走った。
まるで灼熱の鉄板を押し当てられたような鋭い灼熱感が、筋を焼くように駆け抜けていく。
見ると、〈呪印〉が黒く光を帯び、紋様が浮かび上がっていた。
「やべぇ……おい、お前ら! とっとと逃げ──ぐあッ!」
ロイドの言葉は、耳をつんざくようなノイズと激しい頭痛によって遮られた。
黒い瘴気が、右腕から一気に溢れ出し、瞬く間にロイドの身体全体を覆い始めた。
「な、なんだあれは!?」
神官騎士たちが怯んだ。
黒い炎のようなオーラが、ロイドを包み込む。
その中で、ロイドは歯を食いしばり、意識を繋ぎとめていた。
「……ッ。く、糞がァ」
〈呪印〉の暴走──ロイドの奥の手でありながら、これまでの人生を孤独に導いてきた力。
感情が大きく揺れた時などに、暴走をする傾向がある。だが、今回はいつにも増して、制御ができない。
身体を覆った瘴気が脈打ち、闇の力が体内を駆け巡るように広がっていく。
「あぁぁぁあぁぁぁあッ!!」
叫びとともに黒き残光を纏い、ロイドが地を蹴った。
一人目の騎士に肉薄すると、男が声を発する間もなく顔面に拳を叩き込む。
「──ぐべらッ」
砕けるような音とともに鼻骨が陥没し、歯が飛び散った。その剛腕のままに拳を振りぬくと、男は叫ぶ間もなく吹き飛ばされ、振りぬいた拍子に顔面の骨が砕け散り、首が不自然な角度に折れていた。
「な、何なんだこいつは……ッ」
二人目の騎士が震える手で剣を構えようとするが、その動作はあまりに遅すぎた。剣を構える前にロイドの膝が鳩尾を抉り、体内で何かが破裂する音が響く。
ロイドは無意識のままに男の頭を掴んでそのまま地面に叩きつけると、黒炎を纏った拳を一気に振り下ろす。骨を砕く鈍い音があたりに響き渡り、その音が止んだ頃には、男の顔は不自然に陥没して焼け焦げていた。
しかし、それでも止まらない。そのまま三人目に向けて跳びかかり、魔剣を振り下ろす。
「ひッ……ひぎゃああ!」
三人目は防御の構えを取ったが、黒き力を纏ったロイドの一撃で剣ごと腕がへし折れる。絶叫する男の顔面に、回し蹴りが容赦なく叩き込まれる。
頭蓋が軋み、眼球が潰れ、血飛沫を撒き散らしながら彼もまた地に伏した。
すべては一瞬だった。
黒き呪いに導かれた暴力が、〈共鳴スキル〉をも凌駕し、圧倒的な力で三人の神官騎士をねじ伏せていた。
だが──
「ッ……ぐぅ……うああああああか……ッ!」
ロイドは地面に膝をつき、頭を抱える。
戦闘が終わったことで、彼の全身を包んでいた黒いオーラは徐々に収束していった。
だが──右腕だけは違った。
肩口から腕の先にかけて、なおも瘴気の黒炎が纏わりつき、不気味に脈動し続けている。
瘴気は暴走をやめず、肉体の限界を超えてなお、力は暴れ狂っていた。
(ダメだ……このままじゃ、また俺は……)
視界の隅に、少女が見えた。
華奢な体を庇うように両手で自分の身体を抱き締めながら、こちらを不安そうに伺っている。
その姿に、つい先日の光景が脳裏を過った。力を制御し切れず、フランに大怪我をさせてしまったこと。
あの時の彼女も、こんな風に怯えていた。
このままでは……彼女も傷付けてしまう。
(また……こうなるのかよ……ッ)
頭の中を巡るのは、自分に対する呪詛。
(何で俺は……誰も、守れないんだ)
そんな呪詛の声さえも、闇に呑まれていく。
暴走の渦の中、ロイドの叫びは、誰にも届かない。
もう目が霞んできて、意識を保てる時間もそう長くなかった。そんな時、ロイドの視界に白い何かがふわりと見えた。
「──大丈夫ですか!? しっかりしてください!」
あたたかなぬくもり柔らかな感触とともに、透き通った綺麗な声が頭の中に響いた。




