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番外編 パーティー崩壊2

「ちょっとガロ!? 本当に落ち着いて! あなた、自分が何してるかわかってるの!?」

「うるせえな、ちょっと黙ってろよ」


 足掻くエレナには目もくれず、シーツの端を掴んで無理やりエレナの口にねじ込んだ。


「魔法を使われちゃ堪らねえからな。口は塞がせてもらうぜ?」

「──ンン……ッ!? ン~ッ!」


 必死に声を出そうとするが、くぐもった呻き声にしかならない。

 しまった。あの場では説得ではなく、即座に魔法を詠唱すべきだったのだ。まさか仲間からこんなことをされるなんて、夢にも思わなかった。いや、冗談か気の迷いであってほしい──そう願っていた。

 まずい。これは本当にまずい。

 声が出せれば簡易的な詠唱でもこんな男など簡単に吹き飛ばして丸焦げにできるが、口を塞がれてはただの人間と大差ない。戦士の腕力に、抗えるはずがなかった。


「へへへっ、前から良い身体してると思ってたんだよ。散々無能だってバカにしてくれたんだ。この精神的苦痛に対する詫びは、身体で払ってもらおうか」


 布が破れる音が響くと同時に、胸元が一気に心許なくなった。たわわに実ったふたつの大きな果実が露わになり、ひやりとした外気が肌に触れる。

 全力で腕に力を込めて暴れようとしているのだが、丸太のように太い腕で抑えつけられてはびくともしなかった。じたばたと足も藻掻かせてみても、お腹の上に跨られていては身動きすら取れない。


「その綺麗な顔を傷つけたくねえだろ? 痛ぇ目に遭いたくなかったらちょっとの間、辛抱してろよ。これで俺への侮辱はチャラにしてやるから。まあ、仲間なんだし、いいだろ?」


 男は舌なめずりすると、ゆっくりとエレナの胸に顔を埋めてきた。

 汚くざらざらとした舌が肌を這い、寒気と悪寒、そしてこれ以上ないほどの嫌悪感が全身を駆け巡った。


「おお、なんだ? 先が硬くなってきてるじゃねえか。もしかして感じてんのか? 無理矢理されるのが好きだったとは、魔導師の頭ん中も案外下世話なんだなぁ」

「────~~~~ッッ!」


 そんなわけがあるか、と必死で叫んだ。

 あるのは嫌悪感と恐怖心だけだ。


(勝手に触んな! 舐めんな! キモいキモいキモいキモい! 死ね、死ね、死ね、死ね!!)


 心の中で、これまで思い浮かんだこともないような侮辱の言葉が、次々と心に浮かんだ。

 言語能力には自信があったのに、こんな貧相な単語しか出てこないのが悔しい。でも、今の感情を一番的確に示せるのは、それらの単語だけだったのだ。

 目に魔力を込めるだけで殺せたらいいのに。きっと、そんな力があれば、この男の顔はひしゃげるくらいにぐしゃぐしゃにしているだろう。

 しかし、そんなエレナの願いなど通じるはずもなく、男の舌がエレナの清い身体を嬲っていく。


(嘘でしょ……? 私、このままこいつに犯されんの……?)


 嫌悪感で頭がおかしくなったのか、ふといきなり冷静になってしまった。

 いや、身体が諦め始めたのかもしれない。もう腕に力も入らなかった。

 フランは買い物に出ているし、ユリウスもどこにいるのかわからない。

 エレナを助けられる者など、ここにはいない。

 せめて両手だけでも自由になれば、簡易魔法でこいつを一瞬痺れさせるくらいのことならできるが、口と手を塞がれていてはどうにもならなかった。

 本当に、もう汚されるしかないのだろうか? これまで恋愛もしたことがないのに?

 エレナの胸中など気にかける様子もなく、男の手がロングスカートの中を(まさぐ)り始めた。


(ねえ、やめてよ。嫌だってば。誰か助けてよ……ねえッ! フラン、ユリウス……ロイド! 誰でもいいから助けて!)


 心の中で、そう強く願った時だった。

 バタン、と強くドアが開いた。

 逆光で顔は見えない。でも、そのシルエットだけで誰かわかった。


「エレナから離れろ、この変態野郎~ッ!」


 フランは鉄槌を振りかざして、真っすぐこちらに駆け寄ってきて──フルスイング。


「ぐべらッ」


 咄嗟のこともあり、体勢的に避けることが適わなかったガロは、横っ面にモロに鉄槌の一撃を食らった。

 鈍い音とともにガロの巨体が揺れ、エレナを掴んでいた手も緩んだ。


「……高くつくわよ。この糞野郎」


 エレナはすぐさまその手を振りほどいて、両の手のひらを男の顔に向けた。


「ま、待てエレ──」

「万象の根源、(あまね)く力……〈電撃(ライトニング)〉!」


 エレナの手のひらから出た電撃が、ガロを襲った。


「ぐぎゃああああああああ!」


 ガロは無様な悲鳴を上げたかと思うと、その場でびくびくと痙攣して意識を失った。

 そのままこちらに倒れてきそうになったので、慌てて男を手で押し退けて、彼の下から抜け出した。その胴体におもいっきり蹴りをくれてやって、ベッドから蹴落としてやる。

 ガロの巨体が床に転がり、焼け焦げるような刺激臭が鼻腔を突いた。 

 もちろん、殺してはいない。

電撃(ライトニング)〉は即効性に優れた魔法で、ガロほどの戦士を殺せるほどの威力はない。だが、渾身の魔力を込めてやったので、全身焼け焦げているし、暫く意識も戻らないだろう。


「はあ、はあッ……」


 肩で息をしながら、エレナは震える身体を両腕で抱きしめた。

 破かれた服の胸元は、既に何も隠していないも同然だった。

 

「エレナ!」


 フランは駆け寄ると、自分が羽織っていた上着をエレナの肩にそっと掛けてくれた。


「ねえ、大丈夫!? あたし、間に合ったよね!?」


 彼女の声は、震えていた。泣きそうな表情が、すぐ目の前にある。

 間に合った、とは、未遂で終わった、という意図だろう。

 エレナはフランの顔を見て、ふっと苦笑した。


「ギリギリ、ね。でも、よくわかったわね? もうダメかと思った……」

「あたし、〈危険察知(ペリルヴィジョン)〉のスキル持ってるからさ。パーティーの誰かが怪我したり、危険が迫ってたりするとわかるんだよ。ほんと、間に合ってよかったよォ……」


 そう言いながら、フランは今にも泣き出しそうにエレナに抱きついた。

 その小さな体が、安堵で震えていた。

 こんな彼女を見ていると、狙われたのが自分でまだよかったと思わされる。フランには、あんな恐怖を味わってほしくない。


「本当にありがとね……」


 エレナは絞り出すような声でそう囁くと、そっとフランの背を撫でた。

 彼女の仲間を想うスキル、そしてその優しさに救われたのだから。

 だが、その静寂はそう長く続かなかった。


「おい、どうした!?」


 扉の方から、ユリウスの声が響いてきた。

 彼の背後には、騒ぎを聞きつけて集まった宿屋の店主や他の客たちが、野次馬のようにずらりと並んでいる。


「一体何が……え!?」


 ユリウスは室内を見て、その場に立ち尽くした。

 女子部屋の中で倒れているガロ。

 服が破られ、フランの上着を羽織っているエレナ。

 泣き顔でエレナに縋るフラン。

 さすがの鈍い彼でも、状況を見て察したのだろう。その光景を見て、ユリウスの顔色が見る間に青ざめていく。


「……どうした、じゃないわよ。何で〝勇者様〟のくせに、仲間のピンチにも駆けつけてくれないわけ?」


 エレナは怒りに満ちた瞳で、彼を睨みつけた。

 声が震えていたのは、怒りのせいか、それとも恐怖と羞恥のせいか。きっと、その全てだ。


「す、すまない。下の酒場で情報収集していたんだ。その……大丈夫だったかい?」


 ユリウスが、僅かに後退った。

 いつものエレナとは違う。氷のような冷たい怒気を、感じ取ったのだろう。


「ええ。奇跡的に、フランのお陰でね」


 ユリウスの言い訳に、エレナは吐き捨てるように答えた。

 何が情報収集だ。どうせ女をはべらせて楽しんでいただけのくせに。

 そして、そのまま扉の向こうの野次馬たちに視線を投げる。怒りと屈辱に満ちた形相。肩を震わせるエレナの姿を見て事情を察した客たちは、その場をそそくさと立ち去っていった。

 これ以上ここにいればお前たちもただではおかない。そんな気持ちを込めた視線だった。


「元はと言えば、〝勇者様〟がロイドを追放したからあなたのオトモダチの無能変態野郎を加入させることになったのよ? それ、わかってる?」

「お、落ち着けエレナ。確かにそれはそうだが、こいつだって王命で──」

「落ち着けるわけないでしょ! 私、その王命で選ばれたこいつに襲われかけたのよ!?」


 エレナは足元に転がるガロを、容赦なく蹴飛ばした。

 怒りはもはや止まらなかった。

 どれだけ抑えつけても、胸の奥から噴き出してくる激情を、彼女自身も制御できない。本当ならこの変態下衆野郎を八つ裂きにして殺してやりたいくらいだ。


「もともとロイドに不満があったのだって、ユリウスだけだったじゃない! 私もフランも、ロイドに対して文句なんて何もなかった。むしろ感謝してたくらいよ。それなのに、ロイドを追放して精子脳の筋肉バカを入れてさ、自分がロイドの代わりに有能ブレて満足なわけ? 嫉妬だか何だか知らないけど、こっちは大迷惑なのよ! あんたの劣等感とか知ったこっちゃないわ!」


 怒鳴る声と同時に、そばにあった花瓶を手に取ると、ユリウスの足元に投げつけた。

 陶器が割れる乾いた音が、静まり返った部屋に響いた。


「あーあ、言っちゃった……」


 フランがエレナとユリウスを見比べて、苦い笑みを浮かべていた。

 彼女も止めようとはしなかったのは、エレナの怒りが尤もだと理解していたからだろう。

 だが、その怒りをしないのがこの〝勇者様〟だ。


「エレナ……お前、言っていいことと悪いことがあるぞ。誰が誰に嫉妬してるだって?」


 ユリウスの鋭い視線が、エレナに刺さる。

 禁句を言ってしまったからには、もうとことんやり合うしかないだろう。エレナとて、ここで譲歩してやるつもりもない。


「〝勇者様〟がお守係のロイドに、よ!」


 エレナはユリウスを睨み返し、はっきりと言ってやった。

 視界の隅で、フランが『あちゃー……』という顔をしているのが見えた。


「き、貴様~ッ! 言ったな!? 僕を誰だと思ってるんだ!? 僕はマフネス家の人間だぞ!? 侮辱は許さない!!」

「だからなに? 知らないわよ、そんなの。もうこんな勇者ごっこにはうんざりだわ。辞めてやるわよ、こんな糞パーティー!!」


 売り言葉に買い言葉ではあるが、本音であることも間違いない。

 エレナのその宣言に、ユリウスの顔が怒りで真っ赤になった。


「おい! それは王命への反逆だぞ!」

「王命への反逆? はっ。仲間が襲われかけて辞めるって言ってるのに、そんな話を持ち出すわけ? そういうとこが、やってられないって言ってんの!」

「なんだと~!?︎撤回しろ! 僕に従わないなら追放だ」

「上等よ! むしろこっちから望んで追放されてやるわ!︎ほら、さっさとしてよ。ロイドに言ったみたいに、ドヤ顔で『お前を追放する!

 』って言ってごらんなさいよ!」

「ああ、言ってやるとも!︎エレナ=ルイベル、お前も追放だ!」


 怒鳴り合いの末、エレナとユリウスは無言で睨み合った。

 もう誰が何と言おうと、こんなパーティーで一緒に戦ってやるつもりはない。国王命令でも断固拒否だ。

 確かに、王命違反とされるのは厳しい。魔法学校に戻ることはできなくなってしまうし、もしかしたら反逆罪として追われることになるかもしれない。けれど、それでもこんな奴と一緒に戦うのはもう嫌だった。

 沈黙の中──ふと、フランが小さな声で言った。


「じゃあ、あたしもエレナと一緒に出ていくね?」

「な!?」


 ユリウスが目を剥いた。

 この言葉は、ユリウスからすれば大打撃だろう。エレナとフランが抜ければ、もう勇者パーティは元の体裁を保てない。


「だって、この状況でエレナを守ってあげないんでしょ? そんな勇者、あたしも助けたくないよ」


 静かな、けれど確かな拒絶。

 そして、フランはユリウスに対して、絶望的な台詞を放った。


「っていうかさ、ユリウスは……今、あたしたちと共鳴できると思う? こんなになって、ボロボロでさ。今のあたしたちの間に、そんな信頼関係あると思ってる?」

「そ、それは──」

「ユリウス、ロイドに言ってたよね? 『〈共鳴スキル〉を発動しない奴は、仲間にいるだけでただ飯食らいのお荷物でしかない』って。じゃあ、あたしもエレナも、もうお荷物だよ。〝勇者様〟の冒険をお供する資格は、ないんじゃないかな」


 フランの痛烈な皮肉を受けて、ユリウスは顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせていた。

 だが、結局言葉にならなかったのか、「勝手にしろ!」と怒鳴って部屋から出ていってしまった。


「……フラン。いいの? あなたまで危ない橋を渡る必要はなかったのに」

「いいよ。どっちみち、エレナが抜ける時にあたしも抜けるつもりだったし。それより、早く出て行こ? 新しい服も買わなくちゃ」


 フランは柔らかい笑みを向けて、そう言ってくれた。

 その優しさに、思わず泣きそうになってしまう。

 こうは言ってくれたものの、このままではフランも同じく王命違反の反逆者とされてしまう可能性が高い。そして、彼女も教会に戻る道を無くしてしまった。

 抜けるにしても、もっと穏便なやり方だってあったはずなのに。


(私が責任を取らなきゃ)


 エレナはフランに笑みを返しつつ、心の中でそう決意した。

 彼女はエレナに付き合って一緒に追放されてくれたようなものだ。それならば、何があっても彼女の身の保全を第一に考えねばならない。


(絶対に──フランは守ってみせる)


 ふたりはそれから間もなくのうちに、宿屋を後にした。

 こうして、かつて王に選ばれし誇り高き〝勇者パーティー〟は、静かに瓦解していった。

 だが、その瓦礫の先に──新たな道が続いている。

 エレナとフランの旅は、ここから始まるのだから。

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