第24話 ロイドの提案と、ルーシャの提案
「あのさ、ルーシャ。〝なんでも屋〟のことなんだけど……」
夕食を食べ終えてテーブルの上を片付けながら、ロイドはそっと口を開いた。
「してみたい、ですか?」
ルーシャがにこりと笑って、小首を傾げる。
ここ数日ずっと一緒にいるからか、思考を見抜かれてしまっているらしい。
「……そうだな。やってみたいんだと思う」
生活費の問題もあるし、とロイドは言い訳するように付け加えた。
実際、今日クロンから貰った謝礼で暫くは食費もどうにかなるが、いずれは金が尽きるのは間違いない。それに、いざという時の為に、収入源を確保して金を貯めておきたいというのもあった。
今こうして拠点ができたばかりの時にこういうことを考えたくはないのだが、ルーシャの存在が教会にバレる可能性もある。最悪、またどこかに移動することになるかもしれない。その時に金があれば、色々融通が利く。
そこまで説明すると、ルーシャも納得したように頷いていた。そして、嫣然としてこう尋ねてくるのだった。
「でも、それだけじゃないですよね?」
「え……?」
ルーシャの問いに、ロイドは目を見開いた。
それからすぐに、ふっと笑みが零れる。
(全く。この子は本当に……)
さすが聖女というべきなのだろうか。
まるで心を見抜く魔法でも心得ているのではないかと思ってしまうほどだ。
そう。ロイドが〝なんでも屋〟をやりたいと思ったのは、そういった現実的な問題からではなかった。むしろ、ただ金を稼ぐだけならもっと楽な方法もある。
「俺は……誰かの役に立ちたいんだと思う。ああやって求めてくれる人がいるなら、力になってあげたいっていうか」
昔から、誰かに求められるという経験がなかった。自分の能力を怖がられ、疎まれ、ただの戦力として扱われることでしかなかった。
そうした人生を歩んできたからだろうか。誰かに必要とされ、誰かの助けになりたい──そんな潜在的な欲求が、ロイドの中にあった。ユリウスたちのパーティーで面倒なことを全て引き受けていたのも、こういった欲求が絡んでいるのだと思う。
もちろん、それだけが理由でもない。あのクロンという商人が気になるのも事実だった。
彼は最初から、ロイドとルーシャをワケありだと見抜いた。どうしてそう思ったのか、そしてワケありだったとすればあの男はどうしたいのか、どう動くのか。そのあたりも見極めておきたかった。
「もちろん、人道に反するような依頼なら受けるつもりはないし、内容はちゃんと吟味するつもりだけど……ルーシャはどう思う?」
問いかけると、ルーシャは一拍置いて、柔らかく微笑んだ。
「私が反対すると思いますか?」
優しい声音だった。
まるでそれは、ロイドのしたいことなら受け入れる、と言ってくれているようでもあって。自然と心がぽかぽかとあたたまるのを感じた。
「でも、それなら少し相談があるというか……」
ルーシャがおずおずとした口調で申し出る。
こんな風に彼女が言うのは珍しいことだった。
「相談? いいぞ。言ってくれ」
「その〝なんでも屋〟さん、私も一緒にやってみたいです。……構わないでしょうか?」
予想もしていなかった相談だった。
まさか彼女が仕事をやりたがるとは。
「そりゃ構わないけど……理由、聞いてもいいか?」
「はい。ひとつは、〈呪印〉です。もしロイドの力が暴走しそうになっても、私ならそれを抑えられます」
ルーシャがぴっと小指を立てた。
確かに、それは彼女の言う通りだ。実際に、今日も事前に〈呪印〉を制御してくれたお陰で、力を解放できた。あの判断がもう少し遅ければ、老人やクロンどちらかが大怪我を負っていたかもしれない。
というより、彼女がいるというだけでロイドも〈呪印〉の不安を感じなくていい。
「それと、もうひとつは……私もロイドの役に立ちたいから、です」
続けて薬指を立ててから、ルーシャは恥ずかしそうにはにかんだ。
その言葉に、ロイドは一瞬、息を呑む。
こんな風に誰かから言ってもらえる日が来るなんて、思わなかった。
「でも……人前に出るってことは、少なからずルーシャにとっては危険にもなり得る。最悪、教会に白聖女の情報を与えかねない」
「ちゃんとフードを深く被るので、大丈夫ですっ」
ルーシャが弾むようにして答えた。覚悟はあるらしい。
楽観的と言えば楽観的かもしれない。ただ、実際ロイドが外に出て依頼をこなしている間、彼女をここにひとりで残しておくのも不安だ。もし彼女の身に何かあった時、守ってやれない。それであれば、同行していた方が色々勝手が良い。
「わかった。それなら、一緒にやろう」
「はいっ!」
ルーシャの笑顔が、夜の静けさの中でひときわ明るく輝いた。
〝なんでも屋〟の話もまとまって、そろそろ寝ようかという時刻。
ロイドはふと、大きなあくびをひとつ漏らすと、手近な毛布を持ってリビングの隅へと向かい、床に腰を下ろした。
「じゃあ、おやすみ。疲れてると思うし、ゆっくり寝てくれ」
ロイドは言って、ランタンを消そうとするが……ルーシャが黙ったまま、寝室の前で立ち止まっていた。
その浅葱色の瞳が、ちらちらとこちらを見ている。まるで何かを言いたそうに、けれど言い出せずにいるような、そんな仕草だった。
「どうした?」
ロイドが声をかけると、ルーシャは小さく肩を竦めるようにして、俯いた。
「いえ、その……私からもうひとつ、相談がありまして」
「もうひとつ? 何だ?」
ロイドが身を起こして、彼女の方へと視線を向ける。
すると、ルーシャは一瞬だけこちらを見てから、逃げるように顔を伏せた。躊躇うように小さく深呼吸をしたかと思うと──
「やっぱりロイドも……一緒に寝ませんか?」
そう、提案した。
「へ? 一緒にってどういう?」
「えっと。ベッドで、という意味です……」
消え入りそうな声で、彼女が言った。
ここで、ようやく先程の『ひとりではベッドのスペースが余ってしまう』発言の意図を理解した。あの時から、彼女は自分ひとりでベッドを使うことに抵抗を覚えていたのだ。
だが、すぐに承諾できる話でもない。
「は、はい!? い、いやいやいや! さすがにそれは色々まずいって! また次に町に出た時にソファかベッド買うようにするからさッ。だから、それまではひとりで──」
「そ、それはダメです!」
慌てて手を振りながら叫ぶロイドに、ルーシャも顔を真っ赤に染めた。
だが、その視線は真っすぐで、どこか切実なものを感じさせる。
「ロイドはこれまで、たくさん私に遠慮してきてるじゃないですか。旅の間も、ここに着いてからもずっと気を遣ってくれていましたし、いつも私を優先してくれていました。慣れない移動の日々で私もつい甘えてしまっていましたが……これからは、もうそういう遠慮はしないでほしいんです」
「ルーシャ……」
「もともとは私の我儘が発端で、こうして同行させてもらうに至りました。ロイドはその我が儘に付き合ってくれているだけなのに、遠慮ばかりされてしまっては」
私の立つ瀬がありません、とルーシャは視線を床に落とした。
別に彼女の我が儘ではないと思うし、何ならロイドから提案したことでもある。そんな風に思ってほしくはないのだが、彼女からすればそういう感覚なのかもしれない。
「そんなこと言われもなぁ……」
ロイドは困り果てたように眉を寄せた。
確かに、寝室にはダブルサイズに近いベッドがひとつ。ふたりで眠れる広さはあるが、そもそも男女が一緒に寝るというのは、あまりにも……そう考えていたロイドの前に、ルーシャがちょこんと座り込んだ。
毛布の端に触れて彼の隣に静かに身を寄せると、まっすぐにこちらを見上げた。顔は真っ赤だが、その瞳は揺らがない。
「もしロイドがここで寝るというなら……私もここで寝ます。ベッドは使いません」
きっぱりと、しかし小さな声で告げられた言葉。
これは、完全に本気だ。きっとロイドが意地を張れば、彼女も意地を張ってここで眠るだろう。マットレスを買った意味がない。
暫しの沈黙の後、ロイドは小さくため息を吐いた。
「……わかったよ。じゃあ、俺もベッドで寝るよ」
その言葉に、ルーシャの顔がぱあっと明るくなった。
「はいっ」
嬉しそうに笑顔を浮かべるルーシャを見つめながら、ロイドも腰を上げた。
まさか、こんな展開になるとは思っていなかった。
(てか、この子……同衾の意味、わかってんのか? いや、絶対わかってないよなぁ)
一抹の不安を覚えつつも、ルーシャに続いて、ロイドも寝室のドアをくぐったのだった。




